107:強襲
腕を振り下ろした直後、目に映る景色が変わった気がした。
あれほどまでの鮮明な景色は消え失せ、暗闇と言って差し支えない森の闇に戻った。
「……ハッ……ハァ…………!」
自分の呼吸が異常に荒い。
身体に力が入らない。
思考が回らない。
一言で言うならば、凄まじい疲労感だ。
「……忘我状態の限界がきたようだな……フィカス……。」
フォルフェクスが真っ直ぐに目を見つめてくる。
「……君の勝ちだ。」
そう言うと、彼は膝から崩れ落ちた。
派手な音を立て、手から滑り落ちた刀が落下した。
「…………勝った……?」
実感が湧かなかった。
思い返してみれば、自分の力だけで勝った勝負はなかったように思える。
「フィカス!無事だったか!」
後方から聞き慣れた声――けれども、ひどく懐かしい気がする声がした。
「みんな!うん……僕は無事……かどうかは……分からないけど。」
皆の顔を見たら、不思議と先ほどまであった疲労感がなくなった気がした。
「フィーくん!良かった!良かったよ!」
「わっと……痛いよ、アベリア。」
飛びついてきたアベリアを受け止めたが、その衝撃で身体が悲鳴を上げてしまった。
「わ、ごめん!でもフィーくんが生きていて、本当に良かったわ!」
生きている。
その言葉がズシリときた。
「で、この男……フォルフェクスは虫の息、ということですか。」
「君たちは……そうか……あの時に、私に探りを入れていた……のか……。」
サンナとアベリアの顔を見て、納得したような表情になった。
「さて……ここで始末しますが、遺言はあるか?」
ナイフを取り出し、サンナはフォルフェクスに突きつける。
殺す……か。
当たり前か。それが戦った意味でもあるんだから。
でも……本当にそれでいいのか……?
「ふ……この傷ならば、何も……しなくとも……じきに死ぬ。だが……。」
フォルフェクスは歯を食いしばる。
「一つ……言っておく……フィカス!私のようには……なるな!君は生き方……を……間違える…………な…………。」
「……どういう……意味?」
そう問いかけたが、返事が返ってくることはなかった。
「……死にましたか。これで、戦争も終わりですね。思っていたよりも短いものですね。」
……そうか。
さっきの感覚は、これだ。
僕が、この人の命を奪ったんだ。
「すげぇぜフィカス!一人で勝っちまったんだからよ!」
「ですね。英雄として崇められるかもしれませんね。」
「え、う、うん……。」
英雄……それって何だ?
人を殺す人が英雄なのか?
「ううん。フィーくんは間違ったことはしてないよ。だから、何も悩まなくていいの。」
考え事が伝わってしまったのだろうか。
アベリアの言葉に、とりあえず頷く他なかった。
「では、レグヌムに帰りましょう。そして、明日からまたクエストをやっていきましょう。目標が出来たので。」
そう言うサンナの横顔は、いつもよりも険しかった。
「……何かあったの?」
「……エレジーナとなんかあったみたいだぜ。そっとしといてやれ。」
「……うん。」
ジギタリスと小声で会話をし歩きだしたその時、走ってくる影が一つあった。
「ぐ、軍師殿!大変です!なっ!お前たちは!?」
帝国の視察兵だ。
「フォルフェクスなら死にましたよ。お前もここで……。」
「い、いや!もうお前たちでもいい!戦争どころではない!」
「は?」
「レグヌムの戦場に、第三者が現れた!そいつが双方の兵士を殺戮している!俺はもう逃げるぞ!」
それだけ言うと、視察兵は奥へと駆け抜けていった。
第三者?
それって……?
「……なんか嫌な予感がすんな。急ごうぜ!」
レグヌム城下町――。
フィカスとフォルフェクスが戦い始めた頃、戦場となっていたこの地では敵味方問わず入り乱れていた。
「ひ、ヒィ!化け物だァ!」
「化け物呼ばわりは酷いなぁ。」
リコリスは霊体を利用して敵に突っ込み、攻撃する瞬間だけ実体化するという戦法を取った結果、化け物認定されていた。
「さて、と……。」
これであらかた片付いたかな?
ってまぁ、僕の近くにいるのはって話なんだけど。
他には当然ながら、まだ沢山の敵兵がいる。
「にしても……本当にスクォーラくんの言った通りになったなぁ。」
霊体であるリコリスは周りをよく観察出来ていたが、これだけ人がいる状況では、他の人は周りを見る余裕なんでないだろう。
自分の面倒は自分で見るしかない。
さて……どこに行こうか?
ラフマとネモフィラくんなら、応援に行かなくても平気だろう。スクォーラくんならば、尚更だ。
入り口の方はシャドウと美人さんがいたはずだし……もう少し深いところに行ってみようかな。
霊体のまま道路を歩き、入り口から離れた地点へと足を運ぶ。
「幽霊の状態でも、飛んだり出来ないっていうのは、何だかなぁ……絵本に出てくる幽霊は大抵、飛べるっていうのに。」
なんてのんきなことを呟くくらいには、余裕があった。
「……え?」
曲がり角に差し掛かった時、自分の胸から刃が飛び出ていることに気付いた。
あれ?今は霊体だよな?何で刺さっているんだ?
「ほう……幽霊でも斬れたのか。あの時、逃がしてやる必要はなかったということか。」
「……は……はは……。」
戦争という目の前の問題に集中していたせいで、完全にその存在が頭から抜けていた。
そりゃそうだ。これだけ強者が集まるんだ。その機会を逃すはずがない。
赤いローブ。大鎌。
死神だ。