表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻実記  作者: Silly
盗賊街編
8/49

Episode7 敗北

 ぼんやりとした意識の中でジンと鹿の化け物との激しい攻防を感じていた私は、天をとどろかすような雷鳴の音ではっきりと目を覚ました。どうやら、化け物の足蹴りを背中に食らって少し気絶してしまったらしい。数々の化け物との戦いに明け暮れてきたというのに一撃で気を失ってしまうとは、あまりにも情けなくてため息が出る。


 それよりも、ジンはどうしたのか。私はすぐに立ち上がって雷鳴の聞こえた方に顔を向けた。そこには、全身に稲光いなびかりを纏う私の背中に蹴りをお見舞いした怪物が立っていた。後ろ足の斬られたような深い傷跡はジンの仕業だろうか。やはり、彼は戦闘の素質があると思う。私なんて最初は戦うことを何よりも怖がっていたというのにジンは最初から勇敢に戦っていたんだから。


 彼は化け物のすぐそばで仰向けに倒れていた。彼の身を包む鎧から煙が上がっている事から、化け物の電撃をもろに受けたらしい。全身を発光させていた事にに納得がいったものの、まさか化け物が雷をも操れるとは思わなかった。


 ジンが生きているかは分からない。でも、半分は怪物の彼がそう簡単に死ぬはずがない。気が付けば、ざあざあ降りの強い雨。こんなびっしょりと水に濡れた中で稲妻を纏った化け物と戦うのは自殺行為だ。退却する他に選択肢はなかった。幸いまだ怪物は私に気付いていないようだけど、鎧を着込んだジンを連れて、かつ化け物に気付かれずに素早く逃げるのは大して力のない私にとって至難の業だ。


 その時、近くから銃の発砲音が聞こえた。銃弾は化け物に向けられたもののようで、化け物は造作もなくそれを避けると銃声のした方へと駆けていく。誰だか知らないけれど化け物の気を引いてくれたのはありがたかった。逃げるなら今しかない。


 私はジンに近付いてその腕を肩に背負い、彼の足を引き摺るような形でゆっくりと歩き出した。ここからクタラの街へは離れているし、野盗に教われでもしたら手負いの彼をかばいいきれない。確か"盗賊街”を少し北に進んだところに小さな村があった筈だから、一旦、そこでジンの意識が回復するのを待つことにしよう。


 それにしても、こうやって倒れた仲間を背負いながら歩いていると、昔を思い出す。十年ほど前、私がまだ普通の考古学者で愉快な仲間達と遺跡巡りをしていた頃の事。あの頃の私はまだ考古学者に成り立ての新人で、ほとんどの仲間が年上だった。同い年の女の子が一人だけいたけど、その子は病弱で旅の途中で倒れ込んでしまって、大きな病院のある街に治療の為に置いてきてしまった。彼女は今は元気に生きているんだろうか。かつての仲間の安否すらも分からないなんて、なんだか寂しい気持ちになる。


 当時のあの選択が最善だったと私は思っている。彼女の病気は深刻ですぐにでも治療をしなければ死んでしまっていたかもしれない。そうだ。あの時も、他の仲間達が新発見した文献の研究で忙しい中で、倒れてしまった彼女を背負って二人だけで大きな病院のある街へ向かっていた。


 あの頃の私を取り巻いていた優しい仲間達は、今はもういない。なんだか嫌なことを思い出してしまった。


 過去に入り浸って勝手に憂鬱になっていると、道の先に村の家々の明かりが見えてきた。どうやら何事もなく無事に辿り着けたみたいだ。私は村の入り口で見張りをしていた村民に事情を説明して民宿に案内してもらい、その宿の一室でようやく一息ついた。


「そんな重そうな男を連れてよく頑張ったねえ。ゆっくり休みなさいな」


「ありがとうございます」


 村の人達が見知らぬ旅人を受け入れてくれる優しい人達で本当によかった。宿主のおばさんが部屋から出て行ったのを確認して、私は雨に濡れた服から部屋着に手早く着替えると、床に横たえたジンのかぶとを外した。目を閉じて厳しい顔をしているものの脈はしっかりしているし、命に別状はなさそうだった。


 あれほどの電撃を受けて無事にいるとはなんて丈夫な体なんだろう。顔の半分を覆う黒い鱗を見てもそれが何なのかか判別がつかない。数ある遺跡を巡って古代の文献を何百冊も目を通したけれど、一体、彼が何の遺伝子をデュランダルに植えつけられたのかは分からなかった。


 一つの結論に思い当たったが、それはあまりにも現実味のない事だ。私はすぐにその考えを頭の中で否定する。そうやって思考を巡らせている内にジンはどうやら目を覚ましたらしく、怪訝そうに私の顔を見つめていた。


「怪物はどうなったんだ?」


「勝ち目がなかったから逃げたよ。雨で体を濡らした中で君は化け物の雷撃を受けて気絶してしまったんだ。鎧がいくらかその雷を吸収してくれたようだからそこまで深い傷は負っていないようだけど今は安静にしてね」


「迷惑をかけてすまない。ここは?」


「荒原の近くの村だよ」


「そうか。あの怪物、尋常ではない反射神経に驚異的な脚力、おまけに雷まで操れるとは厄介極まりないな」


「うん。雨の日に決まって現れるのも自身の能力を最大限生かす為だったんだ」


「……あれも合成魔獣なんだよな」


「おそらく、ね。極めて高い凶暴性に色々な生物を合成したような異形。デュランダルの作り出した人工の怪物で間違いないと思う」


「奴を止めなければいつかこの村にも被害が出る。俺を化け物にしたそのデュランダルって男の手掛かりになるかもしれないし、なんとしても倒さないと」


「でも、今は一旦休まないと駄目」


 ジンが武器を持って立ち上がろうとするのを私は手で押さえた。今は動くべき時じゃない。お互いに傷を癒すのが先決だ。無理に戦いを挑んだところで、化け物の返り討ちに遭うのは火を見るより明らかだった。今の私達では絶対に勝てない。戦いにおもむくことが出来ないのをつまらなそうに、全身装甲を脱いで布団の上で胡坐あぐらをかいているジンが、ふと口を開いた。


「一つ聞いてもいいか?」


「構わないよ」


「どうして“毒”を使わなかったんだ?」


 予想外の質問だった。そういえば何故使わなかったのかと自分でも思う。でも、あの化け物に触れる事に本能的に身の危険を感じていた。すぐに決着をつけられる私の必殺技のようなものだけれど、怪物の帯電体質を知ってから考えると、あの状況で接触を試みたなら私は死んでいたかもしれない。


「勘かな。もし触れたとして化け物に致命傷を与えられても、私も雷を直に受けて全身火傷のだった。それに、そんな簡単に近付けるような相手じゃないってことは君も戦ったんだから分かるよね?」


「確かにその通りだ。俺も、斬り込む隙なんて微塵もなかった。変な事を聞いて悪い」


「大丈夫。ほら、怪我人は喋ってないで寝る」


「分かったよ、今日は休む。ありがとな」


 私に背中を押されるようにジンは布団に潜り込むとすぐに寝息を立て始めた。網戸から入ってくる秋風に吹かれて、雨に濡れた体はすっかり冷え込んでしまった。私も風邪を引いて参ってしまう前に肌寒い体を布団の中に潜り込ませた。隣で眠る彼の横顔を見て、何となく私は今日の出来事を振り返ってみる。


 盗賊街で野盗の集団に襲われた時のジンの戦いぶりはとても素人には思えなかった。私が拳銃を手にした頃は上手く扱えなくて必死に特訓をしたのを覚えている。愛用している今のものも三年ほど前に名の知れた武器職人から買った逸品で、その頃になってようやく狙い通りに的に当てられるようになった。棍棒や剣などの近接武器も軽くかじったけれど、非力な私には向かなかったから、女でも扱える拳銃の技術を磨いたんだ。


 正直なところ、彼もがたいのいい男ではないし、戦いに関しては私と同じような部類の人間だと思っていた。口には出さなかったけれど、ましてや長剣なんて扱いにくい武器を手に取るとは思わなかった。本人が意識していたかは分からない。でも、先の戦闘では彼はその持ち味を十分に生かした戦法をとっていた。


 出会った時にも感じたけど、その姿は私の昔の仲間であり仲間の中で最強の剣客だった“ジン”を髣髴ほうふつとさせた。だから、私は咄嗟に彼にジンという呼び名をつけたのかもしれない。彼は雰囲気がジンによく似ていたから。


 でも、本当のジンはもうこの世にはいない。いくら願ってもあの優しかった青年は帰ってこない。憎きデュランダルの顔が頭の中に浮かんだ。あの男は私達の全てを壊した。私自身の手であの男の息の根を絶対に止める。すでにこの手は汚れきっている。このけがれた身もろともあの狂人を地獄に落として、仲間達の無念を晴らす。そう、あの忌まわしい血塗られた夜に私は誓ったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ