Episode30 上陸
五日間にも及ぶ船旅の中で、特に何もすることがなかったので暇潰しに何度か甲板に足を運んだが、結局、カセンと再び出会う事はなかった。航海の最終日も、夕刻、俺とフィオは出港したばかりの時のようにまた二人で意味もなく甲板に出て、太陽の光を反射して宝石のように輝く水面を眺めていた。
「黄昏時の海っていうのもまた良いものだな」
フィオは海面から俺の方に顔を向けると、いつものように優しく微笑んだ。
「そうだね。今日で見納めなのは寂しいけど、ひとまず無事に航海が終わりそうで何よりだよ」
「案外、船旅も長いようで短かったな。港に到着した後はどうするつもりなんだ?」
「夜にエイギリカに上陸して、すぐにウェイルに向かうのはあまり得策ではないね。内輪揉め真っ最中の彼の大陸で夜道を進むのはあまりにも危険だ。いくら私達が急いでいるとはいえ、夜闇に紛れた敵に襲われて殺されては元も子もないからね。とりあえず、港で一泊して明日の早朝に出発しよう」
「分かった。だが、港から城下街ウェイルまでは一日や二日歩いたぐらいで着くような距離じゃないんだろ。道中で休めるところはあるのか?」
少し考えるように彼女は下顎に人差し指を当てる仕草をした後、苦笑気味な顔で答えた。
「……確かに、ウェイルまで徒歩だと一月はかかるね。その間にいくつかの街や村はあるにはあるよ。でも、内戦で身も心身ともに消耗している彼らが私達のような“余所者”なんかを受け入れてくれると思う?」
「……ないな」
「場合によっては私達まで巻き込まれかねない。南側が比較的安全だとしても、危険を冒してまで寄り道をする理由はないよ」
「なら、出立の前に港で足りない分の食料を買い集めておこう」
「その方がいいね。ウェイルに着くまでに一つ山を越えなければいけないから、食料は多めに用意しておいて」
「了解。一つ気になったんだがエイギリカを二分する勢力ってのは一体何なんだ?」
「確か……“アギア財団”と“クリーチン教会”のことじゃないかな。どちらも大陸各地に支部を持ち、同等の戦力と財力を持ち合わせている巨大組織。財団はエイギリカの発展を掲げて積極的に活動している政治家の集まりのようなもので、対する教会はその名の通り布教活動を主に行なっている宗教団体。実質、エイギリカの国々を動かしているのも財団と教会だろうね。前々からその二つの組織は大陸の覇権を巡って水面下で争いを続けていた。それが今、各国を巻き込んだ、大陸を二分するほどの巨大な武力抗争にまで発展してしまっているんだよ。あまりに馬鹿馬鹿しいことだけどね」
「どうして、両団体は戦争を起こしてまで大陸の覇権に拘るんだ? そもそも、アギア財団はエイギリカの発展を掲げているのに、大陸内で殺し合いをするなんて、言ってることとやってることが違うんじゃないか?」
「だから、馬鹿馬鹿しいんだよ。結局、どちらも最終的な目的はエイギリカ大陸の完全掌握ということ。
エイギリカ各国の内政を見ても、国の権力者の殆どが連中の息の掛かった人間のようだし」
「相変わらずフィオは物知りだな。どこから、そんな情報を仕入れているんだ?」
「以前、エイギリカを旅した時にも色々なところに立ち寄ったからね。勝手に耳に入ってきたんだよ。今から五年ほど前だけど、その頃からアギア財団とクリーチン教会の仲は険悪だったみたいだからね。争いが表面化するのは時間の問題だったんじゃないかな」
「そうか……」
多くの犠牲を払い、大陸の覇権を勝ち取ったところで、何の意味があるのだろうか。お偉方の下らない独占欲の為だけに、大陸の仲間同士で殺し合う。フィオの言う通り、それはあまりにも滑稽なものに思えた。最終的にはエイギリカ全体の力を弱めるだけである。内戦など地獄しか生まないことをわからないのだろうか。
話している内に夜の帳が下りて船の甲板には冷たい風がびゅうびゅうと吹き寄せてきた。予想以上に空気が冷え込み、全身装甲を着ているというのに体が震えた。メアラーの北にあるエイギリカが寒いのも当然だが、防寒具の一つくらい買っておけばよかったと今になって後悔する。歯をかちかちと鳴らしている俺とは対照的に、フィオは世界各地を旅慣れているからか寒さなどどこ吹く風といったような余裕な表情だった。
「そんな薄着で寒くないのか?」
彼女は申し訳程度に外套を羽織っているだけで、動きやすさに重きを置いているからか全体的に薄着である。この凍て付くような寒さと吹き付ける夜風を耐え凌げるとはとても思えなかった。
「全然? 私の出身地はもっと北の方だからこれくらいは平気だよ」
「そう言えばそうだったな……」
前にフィオに世界地図を見せてもらった時のことを思い出した。彼女の生まれ故郷であるロイ大陸は六大大陸の中でも最北端に位置している極寒の大地。道理で彼女が寒さに強いわけだ。
「もうすぐ到着みたいだね。あれ見て」
フィオの指差す先には夜空を照らすエイギリカ港の灯台が見えた。
「いよいよか」
「気を引き締めていこう。ジン」
「……分かってるよ」
俺とフィオに肉体改造を施した狂人デュランダル。その唯一の手掛かりである“獣男”は今、このエイギリカの地にいる。なんとしてもそいつを見つけ出して、かの男の居場所を吐かせ、ナタリアを魔物に堕とした罪を償わせなければ俺の気が済まない。失った全てを取り戻すと誓ったあの日からとっくに覚悟はできていた。今更、危険を恐れはしない。
「必ず獣男を捕まえよう」
俺の唯一の仲間は、同じ強い決意を持った瞳で俺を見据え、しっかりと頷いてみせた。




