Episode45 クリーチ教会
場所は変わってクリーチ教会大聖堂。煌びやかなクロークを身に纏った気難しそうな雰囲気の年配の男性の面前で、シスターの格好をした一人の若い女性が跪いて頭を垂れていた。
「制裁によるウェイル王の暗殺に成功しました。枢機卿様」
実質、教会の頂点に君臨する枢機卿と呼ばれる年配の男、ナイーラは彼女からの報告を受けて表情一つ変えずに「うむ」と答えた。その言い方には彼独特の重みがあり、まるで彼が厳かな空気に包まれる大聖堂そのもののようだった。女性は報告を続ける。
「ウェイル軍と我が軍との対局も、国王亡き今では我が軍が優勢です。このまま勢いに任せて潰してしまっても良いかと」
しかし、ナイーラは首を縦には振らなかった。眉間に皺を寄せて、人を容易く射殺すような鋭い眼光で女性を睨み付ける。
「それは早計に過ぎるぞ、マリン。現在、我々が交戦しているのがウェイルだけでなく、アギア財団もいるということを忘れるな」
彼の口から放たれる強い指摘を受けて、マリンと呼ばれた女性は弾かれたように深く頭を下げて許しを請う。
「は、申し訳ありません。私如きが出過ぎたことを……」
「良い。貴様の考えにも一理ある。しかし、今、財団は不気味なほどに沈黙を保っている。次に何をしてくるのか全く分からないのだ。ウェイルに人材を割き過ぎれば、奴らに隙を見せることになる。そこを叩かれてしまえば、我々も此度のウェイルのように頭を潰されて壊滅しかねない」
「私めにはそこまで考えが及びませんでした……重ね重ねお詫び申し上げます」
「マリン、良いと言っているであろう。私も貴様の尽力には感謝している。引き続き、制裁の指揮を任せるぞ。我らが神……聖ミエル様の信仰を更に広げ深めるのには貴様のような優秀な存在が不可欠だ」
「もったいない御言葉、光栄の至りです! このマリン、聖ミエル様、枢機卿様のためにこれからも努めて参ります!」
感極まって大粒の涙を流し、マリンはナイーラに恭しく頭を下げる。
「下がって良いぞ、マリン。貴様の忠誠心の高さには度々感服する。我ら互いに教会の人柱となりて、ミエル様の矛となり盾となろうぞ」
「は! 失礼致します」
マリンはその異常なまでの忠誠心を以って返事をすると、瞬く間にその場から姿を消した。一人大聖堂に立ち尽くすナイーラは、大聖堂の最奥の中央に掲げられたステンドグラスを静かに見上げた。
「聖ミエル様……一体、財団は何を考えているのでしょうか?」
ステンドグラスに描かれた一人の女性……ナイーラらが聖ミエルと呼び敬う信仰の象徴。その女性は両手を開いて高く上げ、その先には一対になる光と闇が浮かび上がっていた。
「……先ほどの彼女、大した忠誠心ですね、枢機卿殿」
大聖堂の厳かな雰囲気にはあまりにも似つかわしくない男の声が、部屋中に響き渡った。だが、その無礼に目くじら一つ立てず、ナイーラは柔和な笑みを浮かべて声の主の方に振り返る。
「これはこれは先生。姿をお見せになったのであれば、もっと早くお声を掛けて下されば良いものを」
「俺はこの教会に滞在させて頂いている身、気遣い痛み入りますがけっこうですよ」
そう答えたのは血のように赤く染まる外套を羽織り、この大聖堂では憚られるような鬼を模した面を被った一人の男だった。
「だが、先生のお力なくして今回のウェイル王暗殺成功は成されなかった。我らは貴方様に心から感謝しているのです」
ナイーラは自らが先生と呼ぶ仮面の男に向けて、心の底から礼を込めたお辞儀をする。
「顔をお上げ下さい、枢機卿殿。我々の目指すのはやり方は違えど“世界平和”。つまり、俺達は同志です。俺の力が役に立つというのなら、同志には喜んでお貸ししますよ」
「その言葉、感謝致しまする。世界平和……それを成す為にも私も力を尽くさねばなりませんな」
「ええ。人々の助け合いこそが世界平和の一歩ですから」
「うむ、その通りです」
「俺達がこの世界を照らす太陽の光となりますように……」
独りごちるかのように話す仮面の男は自分の左手の甲、太陽を象ったトライバルの刺青を静かに見つめていた。仮面の奥から覗く朱色の瞳は底知れない暗い感情を帯びていて、決して世界平和を望んでいるようには見えない。だが、卓越した人を見る目を持つ枢機卿ですらそのことに気付くことはできなかった。




