その5 傀儡狩り
「隕蹟着装!」
ハーフオーガの少年が天に吼えた時、ヒトと魔者の合の子の肉体が変化を開始した。
背中から数にして十の巨大な目玉が葡萄のように浮かび出で、ひとつひとつがぎょろりと動く。
「なんだ、あの、空の輪っか……?」
「おい、あいつギルドラウンジに居たデカいヤツじゃねえか?」
「背中から目玉が沸いて来てるぞ!あいつ見たことのない亜人だ!」
虹の光を浴びたキハヤが体を丸めて宙に跳ぶ。
彼の全身はたちまち形状を歪め、三本の角と十の眼を持つ巨大な鬼の頭部と化した。
――キハヤの変じた鬼の首。天より集う星光が、鬼の咆哮聴き巨躯となる――
「キハヤトゥーマ!!」
白昼の王都に、傀儡狩りの鬼機神が舞い降りた。
*
「……昨日居たハーフオーガの“少年”が輝機神になりやがった!?」
「ゲバ、彼は――」
「下がっとけルツィノ。そっちはもう撃ち止めだろ」
「――ええ、恥ずかしながら。鳳凰斬がこれほどまで力を消耗するなんて」
「……初陣にしちゃまあまあだ。あとは生きて還れば上出来だ」
阿吽の呼吸で前へ出るゲバルゥードと一歩退くガルドミヌス。
ゲバもルツィノも、眼前の輝機神『キハヤトゥーマ』なる者を警戒していた。
佇んでいるのみなれど引き絞った弓のごとき危険な気配を孕む鬼巨神。次の挙足やいかに。
「その輝機神――“返せ”」
鬼の十の眼から光条が伸びて標的たる二体の輝機神を視線で射すくめる。
然る後、踏み込み。大通りの石畳が蹴立てられ爆ぜた。
不可視の速度をもって飛び込んできたキハヤトゥーマの初撃は前蹴りだ。
質量と速度の衝撃を手斧で受け止めたゲバルゥードが後方へと大きく跳躍。
衝撃を逃がしつつ間合いを取り、街の中心部に在る王城から離れた位置に着地した。
キハヤトゥーマもそれを追って跳躍。彼の狙いはゲバルゥードに絞られているようだ。
「クソッ、殆ど見えねェ!なんて速い蹴りだ!?」
「皆のもの、直ちに避難せよ!行く先は私が示す!騎士団!王都防衛部隊!全隊挙げて王都住民の護衛にあたれ!」
ガルドミヌスを通したルツィノの声は切迫した色を帯びる。
王都が戦場になる戸惑い、恐ろしさ、民を守らねばという使命感、焦燥感――様々な思いや考えが少女の中を駆け巡っていた。
それでもルツィノは王族であって、姫騎士である。
戦闘に耐える星光力の残っていないガルドミヌスを物見櫓代わりに、人びとの避難誘導を始めた。
「輝機神戦だ!戦ってる輝機神からできる限り遠くまで逃げろ!」
「援護射撃?馬鹿言ってるんじゃないッ!普通の武器や精霊術が輝機神に通用するわけないだろうが!逃げるんだよ!」
一方ゲバルゥード、蹴り砕いた家屋の破片を背に跳び蹴りを見舞ってきたキハヤトゥーマを迎撃すべく左腕の爪を射出。
突き出された左脚を掴まんとした鋼鉄爪であるが、目標は突然空中で全身を伐の字を描くように回転させた。
回転蹴りにより弾かれた爪は明後日の方向へ軌道を逸らし、金属索に引っ張られる格好になったゲバルゥードをその場に踏みとどまらせる。
キハヤトゥーマは対手を見下ろすように家屋の屋根に踵をめり込ませて着地。同時に、対手とは一足一踏の間合いにまで距離をつめている。
「あっちの改造型『グリフォン・タイプ』は星光力切れ……こっちのは……おい、あいつは“なに型”だ?」
キハヤは、視界の片隅で佇む真紅の騎士と目の前の深緑戦士を見やり、自らの脳裏に問うた。
<<特定不能。後発型あるいは秘匿製造機の可能性。解析妨害により詳細提出不可>>
頭の中に響く“回答”に舌打ちして足場を蹴る。低く鋭い跳躍を伴ったあびせ蹴りがゲバルゥードを急襲!
「オオオオオッ!」
ゲバルゥード、右の手斧を縦一閃。辛くも鬼機神の蹴りの威力を相殺する。
この時キハヤトゥーマの蹴りによって生じた衝撃波は、通りの両脇にある建物を切り裂いた。
続け様に、矢継ぎ早に、意志を持った竜巻の如き蹴撃が深緑の戦士を襲う。
キハヤトゥーマの神速の蹴りが一閃するたび、周囲の街並みは瓦礫へと姿を変え。
「クソッ、このままじゃ街が……!」
「余所見してんじゃねえよ!」
トップスピードで直撃した前蹴りに、ゲバルゥードが後方に吹き飛ぶ。丁度背にしていた商店街の一角が倒れた巨体に圧し潰された。
やがて、いずこともなく燃え始めた炎が傷を負った王都に拡がっていき――
*
「あいつ、自分の足元に何があるのか分かっておらんのか!」
逃げ惑う人波が流れる大通り、タメエモンは立ち止まって傀儡狩りの鬼を仰ぎ睨む。
身を包むほどの悲鳴と怒号、無念の声に巨漢の胸中はかき乱された。
「タメエモン、まずいですよ。あの輝機神は“お構いなし”です!」
「ああ……ああ」
うなずくことしかしないタメエモンに、タエルは続ける。
「これではゲバが不利だ」
タエルはタメエモンが興味を抱いた事柄を推察し、戦況の有利不利を論じてみた。
だがそれは思い違いだ。やはり出会って日が浅い同士である。
任侠の魂を宿す力士が見るのは、戦いの行方ではない。
こちらで倒壊した家屋を見る。あちらで炎の上がる屋根を見る。逃げ惑う人びとを見る。不安と恐怖に塗りつぶされた顔を、顔を見る。
*
「……まごまごやってちゃあ、街が壊れるばかりだな」
瓦礫から身を起こしゲバルゥード、握る手斧をその場にて振りかぶり――投擲。
キハヤトゥーマに打ち放たれた投げ斧迫り。それだけではない、体もだ。
ゲバルゥードの本体も、投げ斧の軌道をそのまま追っての跳躍突撃を敢行した!
防御無用の捨て身攻撃。斧一丁と鋼鉄二爪の一斉打ちが傀儡狩りのキハヤトゥーマに正面から襲いかかる。
「オーク風情が俺に勝てるかぁッ!」
怒声にも似た気迫をもってキハヤトゥーマが上体を捻る。
精妙な足さばきは、突風のごとく迫る打ち込みの、わずかな間隙を既に捉えていた。
捻った巨躯から繰り出された右脚の描く円弧は死神の鎌。
深緑の右肩に鬼の踵が一撃爆着だ。
「ぐおおおおおおお!畜生ッ!」
凄まじい衝撃が内部のゲバにも浸透するや、ゲバルゥードの五体は弾け飛んでバラバラに分解した。
ルアの“機転”により、接合部を自切することで致命的な衝撃から逃れたのである。
穴だらけの石畳に転がり落ちた中枢機関。
中から這い出てきたゲバは血まみれだ。キハヤトゥーマの蹴りは輝機神の搭乗者防護機能をも突破するのだ。
「畜生……あの野郎!」
「おう、ゲバよ。交代だ」
いつの間にか目の前に立っていたタメエモンの声が頭上から響く。
声を聞いたゲバが見上げた彼の力士は、火事の炎に憤怒の形相をぎらつかせていた。
「ルア様よ、“えねるぎぃ”は足りとるか?」
<<星光力充填率67%。機神構築に必要な星光力が>>
「足りんなら気合いでどうにかせえ!」
ドスをきかせた重低音。
いつも通り独特な平板さをもったルアの声がひと度押し黙り、しばらくして中枢機関から無数の機械触手が伸び出した。
<<機構陣緊急解析。機神構築プロセスの最適化を実行します>>
「ようし、それでええ!行くぞ!スクナライデン!!」
機械触手に包まれて、中枢機関に格納されゆくタメエモン。
彼の小さな双眸に宿るのが、闘志ではなく怒りの炎なれば。
燃える王都にこれより相打つは、二体の鬼神である。




