その6 輝ける機神(ルマイナ・シング)
タッドポールマンが緩慢な前進から一転、空気の間をすり抜ける奇妙な動きで三人に襲い掛かる。
無貌ゆえ鳴きも咆えもしない魔者の群れ。攻撃手段は錐のような三本指での刺突だ。
「これしき……ぬ!?」
黒ずくめの突きを突っ張りのカウンターでいなしつつ反撃を加えたタメエモンは、掌に伝わる手応えに違和感をおぼえた。
見た目通りではあるが、ぬるぬるしている。
打撃が接触すると同時に表面を滑り、衝撃が逃げてしまう。
組み付いて投げ飛ばすことは更に難しい。全身からくまなく分泌する体液が潤滑液の役割を果たしているのだ。
「ち、まだ5匹目だっていうのに刃がなまってきやがった」
ゲバが舌打ちして飛び退き距離をとる。
手にした巨大斧の刃先には切り伏せたタッドポールマンの皮膚と体液がまとわりつき、ゆっくりと地面に滴り落ちている。
オークの熟練戦士は敵の性質を把握するや、斧を地面に突き立て手放した。
「ゲバ、どうした」
「ちょいとエモノを換える。10秒だけそっちを任せた」
担いでいたズタ袋から三つ折れになった棒を取り出し、一直線の弧に伸ばす。
続いて弧の両端に植物の蔦を丹念により合わせた弦をかければ、折りたたみ式の弓が完成。
ゲバは腰の革ベルトに提げた矢筒から三本の矢を抜くと、つがえる前に鋳造の肩鎧に鏃をこすりつけた。
「こういう奴らには、火矢だ」
つがえた矢の先に炎がゆらめく。鏃に摩擦で発火する仕掛けを施してあるのだ。
オークの膂力に合わせて作られた剛弓から続け様に三本の火矢が放たれ、群れたタッドポールマンをまとめて貫く。
燃える鏃は命中の瞬間、表面の体液を焼き切って先端の着弾を十全ならしめた。
一矢で三体、合計九体。倒れた黒ずくめは見事に頭部を吹き飛ばされて絶命した。
貌がなく感情の読み取れないタッドポールマン、兄弟の屍を踏み越えて危険オークの排除に乗り出す。
「こんな早々に虎の子の発火矢を使わされるとは思わなかったな……」
ぼやきながら新たに矢をつがえるゲバの背後から、陽の光をそのまま固めたような光の球が飛来。タッドポールマンの群れに命中するや球状の閃光が拡がり、光を浴びたタッドポールマン達を消し炭に変えた。
「たしかによく燃えますね」
弓を構えたゲバの後方、丸太木ほどある黒鉄色の筒を担いだタエルが涼しげに言った。
筒にはボウガンのそれに似たグリップが付いていて、ゲバは今しがたの光弾はこの“武器”から放たれたものだと理解した。
「“天資”の武器か。生臭坊主、何てモン持ってやがる」
「天下を行脚するのにこういった危険は付き物。女神ルア様は、数多くの御力を神殿にご用意されているのですよ!」
「……なにが神殿だ。とんでもない武器庫じゃねえか」
「方便と言いなさい!」
言葉を投げ合うゲバとタエルだが、火矢を放つ手とトリガーを引く指は止まっていない。
押し寄せるタッドポールマンは累々と炭化させられ、やがて数もまばらになった。
「オゲゲゲーッ!?ワタクシの子供達が!お腹を痛めて産んだ子供達がーッ!」
わざとらしく絶叫する女王様蛙に、ゲバはメラメラと憤怒の炎を宿した火矢を向ける。
「いつもはこの辺でオサラバだろうが、今日は逃がさねえぞ」
「アラ?ワタクシも、ここまでされて退く気はないわヨ!」
女王様蛙の途方もない巨体が一歩踏み出すと、土手は地響きを立て、流れ緩やかな川は不自然に波打つ。
応戦のため弓矢を構えるゲバと天資武器を構えるタエルをタメエモンが制止した。
「ゲバ、タエル、燃やすのはいかん。あいつの胃袋にいるメータをどうにかして助け出さねば」
「んなこと言ってたら俺たちまで食われちまうぞ!今日の女王様蛙は本気だ。あいつは手ェ抜いて勝てる魔者じゃねえぞ」
「タメエモン殿、策はあるのですか?」
「ある!」
「どうやるつもりだ?」
「ワシの得物を使う。村広場までヤツを誘い込むぞ」
「煽るだけ煽っておいて、アナタたちが逃げちゃうワケ!?悪いけど、ワタクシから逃げられた男は居なくってよ!」
村広場へと猛然と後退を始めたタメエモンたち三人に、女王様蛙は巨脚のひと跳びで追いついた。
「やはり蛙なら跳躍してきますよね!」
「タメエモン、足止めしとくからさっさと得物取って来い!」
頷いて遁走を再会するタメエモンを追おうとする女王様蛙の足元を火矢が縫い止め、頭上で光弾が炸裂。
「キィーッ!うっとーしいワッ!!」
*
村広場に到着したタメエモンは、地面に突きたててある自分の唯一の“手荷物”に両手を添える。
黒鉄色の金属柱に蛍光色の紋様が鈍く輝くや否や、タメエモンは「むん」と一声。立派な家屋の大黒柱ほどある巨大な円柱を大根のように地面から引っこ抜き、脇に抱えて走り出した。
「皆の衆、待たせたーッ!タメエモンが剛直鉄棒、ただいま仕るぞぉぉぉ!!」
土煙巻き上げ猛然突進してきたタメエモン、抱えた金属柱を巨大雌蛙の下腹めがけ思い切り突き上げた。
「ああン、硬ァい!」
下腹に剛直めり込ませ、女王様蛙よがり声。ただし、時として女は演技を打って男をぬか喜びさせるものだ。
「……なあんて、ネッ!そんな粗末棒でワタクシの腹皮は破れなくって、よッッッ!」
巨蛙の巨腹が突き出されれば、めり込んだ皮膚が戻る勢いで金属柱は押し出される。
金属柱は抱えたタメエモンの体ごと、いま来た方角へ弾き飛ばされていった。
*
思いがけず空を舞ったタメエモン。放物線の終点は村広場だ。
空中で身をよじり、抱えた柱を地面に突きたて落下の衝撃を和らげようとする。
だが勢いのついた巨体の質量は相殺しきれず、柱を手放したタメエモンは広場にそびえる移動神殿の入り口に突っ込む羽目になった。
「うむむ、しくじった。まさかあそこまで頑丈だとはな」
柔よく剛を制すと言うが、相手は柔あり剛もあり、おまけに大きく重かった。
タメエモンは考える。
――どうにかして、ヤツと同じ“土俵”に立たねば――と。
一心に念じたその時である。彼の脳裏に、何者かの声が響いてきた。
<<敵対“魔者”の反応を検知。戦闘中枢体、接続開始>>
「なんだ!?『女の声』……こいつがタエルの言う女神のお告げというやつなのか!?」
頭に直接響く得体の知れない声に戸惑う間もなく神殿中央・色違いの床が突如せり上がり、棺を縦にしたようなクロムメタル色の『箱』が現れた。
タメエモンすらゆうに収まるサイズの棺の蓋はひとりでに開け放たれ、内側から飛び出した無数の機械触手がタメエモンを絡め取る。
突然の“襲撃者”から逃れようとするタメエモン。だが怪力巨漢の力をもってしても謎の触手から逃れることはできず、彼は棺の中に生きながらにして収められたのである。
<<接続完了――中枢機関、起動――機神構築開始>>
五体を触手の変じたブヨブヨとしたものに包まれたタメエモンは、依然として脳裏に響く呪文じみた言葉を聞かされるばかり。
次なる“異変”は、神殿の外側で起きた。
家屋ほどある移動神殿が白い光を帯びるや、積み重なった外壁が一斉にバラバラに弾け、いくつもの部品が発光したまま宙に浮く。
「神殿、壊れちゃったよ……」
「すげえ、浮かんでる!」
その様を見て驚きの声をあげる少年二人。村人一斉避難のどさくさ紛れに引き返してきたトハギとナモミである。
二人が固唾を呑んで見守る中、浮遊する神殿の部品は意志を持ったかのように動き始めた。
一対の部品が地面に落ちる。その上に二つ目、三つ目と部品が積み上がる。
そうしてある程度の“形”をなした所で、少年は神殿の意志が目指すところに思い至った。
「あれ、“足”だ!二本の足になってるんだよ!」
「足?じゃあ、もしかして」
子供達の想像を、目の前の現実がなぞっていく。
両脚の上に腰。腰の上に積み上げられる胴体の中心にタメエモンが収められているクロムメタルの箱――『中枢機関』が組み込まれ。
胴には両腕がつき、最後に頭部と思しき部品が上空に浮かぶ。
「やっぱり“人型”だ!神殿は巨人になるんだ!すげえ!」
「なあ、あれってきっと“頭”だろ?どうして浮かんだままなんだろ」
疑問に答えてか、タメエモンの取り落とした金属柱がにわかに発光、神殿部品と同じくひとりでに宙を舞う。
柱は首のない人型の、ちょうど胴体の中心を徹る“タテ穴”に挿入され、巨大な体躯の背骨となった。
柱に続いてようやく頭部が据えついて、見上げるほどに聳え立つ巨人の五体が完成だ。
*
「完成たーッ!すげえーッ!でっかい!強そう!かっこいいー!」
足元で飛び跳ねて興奮する小さな少年を、タメエモンは見下ろしていた。
(な、なんじゃこりゃあ――!?)
暗闇に覆われていた視界が不意に鮮明になったかと思えば、飛び込んできた光景は夢現定まらぬものであった。
何しろ、足元のナモミとトハギが小さい。“小さすぎる”のだ。
よくよく周囲を見渡してみれば、何もかもが小さく見える。今日の寝床にと案内された村長宅のはなれも、犬小屋か何かのような大きさではないか。
そして、タメエモンは更なる異変に気付く。
色白の自覚はあった自分の手足は、いつの間にか半透明白金色の不可思議な色合いをもつ機械的な四肢にすげ変わっていた。
<<『機神構築』、完了――『機構陣』を保存します。登録名を入力して下さい>>
混乱する思考を切り裂くように、鮮烈な声が脳裏を駆け巡る。
――その時、タメエモンは脳裏ですら認識し得ない“奥底”から浮上する“記憶”を聴いた。
「名前――強き者の名前――」
うわごとのように呟くうちに、自らの奥底から染み出す何かが徐々に形を帯びてくる。
「スク……ネ――ライデン――――」
結実。虚ろで曖昧だった認識のひとつが、確固たる言霊を形成し。
「スクナライデン!!」
大空に、白金き巨人の名乗りが残響した。
<<機構陣保存完了。登録名『スクナライデン』、了解――>>