その7 白星
「スクナライデン!!」
大空に残響する名乗りを上げ白い巨人は屹立。彼の姿は、大きくて恐ろしくて勇ましくて美しかった。
頑強さを強烈に伝える太く逞しい四肢。
人間とは異なり胸、腹、腰と明確にブロックの分かれた体幹も、等しく頑丈頑健揺るぎない存在感。
武人の兜を縦に押しつぶしたような形状の頭部は首にめり込んで据わり、頭頂部からは槍状の角飾りがまっすぐ伸びる。
双眸が放つ橙色の光は、タメエモンの闘士の表れだ。
全身をくまなく覆った透明白金色の装甲は時どき蛍光色の紋様を明滅させ、圧倒的な力強さに不可思議な美しさを両立させていた。
「なあ、あの声タメエモンじゃね?」
足元で名乗りを聞いたトハギは、響いた声色が覚えのある男のものであることに気付いた。
「タメエモンだ。すげえ!」
スクナライデンが構築された時点で大はしゃぎだったナモミが更に興奮。
一時はうろたえたタメエモンであったが、漸く平常心を取り戻し足下で見上げる少年達に親指を立てた。
「おうとも!巨大魔者とひとつ相撲をとってくる!」
残響する声を残し、白金のメタルソップ型力士が大地を蹴った。
ただそれだけの造作もない動きで、大地は揺れて家屋がうねり、地下で埋め火が爆ぜたかと思うような地響きが連続。
林の木々を易々と掻き分けて、超巨漢力士は駆ける駆ける。
「すごい、すごいぞ!これならあっという間だ!」
人間の十倍をゆうに越す巨人の歩幅にかかれば、魔者の待つ戦場は眼と鼻の先だ。
ほどなくして、先刻までは見上げても見上げ足りぬほどであった巨大魔者の姿が見えた。今はもう、同じ高さで目を合わせることができる。
「やいやい女王様蛙!このスクナライデンが相手をいたす!」
「あらぁ?その声は粗末棒のカレ?一瞬見ない間に大きくなって。しかも、カタそう!」
猛烈な地響きと共にやってきた白金巨人を見上げるゲバの口から、驚きと共に呟きが漏れる。
「輝機神……!?」
輝機神とは。
クァズーレの地上に生きる者には及びもつかない不可思議宝物『天資』の中には、別格とされるものが稀に発見される。
人びとは特に強力で強大な『力』を具えたものを、天資の中でも特に輝ける存在として位置づけた。
――ゆえに、輝ける機神。
人智を超えた能力。人智を超えた機械。具現化した超越者。
それが、それらが、『輝機神』!
「輝機神なんざ何十年ぶりに見たな。最後に見たのは戦場だった……乗っているのはタメエモンか」
「おうよ!どういうわけか、移動神殿の女神様が力を貸してくれたのよ!」
「ルア様が……ああッ!?」
頭上から響く声を聞き、スクナライデンの全身の形状に妙な既視感をおぼえていたタエルが素っ頓狂に叫ぶ。
「まさか、その輝機神は神殿が!?」
「タエル殿、すまんがおたくの神殿をちょいと拝借するぞ」
オークに鍋を借りたときと変わらぬ調子で断りを入れるタメエモン。事後かつ緊急時のため、タエルも泣く泣く了承せざるを得なかった。
「タメエモン殿!くれぐれも大事に扱ってくださいよ!」
「できるだけな!」
今日出会った戦友とのやりとりを終えたタメエモン=スクナライデンが改めて目の前の女王様蛙に対峙するや、脳裏に『女神ルア』の声が響く。
<<戦闘中枢体、接続情報解析完了。『大日天鎧』制御言霊を最適化します>>
「なんだか知らんがやってくれい、女神様」
<<星光力、充填率97パーセント。輝機神『スクナライデン』――――“はっけよい、のこった!”>>
どこか人間離れした少女の声に合わせ、白金力士の双眸が橙色に輝く。
機神は腰を落とし重心を確固とした後、突風のごとき踏み込みで眼前の魔者に組み付いた。
「グワワワッ!?」
ゲバとタエルの足止めを徐々に押して村へと近付いていた女王様蛙は、それまでの優勢距離を一瞬にして無に返された。
太く逞しい両脚の爆発的な踏み込みと、背面に配置された噴進機関の働きが相まって生み出す突進力は、発生した衝撃波で周囲の木々をなぎ倒しながら巨雌蛙をもとの川べりまで押し戻す。
力の限り両腕を突き放すと、女王様蛙の巨体は幅広の川に叩き付けられた。空に舞った水しぶきが、辺り一面に豪雨のごとく降り注ぐ。
「何故!?なんでワタクシ、こんな簡単に押し倒されたの!?」
よろめきながら立ち上がる女王様蛙は混乱気味だ。
不意打ちに近い突進だったとは言え、強靭さには自身のある両脚で踏ん張ることすらあたわず押し返され突き放された。
巨体任せの怪力無双を自負する“彼女”にとって、それは未知の体験だ。
自身と同じレベルの体躯と力を持ち、更に加えて彼我の重心を巧みに操る術を修めた者など、相手取るどころかこれまでに出会ったことすらないのだ。
ゆえに、この巨大なる“井の中の蛙”は、たったいま自分が何をされたのかなど知り得なかったのである。
<<――“のこった!”>>
女神ルアの制御言霊が、タメエモンの動きをスクナライデンの五体と完全に同調させる。
突っ込んでくる輝機神に対し、魔者は口中から舌鞭を放ち応戦。
女王様蛙の舌は構えた透明白金の右腕に巻きついた。張り手封印!
<<――“のこった!”>>
スクナライデン、巻きつく舌を残った左腕でしかと握り締めるや、蛙の巨体をハンマー投げの要領で振り回し。
「土手に叩きつけるつもりだ!巻き込まれない場所まで下がるぞ」
「すごい地響きですね……走るのもままならない!」
二大巨躯が立ち回る只中に居合わせたゲバとタエルは、味方である巨人の一挙手一投足に注意を払い右往左往だ。
ゲバの予想から間もなく、女王様蛙は川べりの土手に叩きつけられた。
たまらずスクナライデンの右腕から舌を巻き戻す。張り手解禁!
<<――“のこった!”>>
スクナライデン、右の掌底を巨蛙の下腹に叩き込み。低く鈍い音が響く。
「ゲロゲロゲローッ!」
強烈な腹張り手を喰らった女王様蛙は堪らず嘔吐。
土砂崩れのような胃液に混じり、衣服を溶かされたメータが吐き出された。目を回しているが命に別状なし。救出成功だ。
「身軽になったワ……もう許さないわよォォォォッッッ!」
吐瀉物の沼が飛沫を放ち、女王様蛙の巨体が地上から姿を消した。
太陽を背に、上空。凄まじい蛙脚力で跳躍した巨大魔者はドロップキックの体勢に入っている。
「ぶつかりが怖くて、相撲ができるか!」
対するスクナライデンに、回避動作皆無。
身長数十メートル、体重100トンに迫る巨体を一瞬にして跳躍せしめる脚力がスクナライデンの胸板を打つ。
鉄塊が打たれる金属音が木霊して――スクナライデン、健在!真正面から受けた蛙脚をそのまま胴体で押し返した。
本日何度目かの大転倒からグロッキー色ありありと立ち上がる女王様蛙に、容赦のない突っ張り連打が襲い掛かる!
<<――“のこった!”“のこった!”>>
輝機神を形作る『天資結晶』は、鉄などよりもずっと超硬質大質量。
その掌底が絶え間なく打ち込まれる度、巨蛙の厚皮からばぁん、ばぁんと空気を揺るがす音が鳴った。
「……!……ッ!!」
身を打つ張り手を総身に受け、もはや女王様蛙は言葉を発することすらままならなかった。
突っ張りの脅威は、対象の表面ではなく内面に浸透することにある。
その実戦における有用性、破壊力ゆえに、源流を同じくすると言われる骨法においては『徹し』と呼ばれ奥義として扱われるほどである。
スクナライデンの質量を最大限に活かした突っ張りは、巨大魔者蛙の頑健なる皮膚を浸透し、内なる骨格を、内臓を破壊するのだ。
*
巨体がのけぞり後方へ揺らいだとき、突っ張り連打はようやく終了した。
悪食魔者・女王様蛙は既に絶命。分厚い皮は破れずとも、中の骨身臓物はミンチの如く潰され混ざり合っていることだろう。
ぶよぶよの肉袋と化した巨体が、地響きを立てて文字通り崩れ落ちた。
対手が事切れたのを仁王立ちで見届けたスクナライデンは、右の手刀でおもむろに宙を切った。
四画の文字を書く動作である。
機神の所作を見上げていた僧侶タエルは、そこに何らか厳かな儀礼的意味を感じ、知らず溜息を漏らした。
「天よ、とてつもない“もの”をお授けになったのですね。とてつもなく大きくて、強くて、美しい『もの』を――――」
輝ける機神力士の巨体は、さながら地上に燦然する白い星であった。