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その1 爆弾肉体

「すげえ……」

「俺、初めて見たよ」


 茂みに身を隠す少年二人。釘付けの視線は湖に向いている。

 そこで水浴びをしていた者の姿に目を奪われているのだ。


「この辺じゃ見ないよな。冒険者かな?」

「うん……うん」


 片割れの少年が話しかけるが、もう一人はゴクリと喉を鳴らして水の滴る白い裸身を凝視し続ける。


 未だ村の外へ出たことのない少年は、これほどまでに豊かな曲線を描く身体を目の当たりにしたことが無かったのだ。

 貪るように眼に焼き付ける胸の二房が動きに合わせてぶるん、と揺れる。その頂きは鮮やかな桃色であった。

 肩口まで下した美しく艶やかな黒髪は水に濡れ漆を塗ったようだ。栗毛や褐色の髪の多いこの辺りでは殊に珍しい。


 旺盛な少年の好奇心は知らぬ間に彼自身の足を前へと踏み出させ、その拍子に足下の枯れ枝が折れた。

 音に驚いた二人の少年が身じろぎすれば、身を隠していた茂みは更に大きな音を立てる。


「誰かいるのか?」


 ガサガサと枝葉の触れ合う音は湖にも届き、目線の先に居た者が振り返った。

 静かな森によく通る声を聞くや、二人の覗き魔は一目散に逃走をはじめた。


 物心ついたころからの遊び仲間同士、二人の少年は息を合わせてひたすらに森を駆け抜ける。

 この森も勝手知ったる庭のようなものだ。大人と言っても“よそ者”の冒険者をまくことはできるだろう――


「おいナモミ、そろそろ大丈夫じゃね!?」

「う、うん」


 肩で息をしながら速度を落とした少年たちは、振り返った先に何者の影もないことを確認し安堵した。やれやれ間一髪、と顔を見合わせため息をつく。


 だが、彼らはすぐに、自分たちの見通しが甘かったことを思い知らされた。


 あとはゆっくり帰路につこうと、先ほどまでの進行方向へ再び向きなおった時。目の前に“まいた”筈の人間が立っていたからだ。


「えっ」

「な、なんで……大丈夫じゃないじゃん、トハギ!」

「俺に言うなよ!?」


 ちょっとしたパニックに陥り小競り合いを始めた少年たちだが、すぐに押し黙る。

 目の前で仁王立ちする人物は、一糸まとわぬ姿であるのにも関わらず、黙らざるを得ない異様な圧倒感があった。


 射すくめられてその場に硬直するナモミ少年、トハギ少年の二名。『水浴びをしていた冒険者』は、さらけ出した肌を隠すことなくずんずんと彼らに歩み寄る。


「どうして俺たちの前に居るんだ……居るん、ですか?」

「追い抜いて回り込んだからに決まっているだろう」


 少年たちはそれぞれの首根っこを掴まれ、子猫のように摘み上げられた。


「すげえ……ボク達より、足、速いんだ……そんなに“大きい”のに」


 ぶらさげられた片方の少年が素朴で素直な言葉を口にする。それを聞いた当の“男”は、小さく細くよく見ればやや垂れ気味のまなこを笑わせた。


稽古しきたえているからな」


 そう言って、身の丈2メートルを越えようかという“巨漢”は二人の少年をそっと地面に下ろした。少年の倍以上あるのは背丈たてだけではない。全身を覆う鎧のようについた“肉”は全身をふくよか過ぎるほどにふくよかなシルエットで覆っていた。


「すげえ!でっかいおじさん!おじさんは、冒険者?」

「似たようなものだな。ゆえあって娑婆シャバをふらついている者だ」


 目の前の巨漢に害意のないことをさとったナモミ少年が目を輝かせて話しかける一方、トハギ少年はまだ安心し切れない様子でおずおずと目の前の巨体を見上げている。


「なあボウズ、この辺りに住んでいるんだろう?こうして会ったのも何かの縁だ。どうか人里まで案内してくれんか?」

「うん!いいよ!ボクん『ミンゴ村』、すぐそこだよ!」

「おいナモミ、勝手に余所者案内するのやばいって!」

「やばいの?」

「知らない人についていくな、連れてくるな、って村長いつも言ってるじゃん!」

「あ。そっか……ええと、おじさん、ごめん」


 しゅんとして頭を下げるナモミと、「できればすぐに逃げ出したい」といった面持のトハギを見比べ、男は少しだけ考えてから口を開く。


「ボウズども、それじゃあひとつ話をしようじゃないか。『知り合い』になってワシが危険なやからでないことが判れば問題ないだろう?」

「あ、そっか!そうだよね!おじさん頭いい!」

「そうかなあ?」

「そうだよ!」

「そうそう。そっちのボウズ、用心深いのは悪い事じゃあないがな。“状況を判断する”ってのも大事だぞ。お前さんたちはどうせ逃げられんのだ。それを忘れちゃあいかんな?」

「う……は、はい」


 巨漢の言葉にトハギの背筋が凍りつく。先ほどまでの混乱とは質の違う、冷静な恐怖に冷や汗が流れてきた。

 あれだけ全力で走ったのに逃げられなかったこの大男から逃げることなど到底不可能だと理解したのだ。


「怯えんでもいい。とって食いやせん」


 男は小さな眼を細め、少年たちの頭をわしわしと撫でる。子供の頭よりも巨大な広さと厚みのある手のひらは、不思議な温かさと柔らかさがあった。


「まずは自己紹介だな」

「ボクはナモミ!」

「俺、トハギ……」

「ナモミに、トハギだな。いい名前だ。親御さんに感謝だな」

「おじさんは?」


 少年に名を問われ、男はふむ、と一拍間を置いた。

 ただ名を言うだけに何を勿体付けるのかと訝しむや、巨漢のよく通る太い声が耳朶を震わした。


「ワシはタメエモン。そう名乗っておるよ」


 全裸の巨漢タメエモンは、そう言って自らの太鼓腹を平手で打つ。


 分厚い胴の肉が波打ち快音が森にこだまするのを、二人の少年は片や目を輝かせ、片や複雑な表情で見聞きするのだった。

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