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土着神(後編)

 「爺、そいつは誰者?」

城の一室、三女に当たる優香姫の前に家老の小竹祐善が座っている。その後ろ、虚ろな目をした男が控えていた。

 「はい、姫の新しい護衛の者でござりまする」

男は祐善の紹介を受け、こうべを下げた。礼ではなく、ただ頭を下げただけのように見える。

何か得体の知れない物を感じ、姫は不安な瞳を信頼する祐善に向けた。

 「ははは、下賤の者故、礼儀を知りませぬ。どうかご容赦を」

姫の不安を拭うために、祐善は笑顔を優香に見せる。

 「何故下賤の者を?」

 「先日の猿の件です」

猿と聞いて優香は身震いを覚え、自身の身体を抱きしめた。

 「猿から姫を守るための者でござりまする。名を太郎と申します」

猿から自分を守ってくれる者ときいて、再び優香は男、太郎を見た。

曲げは武士のように綺麗に結い上げているが、身体の線が細く、頼りなく見える。何より、着物が合っていないようだ。どこかぶかぶかで、無理やり着せられた感を否めない。紹介を受けた後の目線も、まだ虚ろなままで、とても自分を守ってくれるような強さを感じられない。

 「太郎が今夜から部屋の外、寝ずの番で姫を御守りいたします。どうかご安心を」

頭を優香に下げる祐善の脳裏に、先日の藩主、分部信政との会話が蘇る。

 「殿! 何とぞ御再考を!」

 「くどいぞ祐善。これも藩のためじゃ」

 「しかし、今時生贄など」

 「言葉を慎め祐善。生贄ではない、嫁入りじゃ」

 「・・・嫁入りだと」

祐善は言葉を飲み込んだ。

大溝藩は四半世紀に一度、猿神に嫁を与えているのだ。その嫁は絶対に藩主の血族でなければならない決まりがある。祐善は家老になり、この事実を初めて知った。猿神を崇め、二十五年に一度、猿の殺生禁止の御触れを出すのを知っていたが、嫁、いや生贄を出しているのは知らなかった。

 「せめて水戸藩に相談を」

 「二十五年に一度の事で、幕府に恩を切るのは分が悪いわ」

歴代の藩主は、生贄を禁止している水戸家の意向を知りながら、この理由で内内で処理してきたのだろう。信政もそれに従っているに過ぎない。

 「もう決まっている事じゃ!  くどくどと文句を言うでない!」

信政は話を打ち切り、部屋から出ていった。

祐善は下げた頭のまま、唇を噛みしめていた。

 「爺、爺、どうしたのじゃ?」

優香の言葉で我に返り、笑顔で頭を上げる祐善。姫に微笑んだ後、太郎を見た。

太郎は何処を向くという事はなく、虚ろな瞳を開けたまま佇んでいた。



 「おはようございます」

朝食を運んできた女将が光圀に笑みを見せる。

 「おはようございます」

光圀達も笑みを女将に見せた。 

 「昨日はありがとうございました」

 「いえいえ、お気になさらずに」

猿殺しの件を隠蔽してくれている事に感謝を告げる女将。角の着物が違っている事に気が付いた。

角の着物は昨夜の猿との格闘で、返り血と、損傷が激しいので処分していたのだ。

 「大きい方の着物が変わってますけど」

 「ははは、昨夜泥がついたようで」

 「まあ、それは私達のために申し訳ありません。お礼とお詫びで宿代は結構です」

 「いやいや、そうはいきません。こちらのお節介ですから気にせずに。それにこんな美味しいそうな朝食を用意してくれているのですから、それだけで十分でですよ」

女将の様子から昨晩の猿神の襲撃には気付いていないようだ。光圀も親子に不安を与えない為、目を覚まさないよう術を掛けていたのだ。

 「今日出立するのですか?」

 「はい、二十五年に一度のこの町の様子を見たいので、もう一回り町を見ていこうかと思います」

 「さようですか。それではごゆるりと」

出て行く女将を見送る光圀。町の様子が気になるのは本当だが、昨日の今日で猿神の動向も気になる。孔雀明王呪で猿神を退けたが、まだ油断は出来ない。確認のために町の様子を見て回ろうと考えたのだろう。

朝食を済ませた光圀達は、町の様子を探るべく宿を出た。

 「酷いですね」

 「ええ」

町中は昨日よりも猿で溢れていた。

割れ物を扱う店の皿等は、棚毎ひっくり返され破損している。露店の食べ物屋や、食材を売っている所は軒並み食い荒らされていた。食事何処も中の仕込み物を荒らされているようで、商売どころではなさそうな様子だ。昼過ぎには皆、商売を諦め、店戸を閉ざすしかないようだった。

町の者は口々に「後少しの辛抱だから」と自分達を慰めるように呟いていた。

 「これは徴収を減らされても、損をする者がでるのではありませんか」

 「ああ、棚や店内の机等も壊されているようだからな」

助と角が町の荒らされように悲観な声をあげる。光圀も二人の声に頷いた。

 「これは一計を図らねばなりませんな。それに猿神の動きも、もう間近でしょう」

      ニャーー

光圀の意図を汲んだように、いつのまにか黒猫が光圀の足元に鎮座していた。

 「城の様子をお願いいたしますよ」

      ニャー

一鳴きした黒猫は、城の方へと走っていった。

光圀は角に耳打ちし微笑む。角も頷き、猿が暴れている商店へと足を向けた。

角は一匹の猿を捕まえ気絶させ脇に抱えた。三人はそのまま町を歩く。

 「貴様ら! 何をしておる!」

通報を受けたのだろう、役人が血相を変えて光圀達を取り囲んだ。

 「旅の者か、しかし今は関係ない。その脇に抱えている猿はなんだ!」

 「はい、店に迷惑をかけていたので、役人様に突き出そうと捕まえました」

 「殺してはいないのか?」

 「はい、気絶させただけでございます」

役人は考えているようだ。殺生は禁止しているが、拿捕に関しては明確な指示はなかった。しかも相手は旅の者。暫し考えた後、周りの者に縄をかけるよう指示を出した。

 「お主ら、殺生禁止の御触れが解かれるまで、牢に入ってもらうぞ」

光圀達は縄をかけられ、城の牢に入るべく、しょっ引かれて行った。




 「太郎よ、もうそろそろのようだ」

姫の寝室の前で祐善が太郎に話しかけている。姫は既に眠りに就いているようだ。

 「町の様子からして、今夜が危なそうだ」

祐善の言葉を聞いているのかいないのか、太郎は虚ろな目のまま、あらぬ所をみていた。

 「こいつじゃ、この毛の主がお前の敵だ」

姫の部屋で拾った獣毛を、太郎の目の前に出す。

      グゥーーーーー

獣毛を見た太郎が、唸り声を出す。人の生態で出せるような唸り声ではない。

      ガゥーーー    ガゥーーーー

太郎が口を開けて唸る。鋭い犬歯が見え、口が耳元近くまで裂けていく。

        ポタポタ

太郎の口から血にまみれた涎が廊下に落ちた。

 「そうだ、お前をこのようにしたのは、この毛の持ち主だ。近づいて来たら殺せ」

太郎、祐善が孫である優香を守るために用意した秘策だ。

祐善は娘が信政に見染められ、女の子を産んだ時にこの策を考えた。家老になって生贄の話を知りうる立場だったので、娘を側室にだすのは嫌だったが、断れなかった。

彼は一人の身分の低い男に目をつけた。親族がなく、いつ没落しても良い家系の男だった。

祐善の嫁が四国出身で、嫁の実家に出向いた時に犬神憑きの話を聞いた。小耳に挟んでいた知識だったが、彼にはこの策にかけるしかなかった。そして二十五年に一度のこの時期に犬神憑きを実行したのだ。

         ガォーーーーー!!

太郎が吠えた。だが城の者が慌てて出て来る事はなかった。信政が通達を出していたのだ。殺生禁止の御触れが出ている間は、城内で異様な声が聞こえるかもしれないが、夜には部屋から出ないようにと。

これが幸いして、祐善は太郎を優香の部屋の前に置いても、誰も咎める事はない。

         ガォーーーーーーーーーー!!!

再び太郎が吠える。彼には感じられているのかも知れない。自分に近しい物が近づいているのを。そして、そいつは自分の敵であると。



      ニャー

城の牢屋で猫が鳴いた。

光圀達は役人に捕らえられ、蝋燭が揺れる牢内にいた。

白髪の老人が猫の額を撫でると文へと変化する。光圀は蝋燭の下で文を広げた。

 「犬神憑きですか・・・」

小さく呟き、助と角を見た。

 「猿神ではなく犬神ですか?」

 「いえ、両方ですよ」

 「両方?」

光圀は二人に説明する。この騒ぎは大溝藩が猿神への生贄を捧げるために起きていて、生贄は二十五年に一度捧げられる。そしてその生贄には城主の血縁者の娘が選ばれると。

今までなら猿達が生贄を攫って終わりだが、今回は生贄の娘の親族が、猿神に対抗しよと犬神憑きを用意したらしい。

 「生贄とは、怪しからんですね」

角が顔を顰めた。水戸藩と陰陽網が怪異に対処するとなってから、生贄等は全て禁止されている。

 「どこから犬神憑きを連れてきたのでしょうか?」

 「わかりません、わかりませんが、造ったのかもしれませんね」

雑多な霊を人に憑かせるやり方は各地にあるらしい。生贄が行われる時期に都合よく犬神憑きが現れるとは考え難いと光圀は話した。

 「もうそろそろですね」

怪しい気配が城を包んでいく。いや気配と呼べる代物ではないだろう。人に害を与ええてもおかしくない瘴気が城内に漂い始めている。

 「私達も行きましょうか」

光圀は立ち上がり、瘴気渦巻く牢の外を見つめた。





     ウキ    ウキ     ウキ

        ウキ     ウキ     ウキ

城内に獣の姿が現れ出した。  猿だ!

猿は庭の木々、城内の廊下、台所、至る所に現れる。しかし城内の各部屋で待機している者の所へは現れていない。しかし台所にいる猿は食料を漁りはじめている。城内をうろつく猿は、襖等に爪をたて傷をつける。城内の至る所を破壊していく。そして目的の部屋へと集まっていく。その数百はくだらないだろう。

         キーーーー

           キーーーーーー

優香の寝室を遠巻きに囲んだ猿達が威嚇を始めた。部屋の前に得体の知れない物がいるからだ。

得体の知れない物の横に初老の侍がいた。祐善だ。彼も太郎と共に闘うつもりなのだろう。

普段ならこの猿の集団が生贄の少女を部屋から連れ出し、猿神の所へと運んでいるのだろうが、しかし今年は違った。この得体の知れない物「太郎」が部屋の前にいるのだ。

猿達には分かるのだろう、こいつは危険な奴だと。だから威嚇する。しかし威嚇するだけで近づけないでいる。本能的に察知しているのだ、自分よりもこいつは強いと。

        ボッ     ボッ      ボッ

廊下にオレンジ色の炎が灯る。鬼火と呼ばれる炎に似ている。

        ウキ     キーーーー

    キーーーー       ウキ    ウキ     キーーーー

猿達の気配が変わった。突如凶暴化したように、騒ぎ始める。

          キィーーーーーーーーーー!!!

一匹の猿が太郎に飛び掛かった。

         シュッ!     バキ!

廊下に血しぶきが舞った。太郎が猿を右腕で床へと叩き落としのだ。

床の転がる猿の頭部は潰れていた。猿の頭蓋骨を一撃で潰す力、普通の人間の物ではない。

      キキーーー

         キキーーーー

他の猿達が一斉に太郎へと襲いかかった。

廊下に血しぶきが飛び、猿の肉片が散らばる。

       カチャ

祐善が刀を抜いた。そして大刀を振りかざし、次々と猿達を切り伏せていく。必死だ、孫を護るために必死で大刀を揮っているのだ。しかし祐善に数匹の猿が群がり、牙や爪を立てていく。

     ウォーーーー!

祐善は吠える。自分を奮い立たすために。孫を護るために。そして、大刀を床に捨て、小刀を手にし群がる猿へと突き刺していく。

      ギャオーーーー!!!

太郎が再び吠えた。何十匹もの猿をほふってきたが、後から後からも猿が現れ攻撃を仕掛けてくる。群がってくる猿に鋭い牙で噛みつき、胴を喰い破っていく。しかし犬神の力を持ってしても屠り切れるかどうか分からない。

 「何をしている!」

あまりの騒ぎに、藩主の分部信政が従者を引き連れてやって来た。城中にいる者達が騒ぎ始めていたからだ。生贄の事は藩の重鎮しか知らない。信政は自ら部下を率いてくるしかなかったのだろう。

 「と、殿・・・」

猿が群がり押し倒されている祐善が、血まみれで声を絞り出した。もはや虫の息だ。

      キャーーーーー!!!!

優香の寝室から悲鳴が上がった。

 「ひ、ひ  ひ・・・め」

虫の息で猿に小刀を突き立てながら、祐善が起き上がろうとしている。

      バン!

廊下と寝室を繋ぐ襖が廊下側に倒れた。寝室に溢れている瘴気が実態化して、襖を倒したのだ。瘴気は強い妖に導かれ集まる。その妖気が強ければ強いほど濃い瘴気になり、実態化する事がある。瘴気を実態化さす程の妖が優香の寝床に現れたのだ。

 「たろーーーー!!!」

祐善が猿を振りほどき叫んだ。

      ワォーーーーーー!!!

太郎が祐善から見せられた獣毛の主が、姫の寝床にいた。優香を小脇に抱えている。優に三メートルは超えているだろう巨体を九の字曲げ、大きな一つ目で役人達を見下ろしている。

今で言う、キングコングのような巨体に獣毛を生やし、顔の半分を占める目が真ん中に一つ。鼻はなく、目の下にある大きな口が開いている。まるで信政を嘲笑っているようだ。口の中に鮫のような二重になった歯が見えた。   猿神!  いや猿神と呼ばれている妖だ。

      シュン!

太郎が巨体の妖目掛けて跳躍した。



 太郎は群がっている猿共を、鋭い爪で切り裂き、血まみれで部屋へと跳躍する。

毎日毎日、祐善から獣毛を見せられ、お前に苦しみを与えている奴の毛だと教えられてきた。憑き物は憑く物、憑かれる者、両方ともが苦しみを覚える時がある。憑かれた方は無理やりに憑依されるのだ、苦しくて当たり前だが、憑く方も成仏が出来ず、苦しんでいるのだ。そんな状態で祐善から洗脳されるように毎日獣毛を見せ続けられたのだ。

もはや宿敵の存在的な獣毛の主が目の前に現れたのだ。太郎は本能のまま猿神へと襲い掛かる。

      ガキ!

鋭い牙が獣毛に覆われた腕へと喰らいつく、鋭い爪が猿神の肩に食い込んでいく。しかし猿神は痛さを感じていないのか、姫を床へと降ろし、その腕で太郎の胴を掴んだ。

      ブチ! 

太郎の胴が握り潰された。それでも太郎は噛む力を緩めず、猿神に喰らい付いている。

      バチ!

腕に止まった蚊を叩くように、猿神は太郎の頭を叩き潰した。太郎は血にまみれたまま、床で倒れている優香の横に落ちた。優香は気絶しているのだろう、肉塊になった太郎が落ちてきても動く事はなかった。

猿神は再び優香を拾い上げ、脇に抱え込んだ。  

       グォーーーォーーー

道を開けろと言わんばかりに信政に吠えた。祐善は頼みの綱だった太郎がやられ消沈したのか、その場で崩れ落ちた。

 「信政殿、それが神に見えますかな?」

場にそぐわない声が信政の背後から聞こえた。信政が振り返ると白髪の老人が立っている。

皆、壮絶な太郎の最後を見てしまったからか、猿神への恐怖からか、呆けたように動けないでいた。

 「この顔をお忘れですかな?」

声音は静かだが、厳しさが伺える声だ。

 「ご、ご老公様・・・」

信政の言葉に、呆けていた家臣達は白髪の老人へと身体を向けた。

    シュン!        バーーン!!!

好機と見たのか、猿神は皆の頭を飛び越え、地上から十メートルは下らないだろう窓から、雨戸を破壊し、姫を抱えたまま飛び降りた。

 「ゆうかーーーー!」

悲痛な祐善の声が廊下で響いた。




 「助さん!   角さん!」

壊れた窓から下を覗き込み、光圀は声を上げた。

窓のすぐ下は開けた庭になっている。猿神はそこに降り立ち、助と角と対峙していた。

猿神には分かっていたのだ。昨日の孔雀明王呪を使った者が目の前の老人だと。だから闘いを避け、姫を奪う事を優先して庭へと飛び降りたのだ。

       シャーーー!!!!

猿神が二人を威嚇する。

助三郎が妖刀暁宗を抜いた。角之進が両拳を握り、腰に構える。

      ウキ!!   ウキ!!

猿の群れが集まり出した。助と角を取り囲むように円状で輪を縮めていく。 

      ボッ   ボッ   ボッ   ボッ  ボッ 

輪を縮めていく猿達の前に青い炎が燃え上がる。炎は青とオレンジのコントラストを見せ、大きく揺らぎ、猿達へと襲い掛かっていった。弥晴が放った不動明王炎呪だ。

猿達は逃げる事も出来ず、不動明王の業火に呑まれていった。

       シャーーーーー!!

猿神が威嚇しながら助と角の元へと襲い掛かっていく。助が角の前に立ち、上段から暁宗をを振り下ろした。

優香を抱えていた腕が切り落とされ、姫の身体が宙に舞う。助はそのまま姫を抱きとめた。

腕を落とされた猿神は、勢いを止める事なく巨漢の角の頭上を飛び越えようと跳躍した。角も跳躍し、カウンター気味に猿神へと蹴りを食らわした。

猿神はそのまま落下し、地面へと叩きつけられる。その顔面へと角の肘打ちがさく裂した。

優香を安全な場所へと寝かせた助が、暁宗を猿神の顔面に突き刺した。

       キェーーーーー!!

猿神が初めて悲痛な声を上げた。断末魔の悲鳴だ。猿神の顔から、身体から黒い靄のようなものが溢れ出し、暁宗の鍔へと吸い込まれていく。その光景を猿達を燃やし続ける青い炎が浮かび上がらせていた。



 「お、終わったのですか?」

壊れた窓から、光圀の横で見ていた信政が震える声で尋ねる。

 「ええ」

光圀は静かに答えた。

 「我が藩は神を失ったのですか?」

信政の問いに光圀は厳しい顔を彼に向けた。

 「信政殿、あれは神ではありません。変化です」

 「変化?」

 「私は信政殿に尋ねましたね、あれが神に見えますか?と」

 「・・・」

 「神に見えましたか?」

 「・・・・」

黙り込む信政。恐らく彼にもあの猿神が、神には見えなかっただろう。光圀は厳しい顔のまま変化について説明する。

あの猿神は恐らく山の精が猿人化したか、年老いた猿が変化したものであるだろうと。そして生娘の生贄を二十五年に一度喰らう事で、更に力をつけてきたのだろうと推測した。

      ゴト!

背後で音がした。祐善が震えながら身体を動かしている。孫がどうなったのか気掛かりなのだろう。

光圀は祐善を起こし、血まみれの手を握った。

 「ゆう・か・・は?」

 「無事ですよ」

光圀の言葉に、血まみれの顔が安堵の表情を浮かべた。

 「あり  が  と       ごろう   こう・・・・」

言葉を言い終える事なく、祐善は息を引き取った。だがその表情は安堵の笑みを浮かべていた。

 「信政殿、この罪は重いですぞ」

項垂れ座り込む信政を、窓の下から揺れる青い炎が照らしていた。












 

















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