表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/35

式霊(しきだま)

 「悔しいか?」

 「悔しいです」

 「奴らを恨むか?」

 「恨みます」

 「死して恨むか?」

 「死して恨みます」

暗がりの小屋で、男二人が対峙している。

一人は百姓だろうか、乱れた曲げにつぎはぎだらけの着物を着ている。

もう一人は僧侶風の身なりで、修行僧なのか、くたびれた衣をまとっていた。

百姓の男は、僧侶にしがみついた。

 「そなたが死して恨むと言うなら、これを授けよう」

 「これは?」

 「そなたの恨みをはらす物だ」

 「恨みをはらす・・・」

 「さよう」

男は渡された物、紙片を両手で受け取った。

僧侶はそれ以上、何も言わずに男から離れ、暗い山へと続く道に姿を消した。








 「勘弁してください」

 「えーい!  うるさいわ!」

 「この娘はまだ五つです」

 「関係ないわ!」

光圀一行が農村に入った時、争う声が聞こえた。

小屋の前で数人の役人と、百姓達がもめているのが見える。

役人が子供の手を無理矢理に引っ張り、連れ去ろうとしているようだ。

 「助さん、角さん」

 「はっ!」

助と角が役人の元へ走り、助三郎が子供を取り返した。

 「何だ!貴様らは!」

役人達は百姓との間に入り込んだ助と角を囲み、刀を抜いた。

角之進の迫力に押された一人の役人が、恐怖からか、返事を聞かずに切りかかった。

無理もない、初めて角之進を見る人は、まず目を外して関わらないようにするだろう。

今みたいに敵対してしまうと、られる前にらねばと思い、襲いかかってしまうのだ。

角は向かってくる役人の刀をかいくぐり、当て身をくらわす。役人は地に伏し気絶した。

 「おのれー!」

次々と役人が角に切りかかる。しかしやいばが角を傷つける事はない。

ものの一分もかからずに、一番偉いであろう役人を残して、皆負傷を負い、戦意を消失していた。

 「おのれー!  おのれー!   覚えておれ!」

役人達は、気絶している男を抱え逃げて行った。

 「ありがとうございます。  ありがとうございます」

娘を抱きかかえながら、百姓の男は何度も頭を下げた。

 「ありがとうございました」

首長らしい男が、光圀の前に出てきた。

光圀は、皆が安心する笑みで男を見た。

 「どうして役人が、子供を連れて行こうとしたのですかな?」

 「ここでは何ですので、私の家で」

男はこの村で庄屋を務める者で、居能貞孝いのうさだたかと名乗った。

貞孝の家は、村の外れにあり、庄屋という地位に就けているが、立派とは言えない。他の百姓達の家より少し大きいくらいだけだ。

貞孝は一行を部屋に案内して、姿を消した後、茶を持って部屋に入ってきた。

 「おまたせをいたしました」

 「いや、お気を使わずに」

茶をすすめる貞孝に、光圀は礼を述べ茶を口に運んだ。

居能貞孝、庄屋を名乗るわりには貧しい生活をしているようで、痩せているというよりはやつれている印象を受ける。

歳は三十後半だそうだが、陰を感じさせるせいか、四十半ばは過ぎているように見えた。

 「改めて感謝もうしあげます」

貞孝は深々と頭を下げた。

 「いやいや。  それより何故役人が子供を連れ去ろうとしたのですかな?」

 「はい、生贄でございます」

 「生贄だと!」

角が少し大きな声を出した。光圀も助と視線を合わせる。

水戸家と、真言高野衆が妖魔を討つようになり、生贄等の風習は禁止になっているはずだ。

 「生贄を捧げるような妖魔は、高野衆が退治していっているはずなのでは」

光圀が率直な意見を述べる。

この時代、町、農村などでのあやかしによる事案は高野山の高野衆が退治をにない。武家、仏閣等の権力が絡む事案には水戸家が対応しているのだ。

「はい。私もお代官様にそう進言したのですが、退治されるまでは生贄をだすのだと言われまして」

 「ふむ。  で、生贄を与える妖魔とは、どのようなあやかしかな」

 「獣の妖にございます」

 「妖獣ようじゅうですか。  いつ頃から被害を」

貞孝が言うには、ここ三か月位前、急に妖獣が現れたそうだ。

山菜採りに出かけた村人が被害を受けたのに始まり、退治に赴いた役人達もことごとく殺されたらしい。

命からがら逃げ延びた役人が言うには、妖獣は二メートルは超える黒い化け物だったそうだ。

妖獣は役人の屍を喰らい、数人の役人の遺体を引きずり、山の奥に消えたという。

妖獣を恐れた代官の山江正孝は、高野衆が来るまで、村人から生贄をだすよう指示を出したというのだ。

 「今までに何人が犠牲になったのですか?」

 「・・・    ・・ 二人でございます」

貞孝は声を詰まらせながら答え、唇を噛み締めた。

村人から犠牲を出したのが余程悲しかったのだろう、涙が頬をつたう。

 「すみません。みっともない姿を」

 「いやいや、お気持ち御察しいたします」

貞孝は庄屋の位にいる人間だけに、涙をぬぐう頃には気持ちを切り替え、光圀達に接し始めた。

しかし光圀は、貞孝が涙を拭った後の、暗い影のある瞳を見逃さなかった。

 「何もありませんが、良ければ今晩お泊りになってはいかがでしようか」

 「そうですな、また役人が来て、村人を連れて行かれては困りますからな」

 「ありがとうございます。ここ数日中には高野衆の方々も来られると思いますので」

用心棒みたいな事を頼んで申し訳ないと頭を下げ、貞孝は食事の用意があるのでと、部屋を出ていった。

 「ご隠居、どういたしますか?」

 「うむ、この件は水戸家で解決しましょう」

 「わかりました」助と角が頷く。

 「弥晴、いますか?」

 「ニャー」

いつのまにか黒猫が、光圀の前に鎮座している。

 「高野衆に今回の件から、手を引くように伝えてもらえますか」

黒猫が現れた時と同じように、忽然こつぜんと姿を消した。

光圀は顎鬚あごひげをさすった後、考えをまとめるように茶をすすった。




 「貞孝!  居るか!」

朝食の粥を食べている時に、家の外が騒がしくなる。光圀達は箸を置き、家の外に出た。

 「お前達、まだいたのか」

昨日の役人が光圀達を見て、顔を歪める。

 「いえいえ、昨日お役人様に逆らってしまったので、お詫びをしようとお待ちしておりました」

 「何を今更!」

 「お詫びに今からお代官様の所にご同行させていただきます」

 「何を言っているのだ貴様は!」

役人は光圀を見た後、助を見た。その後慌てたように辺りを見渡す。

 「昨日の大男はどうした?」

痛い目にあわされた角が居ないのに気づき、役人は声のトーンを落とした。

 「はい、昨日のお詫びにあの者を生贄になるように命じました」

 「それは誠か?」

 「はい、ですから今頃は妖獣に食べられているかもしれません」

 「そうか、わかった。   でわ、お前達をしょっ引いていくぞ」

役人が光圀を縄で縛ろうとするのを助三郎が制す。

 「我々は旅の者、  なのに生贄を差し出したのですよ。そんな我々に縄をかけるのは、いかがなものですか」

それもそうかと、役人は縄をかけるのをやめた。

 「貞孝はどうした?」

 「はい、庄屋様は生贄の男を山のふもとまで案内しております」

 「そうか」

役人達は光圀達と助三郎を連れて、屋敷へと向かった。一方角之進は、貞孝と山へと向かっていた。

 「角殿、大丈夫でございますか?」

 「ああ、案内はこの辺りまででいいぜ」

 「しかし妖獣は、昨日の役人のようにはいきませんぞ」

 「わかってるよ」

角は唇に笑みを作り山の奥へ入って行った、貞孝には角の態度が、妖獣と会うのが楽しみでしょうがないように見えた。

村に着いた貞孝は、光圀達が役人に連れて行かれた事を村人から聞いた。

 「庄屋様、旅の人を巻き込んでしまって、おら達はどうしたらよいか?」

 「大丈夫だ、私に任せておきなさい。今夜でケリをつける」

 「今夜?」

村人の問に答えず貞孝は自分の家に戻って行った。




 「では、牢屋で待つがよい」

役人が光圀達を牢屋へ連れて行くよう指示を出す。

 「待ちなさい。牢屋の前に代官今村殿に話があるので、会いにいきます」

白髪の老人は役人に背を向け、城内へと歩き始める。

 「貴様! 何を言っておるか!」

役人が光圀の肩を掴もうとした時、助三郎がその腕を掴み、後ろ手に回した。

 「痛!  痛!  きっ! 貴様!   何をするか!   者ども、こ奴らを取り押さえろ!」

役人達が、光圀を捕らえようとおそいかかる。白髪の老人は杖を槍のように操り、次々と役人達を叩きのめしていく。

助三郎も、後ろ手に取った役人を蹴り出した後、刀を抜いた。

役人達は四人がかりで助三郎にやいばを向けるが、傷つける事ができず、逆に峰うちで叩かれ負傷していった。

 「助さん、もうよろしいでしょう」

 「はっ!」

助が懐から印籠を取り出した。

 「静まれ!  静まれ!  この紋所が目に入らぬかー!!」

役人達が印籠に描かれた三つ葉葵を見て、顔色を変える。

 「このお方をどなたと心得る。さきの副将軍!  水戸光圀公であらせられるぞ!  ご老公の御膳である、皆の者!   頭が高い!   控えおろうー!!!」

役人達の顔色が青ざめる。皆、動揺しながらも地べたにひれ伏した。

 「今村殿は城内においでか?」

光圀はひれ伏す役人達を見まわした。

 「恐れながら、今村様は今病やまいしております」

 「病に!」

 「はっ!  半月くらい前から、寝床に鬼が出ると申して、日に日にやつれていかれまして」

 「鬼とな?」

 「はっ!」

 「今村殿の所へ案内せよ」

光圀達が今村の寝床に案内され入って行った。今村の状態がとても悪く、座敷で光圀達を迎える事ができなかったのだ。

 「水戸のご老公様、こんな無様な姿で申し訳ございません」

今村は寝床から起き上がろうとしたが、光圀がそれを制した。

 「今村殿、生贄は禁止の方向である事は知っていよう」

 「はい、しかし妖獣が余りに強いので、犠牲を最小限にと思い、仕方なしに」

 「何が仕方なしですか!!」

白髪の老人が、病に臥せる男を激しく叱咤した。

 「しかも、村人から生贄を出すよう命じるとはもってのほか!」

 「申し訳ございませぬ」

今村がきつく目を閉じた。その目からは涙が流れ、布団にしみ込んだ。

病のせいで、かなり気弱になっているのだろう。武士が叱咤された位で涙を流す事はない。あるいは、自分の現状が、生贄に関係して起きているのかもしれないと思い、後悔しての涙かもしれない。

 「そちは今、病の身。沙汰は追って行うとしよう」

 「はい」

 「で、鬼とはどのような鬼かな」

光圀が副将軍の顔から、退魔師の顔になる。 

 「はい、まさに絵で見たような鬼なのですが、身体が透けているのです」

 「身体が透けている!?」

 「はい、それに鬼は私にしか見えていないのです」

光圀は心当たりがあるのか、しばし顎鬚あごひげをさする。

 「今夜は私が傍に就きましょう」

 「それは心強いです。ありがとうございます」

光圀は今村に安心するように伝え、寝床を後にした。





 山に夕映えが訪れる。しかし、その時間は一瞬だ。

秋の山は一気に暗闇に包まれ、人の時間は終わる。

これからは人以外の者が動き始める。

角之進は闇に目を慣らす。幸い月明りに恵まれ、暗黒というわけではない。

     ビキッ!      ビキッ!    カサッ!

何者かが枯れ葉、枯れ木を踏みながら角に近づいてくる。

気配を消す事もない。自分が山の主だと誇示しているみたいだ。

風に流され、獣臭が角の鼻をかすめる。

獣臭の他にも臭いが混じる。嗅いだことのある臭いだ。

角が臭いの記憶を探っていると、臭いの元が一気に距離を詰めた。

    速い!

野生の獣の動きでは無い。

角は二の腕をクロスして、顔をブロックした。

一気に距離を詰めて来た奴が、同時に攻撃を仕掛けてきたのだ。

      ドバン!!

重い衝撃が角の二の腕から、全身に伝わる。

角は素早く蹴りを相手の腹に入れた。

      ドスン!!

濡れた布団を蹴るような感覚が足に伝わる。

相手との距離が少し開き、月明りの下で姿が見えた。

      熊だ!

体長三メール近い熊が角の前に立ちはだかる。

熊は二足立ちから、前屈まえかがみになり、四足での姿勢をとると、一気に跳躍して角に襲いかかってきた。熊であって、熊でない動き。真さに妖獣だ。

常人なら後ろ手に下がり、妖獣の攻撃をかわし、距離をとる状況だが、角は違う。

妖獣の身体を全身で受け止め、胴体を二の腕掴み、そのままバックドロップの姿勢で投げをうった。

角はこの時代の格闘技に精通した男で、剣技よりも、力にこだわる人間だ。

妖獣は頭から地面に叩きつけられた。普通なら頭蓋骨が割れ、首の骨も折られ、即死してもおかしくない。

月明かりの下、角は横たわる妖獣から少し距離をとった。まだ終わっていないと、角の経験値が告げる。

妖獣が立ち上がった。首はあらぬ方向を向き、背骨も折れたのか、胴体が歪んでいる。

獣臭が角の鼻を再びかすめる。そしてもう一つの臭い。

      死臭だ!

角は確信して、妖獣との距離を素早く縮めた。

正拳を妖獣の顔にぶち込み、牙を折りながら、妖獣の口に腕を入れた。

そして舌を掴み、一気に引き出す。

長い舌が、唾液をまき散らしながら、月の光にあてられた。

舌に字が書かれた布が縫い付けられている。

角は刀で舌を切り離した。

切られた舌が、草の上で蜥蜴とかげの尻尾のようにうごめく。

角は妖刀を持たない。いや、持てない。妖刀を操るには天の才が要求されるからだ。

それに、角に妖刀はいらない。今まで、体術と力で、数々の妖魔を倒してきた。

今のような事態の対処法も、光圀に教わっている。

 「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」                  」

角は早九字を唱え、蠢く舌に拳を振り下ろした。





光圀が傍で見ているせいか、今村は久しぶりに熟睡状態に入った。

ここ数日、鬼が怖くて眠る事が出来ず、病の悪化に拍車がかかっている。

鬼が出た時に部下を呼んでも、他の者には見えない為、対処のしようがなかったのだ。

光圀は今村から少し距離を置いた所に座して、経典を読みながら、時が来るのを待った。

       ピキッ!!      シュッ!!

明らかに空気が変わった。

行燈あんどん内の蝋燭ろうそくが静かに揺れる。鬼が怖いせいだろう、寝床には十個の行燈があった。

次々と行燈の火が消えていく。最後の行燈だけが消えずに大きく揺れた。

今村が息を荒くして目を覚ました。  が、目の玉を動かすだけで言葉が出ない。

部屋に瘴気が溢れてくる。瘴気は部屋で旋回し、渦状を作る。

渦の中心から手が出てきた。足が出てきた。そして鬼が姿を現した。

     「ウギャーーーーーー」

今村が悲鳴を上げた。

鬼が代官の周りをゆっくりと歩く。顔を嘗め回すように歩く。

今村が言うように半透明だが、所々はっきりと実態化してきている。絵に描いたような鬼で、背丈は二メートルを超えている。

鬼の口からよだれがこぼれ、今村の顔を濡らす。唾液は実態化していて、今村の顔の上で糸をひきながら布団に流れた。

 「ごっ、ご老・・公・さま。   お助け・を 」

代官は目だけを動かし、喉から声を絞りだした。

しかし、光圀は動かない。じっと今村を見つめる。

鬼が代官の顔を掴んで、寝床から引き出した。

 「ご・ろう・・こう・・さま」

代官は涙を流し訴える。鬼の手で顔を押さえられているせいで、呼吸がしにくくなっているようだ。

 「今村よ、怖いか?」

光圀が問いかけた。鬼に殺されかけている男に聞く問ではない。

    「ひーーー    ひーーーーー --    ひーーーーーーーーー  」

今村は返事の代わりに、引きずった悲鳴で答える。

 「生贄にされた二人も、さぞ怖かっただろう」

 「   い  け・・に・  ・え・・・・   」

 「そうだ、妖獣に喰われた人達だ」

鬼が今村の腕を掴んでねじる。

 「ひっ   ひぇ    ひぇ   ぎゃあああーーーーーーーーーーーーーー」

        ボキッ!      バキッ!

代官の腕がねじ折られた。

 「生贄にされた者は、手足をもがれて喰われていたそうだ」

光圀は座したまま、目の前の惨事を見ている。

        グゥオーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

鬼が初めて吠えた。吠えているよりも、泣いているように見える。

悲しい鬼の泣き吠えだ。

鬼の実態化が進んできた。透けている所がほぼなくなってきている。

        グシューーー   ギュシューーーー

鬼が鳴きながら失神している今村の喉を掴んだ。

         シュッ!   シュッ!

光圀が葵退魔銃を連射する。

二発とも鬼の胸元に当たり、喉にかけた手が離された。

            シュッ!

再び光圀が葵退魔銃を頭部に放った。

鬼はその場で倒れこんだ。

 「助さん!」

部屋の外で待機していた助三郎が妖刀「暁宗」を抜いて走り込んできた。

助は鬼の傍までいくと、間髪を入れずに鬼の頭を掴み首をはねた。

部屋中の瘴気が鬼の身体に吸い込まれるように吸収されていき、同時に鬼の身体も消滅した。

助が掴んでいた鬼の頭部が青い炎で燃える紙片に変わり、ゆっくりと気絶している代官の傍に落ちて消えた。

 「ご隠居、これは?」

助が妖刀をさやに差し込みながら、紙片の燃えカスを見つめた。

 「うむ、貞孝の家にまいりましょう」

今村の対処を役人に命じ、光圀と助三郎は屋敷を後にして、貞孝の家に向かった。

途中、山の方から歩いてくる大きな人影と出くわした。角之進だ。

角は早九字で、とりあえず封印している妖獣の舌を光圀に見せた。

 「これは死人返りの呪法!」

舌が芋虫のようにもぞりと動いた。

 「助さん、始末してください」

助が暁宗を抜き、舌に縫われている布を切り裂いた。

角の早九字は、動きを封じる事は出来るが、消滅まではできない。最後は妖刀で切り裂き、魔の力を妖刀に吸わせるか、光圀の真言(マントラで初めて消滅させる事ができる。

 「妖獣は、造られた妖獣だったようですな」

 「造られた妖獣!」

 「恐らく、死ぬ寸前までいたぶり、人間を恨むように殺して、死人返りの呪法で生き返らせる」 

光圀は推測した。熊を生け捕りにして、自由を奪い、なぶり殺した。その後、邪法で蘇った熊は、人間への復讐心しか持っていないため人を襲い続ける。

 「誰が、何の目的でそんな事を?」

 「貞孝の家に行けば、何か分かるはずです」

一行は貞孝の家に着いた。明かりは点いていない。

角が戸を開け、先に中へ入る。光圀、助三郎が後に続いた。

入った瞬間に、直ぐに分かる臭いがした。血の臭いだ。

角が貞孝の寝床がある部屋の襖を開ける。

真っ暗だ、窓も閉めきり、一切の明かりが入って来ない。

助が夜目を頼りに行燈に火を点けた。

貞孝が腹と頭部から血を流して倒れているのが見える。目を見開いてはいるが、絶命しているのは明白だった。

 「やはりな」

光圀は顎鬚をさすりながら、貞孝のひたいを見ている。

助と角も貞孝の額を覗き込んだ。

貞孝の額、左側に皮膚を突き破ってつのが生えている。

間もないのか、つのには、肉片と血がこびりついていた。

 「あの鬼は貞孝だったのですか?」

 「鬼?」

事態がわからない角に助が、代官屋敷での事を話した。

 「鬼ではありません。生霊です」

光圀が二人に教える。屋敷での鬼は生霊で、半透明の間は相手に危害を加えられない。しかし、力が強くなってきていて、今日のように実態化すると相手をじかに殺す事ができる。

だが、実態化すると言う事は鬼になる事。もう人には戻れなとの事だった。

 「庄屋を生業なりわいとしている者が生霊を飛ばせるのですか?」

 「式霊しきだまです」

 「式霊?」

 「陰陽道で式神があるでしょう。神の代わりに自分の生霊を飛ばしたのでしょう」

助は青く燃える紙片を思い出した。

 「あの紙片は呪符だったのですか」

 「呪法のかかった紙片、これと恨みの心があれば、生霊も飛ばせるでしょう」

 「恨み?」 

 「村人から聞いたのです。二人の生贄は、貞孝の家内かないと息子だったそうです」

 「それはひどい」

光圀は貞孝の傍らに座り、目を閉じさせた。

 「家内と息子は、最初に生贄になると決めた貞孝を止めたそうです」

 「・・・・・・・」

 「庄屋として村を護らねばならない貞孝が死んでいけないと」

角と助が貞孝の遺体を、光圀の指示で仰向けに寝かせ、手を組ませた。

 「貞孝は村人と一緒に野良仕事をする男。この村が大好きだったのでしょう」

白髪の老人は、貞孝の部屋にあった経典、般若心経を唱える。

唱えながらも、心をよぎるのはこの一件の首謀者。

妖獣を造り、恨みの為の紙片を渡した人物。

この一件は、この人物が絵図を書いたよう思われる。

光圀の脳裏に  随風  の二文字が浮かぶ。

般若心経を唱える声が大きくなった。

夜の静寂に包まれた村に、般若心経が悲しく響いた。











     











 







































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ