101:商人
その小柄な体躯には似合わない長剣を持って、襲いかかってくるウルミをジギタリスは大剣で防いでいた。
ジギタリスの腕力ならば、大人でも振り回されがちになる大剣を自在に操り、普通の剣を扱うかの如く振るうことが出来る。
「……っと!危なっかしいな!」
長剣が大剣とぶつかり合いつばぜり合いの状態になると、ウルミはあっさりと長剣を手放した。
受け止める体勢であったジギタリスは、その力の出し先を失い武器が身体から大きく離れた。
そこに背中から取り出した小型の鎌が襲いかかってきた。
ジギタリスは悪態を叫びながらバックステップでそれを躱し、身体を捻って大きく大剣を横に振るった。
「……。」
ウルミは鎌をジギタリスに向かって投げ捨て、それに怯んだ隙に距離を取り、今度は小型の弓を取り出した。
黄緑色に光る石が矢尻に付いた矢を構え、ジギタリスに焦点を合わせる。
「んだそれは……っと!」
矢が放たれ、着弾したのはジギタリスから少し離れた地点。しかし、その地点からドーム状に黄緑色の光が発生し、バチバチと音を立てた。
「……チ。」
ウルミは顔を僅かに歪ませた。
やっぱりこの弓じゃ飛距離が足りない。
アサシン用のローブに隠せるサイズを選んだが、それが仇になったようだ。
「いいモン持ってんじゃねぇか六号ちゃんよぉ!」
あれは……魔法石か!
魔法のエネルギーが込められた自然物。砕けると同時に込められていた魔法が発生する代物だ。
とても高価な上に使い捨て。上級冒険者でも中々買わない物である。
「……ウルサイ。」
ボソッとそう呟き、ウルミは片手サイズの白い球を取り出した。
「ん……あれは……。」
見覚えがある。
前に戦った時にやられた、粘着性の液で固定してくる道具だ。
それを振りかぶり、野球のフォームで投げてきた。
「どんな物か分かってれば、避ければいいだけの話よ!あらよっと……うぼっ!?」
ヒョイと球を躱したが、その球は後ろの木にぶつかると破裂し白い煙を大量に吹き出した。
似てるだけで別物かよ……!
「まぁでも……そうだよな!」
煙の量は凄いが、範囲はそこまで広くない。
つまり、回り込もうとすればジギタリスに見えてしまう。
だからこそ、ウルミは目くらましを盾に正面から接近を選んだ。そしてそれは、ジギタリスにも分かっていることだった。
赤く光るナイフを取り出し、それを全力でジギタリスに向けて叩きつける。
「ぐっ……うあっつっ!?」
大剣で受け止めたが、思わず大剣を落としてしまいそうになった。
これはマジックナイフか……!
それも炎魔法が宿っている。
「こんのっ……!」
反撃に出ようと大剣を振り回すが、ウルミの小さな身体を捉えることが出来ない。
「くっそぉっ……!」
――落ち着け。焦るな。
攻撃に出たくなる衝動を抑え、その場に踏み止まる。
「……?」
……らしくない。
ウルミはジギタリスが嫌いだった。
いつもうるさくて、暑苦しいから。
その気質を知っているからこそ、攻撃の手を止めた彼の姿は異様に映った。
「……ふぅ…………。」
息を吐いて、身体を、心を落ち着かせる。
落ち着くんだ。それで、思いだせ――。
”いいか?ジギタリス。良い商品を見分けるコツはな――。”
あ、違う。この記憶じゃない。
”道具のことは、可能な限り記憶しておくんだ。商人が商品のことを把握していないと、売ることが出来ないからな――。”
これだ。この次に商人先輩は何て言っていた――?
”道具は必ず、正しい使用用途を守ること。無理に使おうとしても、危ない上に壊れやすいからな。”
――これだ。
「……無理に使ってはならない、か。サンキュー先輩。おかげで冷静になれたぜ。」
「……。」
ジギタリスの雰囲気が変わった。暑苦しさが抜けて、力が抜けているように見える。
「っしゃー!!行くぞ六号ちゃん!!」
「……。」
前言撤回。やっぱ暑苦しいコイツ。
そして……動きが変わった?
今までは力任せに武器を振るっていたが、落ち着いた――丁寧な剣術に切り替わった。
……まぁ、まともに勉強していないのだろう。振り方が色々と雑だ。
でも、戦闘スタイルが変わったことに違いはない。
「おらっ!喰らえ!」
両手でしっかりと柄を握り、大剣に振られないように腕に力を込める。
振りたいところまで降ったら、そこでしっかりと止める。
イメージはフィカスの剣術だ。
とにかく丁寧に、決して無茶はするな。そして……待つんだ。
「……。」
やり辛い。
ウルミはそう思った。
スタンダードな立ち振る舞いであるからこそ、隙らしい隙が見当たらない。
ミスが出るまで待って、そこにつけ込むか?いや、それだと時間がかかる。ある程度時間が経ったら引き上げるという話だ。
なら……ここで……。
「……!待ってたぜぇ!」
ウルミがジギタリスの攻撃を躱した直後、身体が斜めの体勢で衣装から道具を取り出した。
そのタイミングで、大剣を投げ捨て左拳をウルミのわき腹に入れた。
「……ぐぅ。」
抑えめな呻き声を上げ、ウルミはその場にしゃがみ込んだ。
……勝負に焦って道具を無理に使おうとする時を待っていたのか。
……やっぱり、コイツ、嫌いだ。
「ガハハ!俺の勝ちだな!六号ちゃん!」