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桃源郷

 三十代位の男がフラフラと山から下りてきた。

所々に布があてがわれた着物、乱れた曲げ、裸足に草鞋わらじ。太っている事を除くと、ごく普通の百姓だ。

男は畑のあぜ道をフラフラと歩いていた。

 「どうしただ?」

男の背後で声がした。野良仕事を終えた村人が男に声をかけてきたのだ。

 「あ~  あ~」

男は苦し気な声を上げると、その場に座り込んだ。

 「大丈夫け? とりあえず水でも飲めや」

村人が竹で作った水筒を男に手渡した。

男は震える両手で水筒を受け取り、水を口に入れた。

   カタリ!!

男が水筒を手から滑らし、落とした。

 「慌てんでよいよ」

村人が水筒を拾い、再び男に手渡そうとした時、異変に気付いた。

男の手の指が先程よりも細くなっている。不審に思い、村人が男の顔を見た。

 「うわーーーーーー!!!!」

村人は水筒を投げ出し、腰を抜かしながら後ずさった。

男の顔が急速にしぼみ、しわまみれになっていく。曲げもほどけ、髪も先程とは違い、一気に白くなり抜け落ちている。

 「あ・・・  あ~ あ~ ・・・・・・」

男が細くなった腕を村人に伸ばしてきた。伸びた腕が見る見る細くなり、骨だけになる。人間の老化と、朽ち果てていく様を、早送りで見ているようだ。

頭部も頭蓋骨になり、男だった者がその場に崩れ落ちた。

村人は恐怖から股間を濡らし、その場で気を失った。

風が吹き、男だった亡骸を運んでいく。

その場には、今の出来事が事実だった事を伝えるように、男の着物と草鞋が、風に飛ばされずにヒラヒラと揺れていた。





 「助さん、角さん。この山道を抜ければ松山藩に入りますな」

 「ええ、ご隠居。天気も良いようなので助かりましたな」

 「確かに。雨での山道は困りものですからな」

光圀一行は、山越えもあったので、朝早くから宿を後にして松山を目指していた。

角之進が言ったように、天気は良く、山から吹く秋風も爽やかに感じられていた。

 「山道を抜ければ、村があるそうなので、少し休ませてもらいましょうか」

先に歩いている角が、光圀の身体を気遣ってか、案を口にした。

 「ハハハ、私なら大丈夫ですよ」

 「いやいやご隠居、少し休まれた方が良いでしょう」

角の進言に助三郎も周りを気にしながら同意した。

 「ご隠居、何やら霧のような物が出てきましたね」

 「ふむ、妙ですな」

山の天気は変わりやすいと言われるが、こんな一気に霧が出て広がるのは異常な事だ。光圀も不信感を口にした。

霧がどんどんと濃くなり、一メートル先も見えなくなってきた。

 「ご隠居、これでは先が見えないので危険です。霧がはれるまで待ちましょう」

先を歩く角が、霧で見えなくなった後方を振り返った。

 「・・・・ご隠居?」

霧で視界は悪いが、声が聞こえなくなる事は無いはずだ。現に山鳥が鳴く声が角の耳には届いている。

しかし、光圀と助三郎の返事がない。角は神経を尖らせ、辺りに意識を集中した。

やがて霧がはれていき、紅葉しかけている木々が、角の視界に入ってくる。だが、光圀達の姿は、視界が開けた彼の目には入っくる事はなかった。

 「神隠しか、ご隠居は楽しんでいるだろう」

角は片方の唇を吊り上げ、少し笑みを見せながら、山道を一人で歩を進めた。



 「ご隠居、ここは?」

霧がはれた景色を見て、助が目を大きく開いた。

つい先ほどまで山道を歩いていたはずだが、霧がはれると村に続くあぜ道に立っている。

 「これは神隠しにでも遭いましたかな」

光圀が慌てる風もなく、先にある村を眺めていた。

 「とりあえず、あの村へ行きましょう」

白髪の老人は事態を楽しむように歩きだした。

 「角さんはどこへ行ったのでしょうか」

 「うむ、角さんだけ招待されなかったようですな」

 「招待ですか?」

二人が村のはずれまで来ると、二十代前後とおぼしき綺麗な娘が二人出迎えて来た。

娘達は日本の着物とは違う衣装を身に着けている。大陸系の華やかな衣装のようだ。娘達は今までいだ事がない香りをまといながら光圀達の手を取り、村の中へと導いていく。

集落の周りにはよく肥えた畑があり、作物が出来上がっている。木々には色鮮やかな果実が実り、甘い匂いを放つ。中央に小川が流れ、魚が跳ねるのが見てとれた。

村の中には二十軒位の家があり、縁側で娘とたわむれる者や、開け放たれた家の奥で食事をしている者、まだ陽が高いのに酔い潰れている者も見てとれた。

 「何なんでしょうかここは?」

助が呆れながら、周りの家々を見る。家にいる者は皆ぶくぶくと太り、生きていく為に働くという気力が感じられなかった。

 「桃源郷の一種ですかな」

 「これがですか?」

光圀の答えに助が異を唱える。噂で聞いた事のある桃源郷が、こんな生気のない場所とは信じたくないのだろう。 

 「あくまでも一種ですよ」

光圀達が会話をしながら歩いているうちに、村の奥にある家の前に辿り着いた。ここに来るまでの家は全てうまっていて、この一軒だけが空いているようだ。

娘達は光圀と助三郎の横にならび、家の中へと引っ張っていく。

家の中には、とても二人では食べきれない量の海の幸、山の幸が並べられている。

二人は娘達に誘われるままに、用意された膳の前に腰を下ろした。

 「ご隠居、これは!」

 「ハハハ、とりあえず御馳走をいただきましょうか」

光圀は何のためらいもなく、海の幸、山の幸に箸をのばして食べ始める。

娘達は二人をもてなすように踊りはじめた。

 「大丈夫ですか?」

止める間もなく食べ始めた光圀に、助が心配気な目を向ける。

 「おいしいですぞ、助さんもよばれなさい」

 「は、はい」

助は光圀がたべていた刺身に手を伸ばし、口に入れた。

山の中の村なのに、漁師の家で食べる刺身と同じ位新鮮な味だった。

 「どうじゃ、旨かろう」

光圀は笑顔を助に向けた後、口を耳に近づけた。

 「決して、酒は飲んじゃいけませんよ」

意味ありげな言葉を言って、再び御馳走に箸を伸ばした。

光圀達が食事をしている間も、娘達は笑顔を絶やさずに踊りつづけていた。




 翌朝光圀達が目を覚ますと、昨夜とは違う御馳走が所せましと並べられていた。朝だというのに酒までふんだんに用意されている。

 「助さん、朝ご飯をよばれたら、おいとましましょうか」

 「えっ! できるんですか?」

 「ええ、そろそろ帰らないと、角さんが首を長くして待ってますからな」

 「そろそろと言っても、まだ一日しか経ってませんよ」

 「こちらではね」

 「は?・・・・・」

首をかしげる助に光圀は「帰ればわかります」と顎鬚をさった後に朝ご飯を口に運んだ。

食事を終え、外に出た光圀達を待ち構えるように、娘達が笑顔で立っている。

白髪の老人は娘達に笑顔を向けると、真顔に戻り、印を結び始める。

 「オン・アミリティ・ウン・パッタ!」

軍荼利明王のマントラが村中に響く。娘達が風で飛ばされたかのように後方にはじかれた。

他の家にいた娘達が集まってくる。いや、もはや娘とは呼べない者になっていた。

ひたいからつのを生やし、唇は耳元まで裂け、大きなコブを背中に膨らませながら光圀達の方へと向かってくる。

後方に飛ばされた娘達も、同様な姿形で二人に襲い掛かる。

 「オン・アミリティ・ウン・パッタ!」

再び光圀がマントラを唱えた。

 「助さん!!」

光圀の掛け声と同時に、助が妖刀の暁宗を抜き、向かってくる異形の者に切り込む。切られた元娘達は、黒い煙を出しながら消滅していく。

助が次々と向かって来る異形の者達を、暁宗で退治していく。残り数匹になった時、瞬時に景色が変わり山道の中へと戻された。

 「どうやら追い出されたようですな」

 「追い出された・・のですか?」

 「はい。  行きましょうか」

訳が分からないまま、とりあえず暁宗を鞘に入れる助三郎。歩きだした光圀の後を追った。



 「ご隠居!」

光圀達が山道を抜け村へ出ると、畑仕事をしている角が出迎えた。

 「やあー 角さん」

 「やあーじゃありませんよ。待ちくたびれましたよ」

 「・・・待ちくたびれた?」

角の言葉に助が不穏な声を上げた。

大男が身なりの良い老人に話しかけるのを見て、村人が集まりだしてきた。

 「角さん、こちらの人は誰かの?」

 「えらい、品の良さそうな人じゃの」

次から次へと村人が角に質問を浴びせる。その様子を見て助がまたまた不穏な声を上げる。

 「角さん、一日で村人と親しくなったのか?」

 「一日?  何を言ってるんだよ助さん。もう一月ひとつき近くになるよ」

 「一月?!」

村人達に光圀を紹介し終えた角が助を見る。助は角の返事を聞いて、目を丸くした。

 


 「一日が約一月ですか」

角がこの一月の間に寝泊まりしている空き家に、光圀達も世話になる事になった。

角は野良仕事を手伝いながら光圀達が帰って来るのを待っていたそうだ。

光圀達が神隠しにあった時、少しは心配したが、必ず戻ってくるだろうと思い、近くの村で待ちながら神隠しの情報を集めていた。

 「桃源郷とここでは時の経ち方が違うんですね」

 「そうですな、私も一月近い誤差があるとは思いませんでしたがね」

光圀はあちらとこちらでは、時間の経ち方が違うと知っていたが、実際の誤差についての知識はなかった。

白髪の老人は、少し微笑ほほえみながら髭をさすった。桃源郷との時差がわかったのが嬉しかったのだろう。

 「神隠しの件で何か分かりましたか?」

 「はい、実は・・・」

角はこの一月の情報収集を光圀に伝えた。

村人からの話によると、十年位前から頻繁に神隠しが起きるようになったらしく、代官に願い出たのだが、いまだに解決はしていないとの事だった。後、二月ふたつき程前に変死をした男がいたらしい。

 「変死ですか?」

 「はい、太った男が見る間に骨になったとか」

 「骨にですか」

思い当たる節があるのだろう、光圀が再び髭をさすった。

 「代官に申し出たと言ってましたが、水戸藩では聞いてませんね」

 「はい、私も陰陽網に確認したのですが、ここでの案件は上がっていないとの事でした」

光圀達が消えた後、角は弥晴と連絡を取り合っていたらしい。

 「次は角さんが神隠しに会っていただけますかな」

 「私がですか?」

 「はい、そして桃源郷を潰して来てください」

 「潰す?」

助と角が光圀の発言に驚いて、声を合わせた。

 「はい、あれは桃源郷ではありません、鬼桃源きとうげんです」

光圀は角が煎れた暖かい白湯さゆを口に運んだ。

  


 大男が一人で山道を歩いている。山道と言っても獣道の険しい道だ。

大男、角之進は昨夜光圀から言われた通りに桃源郷への入り口を探す。

光圀が言うには、同じ場所で、同じ人間を桃源郷は招き入れてくれないとの事だった。桃源郷と言っても鬼桃源、鬼が人の精気と人肉を得るための畑のような場所だと光圀が語っていた。

 「フッ!」

角之進は笑っている。可笑おかしくて笑っているのではない。自分も気づかない内に笑みがこぼれてくる。嬉しいのだ、これから自分を待ち受けている妖魔と闘うのが。

人以上の存在が、自分を待っていてくれると思うだけで、笑みがこぼれる。

いつ桃源郷が入り口を開いてくれるか分からない状態で、どれだけ歩けば辿り着けるか分からなくても、角は笑みを絶やさない。いや、絶やせない。わくわくが止まらないのだ。

獣道の藪をかき分けて進んで行く。

突然、角の視界が悪くなってきた。霧が出てきたのだ。

角は霧を気にせずに歩を進める。

霧がはれると同時に道が開けた。

角の前に暖かな、春の日差しが差し込む村が見える。

綺麗な娘が笑みをたずさえ、見たことのない着物で、角を出迎え腕をとる。

角は娘に連れられて村へと入って行った。

娘は何も喋らずに笑顔だけを角に向ける。普通の人間が此処へと足を踏み入れていたら、娘の笑みの虜になってしまうだろう。

娘が角を一軒の家へと導き、中で御馳走をふるまう。

角は海の幸、山の幸に箸を伸ばし、口に入れる。

思わず酒に手がいきそうになったが、光圀の言葉を思いだした。

 「酒には中毒性があるので、決して呑んではだめじゃ。良いな、決して呑むでないぞ」

酒好きの角は、念を押すように光圀に言われた。

この酒を少しでも口に入れれば、鬼桃源の虜になり、家族の事も友人の事も、どうでも良くなってしまうらしい。

角は苦めの熱いお茶に手を伸ばし、引き続き光圀の言葉を思い出す。

 「角さん、女達を退治しても、現実の世界に戻されるだけです。親玉を始末せねばなりません」

光圀が言うには、鬼桃源を創っている鬼を倒さなければ、被害は無くならない。鬼を退治するには、鬼を呼び出さなければならない。

 「この御札ふだを、桃源郷の中にある一番大きな木に貼ってください」

白髪の老人は、白紙の札を大男に渡した。

角は懐にしまっている御札を確認して立ち上がる。大男が立ち上がると、傍にいる娘が寄り添ってきた。

 「ちょっと外を散歩するぜ」

大男は出されていた林檎をかじりながら家の外へ出る。娘がその横で並びながら、角に微笑みかけている。

角はこの村に入った時に確認した、大きな木の前までやってきた。そして娘の方を見る。

娘はただ笑顔をを角の方に向けている。

 「その笑顔も終わりだな」

大男は懐から取り出した札を木に貼り付けた。

      ドッーーーーーン!!!!!

地響きと共に強い揺れが村を襲う!

穏やかな春の日差しが突如遮られ、暗雲が空を覆う。

家が潰れていく、実っていた作物、木々になっていた果実がしおれ腐っていく。小川は濁流となり、泥の水が流れていた。

      グッオオオォォォォーーーーーーーーー!!!!!!

畑の土が盛り上がり、大きな人型が現れた。

      鬼だ!

大きさは三メートルは超えているだろう、黒い肌に赤黒い長い髪。目は白く、目玉がない。

太い腕に太い脚。強靭な肉体を、所々生えている体毛が包む。

人が思い描く鬼とは違う。鬼獣だ。二本足で立ち、額に伸びるいびつつのが鬼を連想させる。

鬼獣は大木たいぼくになりすまし、この桃源郷を創っていたのだろう。この地に根を生やす事によって、さらってきた人々から精気と生気を吸い取り、生きてきたのだ。

角之進は鬼獣を見て、片方の唇を吊り上げた。

笑っている。自然に唇が吊り上がる。常人なら、恐怖してその場から動けずにへたり込むだろう。

だが角は笑う。これからの死闘を思って笑う。

大男は、大きく深呼吸した後、独自の構えで鬼獣の前に立ちはだかった。



 角之進は独自の呼吸法で、自分の体内の気をコントロールする。

闘いでは、精神力、集中力が物をいう。ただ、力が強い、スピードがある、技があるだけでは勝てない。

追い詰められても慌てない、弱気にならない精神力。相手を見極め、技をくりだせる集中力が必要だ。

気をコントロールするのは、自分の動きをコントロールするのに繋がる。敵の攻撃から反射神経で逃れられても、右へ避ける、左へ避ける。あるいは後方へと跳ぶ。この一つの行動で戦局が大きく分かれる事もある。

だから反射神経だけでの回避ではなく、次の攻撃を考えて動く。それが自分をコントロールすることなのだ。

     ゴォォォーーーーーーーー!!!!!

鬼獣が吠えた。怒りの吠えだ!

自分が創りり上げてきたものを壊された怒り。当然、この怒りは角に向けられる。

鬼獣が角につかみかかってきた。単純な動きだが速い。

角は後方へ飛び、鬼獣からの距離をとる。

後方へ着地した時に、前方にいるはずの鬼獣の姿が消えた。瞬間、右からの攻撃を受け、吹き飛ばされた。

右からの気配を感じたのでブロックしたが、脇腹を瞬時にやられ、あばら数本はいかれたかも知れない。

角は口から血を流しながら立ち上がり、唇を吊り上げた。

   笑っている。

嬉しいのだ、この世で角と対等に格闘できる人間はいないだろう。だから角は相手を求めて水戸藩に仕えた。妖魔退治でこの世を平和にするという高尚な考えではない。弱い者を守るという気持ちはあるが、強い者、強き者と闘いたい。それが角が水戸藩にいる理由だ。

角は呼吸を整え、再び鬼獣と向き合う。鬼獣は余裕があるのか、連続で角に攻撃を仕掛けてこなかった。

角は大きく息を吸い込み鬼獣へと走り出し、相手の腹に正拳を叩き込んだ。しかし拳が空をきった後に背中から衝撃を受けた。常人なら、背骨が折れ即死してもおかしくない一撃だ。

しかし角は鍛え抜かれ肉体と、闘いの感から、わずかに致命傷を逃れ立ち上がった。

大男は呼吸を整え、相手を見る。やはり連続では仕掛けてこない。連続でもう一撃加えれば角も危なかったかもしれな。

 「何故仕掛けてこない?」角は自問する。

 「いや、仕掛けられな?」

角からの攻撃を避けて、一瞬で移動する動き。角の行動を先回りして攻撃をする動き。

そういえば光圀から聞いた事がある。妖魔には人知を超える力を持つ者がいると。

恐らくこの鬼獣は相手の思考を読み、瞬時に移動できる力があるのかもしれない。

しかし巨大な力ほど体力を使う物はない。だから連続の攻撃ができないのではないか。

 「ならば勝機はある!」

角は再び唇を吊り上げた。

角が笑ったのが気に障ったのか、鬼獣が前かがみで攻撃を仕掛けてきた。

先程は後方へ飛んだ角だが、今度は前方へ飛びあがり、三メートル近い鬼獣を飛び越えた。

角の思考を読んだであろう鬼獣は、着地する瞬間の角を狙う。

    速く!  速く!  速く!

速く動く。相手の能力を上回る動きで動く。相手より先に技を仕掛ける。

普通、相手が動けない時があると分かれば、その時を狙うが角は違う。相手の力が強ければそれ以上の力で、相手が速ければそれ以上の速さで勝つ!   それが渥美角之進だ!

角は着地するかしないかというタイミングで後ろ回し蹴りを放つ。

鬼獣の側頭部に角の蹴りがカウンターで放たれた。

鬼獣がよろめく。角はすかさずに相手の後方に回り込む。胴体を掴み一気の持ち上げ、今でいうブレーンバスターで脳天ごと地面へと叩きつけた。

鬼は脳天を砕かれ、首の骨が折れたのか、あらぬ方向を向いて動かなくなった。

大きく息を吐く大男の視界を濃い霧が塞ぎだし、山中の景色へと戻した。

 


 「角さん! 大丈夫か?」

村の空き家で、帰ってきた角之進に助が駆け寄ってきた。

 「ああ、大丈夫だ」

体中泥だらけのあざだらけで、大丈夫には見えないが、角は爽やかな笑みを光圀達を見せた。

 「その様子だと、楽しめたようですな」

 「はい」

角は満足気に答え、白い歯を見せた。

 「では、もう一幕行きますか」

 「もう一幕ですか?」

顎鬚をさする光圀に助が尋ねた。

 「はい、代官所でもうひと舞台が待ってます。角さんも行きますか?」

 「当たり前です」

 「では、角さんが水浴びを終えてからにいたしましょう」

光圀は泥だらけの角に、傷の治療をする時間を与えた。いくらの角之進でも、傷だらけで次の仕事はきついだろうと気を使ったのだ。

光圀一行が代官所に向かう。月がゆっくりと登り、夜の訪れを告げる。

角が戻るまでの間、およそ一か月。この間光圀と助三郎、そして弥晴達は何故代官が陰陽網に神隠しの事を連絡しないのかを調べていた。それと変死した人間についても、関連を調査していた。

 「牢獄に結界が張られているのですか」

 「はい、こちら側にも鬼がいるようです」

代官所までの道中、光圀は調査の結果を角に話した。

代官所の牢獄の中の一部屋に結界が張られており、弥晴の式でも中に入れないとの事だった。

普通の代官が牢獄に結界を張るはずもなく、弥晴の式が入れない程の結界を張れるわけがない。

こちら側にも鬼がいたのだ。鬼が代官になりすまし、陰陽網への連絡を絶っていた。

鬼桃源の鬼は桃源郷で人間の精気を喰らい、外の鬼は中で太らせた人間を牢獄で囲い喰っていたのだ。

変死した男は、鬼桃源からこちら側に移った時にはぐれてしまい、時間が一気に進みミイラ化したのだろう。

やがて三人は代官所の前に着いた。門の前に守衛の姿はない。

光圀達は門をくぐり、代官所へと足を踏み入れた。

代官所の中は、明かりが燈っていたが薄暗く、もやがかかっているのかやや視界が悪い。

いや、靄ではない、瘴気だ。鬼桃源が壊滅してこちら側に瘴気が流れてきているのだろう。もしくは、鬼桃源が壊されたのを知り、カモフラージュするのをやめたのかもしれない。

     ギャァーーーーーーーーー!!!!!!

     ヒェェーーーーーーーーー!!!!

屋敷の中から悲鳴が聞こえた。助と角がすかさず屋敷の一室へと飛び込んでいく。

部屋の中は血臭が漂い、人間の部位が散らばっていた。

 「鬼桃源が潰された事で本性を現したようですな」

真さに血の海の中で、人肉をかじり、血をすする男がいる。高貴な着物は血で染まり、顔中も血だらけになりながら、ひたすら人肉をむさぼる男。この土地の代官だった男のようだ。

男は角と助が部屋に入って来たと知りながらも、ひたすら人肉をむさぼる。今は死んだ役人の耳に吸い付き、脳みそを吸い出している最中だ。

助三郎が妖刀暁宗を抜いた。角が独自の構えをとり、男を睨みつける。光圀は部屋の外から葵退魔銃を構える。

      グショーーーーーーーォォォ!!!

男がゆっくりと立ち上がり、血だらけの顔で、歯をむき出しにして光圀達を威嚇してきた。

悪鬼の顔だ! つのはないが鬼そのものの顔だ! 

代官がいつから鬼に入れ替わったのか、いや、代官が鬼そのものになってしまったのかは分からないが、光圀達の前にいるのは鬼だ!  人肉をを喰らう鬼だ!

鬼が死骸を捨て、前方へと走りだす。    速い!!

助が振り下ろした暁宗をかいくぐり、角の拳をはらい光圀の前へと跳躍して来た。

      シュッ!!

光圀は慌てる事なく退魔銃の引き金を引いた。銃弾は鬼の額へと入り込み、鬼の頭の中で呪詛が込められた弾が発動する。

鬼が光圀の前で倒れ込んだ。部屋から出てきた助が暁宗で鬼にとどめを刺す。

滅んだ鬼桃源から流れ出た瘴気が晴れ、血臭漂う代官屋敷に月明りが差し込み、事態の終焉を告げた。























































 

























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