103:邂逅
「ほら、もう先に行っていいよー。」
本当にエレジーナは、私たちのことをあっさりと通してくれた。
「いやぁ勝って勢いもついたところで、フィカスのところに……どうしたんだ?」
「いえ……考え事をしていただけです。」
ボロボロになった衣装を脱ぎ捨て、サンナは神妙な面持ちでそう答えた。
……エレジーナとは違う、別の戦い方……か。
今の私に、それを見つけられるのか?
見つけたとしても、それを実践出来るのか?
駄目だ……不安ばかりが募る。これでは、これからの戦いに集中出来ない。切り替えないと……。
「そういや、さっきアベリアの叫び声がした気がしたけど、なんかあったのか?」
「うぇっ!?何でもないから!?」
「お、おう……そうか。」
反応から何かしらあったのは間違いなさそうだが、思い当たる節はジギタリスにはなかった。
「と、とにかく急ぎましょう!フィーくんはもう、戦ってるかもしれない!」
「……はい。行きましょうか。」
「おう!」
三人はリーダーの待っているところへと向かって駆けだした。
――サンナたちと別れた後、フィカスは足音を出来るだけ立てぬよう慎重に、それでいて急いで森の中を駆けていた。
本当に誰もいないな……。
敵の兵士は全てレグヌムへと向かったはずだから当然ではあるのだが、それでも誰とも遭遇しないとそれはそれで不安になってくる。
……本当にこの森にいるのかな?
嫌な想像が頭を過ぎった。
けれど、それは杞憂に終わった。
誰か一人が、開けた場所に立っていた。
「ふむ……やはり来たか。」
背の高い、プラチナブロンドの髪をした若い男性はフィカスに視線を送った。
「……僕が来ることが、分かっていたのか?」
気付かれたのなら、コソコソしていても仕方がない。
フィカスは木々の陰から姿を見せた。
この人が……きっとフォルフェクスだ。
サンナとアベリアから聞いていた容姿と一致する。
「君が来ることが分かっていたわけではない。ただ、手っ取り早く勝利を収めるのであれば、私の元へと来るだろうと思っていただけだ。」
男は黒い軍服を着ており、闇に紛れてその輪郭が捉えにくい。
「分かっていたのなら……誰か護衛がいるってこと……なのか?」
「一手用意していた。恐らく、君が遭遇したであろうアサシンのパーティだ。しかし、君がここに辿り着いたということは、彼女たちがやられたということか?いや……一人だけを送り込むのは、リスク対策がなっていない。」
フォルフェクスは敵が前にいるのにも関わらず、顎をつまんで思考に入る。
「と、すればだ……君の仲間は現在、アサシンと戦っており、君だけがたまたまここに来ることが出来た……と考えられる。」
「そして――。」と言葉を続ける。
「君の質問への回答をはっきりとしておこう。今ここにいるのは、私と君だけだ。護衛はいないと神に誓おう。」
信用出来る……?
普通は出来ない。
でも……神に誓うという言葉が引っかかった。
何か宗教にのめり込んでいる人ならば、その言葉に嘘はないだろう。
「だとしたら……どうしてそれを僕に言うんだ?」
たとえ嘘でも、護衛が隠れていると言った方が優位に立てるはず。
「気まぐれ……かもしれないな。いずれにせよ、私を倒せばこの戦争は終息することだろう。なぜなら、私が仕掛けた戦争であるからだ。さて……これで君は目的が見えてきたわけだが、感想は何かあるか?」
情報を与えることは通常、不利益にしかならない。
けれど、敢えて敵に目的を与えることで、敵はその目的ばかりに注力するようになり、他のことに目を向け辛くなる。
それはつまり、周りを警戒した立ち回りや偶然による産物は全て、取り除かれるということである。
実力勝負。
一言で言うならば、それに尽きる。
「……。」
フォルフェクスの考えていることが読めない。
どうしてここまで話すんだ?向こうにとって、メリットがない気がする。
いや……そもそも、こうやって悩ませるためにワザと喋ったのかも。
だとしたら、ほとんど出鱈目で真実は……。
「――余計な思考をされては困るな。君には、全力を持って私にかかってきてほしい。私はそれに応えよう。」
その言葉の真意は、余裕か、それとも自信か。
けれど、今の台詞ではっきりしたことが一つだけある。
「……分かった。……行くぞ!」
この男は嘘を言っていない。
嘘で混乱させることが狙いなら、今の発言は失言だ。
無論、それも作戦で周囲への警戒を怠らせることが狙いの可能性もある。
でも……それはない。
直感のようなものだが、フィカスは確かにそう感じた。
それに……本当に誰か隠れているなら、今の会話の最中に攻撃してきてもよかったはずだ。
「ふむ……迷いは失せたようだな。それでいい。かかってくるがいい。」
これで想定外はなくなった。
そうなれば勝負は必然的に――。
――私が勝つ。