Episode36 黒と黒
メアラーシティの裏路地にて、二人の黒い男が向かい合っていた。一人は影そのもののような全身黒尽くめの男。かろうじて見える男の口元には不気味な作り笑いが浮かんでいた。そして、もう一人は黒い外套を纏った小柄な少年。互いの間を流れる空気は殺伐としていて、何者の介入も許さない様子だった。煙草を咥えた少年が、煙と一緒にため息をつきながら口を開いた。
「ウェイルに遣わされた刺客の雇用主と、その身元を調べろだと? 無理も大概にしろ、黒服。何を勘違いしているかは知らないが、俺は千里眼の使い手じゃないんだぜ?」
呆れ顔の少年に笑みを崩さぬまま、黒服と呼ばれた男は淡々と答えた。
「道化が、何を言っている? お前の情報網ならその程度は造作もないだろ」
「……買い被り過ぎだ。まあ、いい。それで、いくら出す?」
少年が簡単に折れることが分かっていたのか、にやり、と黒服は口元の端を上げた。
「言い値で買い取ろう」
「財団と教会に潜っている間者を動かす危険性も含めて金貨二十枚だ。値切りはなしだぜ」
「事を成し遂げた時のリオンドからの謝礼に比べれれば、そのくらいはした金だ」
「……十日だ。すぐに書状を手配してからそれが返ってくるのに最低でも十日は掛かる」
吸いかけの煙草を投げ捨てて少年はぶっきらぼうに言う。黒服の浮かべている微笑が若干強張った。
「遅いな。もう少し早められないのか」
「“通常”は不可能だ。俺は人間だぜ? 黒服が“影”を使って自分で動くというのなら話は別だがな」
「……止むを得ないか。リオンド王が殺されれば全て水の泡。なら、送り先までの地図を用意してくれ。私の能力のことは分かっているな?」
「無論だ。だが、くれぐれも隠密に行動しろ。間者が割れれば、以降、エイギリカ内の全ての情報網が絶たれることになる。今回は特例で教えてやる。しかし、あくまでも俺の情報網だ。必要以上の干渉も控えろよ」
「ああ、分かっているとも。……交渉成立だな。日が落ちるまでに済ませるさ」
「さすが、化け物だ」
少年は面倒そうな表情で書状をしたためると、地図と一緒に黒服に乱暴に投げやった。黒服はその二枚の書状をを右手だけで器用に受け止めると、もう片方の手で少年に言われた枚数分の金貨を投げ返して、煙のように一瞬で姿を消した。
「せいぜい、気を付けるといい。復讐の相手“刺青”が本格的に動き出した今、黒服の思っている以上に財団と教会は危ないぜ」
誰に言うでもなく少年はそう呟くと、腰にぶら下げたボトルのウイスキーを勢いよく喉に流し込み、また煙草を取り出して着火した。




