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幻実記  作者: Silly
盗賊街編
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Episode6 初めての戦闘2

「何しに来たも何も、情報屋が情報の真偽を確かめるのは当然のことだろう」


 ダウトは肝が据わった男だった。こんな危険地帯に単身乗り込んでくるなんて真似は普通の情報屋にはできない。彼は慣れた手つきで煙草を咥えて火を点ける。だが、腰に引っ提げているウィスキーの瓶といい、その幼すぎる外見とあまりにも不似合いだった。


「嘘じゃないってどういうこと?」


 フィオが訊くと、ダウトはふぅーと煙を吐き出して遠くを見るような目で静かに答えた。


「情報の確実性が不明なのは俺も虫の居所が悪い。情報元には一つ貸しがあったから、強引に口を割らせた」


「で、情報は正しかったんだね」


「その通り。そして、光る怪物が目撃される時間帯は夜が多く、決まって雨の日に現れるらしい」


じきに夜になるし、今にも降り出しそうな空じゃないか。条件は揃ってる、最高にね」


 満面の笑みを浮かべるフィオはまるで獲物を前にした狩人のようだった。先ほどの派手に切った啖呵たんかといい、彼女は戦いを好んでいる節がある。もしかすると、俺が思っているよりも彼女は真面目で優しい人間ではないのかも。


「何人かの冒険者が興味本位で接近して犠牲になったという話だ。気を付けろ」


「わかった」


 フィオが頷くのを見るとダウトは用が済んだのか何も言わずにクタラの街の方へ歩き去っていった。神出鬼没な情報屋が、わざわざ情報の真偽を伝えにこんな危険地帯に来るなんて思いもしなかった。フィオが信用しているのも頷ける。意外にもダウトは義理堅い人間だったのだ。


 それから、黄昏の荒野を日が落ちて夜が来るまで俺達は歩き続けた。すると、やがてポツリポツリと雨が降り始めた。夜の帳が降りて、月の光も雨雲に隠れ、辺りは夜闇に包まれいてこれ以上探索を続けるのは無理そうだった。


「夜になったわけだけど、発光物体は現れるかな」


 フィオは腕を組みながら近くにあった人の背丈ほどの岩盤に寄っかかり、これから楽しいことが待っているかのように言った。


「さあな」


 俺も丁度いい大きさの小岩に腰掛けて答える。例の怪物が光を放つというのなら、実際に現れれば一目でわかる。俺は小腹を満たすのに干し肉を一枚口に放り込んだ。お互いに何も言わず暗い空を見上げて、少しの沈黙が流れる。それから、フィオは何か思い出したように口を開いた。


「雨といえば、雲魔の伝説は知ってる?」


「雲魔?」


「そう。雨の日の夜に現れては子供をさらって行くという雲に化けた悪魔。幾つかの古い文献にも記述されている」


「知らないな。だが、それがどうかしたのか?」


「偶然の一致かもしれないけれど例の怪物の話と似通った点が多いんだ。決まって雨の日に現れたり、光を放ちながら移動したり。子供の頃に祖母に聞かされて昔は怖がったものだけど、今になって考えると、実際にいるとしたらどんなものなのかと思ってね」


「雲に化けた悪魔なんかが実在した日にはこの世界は魔王にでも支配されてる。昔の人の見間違いか何かじゃないのか? 例の怪物は四本足で歩く獣だしな」


「得体の知れないものを人は自分の知識の中の何かで例えようとするでしょ? だから、もしかしたらそんな生物がいるのかもしれない」


「考古学者ってのは現実主義ってイメージがあったんだが、意外とオカルト関係も好きだったりするんだな」


「遺跡とか古代の資料を調べていると、そういった魑魅魍魎ちみもうりょうの類の記述に出くわすのも少なくはないからね。実際に見たことはないけれど、なんというか夢やロマンがあったりするとは思わない?」


「人の理解を超えたものってのは、俺には恐ろしい怪物にしか見えない」


「考え方は人それぞれだもんね」


「それにしても、どうしてフィオは考古学者になったんだ?」


 フィオは顎に人差し指を当てて考えるような素振りをすると、子供のように目を輝かせて言った。


「やっぱり、一番の理由は未知の領域の探求かな。小さい頃から好奇心旺盛だったから、好きを仕事にしたって気持ちがあるよ」


「最初に出会った時は出来る大人って印象を受けたが、案外、フィオにも子供っぽいところがあるんだな」


「まあね」


 そうして他愛もない話を続けていると、ふと、荒原の暗闇の中に一点の光が見えた。そしてその光は、どんどん大きくなっていく。


「どうやらお出ましのようだね」


 フィオは微笑を浮かべて拳銃を右手に構える。迫り来る怪物の気配を感じて、俺も長剣の柄を両手で強く握り締めた。


「こっちに近付いてきてるな。……速い!」


 発行物体の速度は尋常ではなく、最初は点のようにしか見えなかったのに、ほんの数秒で俺達の目前にまで接近してきていた。怪物のその全貌が光と共に明らかになる。それは筋骨隆々とした鹿の体に、一角を持った龍のような頭の怪物だった。全長五メートルはありそうな巨大な体躯を震わせて、耳をつんざくような咆哮を上げながら迫る怪物に背筋が凍りつく。


「左右に散って!」


 フィオの声で反射的に俺は地を蹴って左に飛んだ。直後、先ほどまで俺が座っていた小岩を破壊して怪物が高速で通過していく。あの激しい突進の直撃を受ければ骨の一本や二本は軽く持っていかれそうだ。


 どうやら光っているのは怪物の体毛のようだった。頭から尻尾にかけて背面を覆うような黄金の剛毛が光り輝いている。すぐさま怪物は猛突進をやめると、今度はフィオの方にその恐ろしい顔を向けた。稲妻がほとばしるような鋭い目で彼女を睨み付ける。


「何が彼を怒らせているかはわからないけど、問答無用って感じだね」


 怯むことなく彼女は拳銃の弾を数発か怪物の眉間に叩き込むが、そいつは頭を左右に揺らしてそれをいとも容易く避けてみせる。驚異的な反射神経に驚く間もなく、怪物はフィオを貫かんとその角を前方に向けて突進を始めた。あまりの速さに俺が妨害に入る隙もない。


 フィオは素早く身を地面に転がして怪物の直進をうまくかわす。だが、それを見通したようにそいつは前脚で急ブレーキをかけると、大きく後ろ足を振り上げてその鋼鉄のような黒い蹄を勢いよく彼女に振り下ろした。さすがに彼女もその動きは予想できなかったらしく、体を反らして致命傷は防いだが背中から蹴り飛ばされてしまった。


「フィオ!」


 かなりの距離を転がされた彼女に近付こうとするが、怪物は次に俺を標的に定めて何度も鋭い角で突いてくる。先ほど戦った盗賊の攻撃とは桁違いの威力だ。直撃を受ければいくら硬い鱗を持つ俺だからといって無事でいられるわけがない。長剣で真っ向から戦おうとしても、あまりに地力の差がありすぎる。今のところはただ怪物の攻撃を避け続けるしか俺には戦う方法がなかった。


「くそっ!」


 せっかくのデュランダルへの手掛かりになるかもしれないというのに、この化け物にそう易々と負けるわけにはいかない。フィオは未だに倒れていて動く気配がなかった。怪物は血走った目で俺を見下ろしながら狂ったように叫んでいる。こいつも合成魔獣のようだが森で会った奴より格段に強い。どうすればいいんだ……。


 止むことのない追撃は俺の体力を徐々に奪っていった。一撃が必殺の威力を持つ突きを避けるのに限界が近付いている。だが、怪物の体力は底なしだった。反撃する間もなく次の攻撃が来る。少しでも予備動作があればこちらも迎撃できるのだが、そんな隙は微塵もない。


「なら……」


 さっきフィオがしたように俺は怪物の攻撃を地面に転がって避けた。怪物は一瞬だけ不意を突かれたように目を見開いたが、そんな些細なことで動きを止めはしない。そして、そいつは俺を踏み潰そうと前脚を大きく振り上げた。


 狙い通りだ。巨大生物による踏みつけは威力が絶大だが、その攻撃の前に重心が一気に後ろに偏る。その溜め時を俺は狙った。滑り込むようにして長剣で怪物の後ろ足を薙ぎ払う。いくら怪物とはいえ、体の全てを支えている場所を斬られては立ってはいられない。想定外の攻撃に怪物は悲鳴を上げながら体勢を崩して倒れた。完全に後ろ足を刈り取ったわけではないものの、かなりの傷は与えられたようだった。


「いくら速くても自慢の足を斬られちゃあ上手くは動けないだろ」


 俺は素早く立ち上がって、とどめを刺そうと怪物の首に長剣を振り下ろした。だが、その一撃が届く前に、突然の全身への衝撃で俺は意識を失っていった。

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