その5 変態来たる
「今日は変なのがいっぱい来るな」
「せっかくだから村の記念日にしようぜ」
広場の真ん中に堂々とそびえる『移動神殿』を見上げながら、村人は思い思いに話をする。
彼らの口調は弾んでいる。立て続けに奇妙な来訪者を迎えたことで村全体がちょっとした祭り気分になっているようだ。
「それにしてもまだ信じられないな」
「ああ。この神殿、あの坊さんがたった一人で引きずってきたもんな」
「動かす時だけちょっと浮かんでるんだってよ」
「マジかよ」
「すまんな、ちょっと通してくれんか」
村人の言葉を耳に入れながら、タメエモンとゲバは神殿を近くに寄って見る。
特異な形に性質。なにより、遠目には白磁に見えるも寄って見ればほのかに透き通る不思議な色合い。
「これはまた、色も形も奇妙なモンだ。こいつが浮かぶとか言ってたが、にわかには信じられん」
「これだけデカい建物が浮かぶと言うのなら多分、いや、間違いなくカラクリの正体は天資だな」
「天資か」
天資とは、この世界に“降って湧く”正体不明の『宝物』を総称した名である。
実態は様々な機能を有する摩訶不思議な道具だ。
特別視される所以は、その構造も、構成している美しい半透明の物質も、今の人族には造り出すことは不可能なことにある。
構成する物質を砕けば必ず正六角形の均一で美しい破片になり、希少性も相まって商業の盛んな場所では貨幣として利用されている。
明らかな『異物』でありながら今や人びとの生活に密着し、世界中いたる所から出土し漂着する。それが天資だ。
「そう、何を隠そうこの神殿そのものが天からの賜り物。天資なのです!」
いま、タメエモンとゲバのやりとりに割り込んできた者のように、天資を天が人に与えたものと信ずる者達も居る。
「お前さんが『移動神殿』の持ち主か」
「持ち主などと畏れ多い。私はこの神殿の主たる『女神ルア』様にお仕えしているに過ぎません」
「女神ルア?聞いた事のないカミサマだな」
「偉丈夫のお二方、ご存じないならお見知りおきを。ルア様の一番弟子、このタエルがご本尊を案内いたしましょう」
そう言って、タエルと名乗る僧侶は眉毛に至るまで丁寧に剃髪した頭を下げた。
タメエモンとゲバを偉丈夫などと持ち上げたが、この男の体格も負けていない。
背丈だけならタメエモンより少々勝るほどだ。僧侶としての節制の賜物か、全身に鋼のような筋肉をまとい、逆三角形のシルエットを形作る。
浅黒い肌、彫りの深い眼窩に蒼い眼が爛々と光っている。
乳首が浮くほどぴったりした袖なしのシャツの下に履いたゆったりとした袴の裾を脚絆で絞る独特の装束は、西の大山脈地帯で修行を重ねる僧侶たちが好んで着用するものだ。
控え目に言ってかなり威圧感のある外見をしたタエルは、タメエモンとゲバを愛想よく移動神殿の正面へと案内した。
「ご覧ください。女神ルア様のご尊像です!」
凹凸激しい壁に囲まれた神殿の内側はタメエモンたちが一人ずつどうにか入れる程度の容積であり、外見よりも狭い。
テントのような狭小空間の中央に周囲の白磁色とは異なる風合いの床があり、据えられた大理石の上に筋肉坊主の崇める神は居た。
「これが女神ルアか。けっこうな御神体だな」
身を屈めたタメエモンは二重顎を撫でながら感心した。
全高にして人間女性の三分の一ほどの大きさの女神像は、名のある美術品と比べても遜色ない精巧さと鮮やかさに彩られていたのだ。
やさしく微笑む面は白く透き通った少女の肌色そのもの。控え目な稜線を描く身体からはすらりとした可憐な四肢が延びる。
サファイアブルーの長い髪と純白の羽衣は風をはらんだように翻り、舞の最中を切り取ったかのような立ち姿だ。
羽衣のひだ、風に舞う髪、柔和に閉じた瞼に揃う刷毛のような睫毛に至るまで、繊細に形づくられている。
「いったいどうやったらこんな見事な像が作れるのか見当もつかんな。もしや、これも天資か?」
「そこまで褒められると恥ずかしくなります。この女神様は私が石を彫り色を塗ったのです」
「なんと!」
「信心あればこそです。日毎にルア様の声を聴き、心突き動かされるままにノミを打つうちに、やがてこのように麗しいお姿が顕れたのですよ」
「あんたには女神の声が聞こえるってのか?」
「ええ。この神殿に初めて出会った時から、女神ルア様に祈りを捧げれば必ず御美声を賜れるのです」
感心しきりのタメエモンをよそに、ゲバは「つまり、このタエルなる坊主は天資が持つ何らかの機能を神格化しているのだ」と理解した。
「どうであれ、たしかにこいつは凄いな」
話の真偽はさておいても、人間の妄想は時にここまでの業を成し遂げるのかと、ゲバはゲバなりに感心したのである。
「ゲバもこの像を可憐に思うのか?」
「ああ。多少の趣味の違いはあるが、俺たちもお前たちとさほど美醜の基準は変わらん」
しばし二人で女神像に見入るなか、ゲバが不意に「だが」と切り出した。
「この耳から生えてるものが理解できんな」
ゲバが指差したのは女神の耳にあたる部分。人間であれば耳介の存在する其処からは、先端の鋭くとがった機械角が天を衝くように伸びていた。
――今日の地球日本国に暮らす我々からすれば、耳からアンテナの生えた少女を愛でる感覚はさして珍しいものではなく、むしろ今や陳腐化したとさえ言えよう。
しかしながら此処クァズーレのモア王国の片田舎にあっては、生身の少女から機械の異物が生えている姿は異形の類いとして映るばかりだ。
その点で、亜人ゲバの素朴な感想は決して理不尽なものではなかった。
ただ拙かったのは、この女神像の耳から伸びた機械角は製作者の業を最も端的に象徴する部位であったことだ。
「妙な機械などつけず、横向きにややとがった耳だったら、ひょっとして入信していたかもな」
「……!?」
「髪も金髪であれば、なお良かった」
タエルが彫りの深い眼窩の奥に危険な光を点していくのに気づかず、ゲバは舌禍を拡げていく。
「やはり、この世で最も美しく可憐な存在はエルフだ」
「エルフというと秘境にまれに現れると言う、あれか」
「そうだ。森で暮らすオークにはエルフ信者が多い。畏敬をはらうべき自然の精霊の象徴だからな」
どうにか沈黙を保っていたタエルは、ついに沸々としたものを抑えられなくなった。
「……そうですか。あなたはオークだったのですね。それなら、仕方ないか」
「何が仕方ないんだ」
「女神ルア様の至高の美しさは野蛮な亜人には理解できまい、と言ったのですよ!エルフなどという幻のような存在に憧れ続けているようではね」
「なんだと……?」
突然の信仰侮辱に、実際のところあまり信心深いわけではないゲバもこめかみに血管を浮かせる。
だがそれはタエルも同じであった。
「先に我が神を愚弄したのはそちらですよ」
「愚弄したつもりはない。感想を言っただけだ」
「ほら、それだ。デリカシーのない蛮種はこれだからいけない」
「……表へ出ようか、くそ僧侶」
男たちの体温が上がる。神殿の狭小空間に湿った汗の臭いが充満し、一触即発の張り詰めた空気が立ち込める。
「あいや待たれよお二方」
にらみ合うオークと筋肉僧侶に割って入った巨漢力士タメエモン。小さな目をいっそう細めて、提案した。
「両人とも、ここはひとつ相撲を取られよ。相撲は神に捧げるもの。互いの信ずるものの為にぶつかり合うのだ」
タメエモンの提案はこの場で考えうる限り、もっとも平和的な解決法だった。宗教上の諍いは最悪の場合生き死にの争いとなるのだから。
ささいな舌禍から命の取り合いをすることはゲバとタエルにとっても本意ではなく、当事者両名も了解した。
*
衆目は移動神殿から出てきた三人の大男に一斉に集まった。
「おい、タメエモンの連れ、オークじゃねえか!?」
「今さらそれくらいじゃ驚かねえけどな!でも、あのオークと坊さん殺気だってね?中で何があったんだ?」
ローブを脱いだゲバの姿を見てざわめく村の衆も、タメエモンの一言によって歓声を上げることとなる。
「皆の衆!相撲が始まるぞ!」
「またスモウ見られるのか!」
「今度は坊さんとオークか!こりゃまた見応えありそうだぜ!」
オークヒーローとマッチョ僧侶の対決カードに湧く村の衆。
祭りの続行による高揚感は、しかしながら突然打ち消された。にわかに沸き立つ広場に、場違いな悲鳴が割り込んできたのである。
「魔者が出たぞ!!」
「川べりで熊蜥蜴を解体してた連中が新手の魔者に襲われた!」
*
幾人かの村人が逃げてきた村はずれの川べりに駆けつけたタメエモンたちが見たのは、熊蜥蜴など足元にも及ばぬ巨大な魔者であった。
「あ~ら!?イイ男が来たじゃなぁい?」
はるか頭上から響く声は濁った中年女のそれだ。人語を解する魔者だが、明らかに人間ならざる者だ。亜人ですらない。
「なんだ、あいつは」
「巨大な蛙……でしょうか?」
二本の足で立つ数十メートルの巨体は、全身を縞模様のぬるりとした皮膚で覆い、手足には水かきを具え、顔の大半を口が占めている。
一言で形容するなら、二足歩行する巨大な蛙であった。
「女王様蛙……!なぜ人里まで下りてきた!?」
「ゲバ、知り合いか」
「たまに集落にちょっかいをかけてくる魔者だ。気をつけろよ。何でも口に放り込む悪食だ」
「あ~ら、失礼しちゃう!ワタクシ、美食家でしてよ。美味男子しか食べないワ!」
話の途中、女王様蛙は口元をモゴモゴと動かし始めた。閉じた口蓋越しに、舌が頬の内側を蠢いているのがわかった。
ほどなくして吐き出されたのは、ゲバにとって見覚えのある一挺の手斧だ。
「これは……!」
「さっき男喰を済ませてきたばかりなの。いつも居る邪魔者が居なかったから、いい男バイキングを充分堪能!」
ゲバの緑色の額に、先ほどまでとは比較にならないほどくっきりと血管が浮く。刺青の走る四肢には怒りが張り詰め、一回り大きく怒張している。
「何よ、アンタあの集落に未練でもあったワケ?居心地悪そうにしてた癖にさ!」
「黙れ。すぐにそのデカい口を黙らせてやる」
ゲバの啖呵をむき出しの鼓膜で聞いた女王様蛙が哄笑する。
グワッグワッグワッと濁り潰れた笑い声が山向こうまで響こうかという時、巨蛙の膨れた下腹から何かが一斉にあふれ出した。
透明の管に連なった無数の黒い球体。卵である。
「ほら見て!これが、ワタクシと男たちの、愛の結晶ォォォッ!」
女王様蛙の叫ぶような号令に応え、管の中の卵が一斉に脈動。
ひとつひとつがボーリングの球ほどもある黒卵は一瞬にして背丈2メートルの人型に“孵化”した。
ぬらりとした全身の質感にふさわしい緩慢でとらえどころのない挙動で、黒ずくめのノッペラボウ『タッドポールマン』の集団がゆっくりと迫る。
「ワタクシの子供達と遊んであげて。その間、デザートを楽しんでるワ」
言って、女王様蛙が左手に捕らえた人間を掲げてみせる。
「メータ!」
「タ、タメエモン!助け……!」
青年メータが助けを請うより速く巨蛙の舌が彼を巻き取り、喉奥へと連れ去った。
「B級グルメにしてはいいお味ね。そっちの二人もゲバと一緒に味見しちゃいましょ!さあ子供達、女王様のお食事の時間よ!!」
「調子に乗るなよ化け蛙」
自らが捕食者であると信じて疑わぬ魔者巨蛙を見上げ、タメエモンは野太い声をいっそう低くして言い放つ。
「人食い魔者。女神ルアの名に於いて断罪します」
「くそ同胞の仇、キッチリとらせてもらうぞ……!」
巨大蛙の異類魔物、率いるは胎から出でし無貌のしもべ。
立ちはだかるは男三人。
巨漢の力士、怪力自慢。
亜人の勇士、怪力自慢。
女神に仕える筋肉僧侶、怪力自慢。
そして白磁の神殿天資が見守るは、これより始まる戦いの行方。
ただ黙して。今はただただ、黙して――――




