99:天使・3
初めて人を殺したあの日から、そういう類の仕事は加速的に増えていった。
一年も経つ頃には、それに対する感覚が、感情が全て麻痺していた。
「――サンナちゃんは、将来何になるの?」
「えっ?私ですか……?私は……まだ……エレジーナは、決まってるんですか?」
あの日から数日間、サンナちゃんの様子が少し変だったような気がした。
けれど、そうだったのは数日間だけで、すぐにいつもの調子に戻っていた。
「私……私は……そうだねー……冒険者、かな?」
思いつきでそう口にしたが、中々良い仕事だと思っていた。
自由に、やりたいことをやって生きていくって素晴らしいよね。
「冒険者?ちょっと意外です。」
「え?そうかなー?」
生活リズムがグチャグチャな私には、むしろ合ってると思うんだけどなー。
「はい。その……エレジーナは、暗殺者には……ならないんですか……?」
急に何の……。
と思ったが、すぐに合点がいった。
ああ……きっとこの子は、見てきたんだろうな。
「……なるよ。」
「やっぱり……そうなんですね……。」
「でも、冒険者になるよ。」
「はい?」
何を言っているんだこの人は?
みたいな目で見てくる。
まぁそりゃそうだよね。対照的な仕事を両立するなんて、おかしな話だ。だけど……。
「本気だよ。私は正義のアサシンになる。自分にとって正しいと思える仕事を選んで、悪い人をやっつける。そんなアサシンになる。」
これも思いつき。でも、こんなにスラスラと言葉が出てきたんだから、無自覚だっただけで心の奥底ではそう考えていたのかも。
「じゃあ……!私もその時は……!」
「だーめ。サンナちゃんには、サンナちゃんに合ったメンバーが必要だよ。それは私じゃない。じゃ、そういうことだからー。」
「えっ……どこに行くんですか!?」
「お仕事だよーまた明日ー。」
時間的にそろそろ、また次の仕事が入ってくる頃だ。
「今回の仕事は、この屋敷にいる人を全て――です。」
「……了解。」
真夜中――。
馬車で移動し、村からかなり離れたところにある大きな町。
その町の一番大きな屋敷の前にサンナと紹介人は来ていた。
「では、お気を付けて……。」
「どうもー……。」
屋敷に向かって歩きながら、珍しいと首を傾げた。
紹介人はいつも、もっと離れた地点から見ているのに、今日は近いところにいる。
まぁどうでもいいか。ついて来られたら、流石に邪魔だと思うけど。見ている分には、どこにいてもさして変わらない。
玄関の扉を音を立てぬよう、慎重に開け侵入する。
知識と技術さえあれば、大抵の鍵は開けられる。もっと進化した鍵が出てきたらお手上げだけどね。
屋敷内は寝静まっていた。
「……。」
変なの。普通、警備員とかいるんじゃないの?
おおらかな人なのか、見かけよりも金を持っていないのか……。
とにかく、人がいる部屋を探して歩き回る。
――一階には誰もいなかった。
となると、必然的に二階にいることになる。
大きな階段を上がっていき、一つひとつドアを小さく開けて確かめていく。
「……いない。」
まだ一人も見つからない。
留守?いや、それなら今日にここに来るはずはない。仕事が滞りなく進むよう、在宅時に依頼がくるはずだ。
残り一部屋……。
確実にここにいる。家族全員でここで寝ている?
いや、もしかしたら屋根裏にも部屋が……。
あった気がする。正確には、それらしき入り口が、だが。
でもまぁ、そこのチェックはこの後でいいだろう。
まずはここを調べてから――。
「…………ッ!?」
ドアノブを慎重に回し、扉を少しばかり開いた瞬間、背中に蹴りを入れられ部屋の中に私は倒れ込んだ。
「ふむ……まだ少しばかり幼いが、いい娘ではないか。」
顔を上げると性格の悪そうな、下品な顔をした男性がそこには立っていた。
「でしょう?大人しい気質なので、あまり大声も出さないと思います。」
……知っている声が、背後から聞こえた。
「ぐがぁっ!?」
起き上がろうとした背中に強く足が入り、顔を床に打ち付けた。
エレジーナは床に押さえつけられた状態で顔を動かし、背後に睨みつける。
「怖い顔をしないでください。これからこの方に、大人にしてもらえるのですから。ほら、もっと笑ってください。」
「どういう……つもりですか……!?」
自らを踏みつけている男――紹介人の男を殺気の宿った目で見つめる。
「どうも何も……この方から依頼があったのですよ。美しい娘を持ってこい、とね。」
「そういうことだ。君は騙されたんだよ。」
……うかつだった。
仕事内容への感覚が麻痺していたせいで、警戒心が薄くなっていた。
そのせいで、警戒心は常に持っておくという、当たり前のことを怠っていた。
……どうにかして逃げないと――マズい。
「さて、俺の気は長くないんでね。娘も屋根裏に閉じ込めたことだし、邪魔する者は誰もおらん。」
屋敷の男が近づいてきた。
……もう動けないと油断しているはずだ。
エレジーナは背中に力を込め、金色の翼を――天使だけが持つ翼を生やした。
一気にこれで……。
「ぐあぁぁぁっ!?」
直後、右の翼に激痛が走った。
見るとナイフが突き刺さっていた。
「あなたが天使であることは知っているので。これでもう、逃げられないでしょう?」
「さて……これで準備は万端だな。」
屋敷の男はそう言ってしゃがみ込み、エレジーナの顔を掴んだ。