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幻実記  作者: Silly
城下街ウェイル偏
33/49

Episode32 悪夢

 夢を見ていた。以前に見た夢と同じく、俺は普通の人間で、今度は見覚えのない森の中を一人で歩いていた。どうして、こんな場所にいるのかはわからない。だが、夢の中の俺は、何も言わずにひたすらに歩き続けていた。


 森は、歩けば歩くほど暗くなっていった。辺り一体が闇に包まれ、獲物を狙う獣の気配が途端にあちこちに現れるが、俺は気にも留めず更に奥へ奥へと進んでいく。もはや、何も見えなくなってしまっても、何かに強く引き寄せられるように、夢の中の俺は突き進むことを止めなかった。


 遂に一点の光が遠方に見えた。思わず駆け足になって出口へと向かう。だが、そこに到達する前に、俺はどういうわけか、突然、前のめりに倒れ込んでしまった。


「で、出口が!」


 光が遠ざかっていく。俺は必死に立ち上がろうとするが、徐々に光は遠く小さくなっていき、最後には見えなくなってしまった。


「やあ、こんなところでどうしたんだい?」


 声のする方に顔を向けると、そこには白衣の男が立っていた。顔つきからして歳は三十前後といったところか。だが、その男の瞳には一切の人間的な感情が見出せなかった。あるのは、引きつったような笑みに隠しきれていない狂気だけ。間違いない、この男が……。


「僕はデュランダル。どうやって、この森に迷い込んだのかは知らないけどさあ? その姿じゃあ森を出るのは無理そうだねえ」


「……何?」


「え、もしかして分かってないの? ほら、自分の脚を見てご覧よお」


「……!」


 自分の目に映るものをすぐに信じることはできなかった。俺は転んだのだと思っていた。しかし、それは大きな間違いだった。道理で、一生懸命に立ち上がろうとしても上手くいかない筈だ。俺の両脚は膝から下がさっぱりなくなっていた。地面を大量の血液が流れている。どうして、今まで気付かなかったのか。そのことを認識した途端に、俺は思わず叫び声を上げた。


「ジン!」


 フィオの強い呼び掛けと同時に俺は飛び上がるように起床した。辺りはまだ真っ暗で、寝入ってすぐに目を覚ましてしまったらしい。現在、もう俺達は山を越えて、リオンド領にある森で野宿していた。明日には目的地に到着できるだろう。フィオは心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。


「前のように悪い夢でも見たんでしょ? 君がいきなり叫び声を上げて、こっちもびっくりしたよ」


「……デュランダルを見た」


 その忌まわしき名を聞いた途端、彼女の顔が険しいものに変わった。


「何を見たの?」


 フィオは、普段の彼女からは想像もつかない、人を射殺すような目つきで訊いてくる。それは、時々彼女が垣間見せてきた、計り知れない憎しみと怒りをありありと映し出していた。


「最初、俺は森を歩いていた」


「それは、私達の出会った迷いの森じゃなくて?」


「違うな。俺の見たその森は、どこまでも終わりがなくて、底なし沼のように闇が広がっていた。今思えば、あの場所は何かが可笑しかった」


「……それで?」


「無我夢中で歩き続けていると、やがて、出口が見えた。だが、俺は辿り着く直前に転倒した。何かつまずくようなものがあったわけじゃない。俺もどうして自分が転んだのか、理解できなかった。そんな時、俺の目の前に妙に軽い調子の男が現れた」


 彼女の眼光が更に鋭さを増した。やはり、俺が夢の中で見たのはデュランダルで間違いなさそうだ。


「デュランダルに言われて、俺は自分の脚を見た。そしたら……」


「ある筈の両脚がなくなっていた。違う?」


 確信したような強い口調でフィオは言った。自信があるからなのか彼女の口元は僅かに吊り上がっていたが、その目は少しも笑ってはいなかった。


「その通りだ。でも、どうして?」


「話の成り行きで大体分かるよ。いつも静かな君が突然叫んだのにも頷けるしね。それに……」


「それに?」


「いや、なんでもない。ともかく、まだ出発するには早過ぎるし、今日は私が見張っているからジンはまだ休んでて」


「……分かったよ」


 こうなってしまうと、いくら問い詰めたところでフィオは絶対に何も話してくれない。ここは大人しく引き下がった方が賢明だ。だが、どうしても彼女の何か隠しているような態度が気になった俺は、気付かれないように薄っすらと目を開けて彼女の様子を少し観察することにした。


 フィオは周囲への警戒を行ないつつも、深く考え込んでいるかのような浮かない顔をしていた。やはり、何かある。それから、長い時間が経ったあと、彼女は寝ている俺を一瞥しながら立ち上がり、そのまま森の中に消えていった。


 直後、静かな森の中で乾いた銃声が鳴り響いた。一体、何があった? 嫌な予感が脳裏に過ぎって、俺は素早く起き上がり、音のした方へ走って向かった。


「……」


 立ち尽くしているフィオの傍らには、茂みに潜んで俺達を襲おうとしていたと思われる野盗が射殺されて倒れていた。こんな近くに敵がいたというのに気付かないとは、俺もまだまだ未熟だ。フィオは俺の気配に気付いたのかこちらに顔を向けると、すぐにぎこちない笑みを見せた。


「起こしちゃってごめん。毒で殺した方が静かだったね」


「……どうして、泣いている?」


 フィオは泣いていた。涙を流していたわけではない。だが、深過ぎる悲しみに押し潰されて彼女の透き通った瞳が真っ黒に染まっていた。


「別に泣いてないよ。君、暗くて私の顔がよく見えていないんじゃないの? さっきなんでもないって言ったのに、しつこいよ」


「それなら、何故、俺の話を聞いてからずっとそんな顔をしているんだ」


 フィオはただ俯いて沈黙を決め込んでいた。見かねた俺は先程よりも語尾を強めて彼女を問い詰める。


「なあ、フィオ。もう少し、俺を信用してはくれないか? 仲間内での隠し事はなしって最初に言ったのはフィオだろ?」


「……君には分からない」


「そんな言い方はないだろ……ッ!」


 彼女は不意に俺に近付くと、音もなくさっき野盗を屠った拳銃の銃口を俺の眉間に突き付けた。その目は、これ以上の詮索をすれば殺す、と言っていた。彼女は本気だ。


「……眠れないのなら、あとの見張りはよろしく。私は疲れたから休ませてもらうよ」


 そう言って、フィオは拳銃を下ろすと俺の隣をすたすたと通り過ぎていった。掛けてやれる言葉が何も浮かばず、俺は呆然と彼女を見送ることしかできなかった。

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