106:直感
小剣を強く握り直し、フィカスは思考を巡らせる。
相手の武器は刀。中距離戦は相手の間合いだ。もっと近づくか、遠距離から攻撃するしかない。相手の魔法がある、武器を壊すことは諦めた方が良い。
最善手は……。
その解答が出てくる前に足が動き出していた。
……武器を無視して倒す。
これだ。
距離を詰め、全体の様子を窺いつつ刃を振るう。
一手目、互いの刃がぶつかり合った。
ならば……。
素早く逆手に持ち替え、右回りから大振りの攻撃を仕掛ける。
フォルフェクスは柄を握る手を正面のままに、刀を左斜め下へと向けフィカスの小剣を受け止めた。
「……!」
読まれた?いや……まだ分からない。
小剣を上に向けて振ると同時に手を離し、敵の刀を上向きに弾く。
そして落下してくる小剣を宙で掴み、そのまま胸に向かって突き出す。
が、フィカスは直前で腕を引っ込めた。
直後、フォルフェクスの空いていた左手が空を掴んだ。
――あのまま腕を伸ばしていたら、掴まれて反撃を喰らうところだった……。
……やはり、読まれている?きっとそうだ。
「今の君であれば、既に理解していることだろう。」
刀を動かしながら、フォルフェクスが語りかけてきた。
「今の私はフィカス……君の動きを予測した上で戦っている。」
細かく腕を振って、フィカスは器用に刀の猛攻を捌いていく。
「忘我状態は強烈な能力だ。だが……脳の働きが素晴らしいだけの状態。ならば、それを前提にした動きを取れば良いだけの話だ。」
「それを……僕に言っていいのか?」
またしても鍔迫り合いの状態に入り、互いの動きが膠着する。
「ああ。必ず君は考える。私の言葉から、次の一手をな。だが……思考すればするほど精神をすり減らし、フローの制限時間は近くなる……!」
確かにその通りだ……。
今の状態では言葉は勿論、自然のあらゆる音が耳に入ってきて、それが何の音か回答が頭に浮かんでくる。そんな風に頭を使っていては、近いうちに限界がくるだろう。
でも……まだ大丈夫だ。
もっと集中……!
……違う。
集中しようとしたらダメなんだ。
もっとリラックスして……直感のままに……!
腕に込める力を抜き、フィカスは突如右半身を引いた。
「なっ……!?」
襲いかかってきていた力が突如としてなくなり、フォルフェクスの体勢が前のめりになった。
そこに、フィカスの左手が襲いかかる。
爪……いや……ナイフ。
始めにラフマの腕が頭に浮かんだ。
手がもう一瞬動いた後、エレジーナの袖に隠していたナイフを思い出した。
「ぐぅっ……!」
フォルフェクスの肩にナイフが突き刺さった。
このまま背中側に回り込んで……いや、引こう。
フォルフェクスは刀を横へと薙いだが、それを予知していたかのように躱した。
「……くっ……!」
動きがまた一段と変わった……!
これまでは多くの思考から最善手を選んでいる様子だったが、今は無心状態に近い。
直前まで選択肢を放置し、直感的に最善手を打ってきている。
読めない……!
だが……面白い……!
肩に刺さったナイフを抜き捨て、準備運動のように刀を振るう。
「君がそうするのであれば……私も余計な思考なぞ捨てよう。」
頭を使うことを止め、ただ本能のままに刃を振るう。
理解出来ない世界だと思っていたが、まさか自分からそれをするときが来ようとはな……!
フィカスの身体が動いた。
一歩目は小さく、二歩目は大きく。
勢いをつけた、直進的な動きだ。
どう来る……見ろ……だが考えるな!
フォルフェクスの刀がピクリと動いた。
対応されそう……。
駆けながら思ったのは、たったそれだけだった。
他にも漠然と色んなことが頭に浮かんでくるが、どれも形にはならず沈んでいく。
「……フゥ…………!」
息を一つ、吐いた。
――回避しよう。
フィカスは過去の出来事を振り返る。
使えそうなものは……。
「……!?これは……!?」
フォルフェクスは、目の前に出現した巨大なバネに吃驚する。
「ふっ……!」
ジャンプして巨大なバネに乗り、フィカスは空中へと跳躍した。
ここからの攻撃は……。
体勢が上下逆さまになり、天地が逆となった景色を見ながら、星形の刃を創造する。
空中の感覚は、アベリアのおかげで知っている。
落ちていく感覚はとても緩々だ。この状態なら、攻撃を失敗するはずがない。
「……がぁっ……!」
これは……手裏剣か!
腹部に刺さった手裏剣を引き抜き、フォルフェクスがフィカスの方を見ると、着地を決めているところだった。
それを見て、今度はフォルフェクスが駆け出した。
フィカスが大勢を整える前に攻撃をする算段だ。
「後ろから……きっと……!」
振り向いてから小剣を振っては、間に合わない気がした。なら、後ろを見ずに攻撃をするしかない。
この場面で有効な武器は――。
レイピアを創造し、フィカスは振り向かず背後に向かって刺突を繰り出した。
きっとこの人なら、最善の動きをしてくる。だから――。
「――ここに来る。」
「……ッ……見事だ……ッ…………。」
フィカスのレイピアが、フォルフェクスの腹部を貫通した。
手ごたえはあった……だが……。
「まだだ!」
二人は同時にそう叫んだ。
次の攻撃への一手は、まだ死んでいない。
フィカスはレイピアを手放し、剣を創造すると振り向いた。
フォルフェクスは腕を動かし、刀を振る体勢に入っていた。
そして、両者は同時に己の刃を振るった。