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妖刀(前編)

 夜の城下町、男がフラフラと歩く。

酔っているという感じではない。ただフラフラと歩く。

右手には鞘から抜かれた刀が握りしめられている。

目がぎらついている。しかし怒りの形相とは違う。

何かに導かれるように、操られるように歩く。

男が屋敷の前で止まった。藩の中でも上官クラスの人間が住んでいるのだろうか、かなり立派な屋敷だ。

男が鍵のかけられていない扉を開け、中に入っていった。

 「ハハハハハ  来たか、悠木 」

白髪交じりの曲げを結った、恰幅のよい男が皮肉な笑み浮かべる。

悠木と呼ばれた刀を持った男が、抜き身の刀を振り上げた。

 「儂に刃を向けるという事は、切られても仕方ないという事だな」

悠木は何も言わず、刀を上段に構えたまま、フラフラと恰幅の良い男の元に歩を進める。

 「者ども! 出あえ! 出あえ!  悠木が乱心した!」

恰幅の良い男の声に、十人位の侍が現れた。

 「皆の者!  乱心物を切り捨てよ!」

侍達が次々と悠木に切りかかる。悠木は避ける事もなく、やいばをその身に受けた。

悠木の手から刀が離れ、地面に落ちる。悠木は満身創痍の状態で倒れた。虫の息で辺りを見回す。目のぎらつきは無くなっていた。

 「おれ・は・・・  何故・・・  こ・・こ・・にいる」

我に返った状態になり、悠木は最後の言葉を呟いた。

悠木の落とした刀が月光を浴び、鈍い輝きを魅せた。




「助さん、ここに来るのは久しぶりでしょう」

町の賑わいを見ながら、光圀が髭をさする。

 「はい、二年ぶりですかね」

佐々木助三郎が、微笑みを浮かべながら答えた。クールな所があるこの男が、浮き浮きとした表情を出すのは珍しい。

 「やはり旧友と会うのが楽しみみたいだな」

大きな男、渥美角之進が茶化すように助を見た。

 「えっ! 分かるか?」

 「顔に出てるよ」

三人は笑いながら、賑わう町の中で歩を進めた

助三郎は水戸家に仕える前に、この町で暮らしていた。その時懇意にしていた仲間と会えるのが楽しみのようだ。連絡は入れていないが、ここの藩に仕えているという事は知っている。

 「ここは岩国紙が有名ですな」

 「はい、それが藩を支える元にもなってます」

 「しかし、最近は質が落ちていると噂になってますな」

光圀の言葉に、助は少し暗い顔をした。助がここに居た時は岩国紙の評判は良く、藩での管理も行き届いていたはずだった。

 「栄太郎に会ったら聞いてみます」

助は暗い表情のまま、旧友の名前を出した。 

 「栄太郎さんというのですか」 

 「はい、山野栄太郎といいます。剣術では奴とよく競い合いました」

 「良き友ですな」

光圀達は宿をとる前に、昼食のため飯屋に入る事にした。昼時でそこそこに賑わいを見せる店内でのひそひそ話が光圀の耳に入る。

 「悠木殿の乱心は腑に落ちないな」

 「ああー しかし抜き身の刀でフラフラと奉行の屋敷に向かうのを見た者がいたそうだ」

光圀が視線を移すと、武士風の男が二人、食事を終えて茶をすすっている。

 「悠木殿がいない今、我々はどう動いたら」

 「それを今夜話し合うんだ」

武士風の男達が出て行った。光圀はその背中を見送り、町中にいる黒猫に頷いた。

黒猫は、男達の後について行き、町中に姿を消した。

 「ご隠居、今の話聞こえましたか」

乱心という単語が気になるのだろう、角が光圀を見た。

 「うむ、なにやら不穏な気配がしますね」

 「我々も早めに宿を探して、情報を集めましょう」

弥晴が動き出したのを見た助が、拠点を早く決めた方が良いと提案した。

 「助さんは友人の栄太郎さんを訪ねてください。そこから情報が引き出せるかもしれません。角さんは私と町中まちなかを探ってみましょう」

武士が抜き身の刀で、フラフラと町中を歩くとは異常な話だ。あやかしが絡んでいるかもしれない。

光圀は賑わう町を横目で見ながら、ゆっくりとお茶を喉に流した。



 「紙が納められないのなら、どう責任をとるんだい!」

光圀と角之進が助三郎と別れた後、宿探しを兼ねて町を散策していると、何やら騒いでいる店に出くわした。

光圀が中を覗くと、険しい顔で女に詰め寄る、身なりの良い男の姿が見えた。

 「なあ、中宮屋さん。約束の紙が献上出来ないのなら私が協力しようと言っているんだ」

 「しかし浅井屋さん。これ以上の枚数を収めるのは、質を落としてしまいます」

 「だから私が御用問屋を変わろうと言っているんだよ。私なら収められる」

 「それはできません!」

女は浅井屋の顔を見て、きっぱりと言い切った。その時、店先に顔をだした光圀と目が合った。

 「いらっしゃいませ」

女は浅井屋に一礼して、光圀達の元へと歩いてきた。

 「中宮屋さん、納期が間に合わないのなら、この店は終わりだよ」

浅井屋は女を抜いて、店から出て行った。

 「騒々しい所をお見せして申し訳ありません」

女は中宮屋の女将で、お里と名乗った。

 「私は越後のちりめん問屋の隠居で光右衛門と申します。旅の途中なのですが、岩国紙を造る所を見せていただきたいと覗かせてもらったのですが」

 「さようですか、散らかってますが、よろしければどうぞ」

先程の浅井屋の話からして、店に余裕が伺え無い中、女将は快く店の奥にある工房に案内してくれた。

工房では職人が慌ただしく作業をしていたが、女将の姿を見ると皆会釈をする。同行する光圀達にも同じように会釈を繰り返し笑顔を見せる。皆、この中宮屋で働く事に誇りを持っているように伺えた。

 「皆さん、良い笑顔で仕事をされてますな」

光圀がひと通り、紙すきの手順を聞いた後、感想を述べた。

 「有難うございます。みな良い職人です」

素直に礼を言う女将。職人達の女将への接し方でも、良い信頼関係が築けていると感じられた。

 「先程の話ですが、献上する紙がどうだとか」

 「お恥ずかしい話を耳に入れて申し訳ありません」

 「もしよろしければ事情を説明していただけますかな」

女将は頭を下げた後、光圀の人柄に魅かれたせいか、事情を話し始めた。

殿様が参勤交代で城を離れてたため、城代家老が責務を果たしていたが、何か罪を犯したとかで謹慎されており、変わりを務める事になった家老の岩元が紙の献上枚数を急に上乗せしてきたのだという。

 「何故、ご家老様が紙の上乗せを?」

 「全国での岩国紙の需要が高まっているのでとの事でした」

女将も質が落ちるので、これ以上の上乗せは無理だと願い出たのだが、それなら浅井屋と凌ぎあい、収められた方を御用問屋にすると言い出しのだそうだ。

 「城代家老様が戻られたら、質を落としてまでの枚数増は無くなると思うのですが」

女将は城代家老に信頼を寄せているのだろう、本音を口にした。

 「私達も何か力になれる事があると良いのですが」

 「いえいえ、旅の方にそんな事は・・・  それに下請けのお百姓さん達も頑張ってくれてますし」

中宮屋は生活が苦しい百姓達に道具を貸して、紙すきを手伝ってもらっているとの事だった。

女将はここの工房と、下請けとのフル稼働で、献上する枚数に近づけるように頑張ると笑顔を見せた。

 「気になりますねー」

中宮屋を出た光圀が顎鬚あごひげをさする。

 「はい、藩の中で何か良からぬ動きがありそうですな」

角も心配気に光圀に同意した。

 「中宮屋さんの近くで宿をとりましょう、何か分かるかもしれません」

光圀達は中宮屋から程よい所にある旅籠はたごに宿をとった。




 助三郎は役人が住む集落の前にいた。栄太郎を訪ねた時は留守だった。

仕方がないので夕暮れまで待っていたが、戻る気配がない。助が諦めて町に帰ろうとした時に、足下で猫の鳴き声がした。

黒猫はついて来いと言わんばかりに、助の顔を見つめた後歩き出した。

陽が暮れかけた道を、猫に導かれ歩く助。やがて廃寺の前で猫の姿が消えた。

とても人が住んでいるとは思えない寺に、ゆるく灯りが漏れている。

助は気配を消して、中の様子を伺った。

 「山野殿、もう我慢なりませぬ」

 「そうです、このままでは岩元の思う壺です」

 「藩の宝、岩国紙をも私物化しようとしている」

小さな蝋燭ろうそくの明かりの中、埃を被った阿弥陀如来の姿が浮かぶ。その前で五人の侍が険しい表情で話し込んでいる。

 「悠木殿の乱心も怪しい物だ。岩元にとって邪魔な者を排除しているに違いない」

 「そうだ、このままでは我々も奴に仕掛けられる」

この中では山野が中心人物なのか、皆山野に意見を言って判断を仰いでいる感じだ。

 「山野殿、我々で岩元を討ち、殿がお戻りになるまで城代家老様に職務を代行してもらおう」

寺の中では、岩元を討つという方向に話が進んでいるようだ。山野も腹をくくったかのように立ち上がった。

 「わかった! 岩元を討とう!」

外で様子を伺っていた助三郎は、寺に近づく人の気配を感じた。

人の気配だが、何かおかしい。助は寺から少し距離を置いた。

暗い中、提灯も灯さずに男が歩いてきた。月明りはあるが、少し雲で影っているので道は見ずらい。

しかし男はふらふらとしながらも、確実に廃寺に向かう。そして、右手には抜き身の刀が握られている。

男はゆっくりと寺の戸を開いた。

 「おう、松井殿。遅かったな」

 「松井殿!  皆で岩元を討つ決意を固めた所だ。松井殿も賛同してくれるな」

入口で立ち止まる松井に、一人の侍が近づいた。途端、松井は抜き身の刀を振り上げ、侍を切り捨てた。

 「松井殿!!」

皆が動揺する中、松井は先程までふらついていたとは思えない速さで、山野に襲い掛かった。

山野は鞘に納められた刀で身を護り、松井を蹴り飛ばした。

飛ばされて倒れた松井は、素早く起き上がると、別の侍に襲い掛かった。

寺の中の侍達が刀を抜いた。しかし松井は怯む事なく、皆に切りつける。

 「松井殿!!   御免!!」

侍を切りつける松井の背後から、別の侍が松井を切った。

松井は背中から血しぶきを上げ、その場に倒れこんだ。

即死だと誰もが思った。しかし松井は立ち上がり、再び皆に刃を向けた。

山野が松井の前に立った。他の物は少し距離を置いて松井を囲んだ。

松井の背中から流れていた血が止まる。しかし肉が開け、骨が見えている。体内の血液を出し切ってしまったために血が止まったようだ。

松井が踏み込んで、山野に襲い掛かった。山野は刀をかわし、松井の首をはねた。

松井の首が、自分の供養を願うように阿弥陀如来の前に転がった。

 「何故だ? 松井殿」

侍達は意気消沈し、その場に座り込んだ。皆、わけが分からないまま同士討ちをしてしまったのだ。

松井はこの中では、山野に次いで頼りになる男だった。その松井が何故このような事態に。

 「山野殿、これからどうすれば」

口を開いた侍の背後で何か動く気配がした。山野は咄嗟に立ち上がり、刀で気配を受け止めた。

首のない松井の身体が、山野に切りかかったいた。

松井は凄い力で山野に受け止められた刀を押し込んで来る。他の侍は固まったように動けない。恐怖で身体が膠着状態になったしまったのだ。

寺の外から男が飛び込んで来た。     助三郎だ!

助三郎は妖刀「暁宗」を素早く抜き、松井を背後から刺した。

刺されている所から黒いもやのようなものが出て、暁宗のつばに吸い込まれる。

松井の力が弱まってきた。助は松井が握っている刀を奪い、床に投げ捨てた。

首の無い松井は崩れ落ちるように倒れ、動かなくなった。

阿弥陀如来の前に転がる松井の首が、寂し気に自分の身体を見つめていた。






























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