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幻実記  作者: Silly
城下街ウェイル偏
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Episode39 回復

 怪我が響いてブランクのところに行くのに随分と時間が掛かってしまった。彼の元に到着した頃にはすでに日が昇り始めていた。


「無事だったか、ブランクさん」


 ブランクは南の城門から入ってすぐのところに立ち尽くしていた。どうやら凄まじい戦いのあとのようで、彼は疲れきった様子で手を振ってみせた。


「ジンか。私は無事だが、ご覧の通り、南は壊滅状態だよ」


 南も西と同じく酷い惨状だった。吐き気を催すような濃い血の臭いが辺り一体を覆い尽くしている。


「そのようだな……。何があった? やはり、あの子供の化け物か?」


「それもある。だが、私が今まで戦っていたのは君の言っていた仮面の男だ。夕時は信じなくて悪かったな。現実として叩きつけられた今、あれも刺客と考えていいだろう」


 仮面の男は俺から離れてすぐに南に向かったのか? 何故、ブランクを襲う必要がある? 今は分からないことが多すぎる。あの冒険者の話を聞いたあとではブランクのことも完全に信用はできないし、あの男が俺を助けたことはここで話すのはやめておこう。


「あんたもあの奇妙な体験をしたんだろ?」


「確かに、音はなかったよ。嫌なものだな、いつもあるものがなくなるってのは」


 口元は相変わらず笑ったままだが、苦虫を噛み潰したような表情でブランクは言う。それから、はっと思い出したように彼は目を見開いた。


「早急にウェイル王の安否の確認しないといけない。もう手遅れかもしれないが……」


「とにかく、行ってみよう。俺は右脚がこんなだからあとから遅れて行く。ブランクさんは先に行っててくれ」


「いや、万が一刺客が潜んでいた場合、今の君では足手まといになるだけだ。直接病院に行ってしまって構わない。君の連れのいるところなら明け方から入れる筈だ」


「分かった……」


 役立たず、と言われてしまったようで傷付くが、彼の言っていることは最もだ。ここは素直に従っておこう。彼が城内に入っていくのを見届けて、俺はフィオのいる病院へと歩き出した。


 病院に着いてから真っ先にフィオの病室に向かった。


「フィオ!」


 ちょうど彼女は意識を取り戻したばかりのようで、俺が病室に入ってきたのを見ると、力なく微笑んでいた。


「心配かけたみたいだね、ごめん」


「フィオが謝ることは何もないよ。俺の方こそすまなかった。怪我の具合はどうだ?」


「大丈夫。まだ背中の傷は痛むけど、立つことぐらいはできるよ」


 そう言ってベッドから出ようとする彼女を俺は慌てて制止する。


「今はまだゆっくり休んでいてくれ」


「……ありがとう。どうやら、君も手酷くやられたみたいだね」


 彼女の視線の先には俺のボロボロの全身装甲と動かない右脚があった。


「刺客と一戦あってな、フィオに比べれば大事ない」


「そっか、何より無事で良かったよ」


「それはこっちの台詞だ。……単刀直入に訊くが、誰にやられた?」


 少なくとも、俺を襲った少年の化け物ではない。あれが使っていたのは鈍器で、フィオに付けられた傷は刃物によるものだ。彼女は考えるように口元に人差し指を当てると、神妙な面持ちで答えた。


「……ジンと別れたあの日の夕方に仮面を被った不審な人物を見掛けて追いかけたんだ。私としたことが、追跡に夢中になって、周囲の音が一切聞こえなくなっていたことが分からなかった。気が付いた時には私自身の声すらも出なくなっていた。そして、一番印象に残っているのは、その人物が仮面を外してみせて、その顔が一部を除いて君と瓜二つだったこと。私もその時は驚きのあまり固まってしまって……その隙を突かれて切り付けられたんだろうね。倒れ込んだ私を冷たく見下ろす彼を見たのが、気を失う前の最後の記憶だよ」


「そいつは紫色の外套を羽織っていたか?」


「うん、そうだよ。よく分かったね」


 あの仮面の男がこの街で俺の前に現れた時点で薄々勘付いていたが、やはり彼女を襲ったのはあいつだった。仲間を傷付けた奴が目と鼻の先にいたというのに、地面に這い蹲っていることしかできなかった俺が情けなくなる。でも、何故あいつはフィオを傷付けたんだ? 俺を助けた理由も不明だ。ブランクを襲ったことといい、あの仮面の男には謎が多過ぎる。


「ジン?」


「……ああ、すまない。考え事をしていた」


「今の私が訊いたところで何もできないだろうし、いいよ。とにかく、一人で無理はしないでね。やっぱり私はあと数日は動けそうにないから……」


「分かってる。フィオは怪我の治療に専念してくれ。俺は半分が化け物だからな。この体を見られてはまずいし、宿に戻って自然回復を待つよ」


「そう……」


「明日また様子を見に来るが、何か必要なものがあれば今買ってこようか?」


「ううん、今のところはないよ。ありがとう。……くれぐれも慎重にね」


「留意した。じゃあ、そろそろ俺は行くよ」


「うん、また明日」


「ああ、また明日」


 フィオに別れを告げて、俺は踵を返し病室をあとにした。彼女は努めて笑みを浮かべていたが顔色の悪さは隠せない。傷に触ると思ったので手短に話は済ませた。諸々の話は彼女がある程度調子を取り戻してからの方がいいだろう。だが、別れ際に彼女が心細そうな顔をしていたのが頭を過ぎって、少し胸が痛んだ。

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