Episode48 怨恨と思惑
大変遅れて申し訳ありません
「フィオ。そういえばあの時、アスタに何をしたんだ? 酷く奴は苦しんでいるように見えたが、毒の類か」
怪訝そうな表情でブランクがフィオに尋ねた。それもその筈、フィオがトリカブトの毒を体内に秘めていることを知らなければ、何をしたのか不思議で仕方ないだろう。しかし、彼女が毒を使用するのは俺も初めて見たが、予想以上に恐ろしい武器だ。あれほどの怪物をほんの数秒で動けなくさせるのだから。
「そうだよ。彼女を正攻法で倒すのは難しいと思ったからね」
「よくそんなものを持っていたな」
「まあね。旅をしていると自分より格上の相手と戦うのも少なくないから、奥の手として、一応ね」
鋭さを帯びたブランクの言葉に彼女は言い淀むことなく答えた。さすがフィオだ。これで不信感を抱かれることはないだろう。
「今も財団は姦計を巡らせているやもしれん。教会にこれ以上邪魔をされるのもごめんだ。……少しペースを早めるぞ」
厳しい顔で言うブランクに俺とフィオは頷いて、彼のあとに続いた。
一方、クリーチ教会大聖堂地下。瀕死のアスタを囲って立つ制裁の面々の間には険悪な雰囲気が流れていた。その中で、最初に口を開いたのは憤怒に顔を歪めたウィルバだった。
「アスタ、誰にやられた?」
「……金髪の女の人」
「その女は財団の刺客なの?」
そう尋ねるマリンにアスタは首を横に振る。
「旅人だよ……」
「じゃあ、どこぞの馬の骨ともわからない奴にお前がここまで追い詰められたってのか!?」
声を荒げ今にも暴れ出しそうなウィルバ。だが、マリンは彼に手の平を向ける。
「ウィルバ、落ち着いて。……毒を食らったようね。それもトリカブトの猛毒。幸い解毒剤はあるわ、助けられる。でも、妙ね。ただの旅人がどうやってアスタを……」
「もう一人、アスタと互角に渡り合うほどの人がいたんだ。その人に気を取られてる時に背後からその女の人がアスタの首筋に触れて……」
「素手か?」
「うん。確か、その時に女の人の体中に紫色の血管みたいなのが浮かび上がってた。……普通じゃないよ、あの人達。この先、アスタ達の障害になるかも」
「体内に毒腺……どうやらその女、私達制裁と同じように肉体改造を受けた人間のようね」
「障害になるようなら俺達でそいつらをぶちのめせばいいだけだ。な、隊長」
「そうね。とりあえず、私は医療班のところにアスタを連れて行くわ。その間にあなたはヤクシャをここに呼び出しておいて。作戦会議をするわよ」
「わかった」
快く頷くウィルバにマリンは最後に一瞥くれると、アスタを抱き上げてそのまま教会地下から出て行った。
「どこの誰だかは知らねえが、俺の仲間を傷付けて無事で済むと思うなよ……」
ウィルバは誰もいない部屋の中で、己の握り拳を見つめ、一人呟いた。彼の褐色の肌はいつの間にか豹柄に変貌していた。
一方、クリーチ教会大聖堂では、聖ミエルの描かれたステンドグラスの前でナイーラ枢機卿が一人、険しい表情で立ち尽くしていた。彼は考え込むように顎に親指を当てて暫く唸っていたが、やがて、ステンドグラスの方に目を向けた。
「聖ミエル様、謁見を許して頂けますでしょうか」
当然だが、ステンドグラスに描かれた聖ミエルは何も答えない。しかし、ナイーラは何らかの指示を受けたのか短く「はっ」と答えると、教会の右端にある壁に触れた。すると、突如、ナイーラの正面に存在しない筈の上階へと繋がる螺旋階段が現れ、彼は敬意を払うように一礼をして、ゆっくりと階段を登り始めた。そして、一切明かりのない螺旋階段を慣れた足捌きで簡単に登り終えると、最上階の扉の前でナイーラは立ち止まり、「失礼致します」と言って部屋に入ってすぐに片膝をついた。
「聖ミエル様。このナイーラ、貴女様の知恵をお貸し頂きたく参りました」
ナイーラが頭を垂れる先にあるのは、明かり一つない先の見えない暗闇だった。だが、その真っ黒な空間に、部屋全体を覆いつくすような邪気を放つ何者かが潜んでいた。常人であればすぐに気が狂ってしまいそうな場所だが、ナイーラにこれといった変化は見られない。
姿の見えない何者かは呻くような奇怪な声でナイーラに何かを言った。聞き取れるかどうかすら危うい小さな声だったが、ナイーラの耳にはしっかりと届いたようで、彼は顔を上げて感涙に咽びながら笑みを浮かべた。
「そのような手があったとは……私如きでは崇高なる貴女様の足元にも及びませぬ。やはり貴女様こそ、この大陸を治めるのに相応しい」
ナイーラの本心からの言葉を聞いて、何者かは満足そうに微笑んでいるようだった。そして、まともに聞き取れないような奇怪な声でまたナイーラに何か指示をすると、部屋の奥に気配を消した。
「仰せのままに。では、失礼致します」
ナイーラは立ち上がって最後に深々とお辞儀をすると、漆黒の闇に包まれた部屋をあとにした。




