Episode34 無音の斬撃
城下街ウェイルは、五年前に仲間達と訪れた時と殆ど変わりなかった。昔に戻ったみたいで懐かしさがこみ上げてきた。前に仲間達と馬鹿笑いして飲み明かした酒場は残っているのかな。そんなことを思いつつ、今日は一人旅に戻った気持ちで、夜までぶらぶらとすることにした。
調べることができた、というのは嘘。私は単にジンから距離を置きたかったのだ。いくら仲間だからとはいっても、隠し事の一つや二つあってもいいのに、どうして無理矢理聞き出そうとするんだろう。人の意見も聞かずに勝手に依頼を受けたことにも、あとできつく文句を言わないと気が済まない。彼は少し自分勝手過ぎる。わざわざ国の厄介事に巻き込まれるよりも、もっと無難な依頼を受けていた方が安全でずっと賢いというのに。
時というのはあっという間に過ぎるもので、大通りで色々とエイギリカの特産品などを見て廻っていたらいつの間にか日が暮れていた。もう冬が近付いてきているからか日が落ちるのが若干早く感じる。いくら雪国生まれの私でも、外套を羽織らないでは少々肌寒かった。暖かい上着は旅の邪魔になるので今年の春先に捨ててしまったから、新しいものをそろそろ買わなければならない。
そういえば、彼から宿の場所を聞くのを忘れていた。別れ際の彼の呼び止める声に耳を傾けていれば、こうはならなかった。私としたことが何たる失敗だ。仕方ないので、宿がウェイル城の近くに宿があると願って、私は聳え立つ城壁を目指して歩くしかなかった。
「……?」
なんとなく目に入った細い路地に、紫色の外套を羽織り、鳥を模した仮面を被った怪しい人物が一人で立っていた。背中には長剣を背負い、体格も含めてどことなくジンと似ている。その不審者は私に気付くとすぐに走り去ってしまった。もしや、今のが例の襲撃事件の犯人なのかもしれない。せっかく運良く見つけたのにここで取り逃がすのも癪なので、私は彼を追いかけることにした。
あれ?
逃げる不審者を追っている内に、私は奇妙なことに気付く。音が聞こえない。夜の街の喧騒も、足音も、風の音すらも、何も聞こえないのだ。何かがおかしい。行き止まりに突き当たって、ようやく彼は立ち止まり、私の方に振り返った。その時も、物音一つしない。
一体、あなたは何者なの?
と私は不審者に言った、筈だった。ここにきて、自分に起きている事の重大さに私は気付く。音がないのではなくて、私の耳が壊れている。鼓膜を破られた? でも、それがいつなのかが全く分からない。接近されて気付かないわけもないし。
ただ、この現象を起こした犯人が誰なのかははっきりと分かる。それは、私の目の前にいる紫色の外套を羽織った仮面の人物だ。彼は徐ににその仮面を外して、その素顔を晒した。
……え?
そこには、ジンと瓜二つの顔があった。ただ、顔の半分を覆うのは分厚い漆黒の鱗ではなく、びっしりと生えた黒紫色の羽毛。驚きのあまり、私は呆気に取られていた。故に、背中の中心に耐え難い激痛が走るまで、背後から切り付けられたことも分からなかった。
あなたは……一体……。
薄れゆく意識の中で最後に見たのは、倒れ込んだ私を死人のような目で見下ろす、ジンと同じ顔をした男の姿だった。




