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即身仏(後編)

   松江城の内部が慌ただしく動いている。今の徳川安泰の世で、戦でも起きるはずもないのだが、城内は敵が攻めて来るかのような警備体制を強いていた。

 「渓郭けいかくの行方はまだ分からぬのか!」

家老、長橋兆重ながはしちょうじゅうが部下に激を飛ばす。

 「はっ! まだ行方は知れておりませぬ」

 「うぬぬぬ」

長橋は下唇を噛みながら、部下を下がらせた後、横に控える男を睨んだ。

 「鴨田、お前がしくじったからだぞ」

 「申し訳ございません、長橋様」

 「寺を潰した時に、渓郭も殺しておけば、こんな事にはならずに済んでおったのだ」

 「しかし、あの時は死んだものとばかり・・」

 「言い訳ばかりしおって! 貴様を代官の職に付けたのは失敗だったわ!」

長橋は鴨田の言葉を遮り、再び下唇を噛んだ。

自分の意のままに動く鴨田を代官職に置き、年貢の調整をさせ、横流しで私腹を肥やしていたのだ。しかし、それを寺の住職だった渓郭に疑われ、不穏な動きをしている寺があると、あらぬ罪をでっち上げ寺を潰したのだ。

 「寺を潰して、これから税を再び引き上げようという時だったのに。しかも奴が生きているとなると、帳簿をまだ持っているかもしれぬ」

 「しかし長橋様、呪術部隊も潰されてしまい、渓郭を討つのは難しいかと」

 「わかっておるは!」

しくじった鴨田に、当然の事を言われ、長橋は声を荒げた。

 「しかし、本当に鬼を創るとは・・・」

寺を潰した後、渓郭に逃げられたと分かった時、渓郭は鬼を創る知識があり危険だな存在だと、城主の松平綱近を口八丁で丸め込み、呪術部隊での討伐を実行させたが、返り討ちに会ってしまい、今の状態になっている。

 「長橋はおるか!」

寺の残党の一掃を任せている部屋、長橋達がいる場所に城主の綱近が訪ねてきた。

討伐が失敗したと聞いて、後の対策を確認しに来たのだろう。

 「これは殿、今回は面目ありませぬ」

 「謝りの言葉はいらぬ、何故呪術部隊がやられたのじゃ」

 「はっ! 鬼でございます」

 「鬼? 渓郭は鬼を創ったのか?」

 「はっ、奴はやはり、徳川の世の転覆を計っていたのでございます」

長橋は、渓郭に謀反の動きがあると言って、でっち上げた証拠を元に、綱近に寺の廃寺を進言し、実行させたのだ。

 「おのれ渓郭め、謀反どころか、徳川の転覆じゃと!」

 「はい、江戸に知られる前に、渓郭討伐を行う事を進言いたします」

 「幕府に内密で?」

長橋は、事が知れたら、松江藩に謀反の目が向けられる恐れがあると、綱近を言いくるめ、藩内での討伐を促した。

綱近も徳川からの目を恐れ、藩を上げての渓郭討伐を命じた。




 「城での動きが慌ただしくなってきたようです」

弥晴からの文を見ながら、白髪の老人は髭をさする。

光圀達は、昨日の鬼の件と村からの情報を、精査している。

 「代官が私腹を肥やしていたのは、村の情報から明確です」

 「しかし代官の虚偽で、寺を潰す事を綱近殿がするか疑問です」

 「裏に何かあると?」

代官からの申し出で、藩が寺を潰すのはおかしいと、光圀は言う。綱近が潰さなければならないと思った程の事態があり、それを綱近に伝える側近、権力者がいるはずだ。

 「侍が鬼に襲われたという噂が気になります」

 「住職が襲わせたと?」

 「しかし深手はおっていない」

 「私達が遭遇した鬼を相手に、ただの侍が軽傷で済むとは思えませんね」

 「はい、常人なら生き残れないでしょう」

光圀の言葉に角之進が相槌をうつ。そして口元に笑みを浮かべる。獰猛な笑みだ、恐らく昼間の闘いを思い出しているのだろう。

 「住職は大陸からの知識が豊富だと、茂吉さんが言ってましたね」

 「ええ」

 「そこを、私腹を肥やす者につけいれられたと」

 「代官と繋がりのある、城中の者を引きずりだす事が大事です。弥晴、頼みましたよ」

囲炉裏がある板の間に置いた文が、黒猫に変化すると、小さな鳴き声を放ち、開いた戸口から、月光さす暗い闇へと姿を消した。

 「ご隠居、寺に鬼が居たという事は、住職と関係があるのでしょうか?」

 「ええ、おそらく住職が創ったものかもしれません」

 「変化の鬼を創れるのですか?」

 「大陸からの文献で、即身鬼仏というのを読んだ事があります」

 「即身鬼仏!?」

光圀は即身鬼仏は即身成仏の応用だと告げる。即身成仏は究極の悟りを開くため、生きながら仏になる荒行である。即身鬼仏は、この世に恨み憎しみを持つ者を、鬼へと変化さす呪術だと言った。

 「変化の鬼は、人を喰らうのが本能のようなもの」

 「すると、人を喰いに出てくると」

 「住職と関係があるのなら、城を襲うでしょう」

光圀は窓からこぼれる、月光に目をやり、顎鬚をさすった。

 「さて、我々も動きますか」

杖を握り、光圀が腰を上げた。助三郎は暁宗を腰に差し、角之進は、ふてぶてしい笑みを口元に浮かべる。星明りと月光が、外に出た三人の影を作った。




 松江城下にある色町。城の慌ただしさ等関係なしに、男達の欲求が果たされていく。

その中の一軒。今でいう高級クラブのような店になるだろうか、身分の高い、金がある者でないと、のれんをくぐれない店がある。

 「おい、今日も良い子を頼むぞ」

一人の侍が、ギラギラの欲望をみなぎらせ、のれんをくぐった。

 「あら、新垣あらがき様」

女将が侍、新垣を出迎える。最近よく顔を出す上客なのだろう、女将の顔が接客スマイルではなく、心からの笑顔のようだ。

 「新垣様、今日入った娘がいるんですよ」

 「何、新人か!」

 「しかも器量よしで、・・・・生娘よ」

女将は、生娘という言葉を、少し貯めてから、耳元で囁いた。

 「よ、よし!  金はいい値を出す、すぐに儂の部屋へ通せ」

新垣は、少し興奮しながら、女将に指示を出し、案内される部屋へと入っていった。

 「器量良しの生娘か」

部屋に入り、とりあえずあてがわれた女の酌を受ける。

 「もう新垣様、助平な事ばかり考えてるでしょう」

 「ハハハハハ」

注がれた酒を口につけた。家老から直々に受けた仕事をしてから、運が上がってきているのではないかと思う。

家老からの仕事、それは虚偽だった。腕と足に数か所の傷をつけ、鬼にやられたと、事件をでっち上げる事だった。

綱近様に嘘を報告するのは躊躇われたが、家老の長橋直々の命、しかも虚偽を報告するだけで、給金が跳ね上がり、一時金まで頂いた。正にあぶく銭だ。この金で新垣はこの高級娼婦の店へと通えるようになった。

 「今度は私を御指名してくださいよ」

酌をしていた女が、新人の娘の支度ができたのを察して、部屋から出ていくと、入れ替わりに、細身で色白な娘が入ってきた。生娘と聞いていた新垣は、言葉を失い、唾を飲んだ。

娘の色香が凄いのだ。部屋に入ってきた瞬間に、色香が部屋中に充満したのではないかと思われる位、妖艶な空気が広がった。

 「夜芽よめと申します」

娘、夜芽は新垣の前で正座し、頭を下げた。目鼻立ちがハッキリしていて、エキゾチックな顔をしている。どことなく幼い顔が生娘らしさを現している。

 「夜芽と申すか、酌はもうよい。床へ入るぞ」

新垣は自分の着物を脱ぎ、先に布団の上に座った。一刻も早く、娘を楽しみたいのだろう。

 「そちも早く脱げ」

 「はい、新垣様」

夜芽は躊躇なく着物を脱ぎ、新垣の横でもたれるように座った。

 「可愛いのう」

新垣が事に入ろうととした時、夜芽は下を向いて、動きをとめる。

 「これ、下を向いていては、接吻できぬであろう」

初めての事で躊躇し始めたと思い、新垣は笑いながら、夜芽の顔を覗き込んだ。

 「うわーーーーーー!」

新垣は布団の上から飛びのき、震えながら夜芽を見た。

部屋を満たしていた色香が吹き飛び、獣臭のようなものが鼻をつく。

 「あら、鬼は見慣れているのでは?」

立ち上がった夜芽の顔が変貌していた。肌の色は白いままだが、額から角を出し、裂けた口からはみ出した犬歯によだれがつたい床に落ちた。

 「あっ・・  あっ・・」

ゆっくりと近づいてくる夜芽に、新垣は声も出せず、逃げ出す事が出来ない。

 「鬼を見るのは初めてかしら?」

 「はじっ!  はじっ!   はじっ!」

震える手を夜芽に向け、必死で声を出し、何度もうなずく。

 「一度見た事があるのでは?」

 「あっ あっ ・・・あれは虚偽だ!  嘘だ! 嘘なんだ!」

急に新垣の身体が軽くなり、獣臭も消えた。目の前にいた夜芽がいなくなり、小さな紙片がハラハラと舞い、床に落ちた。

新垣が床の紙片に顔を近づけると、淡い炎を放ち、燃えて消えいった。僅かな煙から漂う香は、夜芽の色香の匂いがし、新垣は微睡まどろみの中で彼女の色香に吸い込まれていった。



 「鬼だーー!!」

松江城での篝火が慌ただしく揺らめく。兵士たちが、たいまつを持って、駆け巡る。

 「長橋様! 鬼が城に攻めて来たらしいです」

下からの声を聞き、代官の鴨田が、上ずった声を上げた。

 「慌てるでないわ」

 「しかし」

 「ここは城内、精鋭な強者や呪術部隊の本体もいる。藩総出で鬼を迎え撃つじゃ、必ず仕留めてくれるわ。儂らは高見の見物じゃ」

 「そっ そうですな、ハハハハハ」

自信ありげな長橋に、鴨田は力なく笑った。山で返り討ちをくらったのも精鋭の強者だったはず、帰って来れたのも呪術部隊も一人だけ、しかも全滅を伝えた後に息絶えたと聞いている。鴨田は内心、今夜で藩が潰れるのではないかと、涙を流していた。

       パッーーーーン!!!

       パッーーーーン!!!

城下で鉄砲の音がする。

       うゎーーーーーーー!!!

       ぐぇーーーーーーー!!!

銃声の音が悲鳴に変わる。

      撃てーーーーー!

      ひるむな!  切りつけろ!!

      うぉーーーーーーーー!!!

下から聞こえるさまざまな声が、戦の時のように連呼する。

長橋の部屋までとどく声だけでも、劣勢なのがわかる。

 「長橋様~~」

 「ぐっ!」

長橋は険しい表情で立ち上がると、乱暴に襖を開け、部屋の外へと出る。

 「長橋様!」

鴨田も慌てながら、後について行った。

 「どこへ行かれるのですか?」

 「隠し部屋じゃ、時が過ぎるまで息を潜める」

長橋のような地位の者になると、城内にいくつかの隠し部屋を確保している。いや、長橋のような悪者だからかもしれない。藩主に内密で事を進めるために必要なのだ。

 「私も一緒、 ぐっ!」

急に歩みを止めた長橋に、鴨田がぶつかった。立ち止まる長橋の肩越しに、廊下に座る女の姿が見えた。

 「長橋様でしょうか」

 「何じゃ、お前は」

下を向いたままの女に、長橋は不信感をあらわにして、そこをどくように命令した。

 「あなた様が行くのは、こちらではありません」

 「何じゃと! 儂に命令するのか、無礼者め!」

脇差しに手をかけ、威嚇しようとした時、女が顔を上げた。

 「わっーー!」

後ろにいる鴨田が声を出し、後ずさった。

女の額から角が生えていて、長い犬歯が、ぬめりながら、鈍く月明りを反射している。

 「おっ! 鬼!」

脇差しを抜くことなく、長橋は踵を返し、走り出した。

      シャーーーー!

鬼が立ち尽くす鴨田を威嚇し、一歩踏み出した。

 「な、長橋様ーーーっ!!!」

鴨田も踵を返し、長橋の後を追い始めた。



 光圀達が城に着いた時には、もう惨劇が始まっていた。

通常なら止められる門でも、止められる事はない。すでに門番は手足をちぎられ、絶命している。

 「ご隠居、これは!」

 「一足遅かったようです。しかし、まだ止められるはずです。急ぎましょう」

三人は足早に門をくぐり、城内へと足を踏み入れた。

城へと続く道には、様々な罠が仕掛けられていて、本来なら中々進めない所なのだが、道には死体が連なっているだけだった。曲がり角で狙撃する、櫓に仕掛けられた鉄砲窓も破壊されていて、鬼の強さを現わしている。

       わっーーーー

       ぐぅーーーーーー

少し先で、争う声が聞こえてくる。いや、争うというよりも虐殺されている悲鳴だろうか。

 「助さん!  角さん!」

光圀の声に二人は頷き、走り出した。

助三郎は走りざま、妖刀暁宗を抜き、細身の鬼へと切りかかる。鬼は素早く跳躍して助との距離をとった。

角之進は巨体を跳ね上げ、自分よりも大きい鬼へと攻撃を仕掛ける。

二人は予め攻撃対象を決めていたのだろう、それぞれの鬼へと向かっていく。

鬼が助の暁宗を見る。刀身の長さを計り、見切れる距離を考えているのだろう。この鬼は素早く、頭が切れる。助は刀を前方に構え、鬼を睨みつけた。

       シャーーーッ

鬼が動いた。助の頭を飛び越え、後方の大木へと跳躍し、木の側面に蹴りを入れ、助へと向かう。

助は鬼の攻撃を横にかわし、刀を振り切った。鬼は刀身の長さを見切っているので、ぎりぎりかわせると思っていたのだろうが、着地した時に、指先に傷が付いていた。

鬼の傷口から黒いもやが出ている。靄はゆっくりと煙のように上へと昇っていく。

鬼の手に変化が現れる。赤黒い腕が、人間の肌色の変わっていく。

変わりゆく腕を見て、立ち尽くす鬼へと助が走り込み、暁宗を突き刺しにいった。

迅速な動きで、鬼自信もかわせると思っていただろうが、刀はすんなりと鬼の腹へと突き刺さった。

刀の鍔へと黒い靄が吸い込まれていき、鬼は見る見る人間の姿に変わり、やがて木乃伊化みいらかして、地面に倒れた。

黒い靄は鬼の精気だ。妖刀でつけられた傷から精気がこぼれ出し、鬼としての動きが出来なくなってしまったのだ。

鬼の敗因は、暁宗の刀身をそのままの長さと判断した事だろう。しかし暁宗は妖刀だ。刀身は飾りに過ぎない。賢い鬼だが、知識が少なかったのだ。

      グォーーーーー

鬼が吠えている。角と対峙している大型の鬼が、喉を震わせながら吠えている。そして白目が無い、赤い目が角を睨む。

常人なら、この睨みだけで卒倒してしまうかもしれない。しかし角の口元からは笑みがごぼれる。

嬉しいのだ。楽しいのだ。死と背中合わせの闘いが。自分の力を存分に出せる闘いが。

      シャーーーー

鬼が威嚇しながら角へと走る。身の丈4メートルを超え、ガッシリとした体形からは想像がつきにくい速さだ。

鬼はそのまま角へと向かう。角はぶつかる瞬間に横へと移動して、鬼の攻撃をかわした。

鬼はそのまま、後ろの巨木にぶつかった。

      バキン!!

鬼の一撃で巨木が折れた。これを常人がくらえば瞬殺されるだろう。

白目がない赤い目が角を睨む。「次はお前をこの木のようにしてやる!」と言っているような目だ。

再び鬼が角へと走り込んだ。

      ドシン!!

鬼は前にかがみながら、角へと頭からぶつかる。

城に入ってから、この技で数十人の役人を吹き飛ばし、殺してきた。

鬼は当然この大男も、吹き飛ぶと思っていただろう。しかし鬼の動きは封じられた。角は足を地面にめり込ませながらも、鬼のタックルを受け止めたのだ。

 「おい、期待外れたぞ」

角は鬼を受け止めた時、同時に首へと腕をまわし、はさみこんだ。そのまま、鬼の首をひねり、地面へと叩きつける。

鬼の動きが止まった。

小さい方の鬼を始末した助が、大きい鬼に暁宗を差し込んだ。

先程と同じように、黒い靄が出て、暁宗の鍔に吸い込まれていく。大きかった鬼がしぼんでいき、木乃伊化した遺体へと変わった。

 「終わったようですな」

白髪の老人が、杖をつきながらやって来た。

静かになった城内に、役人の血臭と木乃伊の死臭が漂っていた。




光圀が助と角へ歩み寄っている時、長橋と鴨田が追われるように、飛び込んできた。

 「お、鬼が・・・    ひぇーー!」

鴨田が見知らぬ老人にすがりつこうとした時、地面に転がる木乃伊を見て、悲鳴をあげた。

 「おのれ! 貴様らが鬼を操っていたのだろう!  この怪しい木乃伊が証拠じゃ!」

長橋は訳の分からない言い掛かりをつけ、光圀達を捕まえるように、周りに指示を出した。

役人達が光圀達へと刀を向け、切りつけていく。今まで鬼と戦っていたのに、急に自分達を助けてくれた者に刃をむける。戸惑う役人も多いが、家老の命にはそむけない。

鴨田も刀を抜き、角へと向かう。鬼からは逃げるが、人間相手なら強気になれるようだ。

しかし、あっけなく角の手刀で悶絶させられた。

騒ぎを聞きつけた、綱近が甲冑を着けて現れる。

 「助さん、角さん、もう良いでしょう」

綱近が来た事に気付いた光圀が、頃合いと思い、二人に指示を出した。

 「静まれい!  静まれい!」

 「この紋所が目に入らぬか!」

 「この御方をどなたと心得る、恐れ多くも、さきの副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!」

 「ご老公の御前である! 皆の者、頭が高い! 控えおろう!!」

角と助が言葉を引き合いながら、光圀の左右に立った。

綱近がいち早く光圀の前にひざまずき、敬服する。長橋達も目をむきながら跪いた。

 「綱近殿、久しいのう」

 「ご老公様は、多大な迷惑をかけ、申し訳ありませぬ」

 「綱近殿、何故陰陽網に報告せんのじゃ」

 「はっ、藩の恥と思いまして」

 「恥? 恥と言うのは、その男達の事ではないかな」

光圀は長橋と悶絶している鴨田を見た。

 「長橋兆重! この鬼騒動の発端は貴様であろう」

 「何の事やら分かりませんな」

副将軍に罪を突き付けられても、動じる事なく、長橋は答えた。

 「そこの代官に命じて、村々の税を引き上げ、私腹を肥やしていただろう。それを、住職の渓郭にかぎつけられ、寺を潰し殺害しようとした」

 「さて、身に覚えがございませんな」

 「ほう、そうか。    弥晴!」

光圀に呼ばれて、今まで何処にいたのか、一人の女が、男を担いで現れた。

妖艶な女が妖艶な仕草で、だいの男を軽々と担きながら、長橋の前に立ち、男を放り投げた。

 「あっ、新垣!」

新垣の姿を見て、初めて長橋は動揺し、下を向き唇を噛んだ。 

 「綱近殿、後の裁きは其方に任せた。儂は忍びの旅ゆえ、藩内で処罰せよ」

 「はっ、面目次第もございません」

本来なら幕府に届けられ、藩に対して処罰がある位の大事を、藩内での処理に任せてくれた光圀に、綱近は心から頭を下げた。

 「さて」

光圀が杖をつきながら、木乃伊の前に立ち、目を閉じ印を結ぶ。小声でマントラを唱えながら、印をつむいでいく。

二体の木乃伊は細かく崩れていき、死臭を漂わせながら風に舞い、夜空へと吸い込まれていった。



 綱近からの接待を丁重に拒み、翌朝光圀達は廃寺へと向かった。

早朝の山の空気は澄み切り、昨日の城での血なまぐさい事件が嘘のようだ。

三人は門をくぐり、境内へと入った。

鬼の気配は感じられない。昨日退魔した鬼以外は、まだ覚醒していないのだろう。

扉が外れ、本尊が安置されている本堂へと足を踏み入れる。

先日、光圀と角之進が来た時は、鬼の襲来があった為、本堂までたどり着けなかった。

 「お待ちしておりました」

本尊の大元帥明王だいげんすいみょうおうが睨みをきかす前に、やつれた老人が鎮座していた。

風が入り、床に散らかる枯れ葉が、老人の周りで、カサカサと音を立てる。

光圀達も少し距離を置き、やつれた老人の前に座った。

二人の老人はお互い頭を下げた後、正面から向かい合った。

 「私が創った稚戯な鬼では、水戸家にたちうちできませんでしたな」

 「いやいや渓郭殿、鬼は人を喰らい続け、年月を経て強くなるもの、早めに退治ができて良かったと思っております」

人から鬼へとなって間がないものは、人間の時の記憶が無い。ただ人への恨み、憎しみだけが残っている。能力は優れていても、幼児のようなものだ。闘い、殺戮を繰り返し、学習し強くなっていくのだ。

 「城の中には、民を苦しめる、人間の姿をした鬼が大勢います」

 「それで、鬼で城中の鬼を退治しようと」

 「はい、やつらは自分が苦しまないと、他人の苦しみは分からないですからな」

 「幕府の人間として、目が届かず、申し訳ない」

光圀が管理不行きを詫び、頭を下げようとする。渓郭はその行為を止め、藩主がもっと村々に関心を持って欲しいと告げた。

 「ご老公様のような御方がおられて、助かります」

 「いやいや、私はただの、旅好きの老人ですよ。ハハハ」

二人の老人、初めて笑顔で笑いあった。

 「しかし私は、今回殺し過ぎました」

 「・・・・・」

光圀は黙って、次の渓郭の言葉を待つ。壊された扉から、風が入り込み、枯れ葉を浮かせた。

       シャリン!

渓郭が、横に寝かしてあった錫杖を、ゆっくりと持ち上げ、少し揺らした。

       グフ!

真に瞬間の出来事だった。天井から、黒い影が瞬時に降りて来て、渓郭を背後から貫いた。

すぐさま、角が光圀の前に立ち、助が暁宗を抜き、黒い影を切る。

鬼だ、小柄な鬼が天井に潜んでいたのだろう。恐らくこの鬼は、隠密に特化していて、光圀達が気配に気付けなかったのだ。

そして錫杖を合図で、渓郭を殺すように、渓郭自身が仕組んでいたのだ。鬼を創った者の末路を、光圀に見せる為に。

助に切られた鬼は、黒い靄を暁宗に吸い取られ、木乃伊化していった。

かつて悪鬼だったと言われる大元帥明王が、血を浴びながらも、渓郭と木乃伊を守護するように見つめている。本堂に入る風が強くなり、枯れ葉を大きく浮かし、遺体を隠すように、つもらせていった。














































     








 














 











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