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その3 今日の料理

 ミンゴ村へ到着するなり、並みの大人と比べても二回りは巨大なタメエモンはたちまち注目を集め、家々から村人がぞろぞろとやってきた。

 その中の誰かがいち早く村の長に余所者の到来を報告したようだ。


「何者じゃ。このような田舎に何用じゃ」


 円背のはじまった老人は、担いだ長大な金属柱にこれまた巨大な魔者マーラを括りつけている巨漢を臆することなく見上げる。


「ワシはタメエモン。相撲をとる旅をしておる」

「……トハギ、ナモミ。わしの言いつけは覚えておるのう?」


 村長の視線は巨漢の足元にくっついている二人の悪戯坊主に向けられた。少年二人は肩をびくつかせながらも、おずおずと事情を説明し始める。


「俺たちこの人が水浴びしてるの覗いてて、バレてとっ捕まっちゃって」

「タメエモンはすごいんだよ!スモウで魔者マーラを投げ飛ばしちゃうんだ!」

「何をやっとるんじゃお前たちは。しかし、その熊蜥蜴ファラミーヌを見るにまったくウソをついてはおらんようじゃな」


 本当に投げ飛ばしたかどうかはさておき、村の長老でもある村長は熊蜥蜴ファラミーヌの被害に遭った者たちを数名知っている。何はともあれタメエモンなるこの巨漢が、村民を脅かす魔者マーラを討伐してくれたことに違いはない。


「それで、タメエモンとやら。このような“手土産”持参で何をお望みか?」

 村長はなおも慎重に余所者を検分する。野次馬に集まった村人たちも、時にひそひそと何らかを話しつつタメエモンを観察。

 訝しみの視線を一身に浴びる当のタメエモンは、泰然変わりなし。


「かなうなら一宿一飯。あと、この村の男衆と相撲が取れれば言うことはない」

「一宿一飯か。見ての通り寂れた村じゃ。おぬしが満足いくほどのもてなしは期待できんぞ」


 並みの旅人なら寝床と飯の一食程度どうにかなろう。しかし今それを所望するのは大人三人に匹敵する大男である。安請け合いの“一食”が村の蓄えを舐め尽すとも限らない。


「なに、その為の手土産よ」

「……なるほどのう」


 腹に締めた帯をばん、と叩いたタメエモンが立てた親指で担いできた熊蜥蜴ファラミーヌを示す。巨漢の体躯に勝るとも劣らぬ魔獣を自らの食い扶持にあてると言うのだ。


「よかろう。飯は“それ”でまかなう。寝床は“はなれ”の小屋で良ければ使うがよい」

「おお、かたじけない」


「よかったね、タメエモン」

「助かったぞ。ナモミ、トハギ」

 小さな案内人が交渉の成立を我がことのように喜ぶ。


「ナモミ、トハギ。お前たちは後で儂の所へ来るように」

「うぇ!?」

「は、はい……」

 しわの刻まれた村長の顔、その目つきは厳しく、これから始まる説教の度合いを物語っていた。


「ときに村長殿。もう一つ、相撲の方はどうにかならないか」

「その相撲スモーとは、いったい何じゃ」

「簡単に言えば……力比べだ」

「つまりおぬしは、武者修行のくちか」


 タメエモンが力比べと口にするや、野次馬たちが一斉にざわつき始める。

「あいつ、力比べに来たんだってよ」

「見ろあの太い腕。俺の女房の脚といい勝負だ」

魔者マーラを投げ飛ばして仕留めたって言ってたぞ。とんでもない奴だ」

「いや、あれはガキどもが大げさにふかしたんだろ。きっと岩か何かを放り投げて頭にぶち当てたのさ」


「俺にやらせてくれ!」


 人垣の中から響いた大声に、野次馬の騒々しさが水を打ったように止まった。

 声の主は、村人男衆の中でもひときわ頑強な体躯を供えた若い丈夫おとこであった。


「メータか」

「力比べじゃ俺がこの村一番だぜ」


 青年メータはそう言って、近くの軒先に繋いでいた自分の牛の足元へ潜り込むと、掛け声ひとつで担ぎ上げた。

突然宙へ浮かされた牛の鳴き声と人々の感嘆の声がシンクロする。


「余所者にデカい面はさせねえ」


牛を下ろしてなだめてから、メータはタメエモンに歩み寄り下から睨み付けてくる。


「いい面構えだな」


 対するタメエモンも威勢のいい若者に興が乗り、小さなまなこを細め口元で不敵に笑みをつくった。


「そうと決まれば取ろう。今すぐ取ろう。相撲を、取ろう」



 村の広場に土俵(ドヒョー)なる円陣を描き終えると、タメエモンは取り組み相手と見物衆に向かって説明を始めた。


「この円から出たら負け。手や背が地面についたら負け。決まり(ルール)はそれだけだ」


 説明は一瞬で終わり、村一番の力自慢メータ青年とタメエモンは土俵の中央で向き合う。

 タメエモンが拳を地面に付けて見せ、メータもそれに倣う。


「互いの両手が地面についたら勝負の始まりだ。良いな?」

「ああ。始めようぜ」


 立ち会いの緊迫感は土俵の中心から周囲の見物衆にまで伝播し、昼下がりを迎えた村の広場は静まり返る。


 静寂の張り詰めが(いき)に至り、二対の両拳が地について離れた。


 半裸になった男の肉体はぶつかり合って四つに密着。押し寄せた肉の圧に、メータは尻を引き締め脚を踏ん張った。


「なかなかの踏ん張りだ!」

「うぐ、ぎぎぎぎ……!!」


 メータは組み合ってすぐに、この余所者の怪力が底知れぬものであることをさとった。

 まともにやっては勝ち目なし。


 だが人間(ヒト)の強さは腕力だけにあらず。村の外を知らぬ若者にも、分かることだ。


「そらっ」


 メータは敢えて組み合いを放棄し、体を素早く後ろへ退いた。


 前のめりに押し込むばかりのタメエモンは、これにより自らの重みを殺しきれず地面に倒れ伏す。


――で、あろうと思っていた。


「!?」

「どうした、急に腹でも痛くなったか?」


 勢いよく飛び退いたはずのメータは驚愕。タメエモンの白い肉体、依然密着態勢に変化(かわり)なし。


――押さば押せ、引かば押せ――


 かくなる相撲理念を、巨漢力士の巧妙なる脚術理(あしさばき)が見事に実現させていた。


 自らの策により態勢(バランス)を失したメータは、そのまま一気呵成に踏み込まれ、見事に押し出しを決められた。


「メータが押し合いで負けた……」

「見かけ倒しじゃない、あいつ、とんでもないぞ」


 攻防の子細を解せぬ見物衆からしてみれば今の一番、真っ向からぶつかった怪力自慢が怒濤の勢いで押し合いに勝利したように見えたのだ。


「すげえ!タメエモン、相撲ってすげえ!力比べ、見てるだけでも面白かった!」

 目を輝かせる少年の一声をきっかけに、ざわめきはいつしか歓声に変わっていた。



「良い稽古になった。ありがとうよ」

「お、おう……」


 勝者から屈託ない感謝の言葉を投げ掛けられ、毒気を抜かれたメータは呆として差し出された手をとった。

 柔らかくて大きくて、暖かくて分厚い掌だ。


「あんた、でっかいな」

「ああ。相撲取りは、でっかくなるんだ」


 自分の言葉の意味は伝わったのか?そんなことは小さなことだ。メータ青年は力士の微笑みにはにかんで返すことにした。


「さあて、飯の支度を始めるか」

「なあ、ええと……タメエモンさん、だったか。あんたあの魔者マーラをどうやって食うつもりだ?」

「捌いてしまえば獣肉よ。そうだなあ、せっかくだからちゃんこ鍋にしようか」

「ちゃん……?よく分からんが煮るのか」

「そうだ。煮て食おう。せっかくだから丸ごと一頭、全部煮て振る舞おうじゃないか。あれだけでかいのだ、食いでがあろう」


 タメエモンは自分で言ったことながら名案とばかりに膝を打つが、周囲の村人の反応は微妙だ。


「あれ食うの?食えるのあれ?」

「親父が昔、魔者マーラ食ったことあるらしい」

うえの部分は良いけど、トカゲの部分はちょっとなあ……」


 そんな気分的な声もさることながら、問題は別の所にあった。


「こんなデカいの、一斉に料理しようにも鍋が無いぜ。村中の鍋を集めてきたって足りないかもよ」


 トハギの指摘に、タメエモンは二重顎に手を当て首を捻った。


「できることなら一つの鍋でいっぺんに煮たいな」

「丸焼きじゃダメなの?」

「ここまできたら鍋だろうて」

「こだわるね」


 すっかりなついた少年たちも一緒になって首を傾げ、うんうんとうなり始める。

 面白がって様子を見ていた村人たちからも口が挟まれた。


「そんな大きな鍋、人間の家にゃ無いって」

「森向こうに居るオークどもの飯炊きになら使ってるかもな、ハハハ」


 誰かの軽口は、まさに藪をつつく棒であった。


「オーク。そういうのが居るのか。ではそのオークに鍋を借りに行って来よう」


「えっ」


 戸惑う聴衆が何言ってるのこの人と言うより早く、タメエモンは行動開始。


「オークの集落は向こうの森の真ん中だよ!」

「ナモミは物知りだな。ちょっと行ってくるから皆で熊蜥蜴そいつを捌いて待っていてくれ」


 少年の大雑把な案内を聞くや、巨体に似つかわしくない軽やかな足取りで向こうの森へと駆けていった。

 村人が止める間も、突っ込む暇すら無かったという。



――そして十数分後。


「おい人間、俺達の縄張りに何をしにきた!」


 タメエモンはオークの戦士たちに取り囲まれていた。

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