Episode4 もう一つの一面
辺りはすっかり暗くなって、呼び込みをしていた露天商の数もかなり減っている。俺達は先ほど食事を済ませた宿の方に向かっていた。
まさか、フィオが相当な酒飲みだとは思わなかった。俺達は、軽く一杯飲もうと周辺の飲み屋に立ち寄った。そう、そこまではよかった。しかし、彼女は頼んだ麦酒を一口含んだかと思うとそのまま一気に飲み干したのだ。
何かに火がついたのか、それからのフィオは止まらなかった。俯いていたかと思ったら、いきなり度数の強い酒を頼んで水のように飲み始めたのだ。酔い覚ましの水も挟まずに彼女は二杯、三杯とグラスを空にすると、顔にはあまり出なかったが、目が完全に据わっていた。俺は危険を感じて会計をすぐに済ませ、彼女を店の外に連れ出したのだった。
大丈夫大丈夫と言いながら足をふらつかせるフィオを支えながら夜の街道を歩く。俺は彼女のおかげで酒を一杯も満足に飲めなかった。彼女の目は虚ろでどこを向いているのかも分からない。
「どうして、あんな無茶な飲み方をしたんだ?」
暫しの沈黙のあとに、彼女は俺の顔を見ずに静かに口を開いた。
「私のこと、変だと思う?」
「……別に」
確かに意外だとは思ったが、彼女と酒を酌み交わしたのは初めてだし、そんな一面もあるだろう。
「……実を言うと、女の一人旅って満足に酒に酔うこともできなくてね」
薄笑いを浮かべるフィオの顔は、その表情とは裏腹に悲しげだった。無理して作った笑顔のようで、どこか痛々しい。
「羽目を外してみたくなったんだろうね。私から誘っておいてジンには迷惑をかけたよ、すまない」
俺は、フィオを真面目なしっかり者だと思っていた。しかし、それは違う。彼女もまだ若いのだ、馬鹿の一つや二つしたい年頃なのだろう。だけれど、一人だった彼女はその感情を抑えて過ごしてきた。だから、仲間ができてその我慢の糸が切れたのかもしれない。
「ほら、着いたぞ」
何も言わずに頷くだけのフィオを横目で確認すると、宿に着いてすぐに俺はフロントから部屋の鍵をもらった。足のおぼつかない彼女を連れて階段を上がり、予約した部屋に入ると俺はすぐに彼女をベッドに寝かせて、近くの椅子に座り一息ついた。
彼女が重かったわけではないが、半日も慣れない全身装甲を着用していたこともあってか、さすがに疲れた。もう、フィオは意識があやふやでとても会話のできる状態ではない。酒も入っていることだし、体を洗うのは明日でもいいだろう。俺は全身装甲を脱いで部屋着に着替えると、フィオの隣にあるもう一つのベッドに仰向けに寝転んだ。
フィオと初めて会ったのはつい昨日のことなのに、彼女は安心したようにすやすやと眠っている。もしも俺が暴漢で、寝込みを襲いでもしたら完全に泥酔している彼女は一体どうするのだろう。そんな真似をするつもりはさらさらないのだが、無防備なフィオの寝姿を見ていると、ふとそんなことを考えてしまった。
「今なら私に何しても、目を瞑ってあげるよ」
フィオの甘ったるい声に俺はどきりとした。彼女はまさか俺の心を読む能力でも持っているのか。いや、そんな筈はない。彼女の方を見てみるとと焦点の合わない目でこちらに顔を向けてにやにやと笑っていた。まだ起きていたのか。出会った時の彼女の凛々しさとのギャップに俺は思わず噴出しそうになった。
「寝言は寝て言え。明日の早朝には"盗賊街”に行くんだろ」
酔っ払いのブラックジョークを必死に笑いを堪えながら聞き流して俺は強い口調で言い返す。こいつ、さっきよりも酔っているんじゃないか?
「しょうがないなあ」
もぞもぞと体を動かしフィオはうつ伏せになる。それから数秒後にはまたすやすやと寝息を立て始めた。今日わかったのは、彼女は本当に酒癖が悪いことだ。次に飲み屋に入った時は飲んだ酒の倍の水を飲ませよう。
俺も今日は色々なことがあって疲れが溜まったのか、瞼が重くなってきた。フィオが「ありがとう」と小さく呟いたような気がしたが、俺は押し寄せる眠気に身を任せて眠りについた。