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天魔王(中編)

 村人が消えた村に、城から派遣された捜索隊の者達が、家々を調査してまわっている。

昨日、藩主の信政からの命で結成された隊だ。昨日の今日で、村まで捜査に入るのは、かなりのスピードだ。それだけ藩内でもこの事態を重くみているのだろう。

時は昼過ぎ、日はまだ高い時間だが、曇りがちな天気で、厚い雲が陽の光を遮っていた。

 「お、おい」

陽が薄く差し込む家の中で、捜索隊の一人がうずくまる影に気付き、他の隊員に声を掛けた。

 「どうした?」

 「そこに誰かいる」

化け物の件もあり、家内の捜索は必ず二人以上で行う決まりとなっていた。今この家にいるのは二人の隊員だけのはずだ。

薄日さす家の中で二人は目を凝らした。土間の所、釜戸の前に背中を丸めてしゃがんでいるのが人が見える。背後からだが、その背は小さく子供のようだ。

 「大丈夫か?」

隊員が声を掛け近づいていく。その小さな背中は震えているように見える。無理もない、こんな人気がない村にいたのだ、もしかしたら家族が酷い目にあっていたのを見ていたかもしれない。隊員は気遣うように子供の背に触れた。

 「ヒッ!」

触れた手を素早く引き、隊員は後ろに下がった。

子供の身体が冷たかった。暖かみが無い身体。そして子供にしては硬い身体。

子供が立ち上がり、ゆっくりと振り返る。薄日が子供の顔を照らす。

その顔は生者の顔ではなかった。片目の眼球がなく、もう一つの眼球は白く光を反射することはない。

鼻は潰れ、開いた口から覗く歯は、老人のように所々無くなっていた。

子供が隊員達の方へと手を伸ばして向かっていく。まるで何か物をねだるように。

 「ひっ」

隊員達は、開け放たれた扉の方へと後ずさっていく。

選ばれた隊員ではあるが、人ではない者、いやかつて人であった者に遭遇する機会など無かったのだ、恐怖で身を引いてしまうのは仕方ないだろう。

後ろ手に外へ出た隊員の背後から、何かが抱きついてきた。きつい匂いが隊員の鼻をさす。

 死臭だ

隊員は抱きついてきた者を振りほどき、周りを見渡した。

村に入った時には居なかった者達が、同士達を襲っている。

 「脚を切り落とせ!」

誰かの叫ぶような指示が耳に飛び込んできた。家から出て来た隊員達は刀を抜き身構える。

先程は子供の姿に動揺したが、明るい場所に出て、人の言葉を聞いたことで落ち着きを取り戻した。

家から出てきた子供の足を薙ぎ貼るように切り落とした。子供はバランスを崩し倒れ、起き上がろうともがいている。その様子を見ていると、違う死人が襲い掛かってきた。

またも脚を切り、地面へと転がせる。一息つく間もなく、次の死人が襲い掛かってきた。

死人は四つ這いで動き、子供と違い素早い。

   ギャーーー

同士が死人の群れに囲まれているのが、視界の隅に入る。だが助けに行く余裕などない。

四つん這いの死人の手を切り落とし、次いで足に刃を運ぶ。

    ガリ!

刃こぼれで死人の脚を切り落とせなくなっていた。隊員は大刀を捨て、小刀に持ち替える。

   ワーーーー 

 「やめろ!」

   ギャーー

同士達の悲鳴が増えてきた。恐らく皆、刃こぼれで死人への対処が厳しくなっているのだろう。

 「退却だ!  皆逃げろ!」

誰かが叫んでいる。隊員も退却したかった。しかし退却の為の退路がない。

どこにいたのだろうと思われる数の死人が、村中に犇めいている。

     ギャーーーー

     助けて!!!!

至る所で悲鳴が上がる。一人の隊員に五、六体の死人が群がっている。

生きたまま目をえぐられ、肉を喰いちぎられていく隊員達。やがてその意識も薄れ消えていく。

陽が西に傾いて行く頃、静寂が村に訪れていた。

死人の群れは消え、隊員達の亡骸だけが横たわっている。

その中に細い人影が現れた。隋風と呼ばれていた僧侶だ。

隋風は呪符を握り、隊員達の亡骸の口に手を入れていく。その顔に表情は無く動く人形のようだ。その後手刀を切り、印を結び何か呪文を唱えた。

    チーーーーン

小さな鐘を細い手で揺らし、ゆっくりと歩きだす。

    チーーーーン

再び鐘を鳴らし、村から出ていった。

月が雲に隠された村。闇に近い場所で、ゆっくりと数体の影が動きだした。

二足歩行でふらつきながら歩く者。四足で震えながら起きあがり歩き出すもの。地面を這うように動きだす者。様々だが皆城の隊員達だ。生きているとは言えないその身体は、至る所を損傷し、生者の息吹を感じさせない。隊員達は慣れない身体を試すように、手足を振りながら歩き、村から姿を消していく。

再び闇と静寂が村に訪れる。

    チーーーーン

風に運ばれて、遠くから鐘の音が聞こえていた。



 「村に送った捜索隊が全滅!」

城内で報告を受けた岩泉が荒い声を出した。

報告によれば、恐らく全滅との事だった。恐らくというのは隊員の死体が無く、生死は不明だが、刃こぼれした刀や、壊された鎧装束が村に落ちていて、とても生きているとは思えない有様だったようだ。

岩泉は藩主の信政を見る。これからの対策の進言だが、化け物対策で五十を下らない捜索隊を派遣したが全滅。再び捜索隊を結成しても同じ事の繰り返しそうで、相手と事の真相に近づける気がしない。

 「岩泉よ」

藩主の信政が、意を決したように口を開く。

 「水戸家に、陰陽網に連絡じゃ」

 「・・しかし、それですとまた幕府が介入してきますぞ」

 「やむえない、これ以上の犠牲は誰も望まぬ」

 「しかし、また幕府に藩内をかき回されるのは・・」

 「我らで解決できるか?」

 「菩提寺に相談するのは?  陰陽網の高野衆や水戸家に劣らぬかと」

 「ふむ、其方に任せる」

信政も内心は幕府の介入を良しとは思わないのだろう、岩泉の提案を受け入れた。

霊場である菩提寺にも、呪術の部隊はある。しかし高野衆のような戦闘的集団ではない。あくまでも呪術での生業が主である。高野衆が攻めの呪術なら、菩提寺のは守りの呪術というのが分かりやすいかもしれない。

翌日岩泉は直々に菩提寺へと足を運んだ。藩からの命令というよりも、お願いという下からの姿勢でいくからだ。岩泉自身も分かっている、今回の事案は死人が絡んでいる呪術まがいではあるが、もしかしたら菩提寺では解決が難しく、断られる可能性があるかもしれない。

客間の通された岩泉は、権大教師の利慶に頭を下げた。

 「死人ですか・・」

話を聞いた利慶は渋い顔を見せる。単体の死人返りなら過去幾つかの退魔例はある。しかし今回は死人の群れという事で、今までに例がないのだ。

 「菩提寺でも対処は難しいですか?」

 「ええ、初めての事案ですからな」

 「やはり高野衆でないと無理ですかね?」

高野衆と聞き、利慶は眉を寄せた。退魔なら高野衆という事は利慶も理解している。しかしあからさまに比較されるのも気分が悪い。考えこむ利慶に岩泉が自信の案を口にする。

 「我が藩も菩提寺に丸投げしようとは考えておりません」

 「と言うと?」

 「城からは精鋭の者達を百人位は用意するつもりです」

 「なるほど、剣と呪術を合わせて死人に対処するという事ですかな」

 「はい、その通りです」

 「わかりました、禅師には私から報告しておきます」

 「よろしくお願いいたします」

菩提寺を出た岩泉は安堵の顔を見せた。断られれば水戸家に頼るしかない。今の時期は幕府の介入は避けたいのだ。噂だが、次期藩主候補の信寿と寿世の関係が良くないと聞く。藩内での確執が幕府に知れれば何かと口入くちいれをしてくる。藩内の事は藩内で解決したいのだ。

城に戻った岩泉は、信政への報告を済ませ、精鋭百人の人選に入った。



 「弥晴の式が潰されました」

光圀が弥晴からの文を見て、助と角に告げた。

 「弥晴の式を潰す程の術者がいるという事ですか」

 「ええ、あの若い侍の屋敷だそうです」

白髪の老人は顎鬚をさする。

 「今回の死人と関係があるのでしょうか」

 「弥晴の報告では、死人の話を屋敷でしていたようですね」

 「あの侍は何者か探る必要があります」

 「はい、早速町に出て、探りを入れてきます」

助が立ち上がり、部屋を出ていった。こいった町での情報収集は助の方が上手い。角は一見で怖がられるため不向きなのだ。 

 「では角さん、私達は報告にあった村を見に行きますか」

弥晴からの文に、近隣の村から行方不明が出ている事や、急に人が消え廃村になっている事も記されていた。

光圀と角之進は報告にあった村へと向かう。陽はまだ高い時間帯だが、厚い雲が光を遮り、どんよりとした空模様だ。 

 「ご隠居・・・」

村の前に立った角が光圀の顔を見る。光圀も「わかった」という感じで頷いた。

血臭だ。村の入り口だが、風に運ばれてくる血臭が濃く、二人の鼻をつく。

慎重な足取りで村の奥へと進んでいく。途中、折れた槍や、明らかに刃こぼれしている刀が落ちていた。

所々血だまりがあるが、死体が一体もない。二人は一軒の家に入り中を調べる。

米や野菜等は台所にしまい込まれたままだ。村人が計画して村を出て行った事は無いとわかる。食料は大事な物だ、放置して残したまま出て行く訳はない。中には調理途中と思われる家もあった。

 「この村は何者かに急に襲われたのかもしれませんね」

 「ええ、刀は村に調査に来た城の者の刀でしょう」

二人が家の調査を終え外に出ようとした時、光圀達を待つように、玄関のすぐ犬が伏せっていた。

犬の数は二十は下らないだろう、その全てが明らかに普通の犬ではない。せり出した口の皮は剝け、歯茎から牙がまる出しの犬や、腹が破れ腸をぶらつかせている犬、顔の無い犬までが四肢で立ち、光圀と角之進を威嚇している。

      チーーーーン!!

風に乗り、鐘の音が微かに光圀の耳に届いた。

 「むくろつかいですか」

光圀が呟く。

角が光圀の前に立ち身構えた。それを合図のように次々と犬の群れが襲い掛かってきた。

角が蹴りや手刀で犬達を蹴散らしていくが、地に伏したように見えた犬達は、直ぐに立ち上がり飛び掛かってくる。

打撃系の当たりが効かないと分かると、角は襲ってくる犬の足に狙いをつけ、蹴りと手刀を撃つ。

一度の蹴りや、手刀で犬の前足と後ろ足、最低でも二本には当てを食らわし骨を折る。

骨を折られた犬達は、襲い掛かろうと立ち上がるが、バランスが取れず、その場で唸り声をあげていた。

 「オン・バサラ・ダラマ・キリク・ソワカ   オン・バサラ・ダラマ・キリク・ソワカ」

光圀が千手観音のマントラを唱え、印を紡いでいく。

 「オン・バサラ・ダラマ・キリク・ソワカ   オン・バサラ・ダラマ・キリク・ソワカ」

マントラが村に響き、折れた足で立ち上がろうとしていた犬達の動きが止まる。

 「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」

光圀のマントラが地蔵菩薩に変わる。犬達は震えながら地面に伏していき、動かなくなった。

光圀は印をほどき、犬の亡骸に目をやる。角は身構えるのを止め、静かに息を吐いた。

 「挨拶という所ですかね」

 「ええ、正に小手調べ。村の調査で私達の方が調べられましたね」

光圀は見えない敵の力量を考えるように顎鬚をさすった。

 「死人使い。死霊使い。骸つかいですか」

独り言のように言葉を出した光圀の頬に、どんよりとした雲から落ちてきた雨粒が、ゆっくりと濡らしはじめた。



 慌ただしく城内が動く。先程まで降っていた雨も上がり、各所で篝火が焚かれ役人達が走る。庭には鎧に身を固めた猛者が息巻くように声を上げている。自分達を鼓舞しているのだ。既に城の者が数十名命を亡くしている事は報告されており、相手が死人しびとだという事も伝えられている。猛者といえ怖いのだ。恐怖を感じているのだ。だから声を出し、自身の高揚感をたかめていくのだ。戦への高揚感を。

平和な徳川の世で何故剣技を鍛えるのか、厳しい修行に耐えてきたのか。今日の為だ。今日の為に技を鍛えてきたのだ。恐怖信を高揚感で上書きするかのように猛者達は声を上げる。

 「皆の者、これより死人を殲滅する」

時は夜明け前、藩主信政が自身も鎧兜に身を纏、猛者達に指示をする。

 「相手は死人、だが恐れる事は無い!   菩提寺の呪術部隊が補佐してくれる。皆は呪術部隊を守りながら死人達を殲滅するのだ!!」

     オーーーー!!!

     オーーーーー!!!

 「信寿の部隊はきているのか?」

 「はい、あちらに」

信政の質問に岩泉が、列をなして歩く武者の集団の真ん中あたりを指さした。

 「寿世とはまだ連絡がつかぬのか?」 

 「はい、屋敷に向かわせた者の話だと、明かりも見えず、使用人の姿も無かったとの事です」

 「あやつは何をしているのだ、この一大事に。此度の討伐に参加しないと、分家の話は吹き飛ぶぞ」

跡取りは信寿にきまりつつある。しかし寿世の才を家臣として終わらせるのは勿体ないと考えた信政は、反対派の重鎮を押し切り、藩を割って分家を建てる決断を下していた。

廃村になった村を見下ろせる、丘の開けた場所に信政は陣を構えた。

陽が昇り始め、東の空が微かに明るくなってきている。昨日の雨がきいているのか、村へと続く道は霧か靄がはり、視界が良いとはいえない。

そんな中、猛者達が進行を始めた。隊の先頭を行く者の目はぎらつき、城からの鼓舞は維持されているようだ。

隊の真ん中辺りに光明真言を唱える、三十人位の一団がいた。、鎧を纏う信寿の後方、菩提寺の呪術部隊だ。長い数珠を何重にも巻く者。片手に戟を持ち、読経しながら歩いていく者、錫杖を鳴らしながら行く者と様々だが、幾多の怪異をかたずけてきたのだろう、皆落ち着いた様子で歩を進めていく。

     カサカサ

部隊の横側から葉を揺らす音がした。丁度呪術部隊が通過する辺りだ。

     あ~~

     う~~~~

呻くような声が静かに響く。

朝靄の中、ゆっくりと気配が拡がっていく。先程まで感じられなかった気配。人が動く気配。しかし生者ではない。      死人しびとだ。

何処に身を潜めていたのか、二百は超える死人が猛者達の左右から近づいていく。中にはほぼ骨だけの死人もいる。死人だけではない、明らかに骸状態の犬、猫が、木の上から鳥達が猛者の隊を囲む。

    オン・アボキャベイロシャノウ・マカボダラ・・・・

呪術部隊が光明真言を唱えながら、死人の群れへと近づいていく。その直ぐ後ろに精鋭の武者達が刀を抜き構える。

   マ二ハンドマジンバラハラバリタヤ・ウン!

僧侶達の印を結び手が死人の方へ向けられた。それを合図のように武者達が死人へと立ち向かっていく。

光明呪術が効いているのか、死人の動きが止めている。武者達は動かない死人の足を狙い、次々と切り落としていく。しかし死人の動きが封じられている時間には限りがあるようで、後ろにいる死人達がゆっくりと隊へと近づく。足が無い死人も腕で這いながら向かってくる。

「隊を乱すな、次の者ども、かかれ!!!」

刃こぼれを気にしているのだろう。ある程度死人と戦った隊は下がり刀を変える。そして次の隊が前にでる。

   オン・アボキャベイロ・・・

再び光明真言が響き、死人が動きを止める。次の隊が死人の群れへと切り込んでいく。

死人の数は減ってはいるが、光明呪術の時間が短く、中々殲滅とまでとはほど遠い。

     ギャーー 

中ほどの部隊から悲鳴が上がった。鳥が空から隊を襲ったのだ。羽を抜かれたている鳥、両足が無い鳥、腹が破れている鳥。鴉、雀、鳩、中には猛禽類の鷹や鳶もいる。そんな鳥の群れが鋭いくちばし、尖った爪足で次々と猛者達へと襲い掛かる。

呪術部隊が隊の中央へと進み、光明呪術を放っていく。すると左右に引いていた死人の群れが武者の隊へと近づいていく。

呪術部隊が隊を割り、半数が死人の対処へと向かう。しかし術の力が半分になり、死人の動きを押さえきれない。死人の背後から、待機していたような犬猫達が呪術部隊の僧へと飛び掛かる。それを阻止するように、侍の刀が犬猫を切り伏せる。僧達も戟や錫杖で獣に打撃を与えていくが、獣の数が多い。

    ワッーーーーー

    ギャーーーーー

    たすけてくれーーーーーー!!!!!!!

次第に僧の犠牲者が増えていき、術を掛けられない状態へと追い詰められていく。死人達は感情の無い呻き声を上げ、武者達に襲い掛かる。

 「た、退却だーーーー!!!!!!   退け!  退け! 」

信寿が声を荒げ、隊の退却を指示する。

無事に信政控える陣に辿り着いたのは、半数の僧侶と、三分の一程の武者だった。

死人も獣の亡骸もいなくなった戦場に、どこからか十台以上の荷車が運び込まれてきた。車を押すのは生者の息吹を感じさせない痩せこけた子供や老人達だ。

地に転がる武者と僧の遺体や、もはや死を待つしかない傷をおった者達を黙々と荷車へと乗せていく。

    人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり

敦盛の節が、そんな彼ら哀れむように、肉を喰われて意識が遠くなっていく武者達の耳に、静かに響いていった。



 「津軽寿世ですか」

 「はい、信寿様との後継問題があるようですが、分家を建てる事で解決の方向に向かっているとの事ですが」

助三郎が町で入手して来た事を光圀に伝えている。光圀と角之進も先程宿に帰った所だった。光圀達も村での事を助に話している。

 「後継問題と死人が繋がるのでしょうか?」

 「ええ、弥晴の文では、式が潰されたのは寿世の屋敷だそうです」

 「今から行きますか?」

 「いや、夜の闇は死人や、獣の動きが追い難いです。明朝陽が昇ってからの方が良いでしょう」

いくら助と角が達人でも、死人と獣の群れになると分が悪いと光圀は判断した。そして村で光圀達を先回りしていた術者の事も考えなくてはならない。あれから弥晴は幾度か式を放ったが、ことごとく潰されたと文に記されていた。屋敷には入れるのだが、その先を調べようととすると式が潰されるいくのだという。弥晴程の術者の式を潰せる相手だ、油断はできない。

翌日光圀達は寿世の屋敷へと向かった。夜よりはマシだが、雲が太陽の光を厚く遮っている中、数匹の猫が屋敷を遠巻きに見ながらうろついていた。

 「弥晴、ご苦労様です」

猫達を労いながら光圀は屋敷の方を見た。結界が張られている気配はない。三人は屋敷に近づき、中を伺った。

大きな屋敷だが人の気配がしない。庭はきれいに整備されていているのだが、使用人らしき者の姿も見えない。

 「中に入ります」

助の言葉に光圀は静かに頷いた。

門をくぐり、庭に出た三人だが、直ぐに攻撃を受ける事はなかった。恐らく呪詛的なモノに反応して、攻撃してくるのかもしれないと光圀は考えた。

    カサ!

庭の木の葉が揺れる。

    カサカサ!

隣の木の葉も揺れる。

三人が木を見上げると、鳥が数羽留まっている。こんな庭の木に留まる鳥は雀のような小さな鳥のはずだが、いろんな種類の鳥が木の上から光圀達を見下ろしている。

雀、鳩、鷹、鳶、梟と様々だ。種類は様々だが共通している所がある。皆死骸だ。一目みて生きているようには見えない姿だ。

    あ~~~

      あ~~~~

先程まで気配を感じられなかった庭の方々から人が出て来た。

明らかに使用人ではない。だが直ぐに正体は分かる。   死人しびと

    ガタ!

縁側に通じる部屋の障子戸が開けられ、男が出て来た。 寿世だ。

戸の前に立つ寿世の背後に、机に向かう僧の姿が見えた。

 「何奴じゃ?」

寿世は三人に問うた後、後ろを振り返った。

僧の声は聞こえないが、会話をしているようだ。

 「ほう、徳川ゆかりの水戸家の者か」

再び寿世が光圀達を見て、唇を吊り上げながら笑った。

 「面白い、面白いのう。弘前藩の前に徳川に連なる長をるのも一興か。ハハハハハ」

声を出して笑う寿世の姿が、光圀にはダブりながら揺らいで見える。ダブりという比喩は的確ではないが、寿世の姿が二重にズレて見えるのだ。温泉で見た時より、そのズレは濃くなっていた。

 「津軽寿世か」

光圀は揺らぐ寿世を見つめる。

 「寿世? ほー、お主には寿世に見えるか?」

 「寿世ではないのか?」

 「我は寿世であり、寿世でなし」 

 「では、何者か?」

 「我は我であり、寿世であり、信英であり、また信長でもある」

 「ほう、信長公までさかのぼりますかな」

 「ははは、まだまだおるぞ」

      チリーーーン

会話を打ち切るように鈴の音が鳴った。 

     あ~~~

      あ~~~~

十体以上の死人達が光圀を囲むように近づいてきた。

     カア~~

       ホウ~~

木の上の鳥達も、いつでも襲えるように羽を広げる。

     カアーーーーー!!!

一羽の鴉が、骸とは思えない鳴き声を上げ、それを合図のように木の上の鳥達が襲い掛かる。死人の群れが囲む輪を縮め始めた。

     チリーーーン

厚い雲は黒い雲に変わり、陽の光をさらに覆う中で、地の底から鳴るように鈴の音が響いた。




































 



 














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