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幻実記  作者: Silly
城下街ウェイル偏
28/49

Episode27 出発前夜

※「中立国」から「中立国リオンド」に変更しました

 深夜の街の人通りは、この都にしては珍しく少ない気がした。重苦しい空気が都全体を覆い尽くしているように、どこか暗く感じる。もうとっくに雨は止んでいたがすっかり冷え込んでしまって肌寒かった。寂しげな空を見上げながら、大通りをフィオと歩いていると、暫くして目的の食堂に着いた。


 俺達は背筋をスッと伸ばした真面目そうな給仕に案内されて席に着いた。高級そうなテーブルクロスの敷かれた円形のテーブルを挟んで、向かい側にフィオが座っている。壁から天井まで美しく繊細な装飾が施されており、いかにも高級店といった様子である。彼女は席に着くと葡萄酒を二つ頼んで、すぐに今後の予定について話し始めた。


「刺青の男を追う為にもなるべく早くエイギリカ大陸に渡ろうと思うんだけど異論はない?」


「ないよ。携帯食料は買い溜めしてあるし警察からの報酬で旅の資金は賄えると思う。明日に出発しても問題はない」


「……そっか。ようやく、あの男の手掛かりになりそうな人物が現れたね」


「ああ。一筋縄でいく相手ではなさそうだが、絶対に捕まえてデュランダルの居場所を吐かせて罪を償わせるつもりだ。そう言えば、ダウトの口からダイダル大陸の名前が出た時に顔を曇らせていたのは何故だ? あと、さっきの話の中で挙がった帝国とは一体何なんだ?」

 

 帝国。記憶の奥底にある言葉だ。先程のダウトの話を聞いてから、ずっと頭に残って離れなかった。


「……前にダイダル大陸のことについて少し話したのは覚えてるよね。一つの国家が大陸全土を支配しているって。その国家の通称が“帝国”。そこでは国の最高権力者である皇帝による独裁政治が現在に至るまで長い間続いているんだよ。今の皇帝ネイモン・ソルディウス・バフォットは近隣の大陸に侵略戦争を仕掛けるような危険な男だ。彼の周りでは黒い噂が絶えず流れていて、その中の一つに人を化け物に変えて兵士化しているという事柄がある。もし、その噂が本当ならデュランダルが協力している可能性は高いよ」


「……真偽を確かめるにはダイダル大陸に赴かなければならないな」


「そうなんだけど……帝国は他大陸の人間のダイダルへの上陸を一切許していない。多くの国々の艦隊が大陸への潜入を試みたが、殆ど帝国軍の返り討ちに遭い海の藻屑になっている」


「抜け道はないのか?」


「私の知る限りではないかな。もしかしたら、私の生まれ故郷のロイ大陸に行けば何か分かるかもしれない。……ロイはダイダルと最も隣接する大陸だからね」


 やっと、フィオが帝国の名を聞いた時の反応に納得がいった。彼女が先程言っていた帝国の侵略戦争の被害に遭った大陸の一つがロイなのだ。彼女の瞳に、デュランダルの話題が出た時と同じ憎悪が垣間見えたのはその為か。フィオは唇を噛み締めた後、いつもの柔らかな表情に戻って口を開いた。


「とりあえず、まずはエイギリカに渡って刺青の男の情報を集めつつ、大陸南東に位置する城下街ウェイルに行こうと私は考えてる」


「城下街ウェイル……その街に何か目的があるのか?」


「……これは、私の単なる憶測に過ぎないけれど、刺青の男はおそらくその街に滞在している。そう思うのにはもちろん理由があるよ。ウェイルは大陸の二大勢力のどちらかを支持する国の多いエイギリカの中では珍しい中立国、リオンドの首都なんだ。内戦が多発し、危険が多い現状のエイギリカで安全を確保し身を隠すのには打ってつけの場所、そうは思えない?」


「確かに、一理ある。それにしても、フィオは大陸について本当によく知っているな。ここメアラーはともかくエイギリカまで」


「一応、これでも考古学者だからね。シュウリンとダイダルを除く四つの大陸には行ったことがあるよ」


 フィオの年齢は外見からするといくら高く見積もっても二十代前半。その歳で、六つあるという大陸の内半分以上を踏破したとは恐れ入る。彼女の膨大な知恵や知識にも毎回驚かされる。もしかすると、親元を飛び出して十代の頃から旅をしていたのかもしれない。


「一つ、訊いていいか?」


「いいよ」


「君はいつから……」


「失礼します」


 その時、フィオの頼んだ二つのグラスと共に見るからに高価そうな瓶に入った葡萄酒が運ばれてきた。質問しようとしたところで来るとはタイミングが悪い。給仕がグラスに注ぐとほのかに甘い香りが広がった。


「訊きたいことって?」


「いや、後にする」


 別に尋ねる機会はいくらでもあるだろう。今すぐに知って何か得するわけでもないし、また今度訊けばいい話だ。


「そう? ならいいけど。それじゃ」


「乾杯」


 俺とフィオはお互いにグラスの端を軽く当ててそのまま口に運ぶ。直後、ほんのりとした甘さと深い旨味が口の中いっぱいに広がった。口当たりが良くて非常に飲みやすい印象だ。あまり酒に詳しいわけではないが上等な品である事は確かなようだ。店の雰囲気も全体的に落ち着いていて、旅人や冒険者達が集まって騒ぐような酒場とは明らかに違う。静かな場所で飲む酒というのも格別で心地が良かった。やはり、フィオに任せれば間違いない。


「私からも一つ質問いいかな?」


「ああ、構わない」


 フィオはグラスを静かにテーブルの上に置いて真顔になった。


「君はどこまで覚えているの?」


「どこまで、か。難しい質問だな」


 彼女が言いたいのは、俺の記憶のことだろう。自分でもあまり深く考えた事がなかった。一体、自分はどこまでのことを覚えているのか。生まれや人間関係どころか名前すらも思い出せない。せいぜい一般常識くらいしか頭には残っていない。訪れた街一つ一つが俺にとっては未知のものだった。


「正直なところ、何も覚えていないんだ。倒れていた時の服装からして、おそらく、旅人か何かだったんだろうが、本当のところは分からない。記憶を失う以前はどんな人間だったのか。人間関係、友達、家族、恋人、何一つ記憶にない。思い出そうとしても、靄のようなものに阻まれて、結局、分からずじまいに終わる。……一体、俺は何者なんだろうな」


 彼女は深く考え込むように腕を組んで顔を顰めるが、すぐに柔和な笑みを浮かべた。


「……本当に何も覚えていないんだね。失った記憶を取り戻す為にも、早くデュランダルを探し出そう」


「ああ、すまない……」


「困った時はお互い様だよ。仲間だもの」


 フィオはこんな得体の知れない男を仲間に誘ってくれた。そして、利害の一致とはいえ俺の失った記憶を取り戻す為に協力してくれている。彼女がいなければ、あの時、何も分からないまま俺は化け物に殺されていた。命の恩人であり、唯一の仲間。本当に、感謝してもしきれない。


 いつか、この恩は必ず返す。そう心に強く誓って、俺はよく味わいもせずにグラスに残った酒を一気に飲み干し立ち上がった。


「もったいないなぁ、高いのに」


「悪い。少し夜風に当たってくる」


「どうしたの?」


「一人で考えたい事があってな。金はここに置いておく。また後で宿で落ち合おう」


「せっかく連れてきたのに……」


 どれだけの金額か分からなかったので、とりあえず今持っている分の金を全てテーブルに置いて店を出た。背後からフィオの冷たい視線を感じたので合流した時に謝っておく事にしよう。それよりも今はやるべきことがある。


「さっきから何のつもりだ。お前の存在には気付いている、姿を見せろ」


 店に入ってから、ずっと何者かに見られていると感じていた。そして、俺が席を立ち上がったときにその何者かが窓の外で動く姿を確かにこの目で見た。今も視線を感じる。誰がそんな真似をしているのかは見当もつかないが気味が悪い。


 街灯の影から音もなく現れたその何者かの姿に言葉を失った。それは、全身が黒い霧のようなものに覆われた人型だった。例えるならば影そのもの。辛うじて見える口元には張り付いたような笑みを浮かべている。その影には今まで見てきた化け物達の存在が霞んでしまう程の本能的な恐怖を感じられた。呼吸もままならない重圧に押し潰されそうになる。


「似て非なる者、か」


 そう意味深げな言葉を残すと影は一瞬で姿を消した。まるで、元から何もなかったように四散したのだ。同時にあの影の威圧感からも開放されて肩の力がすっと抜けた。一瞬の出来事に理解が追いついていないが、俺はおそらく助かったのだ。あのまま対峙していれば勝ち目はなかった。


「全く、君のせいで飲む気が失せて出てきちゃったよ。……何かあったの?」


 店からつまらなそうに出てきたフィオが、俺の様子を見てすぐに察したように真剣な顔で訊いてくる。


「なあ、フィオ。魔法って実在するのか?」


「うん。人間には使えないけれど実在はすると思うよ。前に言ったような呪いもそのたぐいだしね」


「その話、宿に帰ったら詳しく聞かせてくれ。俺に起きた出来事もその時に話す」


「分かった」

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