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禁教

 狭い部屋の中、部屋というよりは寺の本堂のようだ。蝋燭の炎が揺らいでいる。蝋燭の炎を包むように、部屋の中には白い煙が漂っていた。

本堂の奥には本尊はなく、二つの大きな扉があり曼荼羅が据えられている。胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅。密教の象徴ともいえる両界曼荼羅だ。

煙の中に数人の人影が見える。影は男と女だろうか、それぞれ二人連れ合い抱き合っている。

中には男同士、女同士というペアもいるようだ。

皆、異常な興奮状態なのか、息が荒く、目も血走っていた。

 「思うままで良いのです」

 「自由にして良いのです」

部屋の中央で、諭すような声が上がった。女の声だ。その声と同調するかのように白い煙が濃くなっていく。

煙が増えても息が出来ない事はない。普通に呼吸はできる。

 「愛し合うまま、男も女も関係ありません。人同士ですから、愛し合っていいんです」

狭い部屋の中で、女の諭すような声が響く。喘ぎ声の中で女の声は良く通って響いている。

その声は抱き合う者達をさらにエスカレートさせていく。本当に男女関係なく行為に及んでいる。

 「皆さん、逝って下さい。その先に御仏の教えがあるのです。快楽の中に御仏が道を示してくれるでしょう」

部屋中に白い煙が充満していく。行為の末、果てる者が多く出てきた。皆、目が虚ろだ。果てた者はその場で気を失い、暖かみのない板の間で倒れている。

女が果てた者達の間をゆっくりと歩いていく。いやに色の白い女だ。胸元に丸い物を抱えている。

髑髏だ。本物の人骨ではない、透明な水晶の髑髏だ。

充満している白い煙が、髑髏を取り囲むように渦巻ながら吸い込まれていく。

煙が晴れた本堂で、色の白い女は、水晶髑髏を舐め上げる。その舌は長く、二つに割れていた。







 光圀一行は八戸藩の城下に入っていた。

 「いつもの事ですが、町に入るとその藩の状態が見えますね」

 「ええ、この町の人々も活気があり、良い事です」

光圀は助三郎の言葉に、笑顔で答えた。

町の者が元気なのは、まつりごとが上手くいっていると考えてよい。八戸藩の政策が上手くいっている証拠なのだろう。藩の潤いは幕府に繋がるのだ。

 「しかし、中には変な感じの者もいますね」

 「角さんも気づきましたか」

活気ある町の中に、何か不自然な者達が混じっている。虚ろなな眼差しで、ゆっくりと歩を進める者がチラホラと目にはいるのだ。

 「何なんでしょうかね」

 「ええ、気にまりますが、害が出ているようでは無いようです」

不自然な者は、ただ町を歩いているだけで、悪さをしている事はない。

 「清吉さん、やめて下さい」

店の前で、揉め事のようだ。使用人風の男が、若い男の腕をとり声を上げていた。

 「うるさい!  金がいるんだよ」

 「しかし、それは今日の売り上げです」

店の中から、大柄の男が出てきた。

 「清吉、またか!」

      バキ!

大柄の男が、清吉と呼ばれた男を殴り、握っていた財布を取り上げた。

 「旦那さま」

 「親父!」

殴られた清吉は、地面に転げながら、大柄の男を睨んでいた。

 「何が献金だ!  変な宗教にはまりおって!」

 「変な宗教じゃねえ!   見形様みかたさまは俺を、俺を救ってくれるんだ!」

清吉の目は血走り、口角に泡を溜めながら叫ぶ。とても尋常でないように感じられる。

    御見形様のご拝礼!!

      御見形様のご拝礼!!

揉めている店の前の通りで声が上がる。光圀が振り返ると全身に赤い着物を着た一団が列をなしていた。

先頭を歩く者は、どこか中性的で、赤い着物に金刺繡で描かれた蛇を纏い、短い錫杖を手にしている。

 「ああ~  御見形様だ・・」

清吉がふらつきながら立ち上がると、陶酔した目になり、赤い着物の列に加わった。

列を良く見ると、町中を虚ろな目で歩いていた者達が連なっている。赤い着物の者達を入れると、その数は三十を下らないだろう。

    御見形様のご拝礼!!

      御見形様のご拝礼!!

光圀達はその行列を見送り、揉めていた店へと足を向けた。



 店先には旦那さんが厳しい目で、息子が混じっていった行列を見ていた。店は和菓子屋で坂田屋と書かれており、中からあんこを蒸す香りが流れてきていた。

 「あの行列は何ですかな?」

光圀の声に旦那が振り向いた。旦那は光圀達の恰好を見て、旅の者と察したのだろう、厳しい目つきを緩め話してくれた。

 「新興の宗教ですよ。恥ずかしい話、息子がはまってしまいまして」

 「宗教ですか・・」

 「宗教というより、淫乱の集まりですけどね」

旦那はあまり話したくないのだろう、光圀達に一礼した後、店の中へと戻っていった。

和菓子屋の店は店内で菓子をたべられるように机と椅子が据えられている。それが目に入ったのか、光圀は和菓子屋へと入っていき、角と助もそれに続いた。

 「お取込みかもしれませんが、菓子と茶をよばれてもかまいませんかな」

 「いやいや、かまいませんよ。いらっしゃいませ」

旦那は客商売の笑みをみせた。

 「おすすめの菓子をもらえますかな」

 「ええ、内の職人が丹精こめて作った菓子を楽しんで下さい」

旦那は奥に引っ込み、使用人の男がお茶を運んできた。

 「宗教が淫乱とはどういう意味ですかな?」

お茶を配る使用人に小声で話かけた。その時に紙に包んだ銭を使用人の懐に入れる。

使用人は戸惑いながらも、奥を気にしながら小声で話だした。

 「私も良くは知らないのですが、何でも男女関係なく、交わうらしいです」

 「交わう?」

使用人の話によると、半年位前に御見形様というのが現れて、町から少し離れた所にあった廃寺を立て直し、そこの本堂で交わる事を儀式とする宗教が出来たらしい。そこに通うのに、献金が必要になるとの事だった。

 「その宗教にここの清吉さんがはまってしまったのですか」

 「ええ」 

奥から声がかかり、使用人が和菓子を運んできた。

 「その寺の宗派はわかりますか?」

交わりを儀式とする宗派。光圀は気になり使用人に聞いてみる。

 「いえ、知りませんが、御本尊が髑髏のようで、御見形様がいつも抱えているとか」

 「髑髏ですか・・」

旦那に注意されたのか、使用人は菓子を配ると、早々に奥へと下がっていった。

 「ご隠居、何か心当たりが?」

 「いえ、密教に立川流というのがあるのですが、幕府により禁教とされているはずなのですが」

 「禁教ですか。それは問題では」

 「うむ・・  少し探りをいれましょうか」

光圀は出された和菓子に目を移す。それは花びらを色鮮やかに細工した見事な菓子だった。

 「見事な菓子ですな」

角が出された菓子を口に入れた。味も申し分ない。江戸の城に献上されてもおかしくない出来だった。

三人は店を出、屋号の確認をする。入る時は気付かなかったが、坂田屋の下に小さく献上菓子の店と書かれていた。



 「明渡様、次の品評会での首尾は?」

 「大丈夫じゃ、種はまいておる」

中老職にある明渡の屋敷で、上品ないで立ちの中野が尋ねた。

明渡介治あけどかいじ、藩内で力をつけてきている中老の男だ。欲深そうな顔つきで、実際欲深い。

今の中老の役職に満足している分けではない。当然今の家老に成り代わろうと目論んでいる。

明渡の前に座る男、中野彦兵。いかにも商人といった感じの男で、上品さを出しているようだが、目の奥に濁りが見える。この二人、職は違えど本質は同じ物を持っているようだ。

 「其方こそ、品評会での菓子は大丈夫なのだろうな?」

 「はい、此度京より腕利きの職人を引き抜きましたから」

 「ほう、それは期待できるの」

 「お任せを。で、種とは?」

明渡が嫌らしく唇を吊り上げて笑みを見せる。

 「入れ」

障子が静かに開き、艶めかしい雰囲気の女が入ってきて、二人に頭を下げた。部屋に入ってくる足取り、二人を見る目、どれも色気があり艶めかしい。欲情をださずにはいられない。

 「見形ともうします」

女、見形は初見の中野に挨拶をする。

見形に見とれていた中野は、ふと「見形」の名を思いだした。

 「御見方様ですか?」

 「ほう、中野も知っておったか」

 「ええ、町で噂になってましたから」

 「それなら話は早い。坂田屋の息子を見形の宗教にはまらせた」

 「清吉をですか!」

明渡はやらしい笑みを浮かべ、詳細を中野に話す。

次の品評会は城御用達の菓子だ、今までは坂田屋が担っていたが、新しい菓子を所望したい藩主が品評会を開く事にしたのだ。当然、明渡の口コミがよるものもあるだろう。

坂田屋の菓子は確かに美味しいが、古さを感じさせる。それに目をつけた明渡が品評会を進言し、最近菓子屋に商売の手を広げた中野に声を掛けたのだ。

 「大丈夫ですか」

清吉が宗教に溺れただけで、品評会に勝てるとは思えない中野が、不安気な声をあげた。

 「坂田屋の菓子は、城内では食べ飽きている感がある。そこで新しい発想の菓子を献上するのじゃ」

 「はあ」

 「坂田屋の菓子は古い、しかし清吉は京での修行を終え最近返ってきたそうじゃないか」

 「ああ、確かに。今の清吉なら新しい菓子を献上する可能性があると」

 「そうだ、だから宗教に溺れさせるのだ。それもとびっきりのな」

明渡は再びやらしい笑みを浮かべ、見形を見た。 

 「ご安心下さい。清吉はもう私が起こした宗派、立川流の流れをくむ快与宗けいよしゅう

、いえ私に夢中でございます」

 「ははは、と言う事だ」

 「それは心強いです」

三人の笑い声が静かに庭へと流れていった。



 「町での噂はどうですかな?」

日の入りが近づく宿の一室で、光圀が角之進と助三郎に尋ねる。

禁教とされている、立川流が信仰されているかも知れない町を、御役目上見過ごせない光圀は、助三郎と角之進に町を調べさせていた。

 「はい、宗派の名前は快与宗と言い、寺は見形寺と名乗っているようです」

 「快与宗・・  聞いた事のない宗派ですな」

助の報告に角が首をひねる。

 「新興の宗派では?」

 「そのようですね」

 「不穏な噂もありました。身寄りのない信者が何人かいなくなっているとの事です」

 「ほう」

 「長屋の隣人が突然いなくなり、その者は数日前に見形寺に行っていたと話していたそうです」

光圀は顎鬚を摩り頷く。

 「後、見形寺の建立は、中老の明渡という者が指示したそうです」

 「ほう、城内の者が携わっているという事ですね」

 「裏がありそうですな」

見形寺の新しい噂はもう無いと考え、三人は他の情報について話だす。

 「そう言えば、献上菓子の品評会があるとの事です」

 「献上菓子ですか・・」

 「はい、先程の坂田屋も出品するとの事です。あと競争相手が中野屋で、大棚なのですが菓子の店は最近手をだしたようです。この二軒の戦だろうと町では噂されてました」

光圀は再び顎鬚を摩る。新興の宗派に新しい菓子屋。そして宗教にはまってしまった菓子屋の息子。何か結びつきがあるように感じられる。

 「新しい菓子屋と、現御用達の菓子屋との品評会ですか・・」

       ニャーー

光圀の膝元で黒猫が鳴いた。

 「弥晴、城の中老の者を探っていただけますか」

       ニャーー

一鳴きした後、黒猫は部屋の窓から飛び出し、陽が落ちる城下の町へと走っていった。

 「我々は明日にでも、見形寺を探る事にしましょう」

光圀は禁教について頭を巡らす。徳川幕府により禁教とされ、邪宗門と呼ばれた宗教はキリスト教だけではない。日蓮宗不受不施派、浄土真宗の一向宗等、その時の幕府の意向に沿わない宗派は禁教と見なされた。立川流もその一つである。

 「邪宗門・・   ?」

疑問符とも聞き取れる光圀の言葉が、陽が落ちた暗い街並みに吸い込まれていった。



 「清吉、我と交わりたいかえ」

見形寺内にある離れ。月に一度行われる見形様からの説法を受ける会。参加する者達からは密楽会と呼ばれている。説法を受けるとは表向きで、本堂と離れの広間で行われる交わりの儀式だ。最初は本堂での儀式のみだったが、信者が増え、本堂だけでは人が交わりの儀式を行えなくなったから離れを使うようになった。本堂に呼ばれる人はお布施の金額を多くだしているか、密楽会を多く経験して、見形に陶酔している人で、離れの方はお布施の額が低めか参加の回数が少ない人のようだ。

 「は、はい」

正座している清吉が、欲望に満ちた目で見形を見上げている。

見形は着物の裾を広げ、太股をあらわにした。異様に白い肌だ。しかも艶めかしい。

清吉はその太股に手を伸ばした時、見形が足を引き、あらわになっていた脚を着物で隠した。

清吉はそのままの勢いで、前のめりから倒れ込む。

 「ははは、其方が我と交わるのはまだ早い」

 「ど、どうしたら?」

 「もっと他の者と交わり、徳をお積み」

見形はしゃがみ込み、清吉の顔を近づけ、甘い吐息をかけた。

清吉は起き上がると、隣の者と行為を始める。 

見形は水晶の髑髏を手に取り、撫で始める。

 「さあ、みなさん。徳を積み高見を目指すのです。そして私と説法を交えるまで成長してくださいな」

部屋中に白い煙が立ち始めた。煙はゆっくりと漂いながら髑髏の方へと流れていく。

次々と果てて気を失う者がでている中、清吉だけが腰を振り続けている。相手はとうに果て、気を失っているのに腰を振り続ける。

 「見形様み・」 「あーー見形様・・」    「みかたさま!!」

最後は叫ぶように見形の名を呼び、清吉は果てて気を失った。

そんな清吉に見形が近づいていく。

 「清吉、次は本堂で逢いましょう」

しゃがみ込み、気を失っている清吉の耳元で囁き本堂へとむかった。

本堂は儀式の真っ最中で、喘ぎ声か各所で聞こえ、白い煙が堂内を支配している。

そんな中、気絶している相手に必要に腰を振る続ける男がいた。

 「我わと説法を交えるかえ」

見形はその男の腰を撫でながら耳元で囁き、本堂の奥にある両界曼荼羅の扉へと向かう。

男はすぐさま立ち上がり、見形の後へ続く。見形はゆっくりと扉を開き、男を奥の部屋へと招いた。

何も無い部屋。上も下も横も白く塗られ、平衡感覚が失われてしまいそうになる。

部屋の中央で見形は立ち止まり、着物を脱ぎ全裸になった。

男は吸い寄せられるように見形に近づいていく。見形の腕が男の首にまわり、自分の乳房えと導く。

そのままゆっくりと横になり、脚も男へと絡めていく。男は無我夢中で見形の乳房に舌を這わしている。

     ぐっ!

男が喉の奥から声を上げる。

 「どうしたかえ?」

 「く、苦しい」

 「苦しいかえ?」

見形は優しく男の頭を撫でる

     がっ!!   ぐっ    ぐっ  うっ うっ うっ

男は言葉を発しようとするが、胴を締め付けられ声にならない。

男が見形の顔へと首を向ける。

     あっ   あ!  あ!  あ!

見形の顔は大きなな白い蛇の頭になっていた。蛇は二つに割れている舌を出しては引っ込め、出しては引っ込めを繰り返し、大きな口を拡げた。絡められていた脚も蛇の胴にかわっていて更に男を締め付ける。

男は見形に抱きしめられていたのではなく、大蛇に巻き付かれていたのだ。

大きな口が男の頭にかぶりつく。男の身体が徐々に蛇の中へと入っていく。ゆっくり、ゆっくりと蛇の中へと飲み込まれていく。ピクリと蛇の口元に近づいた男の足の指が微かに動いた。

蛇は指の動き等気にする事もなく、男の全てを飲み込んだ。その後に長い別れた舌を出す。

白い大蛇が部屋の隅に頭を向けた。そこには長い脱皮された皮が放置されている。

本堂を支配していた白い煙は髑髏に吸い込まれ、果てた者達が寝息を立てていた。

ゆっくりと曼荼羅の扉が開き、見形が本堂に戻ってきた。水晶の髑髏を拾い上げ、顔に近づける。

 「清吉を取り込めば、また脱皮できそうだね」

そして舌をだして髑髏を舐め上げた。その下は長く、二つに分かれていた。



 「本当に美味しい菓子ですな。もう直ぐここを立つのでまた食べにきましたよ」

翌日の昼、光圀達は再び坂田屋に訪れていた。

 「はあ、気に入っていただけて嬉しいですよ」

今日は使用人がいないのか、旦那自らが接客をしていた。朝早くから菓子を造りの為の仕込みをして、仕上げは雇いの職人に任せ、昼は店の業務をしているようだ。

連日で店を訪れ、旅立つ最後に菓子を食べに来た老人を、旦那は気に入ってくれたようだ。昨日より話やすい。

 「聞きましたよ、明日献上菓子の品評会があるとか」

 「いや、私は献上菓子はどうでも良いのですよ。皆に安くお菓子を食べていただけたら」

旦那のその言葉は本心のようで、献上菓子を掲げている割には庶民的な値段だ。

 「息子に代を譲った時に、商売がしやすいと思い、献上菓子を続けていたのですが・・  もう、いいんですよ」

宗教にはまってしまった清吉を思ってか、旦那は暗い顔を見せた。

 「あー、すみません。旅の人に愚痴みたいな事を」

 「いえいえ、品評会は城で行われるのですかな」 

 「あー、なんでも見形寺で行われるようで」

旦那は暗い顔から苦々しい顔になる。息子を変えてしまった寺で、菓子の品評会が行われるのだ。当然の事だろう。

 「お寺ですか」

実は弥晴からの報告で、光圀はこの事を知っていた。そして、選ばれた菓子は城だけでなく、藩内の全ての寺社仏閣に品評会で選ばれた菓子屋を使うようにと御触れが出ると言う。つまり勝者の独占状態になる。

 「坂田屋さんは新しい菓子を出されるのですかな?」

 「いえ、せがれがあのざまですので、従来の菓子を出します」

 「そうですか」

 「見新しさは無くても、味には自身があるので」

 「そうですな。で、息子さんは?」

 「さあ、昨日は夜遅く帰ってきたようですが、今は何かに憑かれたかのように寝てますよ」

旦那の口ぶりは、息子はもう駄目だろうと思っている節が感じられた。

しかしここまで人を堕落させる宗派とは何なのかと光圀は考える。宗教とは心の救いであり、人を堕落させる物であってはならないのだ。

 「大丈夫ですよ。息子さんもいつかは目が覚めるでしょう」

 「そうなって欲しいものです」

慰めの言葉をかけ、光圀は坂田屋を跡にした。



 品評会当日、光圀達は見形寺の前にいた。品評会の当日ならば、住職の見形も会に出席するだろう。その間に本堂を調べようという事になったのだ。

光圀達が本堂に入ると、本堂内に白い煙が立ち込めていた。光圀が目を凝らすと一人の男が床の上で悶えている。清吉だ。彼は煙に巻かれながら喘いでいた。まるで煙に犯されているようだ。

 「助さん、角さん。中毒性のある煙のようです。吸わないように」

 「はい。見形はこの煙で信者を虜にしていたのでしょうか」

 「中毒性だけではありませんね。恐らく精気を取り込む妖の一種かもしれません」

     オン・マユラキランディ・ソワカ

光圀が印を紡ぎ、孔雀明王呪を唱えた。

大声を出された猫のように、白い煙が水晶の髑髏へと吸い込まれる。いや、髑髏の中に逃げ込んだという表現が正しいだろう。

光圀が助と角へと振り返り、首を静かに縦にふった。角と助が光圀の前に立ち、水晶髑髏を見下ろす。

角の拳が髑髏へと落とされた。

     ベキ!     パリ―ーン!

割れた髑髏から、白いスライムのような液体が床へと流れる。液体は床に染み込む事もなく、床を這い出した。助が暁宗を白い液体に突き刺す。黒い靄が液体からあふれ出し、暁宗の鍔に吸い込まれていった。

煙が晴れ、見通しが良くなった本堂の床で、清吉が意識を失い倒れている姿が確認できた。呼吸はしているので、放置しても大丈夫と判断した光圀達は、本堂の奥、両界曼荼羅がある扉へと足をむける。

 「交わりの行為が表に出過ぎていて、勘違いされているのですが、立川流は立派な理念をもつ宗派なのですよ」

光圀は両界曼荼羅を見ながら話す。

立川流は天台密教の哲学的な思想と、真言密教の実践的な儀式を併せ持つ宗派で、密教の核心は、象徴や儀式を通じて宇宙の本質を悟る事である。密教では曼荼羅を用い宇宙の構造を象徴的に示すが、立川流ではこの宇宙的エネルギーを人間の性の交わりが、人間の身体と宇宙のエネルギーを密接に結びつける実践的な方法と足らえられているようだ。

 「解釈の違いで、優れた教えも邪宗門とされてしまいます」

光圀は寂しげに言った後、曼荼羅の扉を開いた。

白い部屋。何もない白い部屋。そこに大きな蛇の皮があるのを見つける。

 「ご隠居」

 「やはり妖が関わっていましたか」

三人は急ぎ品評会が行われている、寺の離れへと向かった。



 見形寺の離れ。障子が開け放たれ、部屋から庭が見える。

住職が尼僧だが、尼寺という雰囲気ではない。修行僧も小僧の姿も見えない。ただ、そこら中に蛇の姿がちらつく。明渡は建立のため何度か建設中の寺には来たが、宗教として活動し始めてからは、初めて訪れる。中野も当然来るのは初めてだ。二人とも、いや、明渡の付き添いで来ている部下達も寺の雰囲気に呑まれていた。坂田屋の旦那も落ち着かず、庭へと視線を移す。

    ゴホン!

中老という立場で、人の上に立つ明渡が場の空気を変えようと咳払いをした。

上座に明渡、そのやや左後方に赤い装束の見形が座している。 

 「これより、献上菓子の審査を行う」

坂田屋と中野屋がそれぞれの菓子を明渡の前に差し出した。どうやら審査をするのは明渡のようで、完全な出来レースだ。

明渡がまずは坂田屋の菓子に手を伸ばし、一口かじっただけで皿に戻す。次に中野屋の菓子に手を伸ばし食す。二口、三口と口に入れ微笑んだ。

 「これは上手い」

明渡は全て食した後、中野屋の菓子を褒めたたえた。

 「決まりだな。これより毛中野屋の菓子を献上菓子とする!」

     お待ちなさい!

力強く言い放つ明渡の決定を遮るように、庭から声がした。

振り向く明渡達の視線の先に光圀達、三人の姿があった。

 「な、何奴だ!」

 「明渡介治、そこの中野屋と結託しての菓子市場の独占。許せません」

 「無礼な奴!  者ども!  出会え!   出会え!」

明渡の言葉に寺で控えていた役人達がわらわらと出て来た。

 「助さん、角さん、懲らしめてあげなさい」

 「はっ!」

 「はっ!」

助と角が光圀の横から、一歩前に歩み出る。

 「懲らしめるだ!  生意気なやつらめ、こ奴らを捕らえよ! 逆らうなら切捨てよ!」

明渡の怒号で役人達が光圀達に襲い掛かる。怒りを露わに明渡が庭に出て来た。見形は慌てる事なく、部屋の奥へと引き下がる。

役人達が次々と光圀達に刃を向けてくるが、悉く(ことごと)助と角に倒されていく。助は大刀のみね打ちで、角は拳で次々と役人達を沈めていった。

 「お、おのれー!」

明渡も自ら刀を抜き、光圀に襲い掛かる。光圀は杖を槍のように扱い、明渡へと打撃を加える。

 「助さん、角さん。もう良いでしょう」

光圀の言葉に助と角が立ち位置を変えていく。

 「静まれ!」

 「静まれ!」

まだ向かってくる役人共をあしらいながら、助が懐から三つ葉葵の印籠を取り出した。

 「この紋所が目に入らぬか!」

 「ここにおわす御方を何方と心得る。さきの副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ!」

 「一同の者、ご老公の御前である。頭が高い!  控えおろう!」

皆が驚愕の下、跪き頭を下げていく。明渡も跪き、頭を下げた。

 「明渡介治、其方が中野屋と結託し、菓子市場の独占を企てていた事、そして邪宗門の疑いのある快与宗を擁護したことも明白。この光圀、しっかりと見届けている。藩主南部利直殿に書状を送っておる故、覚悟いたせ」

明渡は、首がガックリと項垂れ、地面を見ながら唇を噛んだ。

 「さて、次は」

光圀は角と助を引き連れ、離れの部屋へと向かう。部屋の奥には赤い装束の見形が座っていた。

少し距離を置き、光圀は見形を見下ろす形となった。

      ドン!

光圀が見形の前に、水晶髑髏の欠片を放り投げた。

欠片だが見形には、それが髑髏の欠片と分かったのだろう、鋭い視線で光圀を睨みつける。

部屋の空気が変わった。瘴気が一気に部屋中を満たし、外からの光を閉ざす。

明度が落ちた部屋で、見形が光圀を睨みながらゆっくりと立ち上がった。鋭い視線は怒りの形相へと変わっていた。

    シャーーー!!!

瘴気が暴風のように光圀へと浴びせられる。常人なら腰を抜かし、気絶するレベルかもしれない。

光圀は、そんな見形と動く事なく、静かにに対峙していた。


 

 「大倭やまと神社の者かえ」

見形が怒りの形相を変える事なく尋ねた。

 「・・ ほう、大倭神社ですか」

光圀は頭の中で大倭神社ゆかりの文献を探る。

 「違うのかえ」

 「いえ、あなたを退治する者としては同じでしょう。真奈姫」

 「われを真奈姫と呼ぶは、やはり大倭の者か!」

        シャーーー  シャーーー

見形が喉から異様な音が出しながら、光圀が投げた欠片を拾い上げた。そして、二つの割れた舌を出し舐め上げる。

 「その水晶に人間の精気を溜めていたのですね」

 「そうよ。それを、大事に溜めた精気を、  お前が壊した」

 「どうしますか?」

       殺す!

            シャーーーーーーーーーー!!!!!!

天上から、庭から、蛇が光圀目掛けて飛び掛かってきた。

        シュ!  シュ!  シュ!

                  バチ!  バチ!  バチ!

四方から襲ってくる蛇を助が大刀で切捨て、角が素手で掴み、次々と握り潰していく。一匹も光圀に届かない。 

         シャーーーーーーー

見形が悔し気な音をだす。

 「われ自ら   こ  ろす  テ ヤ   る」

人の形をしていた見形が、蛇へと変貌していく。喋る言葉も、口の形、舌の長さが変わっていくので、言葉にならなくなっていく。見形が白い大蛇へと変貌していった。

白い大蛇の赤い目が光圀を睨む。時折長い割れた舌を出しながら。まるで獲物の蛙を狙うかのように光圀を睨む。その姿に明渡達は腰を抜かし、中には尿を漏らす者達もいた。

    オン、マユラキランディ・ソワカ

光圀が印を紡ぎ、孔雀明王呪を唱え、懐から独鈷杵を出した。この老人が法具を出すのは珍しい。

        シャーーーーーーーーーー!!!!!!

光圀目がけて大蛇が動いた。    速い!

素早く光圀を絡めとろうという事だろう。巻き付き締め上げれば片が付くと考えているのだ。

          バン!      ドン!

光圀の前に角之進が立ちはだかった。大蛇をその太い腕で挟み床へと叩きつける。

            グサ!

助三郎が走り込み、叩きつけられた大蛇の頭に暁宗を突き刺した。

          スルン!

               シャーーーーーーーーーー!!!!!!

光圀の頭上に大蛇が迫っていた。

床には、暁宗が突き刺さった蛇の白い皮が横たわっている。大蛇は瞬時に脱皮し、助の攻撃を避け、光圀に襲い掛かったのだ。普通の蛇は瞬時に脱皮は出来ない、しかし長い時を生きて変化した大蛇は、脱皮を繰り返す内にそのすべを得たのだろう。

脱皮をし、更に大きくなった大蛇の牙が光圀に迫る、しかし光圀は慌てる事はない。

    オン・マユラキランディ・ソワカ

再び孔雀明王呪をを唱えると、独鈷杵を大蛇の頭をめがけて投げた。

普通の独鈷杵なら、大蛇の皮にはじかれる所だが、光圀の、孔雀明王の加護を受けた独鈷杵は、大蛇の頭に刺さる。大蛇は光圀を捕らえる事が出来ず床に着地した。

着地した大蛇へと、素早く助が走り込み、今度こそ胴体に暁宗を突き刺した。

      グォーーー 

大蛇が苦し気な声を上げ暴れる。その尾を角が押さえ込んだ。 

    オン・バサラヤキシャ・ウン

光圀が金剛夜叉明王呪をとなえた。その手には五鈷杵が握られている。

    オン・バサラヤキシャ・   ウン!

再び光圀が真言まんとらを唱え、大蛇の頭へと振り落とした。

       ズン!!

部屋中に閃光が瞬き、雷が五鈷杵へと落ちた。地響きが起きたかのように部屋が揺れた。

暁宗に突き刺された大蛇が動かなくなる。 

    オノ  レ ヤ  マ        ト  ・・

黒い靄になり、暁宗に吸われていく大蛇の恨み節が、離れの部屋に静かに響いた。

  





 

 






 











































































 私生活が忙しかったので、久しぶりの更新です。書くのをやめた分けではありません。もし待っていた方がいたら申し訳ございませんでした。


参考文献  アリストテレスの本棚

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