Episode47 衝突
エイギリカを出てから約半月が経過した。内戦の激化もあってか何度も武装集団に襲われたが、ブランクの加勢もあってか特に苦労することなく退けられた。彼の強さには驚かされるばかりだ。左手に軍刀、右手に拳銃を持ち、正確無比な一撃で確実に相手を仕留める様は、思わず魅入られてしまった。この男が味方で本当に良かったと思う。敵に回していたらと考えると、フィオと二人掛かりで挑んだとしても倒せる自信はない。
特に会話もなくただ目的地へと歩き続ける中、日が落ちきってからブランクが口を開いた。
「距離としては、これでようやく半分といったところだろう」
「……含みのある言い方だね」
怪訝そうな表情でフィオが尋ねると、ブランクは相変わらず眉一つ動かさずに張り付いたような笑みで答える。
「ケピラス領が近付けば、より危険度は高まる。今までのような少人数だけが敵だと思わない方がいい。
運悪く軍隊と鉢合わせれば多勢に無勢、死は免れない」
「……今まで以上に気を引き締めておけ、そう言いたいわけだな」
ブランクは重々しく首を縦に振り、俺とフィオも真剣な眼差しで頷き返した。
「言った傍から、か」
そう言ってブランクは遠方を見据える。そこには、数えるのも嫌になるほどの大軍が押し寄せてきていた。前衛が掲げる旗に描かれているのは女神らしき女性。おそらくクリーチ教会の手の者だろう。
「走れ!」
ブランクの一声と同時に俺達は散開した。幸い、向こうはこちらに気付いていない。
一戦交えれば命はない。軍が通り過ぎるまでの一瞬、極度の緊張感で頬に玉の汗が浮かび上がる。遠くの草薮に隠れるフィオも固唾を飲んでそれを見送っていた。やがて、軍が見えなくなり、ようやく一息ついた。
「……行った、みたいだな」
「そのようだが……鼠が一匹、まだ残っている」
こちらに歩いてくるブランクが視線をやった方向には叢があるだけで人の気配はない。だが、彼はもうすでに拳銃のグリップに手をかけていた。合流したフィオも何を言っているのかわからないといった表情で首を傾げる。その次の瞬間、ブランクの見ていた場所から幼い少女が現れた。
「凄ぉい! 今まで団長くらいにしか気づかれたことなかったのに~」
「……子供がどうしてこんなところに?」
「侮るな、ジン。お前の敵うような相手じゃない」
ブランクの表情はいつになく険しく、すでに軍刀の柄に手を掛けていた。まさか、あの少女が彼の言っている鼠だというのか。
「お兄さん、アスタのことよくわかってるね。今日は遊びに来たんだ~」
「クリーチ教会……」
どうやら間違いないようだ。まだ幼い少女相手に気乗りしないが敵ならば戦うしかないか。俺も長剣を振り抜いて臨戦態勢に入る。アスタと名乗る少女はそれを見て年齢にそぐわない不気味な笑みを浮かべた。まるで、獲物を前にした蛇のような……。
「じゃ、早速いっくよー!」
何が起こったのか理解できなかった。「来るぞ!」とブランクの叫びが耳に届いた頃には、鎧の腹部が拉げ、俺の体は宙に浮いていた。アスタの放った正拳突きの胃の内容物が引っ掻き回されるような凄まじい衝撃に、思わず呻き声が口を衝いて出る。正面ではアスタが満面の笑みで吹っ飛ばされる俺を見ていた。予備動作すらなく、距離を詰められたことにすら気づかなかった。俺がもしも鎧を着ずに半身が化け物でなかったら、とうに死んでいただろう。
「ジン!」
地面に勢いよく叩きつけられた俺に駆け寄ろうとするフィオ。よせ、来るな。フィオですら危うい。この少女……アスタは人間じゃない。俺達と同じ……、いや俺達以上に化け物の力を使いこなしている。ブランクから釘を刺されたというのにまだ幼い少女だという先入観に囚われて警戒を怠っていた。だから、彼女の強さを実感した今ならよくわかる。フィオが今俺の方に近寄ってくれば、嬉々としてアスタは彼女を殺しに行く。
「次はお姉さんかな」
凄まじい速さでアスタの拳がフィオの顔に迫る。俺は全身の痛みに耐えることに精いっぱいで、その様を見ていることしかできなかった。
「そう好き勝手はさせないさ」
アスタの右腕がフィオに届くよりも先に、ブランクが横に入って軍刀を振り下ろした。アスタは直前にそれに気付いて上半身を反らしてそれをかわす。あと少しで右腕がなくなっているところだったというのに、彼女は何故か笑っていた。
「やっぱり、お兄さんだけは別格みたいだね~」
「光栄だな。噂に聞く教会暗部の手練れに実力を認められるとは」
「へ~アスタ達のこと知ってるんだ。ていうか、噂になってるの?」
「当然さ。クリーチ教会が布教をする裏で、邪魔な勢力を消している少人数精鋭の部隊がいる。だが、直接見た者は全員殺されているため目撃者は誰一人としていない。お前の異常な強さを見れば、その噂が頭に浮かんでもおかしくないさ。確か巷で呼ばれている名は……」
「制裁。我らが神、聖ミエル様に仇を成す輩に天罰を下すクリーチ教会最強の部隊。あーあ、そこまで知ってるんだったら殺さなきゃいけないじゃん」
残念そうに肩を竦めて見せるアスタ。その言葉と仕草とは裏腹に、彼女は殺意を剥き出しにしたどこか楽しげな笑みでブランクのことを見上げていた。
「……え?」
アスタの首筋にフィオの手が置かれていた。彼女の手には紫色の毒腺が浮かび上がっている。一瞬にして生物を死に至らしめるトリカブトの猛毒。
「何……したの……?」
息苦しそうに胸を押さえて膝から崩れ落ちるアスタ。止めとばかりにフィオは冷たい眼差しで銃口を彼女の後頭部に向ける。
「やめろ!」
咄嗟に俺はフィオを突き飛ばした。辺りを見回してみると、もうアスタの姿はない。ブランクが引きつった笑みを浮かべてこちらに近付いてきた。
「おい、ジン。どういうつもりだ」
「そうだよ。どうして彼女を庇ったりしたの? ここで仕留め損ねたらまた襲われるかもしれないんだよ?」
「……すまない」
どうして、敵である筈のアスタを助けたのか。当人である俺にすらわからない。ただ、目の前で幼い少女が散る姿を二度も見たくなかった。ナタリアのように、何の救いもなく死んでいく様を見るのはもう嫌だ。
「とりあえず、ここから離れるぞ。新手が来ては面倒だ」
「……わかった」
ブランクに促され、俺はアスタに殴られた腹部を押さえながら歩き出した。ケピラスへの道はまだ遠い。




