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死人返り

以前書いた、水戸黄門退魔録の前のお話になります。光圀公が天草の里で、凛達と出会う前に妖魔退治をしていたお話を短編で書いていきたいと思います。

いずれは天草の里での話に繋がると思っているのですが、自分の中でもまだ未定です。

ストーリーは生き物です、どう変化していくか自分でも楽しみです。        でわでわ。


        -死人返りー



 男が暗い夜の町を歩く。

仕事を終え、飯屋で軽く一杯呑んでの帰り道だ。

月明かりだけだが、いつもの事なのだろう、迷う事もなく家路につく。

ほろ酔いなので、千鳥足というほどでもない。

城下町だが、日が暮れると、昼の賑わいはパタリと消える。

人通りはほとんどないが。虫の音がかすかに聞こえ、静寂という事はない。

男が足取りを止めて、月明りを頼りに、前方を伺った。

小さな影が、男の行く道をふさいでいた。

「おいわらし、こんな夜になにしてるんだ」

男には子供が道をふさいでいるように見えたのだろう。 

童は何も答えない。 

「そんなところにいたら、通りにくいだろう」

男はゆっくりと童に近づいた。

「迷ったのか、家まで送ってやるよ。何処の童だ?」

男は童に手を伸ばした。瞬間、熱い感覚が男の腕に走った。

男は慌てて腕をひっこめ、手を見た。   

         手がなかった。

男は腕を握り後ずさる。震える声で悲鳴を上げようとするが、声にならない。

     「ひーー  ひーー」

やっと出た声も、大きくなってきた虫の音にかき消された。

童が男に近づいてきた。

男と童の目が合う。

月明かりの中で見た童の顔には、表情がなかった。

人を殺す歓喜の顔、悲しみの顔、哀れみの顔。どれにも当てはまらない。

真さに無表情。感情がない人形のような顔だった。

男の股間が濡れていた。恐怖で失禁したのだ。

男にとって、ここまでの恐怖は初めての経験だろう。

童が小刀を振り上げた。

男にとって、初めての恐怖は最後の恐怖となった。

鮮血が夜空を染め、虫の音が激しさを増した。




 「そうですか、ご老公様は後からおいでになると」

 「はい、取り急ぎ私が先に来させていただきました」

城中で言葉を交わす二人。小出左門こいでさもんと佐々木助三郎ささきすけさぶろう

小出左門はこの城の城主じょうしゅで、四十前半位だろうか、結った髪に少し白いものが見える。

佐々木助三郎、水戸光圀公の片腕的存在で、剣技の達人と噂される男だ。

 「申し訳ありませぬ。ご老公様は先に寄った温泉がとても良いとの事で、もう少し滞在すると申されまして」

 「いやいや、構いませぬ。あすこの温泉は誠に良い所ですからな」

光圀の訪問が後にずれた事を残念に思うのか、左門は少し寂し気な笑顔を助三郎に向けた。

 「佐々木殿、部屋の支度をしますゆえ、ご老公様が来るまでゆっくりされよ」

 「ありがとうございます」

助三郎が頭を下げた時、少年が部屋に入ってきて、左門の膝に座った。

肌の色が白い少年で、人形のようだと助三郎は思った。

少年が助三郎を見つめる。その瞳には光がなかった。

 「これこれ貴地丸きちまる、駄目ではないか。  誰かおらぬかー」

客人の前に行き成り現れた少年を叱る風もなく、左門は家臣の者を呼んだ。

少年の世話役だろう女が入ってきて、貴地丸を連れていった。

 「佐々木殿、ご無礼をお許しくだされ」

 「いえいえ、ご子息ですか」

 「はい、やっと授かった跡取りなのですが、やまいわずらっており、あのような感じで」

 「心中、お察しいたします」

助三郎は下に顔を伏せながら、、出ていく貴地丸を横目で見た。

貴地丸は侍女に抱かれながら、襖が閉まるまで助三郎を見ていた。





 「ご隠居、これからいかがなされますかな?」

旅籠(のはたご一室で大きな男と、こぎれいな白髪の老人が茶をすする。

大きな男、渥美角之進。助三郎と同じで、光圀の片腕的存在だ。身長は二メートルを優に超える。

侍というよりも、格闘家の雰囲気を持つ。

白髪の老人水戸光圀公は、湯呑を置くと顎髭あごひげをさすった。

 「そうですな、しばし助さんと弥晴の報告を待つとしましょう」

 「しかし、町中まちなかの事件は高野者こうやものに任したほうが」

 「そうですが、放ってはおけません」

光圀達一行は、温泉で城下町の噂を耳にした。

童の人形が人を襲うというのだ。しかも殺されたのは、ここひと月の間に十人。

息を引き取る寸前に、数人が「童の人形」と同じような事を口にしたらしい。

光圀は噂が気になり、城に入るのを後回しにしたのだ。

事前に左門へと立ち寄る旨を伝えていたため、心配をかけてはいけないと、助三郎を先に行かせていた。

無論、助三郎にも城下町の殺しを、城がどのように対処しているのか調べるように指示をだしている。

弥晴(やせい)には、町中の怪しい所に探りを入れてもらっている。

弥晴は、水戸家おかかえの陰陽師で、式神と式鬼を操る事のできる、上位クラスの陰陽師だ。

 「今夜、夜回りをしてみましょう」

白髪の老人は、旅籠の二階から町を見下ろした。

活気のある町だが、夜の訪れを恐怖しているように、光圀には感じられた。




 夕方、まだ陽がある内に光圀と角之進は旅籠を出た。

旅籠の主人に、夜ご飯はここいらの名産を食べたいので、外で食べてくると伝えた。

主人は、くれぐれも遅くならないようにと、念を押す。主人も噂を気にしているのだろう。

旅籠を出ると、光圀達を待つかのように、道の向こうで黒猫が鳴いた。

白髪の老人が頷くと猫が歩き出した。弥晴の式だ。

猫は光圀達を導くように、町の中を歩き、飯屋の前で鎮座した。

        ニャアーーーーー      猫が鳴いた。

光圀が猫の頭を撫でると、ふみへと変化する。

老人は文を拾い、飯屋ののれんをくぐった。

 「ご隠居、文には何が書かれていたのですか」

飯を注文した後に文を広げた光圀は、しばし考えこんでいる。

 「殺しが起きた場所、日とときを絵図で示してくれてます」

 「何か分かりますか?」

光圀が文を机に広げる。

 「同じ場所での殺しは無いですが、刻はほぼ同じようですな」

角も文をしげしげと見る。

 「それでは、まだ殺しが起きていない所を夜回りいたしましょうか」

 「そういたしましょう。ですが、その前に腹ごしらえですね」

光圀達は、食事を済ませ、殺しが起きやすい時刻に店を出た。

噂が広まっているのか、陽が落ちてもないのに、人の往来がなくなっている。

騒めきがない町では、虫の音だけが響いてくる。

嫌な風が光圀の髭を撫でた。

         ぎゃあああーーーーーーーーーーーーーー

悲鳴が聞こえた。光圀達は悲鳴の方へと走る。

しばし夜の町を歩いたせいか、暗さにも目が馴れて、月明りで現場までたどり着けた。

侍が倒れていた。恐らく警備をしていた町役人だろう。かたわらで提灯が燃えている。

よく見ると、他に二人の侍も倒れている。

悲鳴が聞こえた後の、僅かな間に三人の侍が殺されたのだ。

暗闇から、何かが光圀めがけて飛んできた。

光圀は杖で何かを払う。が杖は空を切った。

暗い路地の向こう、月明かりの下で童が立っている。

角が素早く光圀の前に立ち、童と対峙した。

童の両腕には、二本の小刀が握られている。

月明かりで小刀が鈍く光ったかと思うと、童が跳躍し、角を頭から切り付けてきた。

恐るべし跳躍力だ。角の身長は優に二メートルは超える。その遥か上へと助走なしで飛んで、攻撃してきたのだ。人間業ではない。

角が刀を抜き、童の攻撃を弾き返す。

この男が刀を抜くのは珍しい。無手での戦いを好む男なのだ。だが上空から振り下ろされ二本のやいばには、刀で対応するしかなかったのだろう。

弾き返された童の小刀が闇に消え、地に落ちる音がした。

童は宙で回転して着地する。

         シュッ!

光圀が「葵退魔銃」を放つ。

葵退魔銃。水戸家に伝わる拳銃で、柄の部分に三葉葵みつばあおいの紋章が掘り込まれている。

今でいうサイレンサーのような銃声で、火縄式の短銃ではなく、洗練されたデザインを誇る拳銃だ、術式を込められた弾を放つことで、妖魔を倒す事ができる。

童は着地したかと思うと、一瞬だけ地に足を着け、バク宙してさらに後方へと下がった。

放たれた弾丸が地面を穿ち、消滅する。

童は光圀達と距離を置き、しばし対峙した後、暗闇へと姿を消した。

角が追おうと足を踏み出したが、光圀がそれを止めた。

白髪の老人は、闇の中から一本の小刀を拾い上げた。

月明かりの下で、血のついた小刀に描かれた家紋が鈍く光った。

光圀は童が消えた方向を見る。そこには、篝火(かがりび)がたかれた天守閣が見えた。





 城内の一室をあてがわれた助三郎は、早めの寝床に就いた。

早めに風呂を勧められ、すぐに食事を出され、何故か部屋に閉じ込められたような違和感がある。

ときは早いが、旅の疲れからか、少しウトウトした時、微かな臭いで目が覚めた。

       血の臭いだ。

助は静かに部屋を出て、臭いがする方へ歩を進める。

中庭の方で人の気配がする。血の臭いも濃くなってきた。

助が気配を消して、中庭を窺うと、大人と子供の影が見える。左門と貴地丸だ。

 「どうされました?」

助は白々しく声を掛けた。

左門は ビクリ! としながらも貴地丸を素早く抱きかかえる。

 「あっ!  佐々木殿か。この子がぐずるのでな、夜風に当たりにきたのじゃ」

 「大変ですね、私がおぶりましょうか?」

 「いやいや、大丈夫。 風も冷たくなってきたので部屋に戻りますわ」

左門は少し小走りで、素早く城内へと姿を消した。

血の臭が遠ざかって行く中、助三郎は貴地丸の光の無い瞳を思い出していた。

城下町での殺しと、城内の怪しい動き。結びつきがあると助は確信した。

部屋へ戻り、光圀と早めに連絡をとらねばと布団に就いた時、天井に何かが張り付いているのが目に入った。

素早く横に転がり、寝床を見ると、童が布団に刃物を突き刺していた。

 「やはり貴地丸か」

助は刀を抜き、貴地丸と対峙する。

貴地丸は無表情で飛び上がり、天井すれすれの高度から助に襲い掛かる。

助は貴地丸に向けて刀を突きあげた。

貴地丸が空中で回転して、助の刃をかいくぐる。

空中で操られている人形のようで、信じられない動きだ。

貴地丸の小刀が助を襲う。助も身体を反転させて、攻撃を避ける。

激しい動きからか、貴地丸の結びがほどけ、髪が広がる。

髪のほどけ等、気にする風もなく貴地丸が再び宙に舞う。

助が再び刀を突きあげるような仕草から、上段での振り下ろしに切り替える。

刀が振り下ろされ、貴地丸が畳の上に足をつけた。

     パサリ!

切り落とされた童の腕が、畳の上に落ちていた。

貴地丸は痛みを感じないのか、先程と同じ表情のない顔を助に向ける。

切られた肩口からも血が出てくることもない。

 「   佐々木殿!   乱心されたか!!  」

左門が部屋へ入ってきた。

 「者ども! 出あえ出あえ!  佐々木殿が乱心された!」

配下の者が次々と集まってくる。

助三郎は素早く庭へ出て、態勢を立て直す。部屋の中で大人数に囲まれると、助三郎とはいえ不利となるからだ。

    ぎゃあああーーーーーーーーーーーーーー

助が侍達と対峙していると、後方で悲鳴がした。見ると、配下の者が貴地丸に切りつけられていた。

一人、二人、次々と貴地丸の刃にかかっていく侍達。

配下の者は、まさか片腕を失った若君わかぎみが襲ってくるとは、想像できていなかったのだろう。

侍達はパニックに陥り、助三郎に切りかかる者や、貴地丸に刃を向ける者もいる。その場から逃げ出す者もいた。

狂乱の庭に大男が入り込んで来た。渥美角之進だ。

角は蹴りと手刀で、切りかかって来る侍達を悶絶させていく。

そんな中、貴地丸の小刀が、角を頭上から襲う。

角は切っ先を見切り、貴地丸の腕を掴んで地面に叩きつけた。

そのまま体重を乗せた肘鉄をくらわす。

貴地丸が口から臓器物を吐き出した。

普通なら即死のはずだが、貴地丸は首だけを動かし、光のない瞳で周りを見る。

 「角さん! 童を押さえこんでくださいな」

光圀が杖を突きながら庭へ入ってきた。

角が言われた通り、貴地丸の残された腕をとり、押さえ込む。

 「助さん、舌じゃ。舌を引き出し、切り落とすのじゃ」

助が暴れる貴地丸の口に手を入れ、舌を掴む。

これが人間の舌か、まして子供の舌とは思えないほどの長さの舌が引っ張りだされた。

助が印を結び、自分の小刀を鞘から抜く。現状、助三郎しか扱う事が出来ない妖刀「暁宗」だ。

助が妖刀を振り上げ、一気に舌を切り落とした。

角の腕の中で暴れていた貴地丸が動きを止める。

一瞬の静寂が訪れ、直ぐに虫の音がなり響いた。

助の手に握られた舌には、梵字が書かれた布が縫い付けられていた。

 「死人返りの呪法!」

光圀は切られた舌を葵退魔銃で撃ち抜いた。

舌は煙のように消失し、暗闇に死臭が漂った。




 左門が貴地丸の前で座り込んでいる。

 「小出殿」

放心状態の左門に光圀が近寄る。

 「・・・ご、ご老公様」

左門は顔を上げ、光圀を見た。

 「これで貴地丸殿は安らかに眠れる」

 「しかし貴地丸はわずか六つ。哀れです」

 「あのままの方が哀れじゃ」

光圀は左門の肩に手を置いた。

 「死人は死にたがっておるのじゃ」

 「死にたがる?」

 「自分が死ねないから、他の人に死を与え、訴えておるのじゃ」

 「・・・・・」

 「早く死にたいと」

左門は貴地丸を抱き上げ、泣き崩れた。




翌日、貴地丸の葬儀が光圀の手により、とり行われた。

 「小出殿、あのままでしたら貴地丸殿の魂は輪廻の輪から外れ、未来永劫この世を彷徨さまよう事になっていたでしょう」

落ち着きを取り戻した左門を光圀がさとす。

 「ありがとうございます、ご老公様」

左門が深々と頭を下げる。

 「しかし、罪は罪。お主を罰せねばならぬ」

 「はい、覚悟しております」

光圀は家督を弟に継がすように進言し、左門は仏門にくだり出家するように命を出した。

お家断絶を覚悟していた左門は、再び頭を下げた。

 「して小出殿、貴地丸殿を生き返らせたのは誰じゃ」

左門は三月みつき前の事を思い出す。

急な病で貴地丸が息を引き取り、悲しみに暮れている時、ふらりと一人の僧侶が現れた。

僧侶は左門に言った。

 「ご子息はまだ死んでおりませぬ」

どういう事かと尋ねると、その僧侶は

 「魂がまだこの世に未練を残しているので、身体に残っておりまする」

左門は、その僧侶に生き返らせれるのかと問うた。

僧侶は「一晩くだされ」と返答した。

翌日貴地丸は目を覚ました。

 「魂が返されたばかりなので、暫くは虚ろな状態が続くが、時が解決してくれます」

と言い残して、城を後にした。

 「左門殿、その僧侶の名は?」

 「はっ、随風ずいふうと申しておりました」

 「随風・・・」

光圀は怪訝な顔で僧侶の名を呟いた。

 「御心当たりが?」

 「いえ、   水戸藩で、行方を追いましょう」

光圀は助三郎と角之進に目配せして、立ち上がった。

 「私達はこれでおいとましましょう」

 「ご老公様、もう御出立で」

 「うむ、そなたもお家のため、尽力をつくされよ」

 「勿体ないお言葉、ありがとうございます」

光圀達一行は左門達に見送られ城を後にした。

人の耳を気にしてか、人混み外れた街道に出た時、助が口を開いた。

 「ご隠居、死人返りの呪法を施した随風ずいふうに心当たりがあるのですか?」

 「うむ、慈眼大師様の昔名じゃ」

 「慈眼大師!   まさか・・・・・  南光坊天海なんこうぼうてんかい!」

 「うむ」

光圀は足を止める事なく、歩を進める。

助と角は、一時歩を止めたが、直ぐに光圀に追いついた。

 「しかしご隠居、随風を名乗る僧侶は何故、死人返りの呪法を使ったのでしょうか」

右、やや後方に角が並び、左後方に助がならんだ。

光圀も角に言われた事を考えていた。

何故、死人返りの呪法を。何故、大名の子供に。そして何故、随風なのか。

光圀は空を見上げた。秋の空は高く遠く感じられる。この答が出るのも遠く感じられ、もどかしさを憶える。

 「随風の足取りは弥晴に任せて、我々は見回りの度をつづけましょう」

今回の旅は妖魔の探索だったが、何か大きな渦に巻き込まれそうな気がする光圀だった。























































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