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管狐(くだきつね)

 街道から少し離れた河原で侍が倒れている。

寝ているわけではない。口から泡を吹いている。

指が微かに動く。痙攣だ。侍にとって、死の前の最後の動きだ

侍の横に小動物の姿が見える。一見、イタチのように見えるが、イタチにしては小さい。

リス位の大きさだが、胴体が長く、リスではない。オコジョにしてはスリムすぎる。

小動物が、侍の傍らに立つ百姓姿の男が背負う荷の中に姿を消した。

 「ほう、くだ狐か」

百姓姿の男が瞬時に侍から離れた。百姓を生業なりわいとする男の動きではない。

いつから居たのか、虚無僧こむそうが背後に立っていた。

百姓姿の男が懐から短刀を出す。

 「案ずるな、敵ではない」

虚無僧の言葉を信じられないのだろう。百姓姿の男は短刀を持つ手に力を入れる。

    カラーーン

百姓姿の男の前に小判が五枚が投げられた。

 「其方に仕事を依頼したい」

百姓姿の男は、小判と虚無僧を交互に見る。小判を拾う動作をすると虚無僧が襲ってくると思っているのだろう。

 「それは前金じゃ」

 「ま え き ん?」

百姓姿の男が初めて口を開いた。ガラガラとした声で、たどたどしい言葉使いだ。

 「そうじゃ。儂はそこの侍のように、金を払わない事はない」

百姓姿の男と侍のやりとりを見ていたのだろう。仕事を依頼した侍が報酬を払うのを渋り、殺されたのだ。

 「成功すれば報酬は、さらに小判五枚じゃ」

百姓姿の男が、小判をゆっくりとした動作で拾う。しかし顔は虚無僧から離さない。

 「誰、る」

懐に小判を入れた後、ガラガラした声が静かに聞こえた。

 「老人を一人。そして、そこで死んでいる侍にも協力してもらおうか」

虚無僧は、かぶっていた天蓋てんがいを指で持ち上げ、口元だけを見せた。

何かを予感したかのように、川面で数匹の魚が跳ね、水しぶきを上げた。




 「いやー 参りましたね。路銀が無くなるとは」

 「参りましたねーじゃありませんよ、ご隠居」

賑わいを見せる旅籠街。光圀一行が宿をとっている。本来なら宿を後にして次の街に向かっているところだった。しかし光圀が財布を落としてしまい、路銀が底をついてしまった。

角之進が急遽、路銀の調達のため一行から離れ、この旅籠街で落ち合わせる手筈になっている。

 「まあー 角さんが来るまでゆっくりといたしましょう」

 「ゆっくりするしかないですよ、食事代しかありませんからね」

 「食事と言えば、昼間の噂話ですが」

 「辻切ですか?」

昼食をとった飯屋で、妙な話を耳にしたのを光圀が思い出した。

夜な夜な辻切が出没し、侍を殺しているらしい。しかもその辻切は、切られても刺されても不死身で、倒れても直ぐに起き上がり、襲ってくるらしい。

 「匂いますね」

 「死人返りですか?」

 「可能性はありますね」

光圀が顎鬚あごひげをさすりながら思案する。町での怪異なので、高野衆が来るまで待つか。侍相手なので我々が出た方が良いか。

 「放っておくわけにはいかないでしょ」

 「そうですね、今夜町に出てみましょう」

角と落ち合う街での怪異、やはり見過ごす事は出来ないので、高野衆が到着するまでは自分達で怪異を防ぐ方を選んだ。

白髪の老人は、宿の窓から賑わう旅籠街を見る。夜の怪異等、気にする風もなく人々が行き来する。

人の往来の中で鎮座する黒猫がいた。光圀は黒猫に向かい、静かに頷いた。




 陽が暮れてから光圀と助三郎は宿を出た。昼間、賑わいを見せていた街は、人の往来が消えている。

二人を誘導するように、黒猫が夜の街を歩く。黒猫だが、夜の闇に溶ける事は無く、少し距離を置いてもすぐに判る。

     ギャーーーーーーァ----

街の外れの方で叫び声が聞こえた。

二人が駆け付けると、倒れている侍と、ゆらゆらと立ち尽くす侍がいた。

助三郎が立っている侍と対峙し、妖刀暁宗を抜いた。

侍は首を下に向けたまま、刀を片腕で振り上げた。

明らかに、生きている人間の動きではない。着物も所々切られ、乾いた血が付着している。

助三郎は慎重に相手の出方を見る。死人は生きている人間とは違う動きをするからだ。

人ではありえない高さまで跳躍したり、ゆっくりとした動作から瞬時に間合いにはいられたりもす

る。

侍が首を上げた。酷い顔だ。生者の顔ではない。

片目が潰され、眼球がえぐり取られている。頬が切られ、歯茎がむき出しになり、皮一枚で繋がる頬肉が揺れる。曲げはほどけ、背中に垂れる髪が風になびく。

残された片目の黒目が動き、助を捉えた。一瞬で間合いを詰め、上段の刀が振り下ろされる。

常人なら切られている所だが、助は振り下ろされた刀を受け止めた。

助と侍の背後に蠢く影があった。

光圀が素早く葵退魔銃を取り出し、影に向かって撃った

     シュッ!

乾いた銃声の音ではない、サイレンサーを付けた銃のような音。これが葵退魔銃の銃声だ。

洗練されたフォルムを持つ銃。火縄の短銃とは違う、妖魔を討つための銃だ。

呪術を施された銃弾が暗闇に吸い込まれた。

暗闇から小動物が数匹飛び出して来た。細長い小動物、管狐だ。

光圀が再度葵退魔銃を放つ。当時の火縄銃とは違い、あおい葵退魔銃は連射可能なのだ。

    シュッ!  シュッ!  シュッ!

光圀の射撃は正確だ。全ての弾が管狐を貫いた。貫かれた管狐が次々と消滅していく。

蠢いていた影が気配を消した。

 「助さん、ここは頼みます!」

光圀が影を追って走りだす。

助三郎は受け止めた刀を返し、再び死人と対峙している。

消滅した管狐の獣臭が、夜風に運ばれ、彼の鼻をついた。




 死人が助三郎を見る。

助三郎には死人の声が聞こえて来る。

 「殺してくれ」

死人が声を出して言う分けではない。

身体が訴えている。死臭漂う身体が訴えている。

助は暁宗を握り直し、死人との間合いを詰めた。

死人は後方に飛びのいた後、着地した瞬間に助の方に再び跳躍して切りかかる。

助は逃げる事なく、刀を寸前でかわし、暁宗を死人の口に突き刺した。

突き刺した刀をそのまま下へ降ろし、身体ごと切り裂く。

血が飛び散る事はない。すでに生体機能は停止しており、血液が循環している身体ではない。

頭の皮一枚で繋がっている身体が地面に転がった。

助は呪符が貼られている舌を身体ごと切り裂いて、死人返りの呪詛を解いたのだ。

 「死人は死にたがっているか」

助三郎は暁宗を鞘に入れた後、光圀の言葉を思い出していた。






 河川敷、月明りに照らされた川面から、清流が流れる音が微かに響く。

背に荷を背負った男が光圀と対峙している。月明りの下でも男が笑っているのが分る。

 「おばえ、ここで死ぬ」

たどたどしい、ガラガラした声が川の音に重なる。

男は光圀が、ここまで誘い込まれた事を笑っている。死人を囮にして、助と光圀を離したのだ。

 「誰かに頼まれたのかな」

老人が静かに尋ねた。恐らく罠と知りながらここまで来たのだろう。

 「死ぬおまえ、いうしつようはない」

男が両腕を前に出した。背負われた荷から黒い影が飛び出した。

光圀が葵退魔銃を撃つ。黒い影は小動物の形をとった後に地に伏して消滅した。

 「グフフフ その銃。おでの狐、ころせる。 だが、これで どうかな!」

男が再び両手を前方に差し出す。背負った荷から黒い影が光圀の四方を囲むように飛び出した。

影は数十匹の管狐の姿に変わり、前方、後方、頭上とあらゆる角度から光圀を襲う。しかし光圀は逃げようとはしない。管狐のやいばが光圀を傷つけると思われた時、管狐が光圀の周りから一斉に弾き飛ばされた。

 「なんだ?」

男が自分の方に飛んで来た狐を、両手をクロスして防ぐ。

クロスした腕の間から、光圀の前に立つ神将のような鬼がいた。

 「しき  おにか(式鬼)」

男にはそれが式だとすぐに判ったようだ。

 「弥晴やせい、後はお願いできますかな」

 「はい」

鬼の方から、鬼に似つかわしくない声がした。

 「やせい?   ほろびのやせい?」

 「滅びの弥晴、昔名をよくご存じで」

鬼が口を開くことなく喋る。

 「おで、おまえころして、いちばんになるーーー   ウォーーーーーーーーー!!!!」

男が両手を頭上で大きく広げ、大きく叫んだ。

男の目的が光圀を殺す事から、弥晴を殺す事に変わった。

弥晴の名は、退魔や呪殺を生業とする人間の間では、伝説的な存在になっている。その弥晴を倒せば仕事の依頼が増え、仕事の料金も跳ね上がる。

背負われた荷からおびただしい数の影が飛び出し、一斉に鬼へと喰らいついた。恐らく数百匹、いや千に近い数の管狐が鬼へと群がった。

これだけの数の管狐を操れる男。恐らく管狐使いとしてはトップクラスの男だろう。

鬼が自身を喰われながら、印を紡ぐ。やがて、鬼の身体から蒼い炎が吹き上がる。

鬼は火柱となり、管狐を焼き尽くしていく。

     ニャーー

火柱の前で立ち尽くす男の背後で黒猫が鳴いた。

 「ね・・・・  こ・・」

振り向いた男の顔に猫が飛びついた。飛びついた猫が大き目の呪符に変わり、男の顔を塞ぐ。

呼吸が出来ない男は、呪符を外そうともがきながら、こっけいな踊りを踊る。

 「弥晴、殺してはなりませぬぞ」

 「分っております」

尚、燃えさかる火柱から声がした。

男が地に倒れた。顔の呪符は消えてなくなっている。

河川敷に静寂が戻る。蒼い炎が川面に映り、跳ねた魚を幻想的な色で彩った。




 「そうですか、跡目争いが発端ですか」

光圀が弥晴から文の報告を受ける。

光圀自身、弥晴からは式を通した報告が多く、顔を合わした事は数回しかない。

助三郎と角之進でさえも、弥晴の素顔を見た事がない。

光圀もそれを無礼とは思っていない。むしろ当然とも思っている。

弥晴は諜報が主な仕事。敵、味方に関係なく顔を知られては困る事が多くなってしまう。時には内部調査も光圀に命じられる事があるからだ。

 「跡目争いですか」

宿屋の部屋で、助と角も報告を受ける。

藩内での跡目争いで、敵対する後継人を、管狐で殺させた人物がいたのだ。

その人物が管狐使いへの支払いを渋ったため、管狐使いが死人を使い、その人物の関係者を殺していったという事と藩の方には報告をあげさせている。

しかし、管狐使いは光圀を狙っていた。

 「ご隠居、管狐使いが死人返りの呪法を使ったとは考えにくいですな」

 「うむ、弥晴に管狐使いの背後を探ってもらいましたが、何も出てきませんでした」

 「やはり随風が関係しているのでしょうか」

旅に出てから度々出没する死人返りの呪法。そして怪異の度に現れる謎の僧。

一連の怪異が随風によるものなら、目的が分からない。

何故、怪異を増やすのか。何故、光圀を狙うのか。

白髪の老人は立ち上がり、窓から月を眺めた。

夜風が嘲笑うかのように、真相が見えない老人の髭を揺らしながら通り過ぎていった。









































 






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