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餓鬼

 雨の中、旅人の男が雨宿りの場所を探している。

背中には大きな荷を背負っている。恐らく行商人だろう。

宿を出る時、空模様が怪しかったが、急げば次の宿場までは大丈夫だろうと安易に考えた。

しかし、思っていた以上に強い雨が降ってきた。

視界の悪い中、前方に村が見える。

男は内心「助かった」と思い、村に入り最初の家の戸を叩いた。

返事は無い。仕方がないので次の家に行き再び戸を叩いた。

ここも返事が無い。男は戸を横に引き開けてみた。

つっかえ棒がされていなかったのか、戸は簡単に開いた。

 「邪魔するぜ」

暗い室内に、雨音と男の声が響いた。男は足を中に踏み入れ様子を探る。

人の気配が無い。家の者が出かけているのか、空き家なのか分はからない。

男は雨がむまでの間なので、休ませてもらおうと考えた。家の者が帰ってきたら、誤れば済む事だ。

屋根を叩きつける雨音が強くなってきている。男は窓から外を眺めた。

昼間だが薄暗い中、田んぼが見える。しかし、見るからに雑草だらけで、稲が見えない。

季節は夏から秋に向かう所で、本来なら稲が青々としている時だ。

昨年は不作で飢饉状態だったが、今年は旅の途中で見かける田んぼは青々としていた。

 「ここは廃村なのか?」

男は不安になったのか、独り言を口にした。

屋根を叩く雨音は強いままで、止む気配がない。ここで雨宿りするのが一番の得策だが、何故か落ち着かない。それに腹も減っている。

秋に近づいているせいか、少し肌寒いと思った。

幸い炭があったので、男は囲炉裏に火をくべた。

しかし食べ物はない。次の町まで一気に行くつもりだったからだ。

もうここで夜を明かすしかない。男は空腹をこらえ横になった。

ウトウトとしかけた時、雨音に交じり、カサカサという音が耳についた。

男が目を開けると、小さな虫が這ってくるのが見える。

男は最初、せみの幼虫かと思ったが、この時期に幼虫がいる訳はない。

囲炉裏の明かりの中、男は目を凝らして虫を見た。

     ギャアーーーーーーーーー

男は悲鳴を上げて、足を払った。

蝉の幼虫と思ったものは虫ではなかった。

大きさは幼虫位だが、人型で顔がある。

目がある。鼻がある。口がある。そして、つのがある。

異様に下腹が膨れた異形の生き物。

     餓鬼だ!

男は立ち上がり、戸を開け外に飛び出そうとしたが、何かにぶつかり、中に戻された。

入口の方を見ると、びしょぬれで、裸の女が立っている。

 「あんた、ここの住人か?」

男は震えながら女を見た。しかし女は何も答えない。

 「鬼だ、鬼がいるんだよ」

立ち尽くす女に、再び男が声をかける。

男の声が聞こえたのか、女が口を開いた。

開いた口から声は出てこなかった。変わりに餓鬼が女の口から這い出して来た。

餓鬼は女の口から、目から、鼻から、耳から次々と這い出して来る。

百匹以上の餓鬼が男を囲む。

女はしぼんだ風船のように、皮だけになり地面に転がった。

     アーー  アアーーーーー

男は悲鳴なのか、嗚咽なのか分からない声を出し、地面に座り込んだ。

餓鬼を見て、皮になる女を見て、男の精神は崩壊したのかもしれない。

座り込んだ男に、下腹を膨らませた餓鬼達が群がる。

地面から這い出した蝉の幼虫が木に登るように、男の顔に近づいて行き、口から体内へと入って行く。

まるで男が餓鬼を食べているようにも見える。

全ての餓鬼が男の中に入って行った。

男はふらふらと立ち上がり、荷物を背負い家から外に出た。

先程の大雨が嘘のように、夜空に月が出ている。

ぬかるんだ足場をぎこちなく歩く男を、月光で導きたくないのか、月が再び雲の中に身を隠した。




 「ご隠居、やっと阿波に渡れましたね」

 「そうですな助さん」

光圀一行は海を渡り、四国に来ていた。

長雨が続き舟が出せなかったため、しばらく足止めをくらっていたが、やっと四国に足を踏み入れる事が出来た。

 「昨年の飢饉では、この阿波の国がかなり危なかったと聞きましたが今年は大丈夫そうですな」

大きな男、渥美角之進が青々と映える田んぼの様子を見て安堵の声をあげた。

 「そうですね、今年は全国的に良いという報告を受けてます」

 「それは何よりですな」

 「しかし昨年の影響で、まだ民が苦しんでいる所が多くあるようですな」

光圀の話では、昨年の不作の中でも無理矢理に年貢を納めさせた藩があり、餓死する民、百姓が出ており、今も満足に食べ物を食べられずにいる人々が多くいるという。

 「待ってくだされ!」

前方の田んぼの向こう、村の方で声が上がる。

光圀達が見ると、米俵を載せた荷車に百姓がしがみついている。その周りを役人達が取り囲み、百姓を荷車から力ずくで離そうとしていた。

 「しつこい奴だ! 離れろ!」

役人の力で百姓がを地面へと転がされた。

 「また米を取りにくるから、準備しておれ!」

助と角が百姓の所へたどり着いた時に荷車は、役人達の手で距離が離れた所まで運ばれていた。

百姓は項垂うなだれ、その場で涙を流していた。

 「大丈夫ですか?」

角之進が百姓を助け起こした。百姓は最初、角の巨体に驚いてびくついていたが、光圀の温和な笑顔を見て礼を述べた。

 「ありがとうごぜいますだ」

 「いえいえ、怪我はありませんか?」

 「へえ、大丈夫です」

百姓は少しふらつきながら、頭を下げた。

 「しかし、酷い役人ですな。何があったのですか?」

 「はい、実は・・・」

百姓が言うには、昨年が不作だったので城下の米が足りないからと、早場米を持っていかれたとの事だった。しかし先月までは、城下の方でも不作を考慮して倹約していたので蓄えがあるから、早場米は昨年苦労させた分、百姓衆で食べても良いとお達しを頂いていたはずなのに、事情が変わったと無理矢理に持って行かれたらしい。

 「今年もまた、ひえやあわを食べるしかねえだ」

百姓は田んぼの稲と同じように、こうべを垂れて村へと戻っていった。

百姓の後ろ姿を見送りながら、光圀は顎鬚を撫でた。

 「ご隠居、これでは百姓衆が飢え死にしますよ」

 「うむ、徳島藩で何か起きているようですな。城下町で探りを入れるとしましょう」

光圀一行は村を抜け、城下町へと足を急がせた。




 「殿の様子がおかしい?」

徳島藩家老、賀島重玄かしましげはるが部下からの報告を耳にした。

報告によると、藩主の蜂須賀綱通はちすかつなみちは自室に籠もり、出てこようとせず、食事も自室で済ませられて、誰も部屋へは入れさせてもらえないとの事だった。

 「分かった、今宵は新しい側室が入ったゆえ、様子を探らせてみよう」

賀島は十代後半と見える綺麗な女子おなごと並んで、綱通の部屋へとやって来た。

 「良いな、殿は優しいお方じゃ。無礼の無いように伽を務めるのじゃ」

 「はい」

女子は初めての夜伽なのか、声を震わせながら返事をした。

賀島は女子を残し、綱通の部屋を後にした。女子は不安が拭えないのか、賀島が見えなくなるまで背中を見送り、部屋の中へ声をかけ、障子戸を開いた。

部屋の中には行燈(あんどんが灯っているが、何故かうす暗い。靄がかかっているのではないかと思ってしまう位だ。そして何かこうを炊いているのか異臭がする。

 「殿、初めまして。小知代おちよと申します」

小知代は、布団の上に座り背中を見せる綱通に声をかけた。

 「今宵、伽をさせていただきたく思い、参りました」

小知代は帯をほどき、着物を脱いでいく。

あと一枚脱ぐと、裸になってしまうという時、恥じらいがでたのか、小知代が動作を止め綱通を見た。

綱通は行き成り立ち上がり、小知代を抱きしめた。

 「と、殿!」

驚いた小知代は抵抗できず、そのまま布団の上に倒れこんだ。

綱通の舌が小知代の首筋を這う。小知代は優しい殿と聞いていたのに、全然違う態度に戸惑いながらも、自身の初体験を覚悟した。

綱通の愛撫を受けながら、小知代は視線を横に向けた。向けた先に何かが横たわっている。

 「着物?」

小知代は内心で呟き、目をこらした。

着物の先に萎んだ頭部のような物が見え、曲げが結われている。

小知代が横たわっている物の正体を察して、声を上げようとしたが、喉に強烈な痛みを感じ声を出せなかった。

綱通が小知代の喉に噛みついたのだ。綱通はそのまま小知代の喉肉を食いちぎり食べ始める。

小知代は呼吸ができず、遠のく意識の中で、血だらけで自分の肉を噛む綱通を見た。

綱通は再び小知代に喰らいつき乳房を食いちぎった。

小知代がその痛みを感じる事はなかった。





「ここだけの話だがよ」

 「なんだ?」

 「関所の所にな、人の皮だけが残されていたそうだぜ」

宿をとった光圀達は、城下町を散策している時に立ち寄った飯屋で、不穏な会話を耳にした。

 「おもしろそうな話ですな」

光圀が話をしている男達の席へと近づいた。

 「なんだ、爺さんは?」

急に割り込んできた光圀達に、男達は怪訝な顔を見せた。

 「いやいや、すみません。私は旅の者で、その土地の噂話が楽しみの一つでしてな」

 「へー、そうなのか」

 「はい、先程の話、詳しく聞きたいものですな」

 「しかし、お役の話だからな」 

口止めされているわけではなさそうだが、男は部外者へ話すのを拒んでいるようだった。

 「ははは、酒の肴での話ですよ。ここの勘定と追加の酒代は私が払いましょう」

 「おお、そうか。それなら」

男は光圀が追加した酒をがれ、口が緩んだのか、最初から事の顛末を喋り始めた。

男は関所の仕事をしており、十日程前の事と前置きをした。

行商人が関所を通ろうとした時に、役人の長浜に止められた。長浜は関所の責任者で、その時に関所は取り込んでいて、長浜が一人で行商人の取り調べていたらしい。

 「とにかくその行商人は、通行手形は持っていたのだが、口を開こうとしないんだよ」

 「ほうー  喋れない行商人ですか」

 「そうよ、俺も他の通行人の相手をしていて、横目で行商人を見たが、とにかく気持ち悪い奴だった」

取り調べ室に入ったまま、中々出て来ない長浜と行商人をいぶかしく思った他の役人が部屋を覗くと、長浜の姿は無く人の皮のような物が転がっていたらしい。

 「長浜様はどうされたのですか?」

 「聞いた話だが、その後、城で長浜様を見た者がいたが、その後は行方不明だそうだ」

 「不思議な話ですな」

 「そうだろう。  爺さん、もう一本注文していいか?」

 「どうぞどうぞ」

少し酔ってきた男達は、聞き上手の光圀が気にいったのか、次々と城内の噂話をし始めた。

その中で気になった話が、藩主、蜂須賀綱通の話だった。

綱通の様子が最近おかしいらしい。病ではないのだが、部屋に引きこもり、食事の量がやたらと増えているとの事だった。

光圀達はまだ呑むであろう男達の、追加の酒代を置いて店を出た。

店を出た光圀の足下に黒猫が纏わりついてくる。

 「城で綱通殿の様子を探って下さい」

白髪の老人は猫の頭の撫でながら呟いた。

      ニャーーー

黒猫は一声鳴くと、暗い城下町へと走り、闇に溶けて見えなくなった。

光圀は月明りで薄く見える城を見る。その目には城から立ち上る瘴気が映っていた。




 「うむ、今日は準備ができているのだな」

百姓達が住む小屋の前、田んぼへと続く道で、役人が偉そうな態度で荷車を見た。

 「へい、今日は早めに準備させていただきましただ」

ほっかむりを被った、年老いた百姓が荷車の横で腰を叩いていた。

荷車の先頭には、やたらと大きい百姓が、荷を引く態勢で待っている。

年寄りの反対側にも、男が一人荷車を押す係で待機していた。

 「こんなに大きい奴がこの村にいたか?」

役人が訝しく先頭の大男を見る。

 「んだ、最近来た流れ者で、見た目は怖いけど、良く働くやつだ」

老人は、大男の腰を叩きながら、役人に説明した。

 「こいつが荷を引いてくれるので、おらたちは楽ちんなんだ」

 「そ、そうか、わかった。それでは城へまいるぞ」

 「へい」

荷車が動き始める。左右にいる老人と男の百姓は積み荷に手を添えているだけだ。

数百キロはある荷を、先頭の大男が軽々と引いていく。

 「これは凄いな、このまま城内へと頼めるか」

いつもなら城内へ百姓を入れないのだが、楽をしたいのだろう、役人が荷車ごと皆を城内へと招き入れた。

 「では、ここまでで良いぞ。其方達、ご苦労であった」

城内の少し開けた場所で荷車が止まったが、百姓達は帰ろうとはしなかった。

 「何をしておる! 荷を置いて、早く帰れ!」

役人が声を荒げだした。

 「いえいえ、ここまで来たのですから、お殿様に年貢の申し立てをしとうございます」

 「何を言っておる! 貴様!  者ども、こいつらを城から放りだせ!」

役人達が百姓達に掴みかかってきた。百姓達はその手を払い、着ていたつぎはぎだらけの着物を脱いでいく。百姓衆に化けた光圀一行だ。

 「何者だ! 貴様らは!  かまわん! 切り捨てろ!!」

役人達は刀を抜き光圀達に切りかかる。

助三郎に切りかかった者は、刃をかいくぐられ、手刀で後頭部を叩かれた後に地に伏した。助はその役人から刀を奪い構える。

角之進に切りかかった者は、後ろ回し蹴りをくらい吹き飛ぶ。

光圀は荷車から杖を取り出し、役人達を薙ぎ払っていく。

騒ぎを聞きつけててか、侍達が集まり出してきた。その中に家老の賀島の姿も見える。

 「助さん! 角さん! もう良いでしょう」

助と角が向かって来る侍達を無双のごとく薙ぎ払い、光圀の元へと駆け寄っていく。

 「静まれい!  者ども静まれい!  この紋所が目に入らぬか!」

助三郎が懐から印籠を取り出し、光圀の左横に並ぶ。右横には角之進が並び、侍達を睨みつける。

 「ここにおわすお方をどなたと心得る。さきの副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ」

 「一同の者、ご老公の御膳である!  頭が高い、控えおろう!」

賀島が光圀の前に座り、土下座する。

他の侍達も慌てふためきながら、賀島に習い土下座していった。

 「家老賀島重玄、不当な年貢で百姓を苦しめるとは何事じゃ!」

 「ははっ!  申し訳ございませぬ」

顔を地面に向けたまま、賀島は謝罪の言葉を述べる。

 「藩主、綱通殿には光圀がみずから意見を申す」

 「そっ! それは・・・」

賀島が言葉を詰まらせる。藩主が自室に閉じこもり、加えて人をあやめて食べていたとは、とても副将軍に報告できない。下手をしたらお家断絶の危機になるかもしれない。

 「賀島よおもてを上げよ」

光圀の言葉で賀島が初めて顔を上げ、光圀と目を合わせた。

光圀は厳しい表情のまま、静かに頷いた。

 「後は水戸藩におまかせいたします」

全ての事情を把握しているという光圀の顔を見て、賀島は覚悟を決め再び頭を下げた。




 「この先が殿の自室です」

光圀達を案内して、廊下に立つ賀島に西日が当たる。

最初の側室が被害にあった後、綱通が台所で残飯を食らっていた。家臣達が綱通を何とか自室に連れ戻した時に惨劇が発覚し、家臣達は食べ物を与える事しか思いつかず、軟禁しているとの事だった。

先に見える綱通の部屋の前には、御ひつがいくつも並べられていた。

 「部屋の前に御膳を置いておけば、部屋から出てくる事はないと思いあのように」

部屋の前に御膳を置くことにより、常に腹を満たすようにしていたらしい。

しかし食べる量が尋常ではないため、城内の米が底をつき、今年の早場米を徴収していたらしい。

 「賀島よ、これより先は我らで行きゆえ、下がっておれ」

光圀の言葉に、賀島は心配気な表情を見せながら、部屋から離れた。

部屋の前には靄のような物が立ち込める。この世の生き物が出せる気ではない、瘴気だ!

怪異から生まれる気で、気体のようなものが、空気のように空間に存在し、力の強い怪異の場合、その力を得るのか、意思を持つように形を造る時もある。

「助さん角さん、部屋の前に結界を張ります。   弥晴、頼みますよ」

光圀は弥晴に、綱通が部屋から出られなくするための結界をはるように命じた。

 「ご隠居、この怪異はやはり餓鬼によるものですか?」

助が今までの経験から光圀に訊ねた。助も角も水戸家に仕えて長年になる。これまでも何度か餓鬼と対峙した事もある。

 「うむ、餓鬼ですが、恐らくは餓鬼連がきれんでしょう」

 「餓鬼連?」

初めてきく怪異の名に、角が聞き返した。

餓鬼は複数で身体を乗っ取る事により、その身体をえさとして過ごし、移動して次の巣を見つけ憑依する事が出来ると光圀は説明した。昨年の飢饉のせいで、餓鬼が大量に発生した為の怪異だろうと推測する。難儀な事に、餓鬼は集団で移動を繰り返す事により、知恵をつけてくる、これが単体の餓鬼との大きな違いらしい。

 「ご隠居、退魔方は?」

 「うむ、結界で部屋に閉じ込めて、一気に浄化させましょう」

光圀は部屋の前で印を結び精神を高める。角と助はふすまの左右に控え、突入に備える。

光圀の合図と共に、角と助が左右から襖を開いた。部屋の中から異臭と共に瘴気が噴出する。

光圀が瘴気を浴びながら部屋へと入っていった。その後に角と助も続く。

しかし部屋には誰もいない!

         ギャーーーーーーーーー!!!!!!

中庭で悲鳴が上がる。

 「しまった!」

光圀が珍しく焦りの色を見せた。

瘴気を部屋に残す事により、餓鬼が光圀達を部屋へおびき寄せたのだ。

光圀達が中庭に着くと、血の惨劇が繰り広げられるていた。

悲鳴で先に駆け付けた侍達が、次々と綱通に噛みつかれ。肉を食いちぎられている。

侍達は上の者、まして主君に刀を向ける事が出来ず、次々と餌食になっていく。

光圀が懐から葵退魔銃を取り出した。

水戸家の伝わる退魔専門の銃だ。弾丸に呪文が彫られていて、妖に致命傷を与える事が出来る銃。

洗練された銃で、とても江戸時代に使われていたとは思えないフォルムをもつ。

         シュッ!!

光圀が葵退魔銃の引き金を引いた。

火縄銃のような音はしない、サイレンサーを付けたような銃声がこの退魔銃の銃声だ。

銃弾が綱通の額に命中した。弾が貫通する事は無い。体内に残り、呪詛の力を発動する。

綱通の動きが止まった。が、小刻みに震えている。

綱通は動きを止めたまま白目を剥き、天を仰いだ。

口を開き、天に向かい何かを発するように更に身体を震わせた。

口から声は出て来ない。変わりの餓鬼が這い出してくる。

口から、鼻から、耳から。次々と下腹を膨らした小鬼が這い出してくる。

 「皆!  口を塞げ!!」

光圀が叫んだ。

餓鬼は口から入り、人間を支配する。

光圀は退魔銃を撃ちながら皆に指示を出す。

光圀の射撃は正確だ!  当たった餓鬼は嫌な煙を出しながら消滅していく。

助は妖刀暁宗で小さな餓鬼を切り刻んでいく。

角は光圀から教わった九字の呪文を心で唱え、正拳で餓鬼を潰していった。

恐怖からか、賀島が口を塞ぐのが遅れ、餓鬼が口の中に入っていった。

 「賀島、吐き出せ!」

賀島は口に指を入れるが中々思うように、餓鬼を口から出せない。

 「賀島よ!  噛み殺せ!」

光圀の指示で賀島が口の中の餓鬼を思い切り噛んだ。

賀島の口で異様な感覚と味が広がる。餓鬼を噛んだ感食と、餓鬼の体液だ。

賀島は吐き気をもよおし、餓鬼と共に胃の中の者を全て吐き出した。

吐き出された餓鬼を光圀が打ち抜く。噛み潰された位では餓鬼は死なない。

人は餓鬼を噛み潰せば吐き出せると、光圀は知っていて指示を出したのだろう。

立ち尽くしながら、風船のように徐々にしぼんでいく綱通の廻りで、黒猫が円を描きながら回りはじめる。弥晴の式だ。

綱通の身体から出て来る餓鬼を逃がさないために結界を張っている。そんな黒猫の背に餓鬼が登り、しがみついている。光圀の退魔銃がそれを打ち抜く。

結界が効き始めたのか、萎んで皮だけとなった綱通から出て来た餓鬼は、一定の範囲ないから光圀達に近づいて来れなくなっている。皮を中心に半径一メートル弱くらいだろうか。

結界外の餓鬼は全て退治した。一匹でも残せば、また惨事が起きてしまうので確実にしとめた。

二メートル弱の円の中で、百匹以上の餓鬼が蠢いている。

    ちぃーーー     ちぃーーー

おぞましい声で餓鬼が鳴いている。この世で聞こえてはならない鳴き声だ。

結界の周りに靄が発生し、結界にぶつかると、ふわりと消滅する。

餓鬼の鳴きに、引き寄せられた瘴気だ。

この光景、この鳴きを見聞きした城の者は、しばらくの間、恐怖で安眠出来ないだろう。

結界の前に光圀がゆっくりと立ち、印を結び邪を払う。

 「ナウマク・サマンダバザダン・カン  ナウマク・サマンダバザダン・カン  ナウマク・サマンダバザダン・カン」

不動明王のマントラが中庭に響く。

再度光圀は印を結び、紡いでいく。

      きぇーーーーーーー!!!

光圀が気合と共に、右手を手刀の如く持ち上げた後、切るように結界内の餓鬼へと振り下ろした。

中庭に火の手が上がる。しかし、植えられた木々を燃やす炎ではない。

悪鬼を滅ぼす、不動明王浄化の炎。宝剣から放たれる炎だ。

結界内で炎が燃え上がる。オレンジとブルーのコントラストを描く幻想的な炎。

透明なドラム缶で炎を囲んでいるような不思議な光景。中で炎に触れた餓鬼達が消滅していく。

その間も光圀は印を結んだまま、詠唱を唱える。

夜の闇が訪れるのを防ぐかのように炎が揺らぐ。しかし餓鬼の消滅と共に、炎も鎮火していき、やがて中庭が暗闇に包まれる。

かろうじて星明りに照らされた中庭から聞こえる詠唱は、不動明王のマントラから般若心経へと変わり、死者への弔いへと変わっている。

瘴気が消えた城内に、月明りが差し込み、怪異の終息を告げた。




















 




















 









 














   







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