104:刀
……流石に、この暗さだと見えづらいな。
鏡のような銀色をした長い刃――刀を構えたフォルフェクスを捉え、フィカスは顔をしかめる。
啖呵を切ったのはいいけど、慣れるまでは慎重に行こう――。
自分にそう言い聞かせ、フィカスは駆けだした。
「……。」
仕掛けてくるか。
夜目が利いているだろうとはいえ、刀自体にはまだ慣れていないはずだ。
と、すればだ――。
フィカスとの距離がまだ近くない状態で、フォルフェクスは刀を大きく横に振るった。
「……!」
牽制?
にしても、まるで間合いが合っていない。ミスなのか?
「……っ消えっ……!」
振り切った刀が消えた。
いや違う!
側面をこちらに向けることで、景色を同化しているんだ!
けど、サンナから聞いていた話と少し違う。
フォルフェクスが地面を蹴って、大きく前へと出た。
「見えなくてもッ……!」
柄と腕までもが消えたわけじゃない。
つまり、そこを見れば……!
「……ほう。」
甲高い金属音が静寂な森に響いた。
「よしっ!」
多分、サンナと戦った時とは別の刀なのだろう。
それでも、戦うことは出来るし、この場で対応すれば良いだけの話だ。
脚を動かし、フィカスはさらに間合いを詰める。
全体を観察することを意識しながら、コンパクトに小剣を振るっていく。
「……ふむ。」
攻勢に出たフィカスを観察するようにフォルフェクスは刀で応戦する。そこには余裕が見えていた。
――いい判断だ。
リーチがある刀に対して、近接戦を選び得意な剣術を押し付けていく。
この少年が使っているのは、ナイフを上手く扱った動きのそれに近い。アサシンにでも教わったのか?
「……動きは悪くない。だが――。」
フォルフェクスは腕に力を込め、一振り一振りの強さを高めていく。
小剣で受け止めようとすれば、力負けし足が地面を滑る。
「――君の勝ち筋は、まだまだ穴が多い。」
互いの刃がぶつかる直前、手首を曲げ刀は小剣のすぐわきを通り抜けていった。
そして、空振りに終わりバランスを僅かに崩したフィカスに下から刃が迫っていく。
「ぐっ……ッ……!」
慌てて後ろに跳んだが、左足を少し斬られた。
でも、致命傷じゃない……次、気を付ければ……。
「集中が乱れているぞ。」
フォルフェクスの猛攻。
身体の捻りを加えた、縦横無尽に繰り出される剣撃に少しずつ傷が増えていく。
「くそっ……!」
どうして?
どうして攻撃を喰らうんだ?
もっと集中だ……もっと相手を見ろ……完璧に捉えるんだ……!
じりじりと下がり出す脚を無理やり止め、攻撃に出る。
脇を締め、刺突を中心に攻撃を繰り出す。
が、どれも届かない。
「……ぐぁっ……!」
鍔で切っ先を逸らされ、柄で腹を突かれた。
予想外の攻撃にふらついたところに、斬り上げが襲いかかってくる。
これを受けちゃダメだ……防げない……なら!
反射的に飛び退こうとした身体にブレーキをかけ、左斜め前に移動する。
刃は右下から伸びてきていた。つまり、この方向に沿って動き身を屈めれば……!
刃はフィカスの背中すれすれを通り過ぎていき、がら空きな真横に出ることに成功した。
「喰らえっ!!」
「甘いっ!」
フォルフェクスもまた前進し、フィカスの渾身の反撃を躱した。そして、振り向き様に刀を地面と水平に大きく薙いだ。
「ぐあぁぁぁぁぁっっ!!」
背中を深く斬られ、思わず握っていた小剣を地面に落とした。
ぐぅ……ダメだ!ここで怯んじゃ……!
歯を食いしばり、強く地面を蹴り前へと跳躍する。
「好判断だな。だが……これで君は武器を失った。」
追いかけて来ず、フォルフェクスはゆっくりと刀を構え直した。
「まだだ……まだこれからだ……!」
創造魔法!
ここでフィカスが選んだ武器は大剣。
これまでの細かいやり取りに鑑みて、それを度外視出来る大剣を選択した。
「武器が……君の魔法……ということか。」
この反応……やっぱり、僕たちのことを知らないのか。
「さぁ行くぞ!」
両手で強く柄を握り、接近するとともに大剣を振り下ろした。
それに対する反応は、至ってシンプルであった。
ハンマーで金属を叩いたような、低く強い音が響いた。
「……思考は悪くない。」
「……ッ!?」
フォルフェクスはその場から動かなかった。
そう、彼は細い刀で大剣を受け止めたのだ。
「なんで……ぐっ!」
刀を外へと回すように振り、大剣を脇へと弾いた。そこに刃が入る。
左腕を浅く斬られた。大丈夫、まだ動かせる……。
でも、何で大剣を受け止められ……。
「余計な思考をされると面倒だ。種明かしといこう。」
フォルフェクスは手に持つ刀を弄ぶ。
「私には特異魔法の能力が備わっている。区分としては、恐らく君と同じだろう。そして私の魔法は……手にしている武器の硬度を上げる、というものだ。」
だから、大剣の一撃を受けても折れなかったのか……しかも、それだけじゃない。
単純に、当人の力が強い。大剣の重い攻撃を止められるほどに。
大剣じゃダメか……ここは別の武器を……。
「思考が鈍っているぞ!」
速い!
あっという間に目の前まで迫ってきた。
大剣の重さじゃ間に合わ……。
「があぁぁぁっ!!!」
斬りつけられ、地面に倒れたところをブーツで踏みつける。
そして、切っ先を少年の顔へと突きつけた。
「――君の負けだ。」