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幻実記  作者: Silly
城下街ウェイル偏
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Episode31 無音の敵襲

 エイギリカ港に到着した俺達はすぐに宿をとり、朝方、食糧の確保を済ませてから、城下街ウェイルに向かって歩き始めた。その道中で幾つかの小規模な街や村をちょくちょく見かけたが、中には噎せ返るような血の臭いが漂うところもあり、エイギリカが内戦の真っ只中であることを改めて実感する。


 港を出てから約二十日が経過していた。遠方に、薄っすらとではあるが山が見え始めており、あれを越えた先がリオンド領だそうだ。結局、何事もなくここまできた。戦わなくて済むのに越したことはないが、危険を想定して覚悟を決めてきたというのに、肩透かしを食らった気分だ。


「こう、すんなりと来てしまうと少し怖いものを感じるね」


 俺を先導するように前を歩くフィオが後ろを振り向かずに言った。彼女もどうやら俺と同じ感想を抱いたらしい。


「確かにな。嵐の前の静けさとでも言えばいいのか……できれば、このまま目的地まで行ければいいんだがな」


 山のふもとに到着する頃には、日が落ちて辺りもすっかり暗くなっていた。俺はフィオと一緒に手早く天幕を設置したあと、手頃な大きさの小枝を何本か集めて重ねるようにして、あらかじめ用意しておいた火打石で明かりをともした。その焚き火を取り囲むようにして俺達は腰を下ろす。もうずっと歩き続けているからか、一度座ってしまうと太腿が鉛のように重くなり、とても立ち上がる気にはならない。


「……やっと山に着いたな」


 山自体は二日ほど前から見えていたというのに、まさか着くのにここまで時間が掛かるとは思わなかった。それだけ、天を衝くように聳え立つこの山が巨大ということだろう。明日からこれを登るとなると少し眩暈がした。


「思っていたよりも早くここまで来れたし、この調子だったら一月掛からずにウェイルに到着できそうだね」


「それは朗報だな」


 俺は兜を脱いで、腹ごしらえにずた袋から取り出した干し肉を齧りながら答える。


「うん。あともう一踏ん張りだよ」


 そう言って優しく微笑むフィオは、少しばかりやつれているように見えた。いくら彼女が旅慣れているとはいえ、内戦中の大陸を歩いてたのだから、気が抜けずにいたのだろう。


「フィオはもう休むといい。今日は俺が見張りをする」


「……ありがと」


 彼女は力なく立ち上がると、ゆっくりと天幕の中に入っていった。もし、寝込みを襲われでもしたら一巻の終わりだ。だから、どちらかが危険をいち早く察知する為に朝方まで起きている必要がある。だが、疲れきった顔の彼女にその役目は任せられない。


 朝まではまだ時間がある。俺は右手の平を地面につけて左腕を腰に当て、腕立て伏せを始めた。鎧の重量も相まって、数を重ねるごとに右腕に相当な負荷が掛かる。それが、もう限界というところにまで達したら、今度は左手に入れ替えて、先程と同じように腕立てを行なう。


 誰か、木刀で交えられるような強い相手がいれば鍛錬も捗るのだが、フィオは銃使いだし、ないものねだりをしてもしょうがない。せめて、今の俺にできることといえば、こうやって体が訛らないように鍛えるくらいだった。鍛錬を終えて呼吸を整えた俺は、背後に人の気配を感じて振り向いた。


「……何者だ?」


 そこには、濃い紫色の外套を羽織った、からすを模した仮面を被った人物が立っていた。おそらく、体格からして男か。敵意があるかは不明だが、俺の問いを無視したところを見ると明らかに友好的ではない。仮面の男は俺と同じく、背中に鋼鉄製の長剣を背負っていた。


 一瞬の沈黙のあと、男は突如、長剣を振り下ろしてきた。その一撃を俺が自身の長剣で受け止めて弾き返すと、仮面の男はたたらを踏んで自然と俺から距離をとっていた。


 あり得ない。それが、俺がこの仮面の男に抱いた最初の感想だった。一体、こいつは何者なんだ。


 仮面の男は間髪入れずにもう一撃入れにくる。一切の予備動作なく綺麗な弧を描きながら、俺の首を刈り取ろうと長剣が振るわれた。膝を折ってその攻撃をかわしつつ、俺は男の鳩尾に長剣の刃先を突き出すが、男はそれを背後に軽やかに飛んで回避した。完全に動きを読まれている。


 それもその筈だった。俺にも仮面の男が次にどうするかがわかる。そう。男は俺と“全く同じ剣筋”で“全く同じ戦い方”をしているのだ。互いの剣同士がぶつかる度に、まるで鏡を相手しているような奇妙な感覚に襲われた。仮面の男も俺と同じようで、顔は見えないが不快そうに見えた。


 空が明るくなるまで続いた俺と仮面の男の長い戦いの終わりは前触れもなく訪れた。朝陽を見た瞬間に、男は素早く長剣を背中の鞘にしまい、山中に消え去っていったのだ。突然の出来事に俺が呆然としていると、眠そうな顔で寝ぼけ眼を人差し指で摩りながらフィオが起きてきた。


「どうしたの? 武器なんか持って」


「なあ、フィオ。寝ている時に、何か音はしなかったか?」


「いや、全く。そもそも、敵襲があったのならすぐに気付くよ」


 彼女が嘘をついているようには思えない。……確かに“音”はなかったかもしれない。あったのは、気配と長剣による攻撃。そして、あの鳥の仮面を被った姿。いくら剣がぶつかり合っても、金属音が鳴り響いた記憶もない。仮面の男との戦いには“音”というものが欠如していた。尚且つ、あの戦い方は俺そのものだった。


 一体、今まで俺は何と戦っていたというんだ? まるで、煙のように消えてしまった仮面の男の正体を確かめる術は、今の俺にはなかった。

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