105:思考
……どうすれば……いい…………?
胸部をブーツで押さえつけられ、まともに身動きが取れない……。
「ぐぅ……っそ……!」
……まだ諦めていないのか。
この状況においてももがくフィカスを見て、フォルフェクスは静かに感嘆する。
普通、ここまで追い詰められたら、もう勝てないと悟り抵抗を止めるものだ。けれど、この少年にそれは見られない。
まだ勝つ算段があるのか。
それとも、諦めが悪いだけか。
いずれにせよ、このまま刀を心臓に突き刺せばそれで終わりだ。
「結局のところ……私の勝ちに変わりはない。」
静かに、ゆっくりと、しかし確実に刃が迫ってくる。
……どうすればいい?どうすればこの状況を抜け出せる?
アベリアやジギタリスならば、力任せに立ち上がることが出来るかもしれない。
サンナなら、ここから抜け出す方法を知っているかもしれない。
セプテムなら、ここからでも魔法で反撃するだろう。
……けど、僕にはそういうことは出来ない。
ダメだ……最後の最後まで考えることを止めるな……。
皆だったら、どうやってここから反撃する……?
皆なら……。
「……あ…………。」
ふと、思い出した言葉があった。
”過去を振り返りつつも今に集中する……それが冒険者フィカスだよ。いいね?”
……この言葉を聞いた時、僕は何を思った……?
”初心を忘れるな”
――これだ。
他の誰でもない、僕ならばこの状況、どうやって打開する……?
「……まだ…………だ……。」
創造魔法!
己を踏みつけているフォルフェクス、その上空に岩の塊をイメージする。
「何を言って……ッ……!」
勘がいい。
フォルフェクスは頭上を見やり、咄嗟に飛び退いた。
――これで、押さえつけていた力はなくなった。
でも、この弱った身体で上手く動けるか……?
――大丈夫。自分を信じろ。周りをよく見ろ。
今まで通りに!
「……!」
気のせいか、落ちてくる岩石がゆっくりに見える。それに、細部まではっきりと視認出来る。
……一体どうなって……いや、今はどうでもいい。
フィカスは素早く立ち上がり、落下してくる岩石を躱すと同時にフォルフェクスへと前進した。
「……!まだそのような余力が……!」
――見える。
太刀筋だけじゃない。全体の挙動。表情。暗闇の中だというのに、その全てがくっきりと見える。
小剣を創造し、刀を弾き、身体の深部へと迫る。
「ぐっ……!」
フォルフェクスは上体を大きく後ろへと逸らし、刀を胸の前に持ってきてフィカスの一撃を凌いだ。
防がれた……!次の一手は……!
――脚が動いた……下がろう……。
フィカスが後退した次の瞬間、フォルフェクスから蹴りが繰り出された。
「なっ……!?」
――一歩前に出た体勢……次の刃はきっと、僕から見て右から来る……!
フィカスは再び前へと出、右から振られた刃に沿って小剣を振るい、左へと大きく流した。
――今だ!いや……逃げられる……。
刃を叩きつけるよりも速く、フォルフェクスは距離を取った。
「……見えているのか……この私の動きが……!」
「うん……見えるよ……。」
どうしてかは分からない。
これまでにない感覚だ。
色々な思考が水に浮かぶように出てくる。けれど、それによって動きが阻害されることはない。
まるで、身体と頭が別々にあって、それをまた違うところから見ているような……。
「……忘我状態に入ったということか……!」
「フロー……?」
「そうだ。頭の回転が限界を超えた状態……それがフローだ。その状態に入れる者はほとんどいない。さらに君は特異魔法の能力をも持っている。」
この二つを兼ね備えた人材が、はたしてこの世界に何人いることだろうか……?
片手で事足りるかもしれない……それほどまでに貴重な存在だ。
「――君は、その力を世の中のために使うつもりはあるのか?」
世の中の……?
きっと、政治とか社会貢献とか、そういう類の話なのだろう。
なら、答えは決まって……いや、現時点では……。
「――ない。僕は冒険者だ。パーティのために、僕はこの力を使う。」
そうだ。これが原点だ。
自由が欲しくて、友達が欲しくて。
――信頼出来る、苦楽をともに出来る存在が欲しかった。
そして、それは手に入った。
だから、今は今のままでいい。
「……そうか。ならば、仕方がない。君を取り入れることは諦める。……無理やりにでも捕まえてやろう。」
「絶対にそうはならない。僕はあなたに勝って……皆と一緒に冒険を続ける!」
重心を少し下げ、腕を引く。
「いいだろう……この私に勝つつもりか。」
フォルフェクスが動き出した瞬間、フィカスもまた動いた。
地面を強く蹴り、間合いを一気に詰める。
「……良いことを一つ、教えてやろう。」
互いの刃がぶつかり合い、鍔迫り合いに入る。
「フローは脳をフルに稼働させる。果たして何分持つ――?」
フローとは、極限の集中状態だ。
数分でそれが途切れるだけでなく、余計な思考、雑念、外部からの刺激――。
僅かな出来事によって、簡単に途切れる。
「なら……それまでにあなたを倒す……!」
素早く腕を右に振り、互いの刃を弾くとともに距離を取る。
単純な力比べだと、集中力だけではどうにもならない。
仕切り直しだ。
「いいだろう……。」
ここまで勝負に熱くなれるのは、一体いつぶりだろうか?
フォルフェクスは、かつてないほどの胸の高ぶりを実感する。
「君の名前は――?」
「……フィカスだ。」
フィカス……か。
これほどまでに優秀な存在だ。是非とも我が配下に欲しい。
彼の才能を、実力を観察していたい。
だが……それは叶わないことだ。
私は軍師だ。この戦争に勝つ義務がある。それを成し遂げるためには、たとえ誰であっても始末せねばならない。
「さぁ……来いフィカス!決着を着けるぞ!」