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幻実記  作者: Silly
城下街ウェイル偏
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Episode37 現れた刺客

 無我夢中でウェイル内を奔走したものの、結局、大した情報は得られなかった。フィオの存在の大きさを身で以って思い知らされる。彼女が目を覚ました時にはこの間の件の謝罪も含めて、日頃の感謝を言わせてもらいたい。


 日も暮れて黄昏時を迎えた頃、俺は疲れきった状態で宿に戻った。これから夜通し警備があるというのにろくに睡眠もとっていない。すでにブランクは到着しており、俺が宿に入ってきたのを見止めると、相変わらずの薄笑いですぐに近寄ってきた。向かい合って席に着くと、彼は喜々とした表情で口を開いた。まるで、この緊迫した状況を楽しんでいるかのようだ。


「では、報告会といこうじゃないか」


「申し訳ないが、俺は何も得られなかった」


「別に構わんさ。こちらで、ある程度の情報は掴めた。ただ……」


「ただ?」


「……刺客は二人いる」


「何だと?」


 王室の人間やフィオを背後から切り付けた犯人の他に、もう一人刺客がいるというのか? ブランクは首を縦に振った。


「財団と教会から一人ずつ。各勢力が示し合わせたわけでもなく、単なる偶然だそうだ。残念ながら、相当厳重に守られているようで、刺客の正体については何も分からなかった。今、事件を起こしているのがどちらの手の者かは不明だ」


「そうか……」


「ウェイル城の警備、今夜はどこを見張れと命じられた?」


「昨夜と引き続き、西だな」


「私は南だ。妙な胸騒ぎがする。警戒を怠るなよ。何か見掛けても決して深追いはするな」


「分かった」


 俺が頷いたのを確認すると、ブランクは「では、お互いの無事を祈るとしよう」と芝居めいたことを言って、その場を立ち去った。


 部屋で仮眠をとっているとやがて警備の時間が来て、他の西側を警備する者達とともに徴集された。

街を流れる陰鬱な雰囲気のせいか、皆の表情は暗い。ブランクに言われた「深追いはするな」という言葉を頭の中で反復する。今宵、何かが起こる。俺は気を引き締め直して定位置についた。


「なあ、そこの黒いの」


 警備が始まって小一時間ほど経った頃、突然、隣に立っている若い冒険者の男が口を開いた。どうやら俺に話し掛けているつもりらしい。漆黒の全身装甲を身に纏ってはいるが、黒いのなんて呼ばれる謂れはない。


「俺に言っているのか?」


「あんた以外黒いのなんていねえだろ」


 さも不機嫌そうに若い男は答えた。傲慢な態度と投げ槍な言い方に腹が立った俺は、やや強い口調で返答する。


「俺に何か用か?」


「いや、あの、あれだ」


 凄んだのが効いたのか、若い男はしどろもどろになって言う。


「あんた、あの死神とつるんでるだろ? なんであんな奴と一緒にいるのか気になったんだよ」


「死神?」


 どうやらブランクのことを言っているようだ。若い男は何度も頷いてみせる。


「そう、死神! あの黒尽くめの男の通り名さ! あんたもさして変わらんが、あんまりアレと関わるのはやめた方がいい。宿にいる皆がアレを避けてるのを見たろ?」


 男の言っている通り、昨日の宿の食堂では他の旅人や冒険者達が意図的にブランクを避けているように見えた。だが、何故? 


「他の旅人や冒険者がブランクを避ける理由は何だ?」


「それは……」


 若い男は答え終わる前に、上空から振り下ろされた物体によってぺしゃんこに潰されていた。異常事態に理解が追い付かない。


「次、そこの鎧、潰ス」


 男をいとも簡単に潰した物体が、次は俺の頭上から振り下ろされる。すぐに俺は冷静さを取り戻して後方へ跳躍した。刹那、俺の立っていた石畳の床が粉砕され、小さなクレーターが出来上がる。避けなければ、男の二の舞になっていた。


 俺は目前に立つ化け物を見止めた。見た目は十もいかない少年の姿だが、その細い右手には明らかに不釣り合いな巨槌が握られている。そして、何よりも目を引いたのは、その継ぎ接ぎだらけの体だった。各関節があらぬ方向に曲がっており、額から顎にかけて縫い跡がある。目の焦点も合っておらず、明らかに普通の人間でない。これを化け物と言わずして何と表現すればいいのか。


 辺りを見回してみると、いつの間にか、俺以外に西を守っていた旅人や冒険者達は皆、少年の巨槌の餌食になっていた。どうして、今まで気付かなかったのか。若い男が目の前で殺されるまで、接近に気付かなかった。先に狙われたのが俺だったらと思うとぞっとする。


「避けるなヨ。面倒、増やすナ」


 少年は今度は薙ぎ払うように巨槌を振るった。その細過ぎる腕のどこから、その巨槌を片手で振り回す力が生まれるのだろう。ブランクに深追いするなと言われたが、向こうから戦闘に持ち込まれれば応戦するより他に道はない。どう見ても意思の疎通は不可能だ。俺は覚悟を決めて背中の長剣を抜いた。


「……嘘だろ?」


 巨槌の柄に当てた筈の長剣の刃は容易く折れた。俺は鎧越しにわき腹に巨槌の一撃を受けて、城壁に叩き付けられる。全身装甲はひしゃげ、全身の骨が砕ける音がした。分厚い黒鱗に覆われた右半身なら、全身装甲もあるし多少の攻撃を受けても大丈夫だと、高を括っていた。しかし、少年の姿をした化け物の力は俺の想像を遥かに超えていた。城壁に大穴を開けて、俺はそのままボールのように城内に吹っ飛ばされる。……フィオの言っていた通りだ。この街には、ナタリア以上の怪物が潜んでいたのだ。


 意識が遠のいていく。少年が目にも留まらぬ速さで俺に這い寄り、確実に息の根を止めるつもりなのか、再びその巨槌を天高く上げるのが見えた。


「刺客を気取るには、ちとうるさいな。周囲に存在が駄々漏れだ、お前」


 突如、継ぎ接ぎだらけの体の少年の胸部を分厚い長剣が貫いた。致命傷を受けた少年は呻き声を上げるが、それでも絶命には至らなかったようで、振り向きざまに背後を巨槌で振り払う。苦し紛れのその攻撃を少年に致命傷を負わせた人物は屈み込んで難なくかわすと、慣れた手付きで長剣を引き抜いて、すぐさま躊躇なく少年の首筋を切り落とした。


「お前は……!」


 信じられない。以前、山の麓で俺を襲ってきた、紫色の外套を羽織り烏を模した仮面を被った男が、冷たく俺を見下ろしていた。せめて一撃入れようと俺は立ち上がろうとするが、さっきの少年の攻撃で幾つか骨が折られたせいで、体がぴくりとも動かない。


「残り三体だ。ウェイル城の東西南北全部に、この木偶人形は放たれた」


「こいつと同じ化け物があと三体もいるのか? だが……どうして、そんなことを知っている? お前も刺客ではないのか?」


 動かなくなった継ぎ接ぎだらけの少年を見て俺は言葉を返すが、仮面の男に答えるつもりはないらしい。


「お前を助けたのは単なる気まぐれだ。雑魚はそこで寝ていろ」


 そう吐き捨てると男は踵を返して足早に去っていった。悔しさで気持ちがいっぱいになるが、今はどうすることもできない。それから暫く時間が経ち、ようやく体の自由が利くようになって、俺は転がっている自分の長剣を杖のようにして立ち上がった。全身を駆け巡る激痛に叫びそうになり、よろめいてしまうが必死に堪える。


 今までこの場を動くことに気を取られていて全く気が付かなかったが、夜中だというのに街中が騒がしくなっていた。仮面の男が言っていた通り、おそらく俺に重傷を負わせた化け物が他の場所でも暴れ回っている。今はあの男のことを考えている場合ではない。刺客は二人だけと聞いていたが、随分話が違う。今、ウェイルでは何が起きているんだ? ブランクは無事だろうか。俺は上手く動かない右脚を引き摺りながら、彼の警備する南に急いで向かった。

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