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幻実記  作者: Silly
盗賊街編
9/49

Episode8 消えた相棒

 激しい頭痛と共に俺は目を覚ました。昨日の戦いでの傷跡が痛むものの、もぞもぞと布団から這い出る。朝日が窓から差し込んできていて部屋が明るくなっており、雨は止んで晴れたようだった。


 フィオが寝たと思われる布団は綺麗に畳んであり、彼女は部屋にいない。彼女の荷物もなくなっているし、一体どこに行ったんだろうか。妙な胸騒ぎがして、俺は全身装甲を素早く着込むと荷物をまとめて部屋を飛び出した。途中、この民宿の店主らしき年配の女性と廊下ですれ違い声をかけられた。


「あら、昨日の女の子のお連れさんか。そんなに急いでどうしたんだい?」


「彼女の行方を知りませんか? 姿が見当たらないんです」


「あの子なら早朝にあんたの分と合わせた宿代の支払いを済ませて出て行ったよ。なんだか急いでた様子だったけど喧嘩でもしたのかい」


「お世話になりました、それじゃ」


 くそっ、あいつ!


 昨夜の戦闘であの怪物の強さはお互い思い知らされたというのに、フィオはまさか単独で盗賊街に向かったんじゃなかろうか。彼女がそんな馬鹿な真似をするとは思わないが、酒の一件ようにまた無理を仕出かす可能性はある。そういえば、昨日寝る直前に見た彼女の瞳は酷く思いつめているように見えた。


 素直に言う事を聞いて寝るんじゃなかったと俺は強く後悔する。いくら戦闘能力の高いフィオとはいえ一人で動いては危険過ぎる。人には安静にしておくように言っておきながら当人はどうなってる。会って日は浅いが仲間と思っていたのに信用されていないと思うと悲しくなった。


 村で畑作業をしていた村民達に彼女の事を聞いて廻ってみても、行き先の大した手掛かりは得られなかった。少ない目撃情報によって導き出された答えは、彼女は村を一人で出ていったということ。一体あいつは何をするつもりなんだ。


 村を出て盗賊街に向かったものの、いくら歩いても荒原の殺風景な景色は変わらなかった。昨夜、怪物と交戦した時は暗かったのでその場所がどこだったのかは分からない。けれど、怪物に破壊された岩石の残骸はきっと残っている。雨に流されてしまって分からなくなっている可能性もあったが俺はそれに賭けた。


 フィオが昨日戦った場所にいるという自分の勘を信じて、俺は必死にそこを探した。道中、何度か少数の野盗に襲われたが昨夜の怪物との死闘を考えればその程度は苦にはならなかった。


俺は途中で休憩を何度か挟みながら日が暮れるまで荒野を歩き回った。けれど、一向に彼女は見つからず、不安は募るばかりだった。


 あれは?


 日が沈み黄昏時になって、俺はうつ伏せに倒れている黒いローブで身を包んだ男を見つけた。子供のように小柄で、全身に火傷したような跡と無数の痣や切り傷がある。明らかに盗賊の所業ではないと気付いた俺は、男を仰向けの体勢にして顔を確認する。その男は、やはりダウトだった。


 一応、脈はあるがかなりの重傷だ。こんな寒い中、雨曝あまざらしになっていたようで、服はびしょ濡れで身体は冷たい。てっきり、クタラの街に帰ったと思っていたが、火傷からしてあの怪物に襲われたのは間違いない。つまり、この男は俺達の前からいなくなった後も帰らず荒野にいたという事になる。一体、ダウトはここで何をしていたのか。


「おい、起きろ」


 事情を聞こうと顔を軽く叩いてみても反応はない。仕方なく、俺はダウトを担いで村に戻ることにした。村に医者がいるかどうかは分からないが、傷口に包帯を巻く程度の応急処置はできるだろう。どちらにせよ、このまま放置しては危険だ。


 結局、フィオの捜索どころではなくなってしまった。村へ戻る途中で辺りはすっかり暗くなってしまい、道もよく分からない。この辺りの土地勘もないのに所構わず歩き回ったのが間違いだった。今日中に村に辿り着けるだろうか。肩に背負っているダウトも未だ目を覚まさない。さすがに、一日中歩き続けたせいか相当疲れが溜まっていたようで、俺は地面に座り込んでしまった。


 デュランダルの手掛かりを得るどころか、怪物の返り討ちにあった挙句に唯一の仲間さえいなくなってしまい、自分の弱さを思い知った。忽然と姿を消した彼女への心配と安否への不安は増すばかりだ。今はただ、どうすることもできずに無事を祈るだけだ。……死ぬなよ、フィオ。


「おい、鎧」


 突然、子供っぽくて無愛想な声が背後から聞こえた。


「ようやく起きたのか、ダウト」


「これはどういう状況だ」


「お前が道端で倒れてたから助けてやったんだよ。あのまま放置したらお前死んでたぞ」


「そうか」


「随分と淡白だな。命の恩人に感謝の一つもないのかよ」


 あまりにも薄い反応だったので軽口を叩いてみたが、ダウトは無表情で「感謝する」と感情の篭っていない声で返すだけだった。最初に会った時から思っていたが、正直に言うと俺は掴みどころのないこの男が苦手だ。どうにもやり辛くて会話が詰まってしまう。


「それにしても、お前はどうしてあんなところに倒れていたんだ?」


「答える必要はないだろう」


 俺の言葉を軽く流すと、ダウトはポケットから煙草を取り出した。しかし、雨で紙巻は全て濡れて駄目になっていて火は点きそうにない。彼は面白くなさそうに煙草を投げ捨てると、自分の腰にぶら下げていた酒瓶に手を伸ばし、残り少なかった中身を一気に飲み干した。


「何か俺に知られると不都合な事でもあるのか?」


「情報は金だ。無償で提供する奴はいない」


「あんまり手間かけさせんなよ」


 ダウトのあんまりな言い方につい強い口調で返してしまった。だが、そんな俺はお構いなしにダウトは足を組んで踏ん反り返っている。フィオが見つからなかったこともあって、苛立ちが募りに募って俺は背負った長剣の柄に右手をかけた。すると、ダウトは目にも留まらぬ速さで懐から回転式拳銃リボルバーを取り出して、その銃口を俺の眉間に突きつけた。


「実力行使に出るというのなら俺にも考えがある」


「……チッ」


 仕方なく俺が右手を引っ込めると、ダウトも回転式拳銃を懐に仕舞った。合理的な上に腕も立つ情報屋とは、本当に面倒極まりない。


「奇人はどうした」


「知らないね。俺が目を覚ました時にはいなくなってた」


「役立たずは見限られたという事か」


「お前、いい加減に…」


 助けたのにも拘わらず言いたい放題のこの男への我慢が沸点に達してまた長剣の柄に手が伸びかけたが、夜闇に光る何かの姿が目に入ってやめた。その光を注視して、昨夜見た怪物のそれに酷似していることに気付いた俺は、思わず光っている場所に向かって走り出していた。


 暗闇を高速で動き回る発光物体。その正体はやはり、フィオを蹴り飛ばし俺を電撃で気絶させた昨夜の怪物だった。こちらに気付くと同時に怪物は猛スピードで突進してきた。俺はその攻撃をひらりとかわし、即座に長剣を持って身構えた。


 昨日の死闘で身を以って学んだように、接近し過ぎると怪物に蓄電されている電気を一気に放出されかねない。そんな攻撃をまともに受ければ耐えられずにまた気を失ってしまうだろう。だからといって、必殺の威力を持つ突進や角による連続突きを対処しなければならず、距離を置けばいいというわけではない。


 突破法を考える間も与えずに怪物は怒り狂ったような叫び声を上げながら急転換して大きな蹄で踏み潰してくる。首筋を狙って長剣で薙ぎ払うが、怪物はその攻撃を分かり切ったように首を丸めて角で俺の剣戟をいとも簡単に受け止めた。


 一筋縄でいく相手ではないのは分かっていたが、異常に発達した反射神経を持つ怪物に一撃入れる方法が俺には見つけられそうになかった。怪物が首を勢いよく左右に振ると、あまりの力に長剣を握っていられず遠くに弾き飛ばされてしまった。飛ばされた方に走って俺は唯一の武器を取りに向かうが、怪物がそんな隙だらけの状態を見逃す筈がない。


 背後からの角突きに反応できず、腹部が怪物の角で容易く貫かれた。宙に浮いた俺はゴミのように放られて、血を吐きながら地面に叩きつけられた。口は鉄の味がして、風穴を開けられた痛みに悶絶する。立ち上がろうと体を動かしても痛みが増すばかりで体は思ったように動いてくれなかった。半身が化け物になったとしても人はやっぱり人だ。人外の化け物の攻撃をもろに食らえばこの有様であり、あまりにも脆い。


 全身に雷を纏いながら怪物は体毛を更に光らせてとどめを刺そうと前脚を大きく振り上げた。この状態でその攻撃を受ければ無事では済まされない。俺には反撃をできるような気力も体力も残っていない。ただ、傷口を押さえるのに手一杯でなすがままになっている。


 諦めて俺が目を閉じようとしたその時、怪物の頭蓋を無数の銃弾が貫いた。予想外の銃撃に、怪物は悲鳴を上げながら後退りする。銃声のした方角では、ダウトが回転式拳銃を構えて悪戯っぽく笑っていた。間一髪のところで、不本意ながらあの男に助けられたようだった。


「これで借りはなしだ。次は助けないぜ」


 怪物がよろけている隙に、やっとの思いで近くに転がっていた長剣を杖のようにして俺は立ち上がった。


「ああ、感謝する」


 頭を撃たれた傷は大きかったようで、怪物は鬼の形相で俺達を睨むが、その足取りはおぼつかず先程と比べてかなり鈍くなっていた。脳を損傷した時点で普通の生物は即死するが、そんな状態でもまだ戦う意思があるというのはやはり化け物。だが、これなら深手を負った俺でも少しは戦える。腹に穴を開けられた程度では激痛が伴ってもそう簡単には死ぬ事はない。


「反撃開始、だな」

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