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幻実記  作者: Silly
盗賊街編
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Episode3 クタラの街

 森を抜けて、俺とフィオは最寄りの街のクタラに向かって歩いていた。空は青く澄んで、心地の良い風が吹いている。最初の目的は全身装甲を手に入れることだった。外套を着込んでいるとはいえ、万が一、本当の姿を見られて街中がパニックになるのはなるべく避けたい。


 ずた袋の中に金貨が何枚か見つかったので金銭的な面では当分問題なさそうだったが、それでも不安が残る。フィオが俺を横目で見ながら「もう着くよ」と言ったので黙って頷いた。

 

 目の前に見えてきた小洒落た街の門を潜って、まず最初に目に入ったのは大通りの両端に所狭しと並ぶ露天商達だった。どの露天商も呼び込みを行なっているもののかなり賑わっているようで客が絶えず溢れている。


「見ての通りこの街は商業が盛んでね。お客と一緒に各地の情報も流れ込んでくるから情報屋も数多くいるんだ。ただし、スリも多いから気を付けてね。ジンのお金が盗まれても負担はしてあげないよ」


「わかってるよ」


 フィオともだいぶ打ち解けてきたようだ。冗談交じりの会話をしつつ俺達は路地に入っていく。

彼女が先導してくれているので今は問題ないが、もし俺が一人で歩いていたとしたら間違いなく迷っていただろう。フィオには感謝と同時にその手際の良さに感心する。


 何度か路地を曲がって歩いていくと、やがて黒い暖簾のれんの下りた店に着いた。店の中は見えず、辺りに人の気配もないので随分と古惚ふるぼけけた印象を与える。


「この辺りでは一番武具の質が良い店なんだ。さぁ、入ろう」


 フィオはそう言って俺を一瞥すると、店の中に入っていった。古臭くてとても上等な物が売っている店には思えない。だが、彼女が一番と言うのだから間違いないだろうと信じて俺は後に続いた。


 店に入ってすぐに目に入ったのは勘定台の奥に座る目つきの悪い老人だった。俺の顔も見ずに「いらっしゃい」とだけ言って煙草をくゆらせているところを見るとここの店主なのだろう。


 店自体は外観と比べて案外広く、床に並べられた珍しい形をした暖色の照明が独特な雰囲気を醸し出している。


「こっちだよ」


 声のする方を向くとフィオが手招していたので俺は彼女の所に向かった。


 店主の態度の悪さは置いておいて、この店に陳列されている鎧や兜、武器の数々を歩きながら眺めてみる。それは、そういった方面の知識がない俺の目からしてもかなりの上物に映り、やはりフィオの言っていたことは正しかったと確信する。


「どう、気に入ってくれた?」


「ああ、どの武具も丹念に磨き上げられていて輝いている。それに、どれも素材が良さそうだ」


「でしょ。それで、ジンに勧めたいのはこれ」


 フィオが指差したのは漆黒の全身装甲だった。無駄な装飾がなく機能的で、それでいてバランスの取れた美しい形状だ。大きさも俺の体格に合っていて肩に生えた突起物も上手く隠せそうだった。値は張るかもしれないが、これ程の逸品ならば文句はない。


「気に入った」


 「毎度あり」と言ってまた煙草を咥えて吸い出した店主を冷ややかな目で見ながら会計を済ませて俺とフィオは店を後にした。一枚で一ヶ月は食べていける額の金貨を二枚という思った以上の値段だったが、それだけの品だと思えば大して損した気分にはならない。


 早速、全身装甲を着てみると思った以上に軽いことに驚く。それでいて素材は頑丈で生半可な剣戟けんげきでは傷付きそうにない。もののついでで金貨一枚で買った長剣もやはり軽く、それでいてしっかりとした厚みがある上等な品だ。


「これで買い物は済んだね。それじゃあ次は宿に宿泊の予約をしに行こう。そこに私の知り合いの情報屋もいると思うし、夜には他の旅人も来て混雑するからさ」


「わかった。もう昼になるが食事はどうする?」


「その宿は食堂も兼ねているから大丈夫だよ。味の方も保障する」


 フィオの言葉が間違いないことは先ほどの武具屋で証明されたので、俺は黙って頷くと彼女の隣に並ぶようにして歩き出した。


 大通りに出て、街の入り口から見て奥の方にしばらく歩いていくとその宿は見つかった。酒場のような賑やかな喧騒が宿屋の中から聞こえてくる。


 入ってすぐに受付で宿泊の予約を済ませると、俺達は受付と繋がっている食堂の方に向かい、空いている椅子に向かい合わせにして座った。昼間なのに食堂内の他の客の数は思った以上に多く、俺とフィオが座った席を除くとほとんどの席が旅人らしき酔っ払い達で埋まっていた。


「随分と賑やかだな」


「この街には宿が一つしかないから結局みんなここに集まるんだよ」


 フィオは左右に首を振って周りを見渡すと、やがて俺の方に向き直った。


「例の情報屋か?」


「そう。でも、姿が見えないって事は、また情報収集にでも行っているんだろうね」


「情報屋も大変だな」


「まあね。じゃあ、先に食事にしよっか」


 メニューを開いて料理の数々を見る。どれもわからない名前のものばかりで、俺は自分が記憶を失っていることを改めて痛感した。ふと、“カレー”という料理名が目に入る。それはどこか懐かしさを感じさせる響きだった。


「頼むものは決まった?」


「ああ」


 俺は直感に任せて、フィオが呼んだ店の若い女給にそのカレーという料理と、お冷を頼んだのだった。彼女は緑茶と、俺と同じカレーを頼んでいた。彼女は興味深そうに俺の目を見ながら微笑んで言った。


「ジンって辛いもの好きなんだね」


「カレーって辛いのか?」


「え、君、まさか知らないのに頼んだの?」


「ああ、そうだが」


 俺はそもそもカレーの味を覚えていないしその見た目すら想像も付かないのだ。彼女の驚いた顔にどう返答した方がいいのか分からなかった。


「……まあ、しょうがないか。ここのカレーは私も気に入っているけど、街でもけっこう辛いと評判だから気をつけてね」


「そうか、心得ておく事にしよう」


 呆れ顔で言うフィオに適当に相槌を打つが、実際のところどんな料理か見当も付かないので、警戒のしようもない。とりあえず辛いから気を付けろということだけはわかったので、俺は期待と不安を同時に心に抱きながら料理を待つことにした。


 それから数分して、その"カレー”という料理が俺とフィオの目の前に置かれた。女給が簡素な料理の説明を残して立ち去り、俺はひたすらカレーと睨めっこしていた。


 一体どんな材料で出来ているんだ。そう思わせざるを得ないおおよそ食べ物とは見えない見た目をしていたカレーに何も言葉が出ない。白米の上に盛られた茶色のドロドロの液体。例えるなら……。


「ねえ、食事中なのに変なこと言わないでくれるかな」


 フィオは俺を睨んだように見据えて鋭い口調で言った。彼女は心を読む能力でも持っているのだろうか。


「まだ何も言っていないんだが」


「でも、言いかけたよね」


 沈黙で俺はその言葉を肯定する。確かに、食事の前に言うような言葉ではないし、何よりまだ食べてもいない料理に失礼ではないか。


 フィオは俺から目線を外して料理の方に向け「いただきます」と手を合わせスプーンを使って器用に食べ始める。彼女が食べているならきっと大丈夫だ。俺は、兜の口部の部分を上げ、意を決してスプーンですくい上げるようにしてカレーを口にした。


「どう? カレーの味は」


 俺はあまりの驚きでフィオの質問に答える余裕がなかった。この液体は口内全体が痺れてしまうほど辛い。だが、それは米と絡まりあう事でより食欲を掻き立てるものとなった。そして、カレーには辛さだけではなくどこまでも後味の残るコクがあり、これならいくら米があっても足りないのではないかと思えてしまった。これは、本当に美味しい。


「美味しかったみたいだね」


「ああ、とても美味い。しかし、この味どこかで……」


 どこか懐かしさを感じさせる味。この不思議な気持ちの正体が分かる時には、俺は記憶を取り戻しているのだろうか。だが、今の俺にはどうしても記憶が戻りそうになかった。思い出そうとしてもあと一歩で煙に巻かれるような、変な気分だ。


「いつかは思い出せるよ。まだ時間はいくらでもある。焦らずゆっくりと取り戻していけばいい」


「……そうだな」


 結局、予想以上に美味だったカレーを俺はあっという間に食べてしまった。フィオが食べ終わるのを待つ間、周りの人間を観察してみる。俺のような全身装甲を着用した者もいれば、おおよそ旅人とは思えない軽装の者もいる。ここにはどうやら街の人間も食べに来るようだった。


 ふと、近くのテーブルに座っていた客と目が合った。フードを深く被っていて口元ぐらいしか見えないが、背丈が低くて子供のように見える。その客はウイスキーのロックをちびちびと飲みながら、俺からフィオの方に視線を移すと、立ち上がってこちらに近付いて来た。


 はっきりした足取りで歩いてくるので酔ったわけではなさそうだ。両の手にも刃物のような凶器は見られないので現状は危険性もない。だが、その全身を覆うような黒衣に不穏な空気を感じた俺は、その客に短く、かつ威圧を含めた声色で言った。


「俺達に何か用か」


 しかし、客は俺の言葉を無視して俺達の座ったテーブルの前で立ち止まった。フィオもようやくその存在に気付いてその客の方を見上げると、そいつは突然に口を開いた。


「生きていたか、奇人」


 フードをとって素顔を晒す。その顔は人形のように綺麗に整っていて、成人には見えないほどの童顔だった。フィオはその顔に見覚えがあるようで、カレーを掻きこむように食べ終えると、微笑みながらそれに答えた。


「うん、残念ながら君の予想は外れたね。ダウト」


 ダウト? フィオに話し掛けた少年の名前だろうか。明らかな偽名、まさに嘘だ。フィオが状況をよく把握できていない俺に気付き、目の前のその少年のことを説明してくれた。


「紹介が遅れたね、この人が私に迷いの森の怪物のことを教えてくれた情報屋、ダウトだよ」


 どうやら少年が例の情報屋だったらしい。もっと胡散臭い年配の男を想像していたが、その予想は大きく外れた。その後、怪訝そうに俺の顔を見る少年にフィオは簡単に説明をしてくれた。もちろん、俺の本性の事は伏せてあるが。


「では、迷いの森でそこの鎧が襲われていたところを奇人が助け、それから現在に至ると」


 ほぼ出任せででっち上げた俺の身の上に、ダウトは疑念を抱いているようだったが、特に口を挟む様子はなかった。


 おそらく、奇人というのがフィオのことで鎧は俺を指しているのだろう。馬鹿にされているようであまりいい気はしないが、フィオの手前そこは抑えることにする。


「それで、また怪物の情報を聞きに来たのか」


「そういうこと」


「確実性がないものなら一つ」


「構わない」


「……銀貨三枚」


「買った」


 俺はフィオと情報屋の淡々とした会話をただ呆然と眺めていた。やはり彼女はこういった手合いに慣れた様子で、上手く話を進めていく。彼女が財布から金を取り出してダウトに渡すと、彼は化け物についての情報を静かに語りだした。


「この街から北西に行った先にある荒原、通称“盗賊街”と呼ばれる場所で巨大生物の目撃情報が入っている。目撃者によると、その生物は四本足で歩き、全身が発光していたそうだ。ただ、“盗賊街”はその名の通り、物取りが多い。情報も確実な筋から得たものじゃないし、人の好奇心を利用した、盗賊の仕掛けた罠という可能性もある」


 フィオが、このダウトという少年を信用している理由が少しだけわかった気がする。俺は、情報屋と聞いて彼を人間味のない守銭奴だとばかり思っていたが、それは違った。


 情報の確実性、及び危険性までもを提示して金銭と引き換えに伝える。彼はその幼い見た目と反して、立派な情報屋だった。


「ありがとう。でも、危険だとしても私達は行くよ。だよね、ジン」


 強い意思のこもったフィオの瞳にじっと見据えられ、俺は躊躇ためらいなく頷いた。俺達を化け物に変えたデュランダルという男の手掛かりを得るためには、多少の危険は犯すしかないだろう。


「生きていたのなら。また、ここに来い。その時には新しいものを仕入れておこう」


 そう言うと、ダウトは人混みに紛れて消えていった。情報屋とは皆そういうものなのかもしれないが、全く掴みどころのない男だ。あの少年のような外見といい、人形のように表情のない顔といいどこか不思議でいて不気味である。


「変わっているだろう、彼」


 俺の気持ちを見透かしたように、フィオは緑茶を飲みながら言った。俺は「ああ」と相槌を打つ。


「不老。おそらく、それがダウトの外見と内面の不一致の理由だよ」


「どういう意味だ?」


 言葉自体は知っているものの、それが実在するとは聞いたことがない。あの少年への謎は深まるばかりだ。


「簡単に説明すると、肉体は一切成長しなくなり、精神だけが老いて蝕まれていくという一種の呪いさ。情報屋をやっている人間は恨みを買いやすい。ここまで言えばおおよその察しはつくだろう?」


「なんとなくはな」


 誰かの恨みを買ったダウトは不老の呪いをかけられ、あの少年のような姿のままで一生を過ごすことを余儀なくされた。何とかしてやりたいと思わなくはないが、過去も知りもしない俺が出しゃばるのはおせっかいもはなはだしいだろう。


「君の身の安全のためにも、あまり深入りしない方がいいよ」


 釘を刺すような彼女の一言に俺は言葉が出なかった。軽はずみな行動はつつしめ、か。


「明日には"盗賊街”に向かおう。この街に長居する必要もないからね。さて、食事も済ませたことだし、腹ごなしに街でも廻ろうか」


「了解」


 宿の食堂を出ると、暖かい光を感じてふと俺は上を向く。赤みがかった空に、黄金色こがねいろに輝く夕日があった。


「黄昏は、私がこの世で一番好きな景色なんだ」


 ほうけたように空を見つめながらフィオは言う。


「確かに、綺麗だな」


 黄昏を見る彼女の瞳に潜む暗い影にただならぬ何かを感じて、世界一は大げさかもしれないが、という一言を俺は堪えた。彼女なりにこの光景に思うところがあるのだろう。


「どうかした?」


 フィオが不思議そうに首を傾げて尋ねるのを、俺は手を振って「なんでもない」と誤魔化ごまかしたのだった。

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