Episode25 新たな情報
俺とフィオは宿には戻らず、事前に待ち合わせしていた食堂でダウトと落ち合っていた。奴は俺達が店に入るとすでに事の成り行きをどこからか嗅ぎ付けていたようですぐに出迎えにきた。相変わらず、掴み所のない奴だ。あまりにも知りすぎていて薄気味悪ささえある。
「依頼は果たしたぞ、ダウト」
「そのようだな。……では、約束通り、刺青の男の事について話そう」
それから、ダウトは淡々と俺達の追うその人物の情報を語り始めた。
「まず、外見的な特徴からだ。左手の甲に太陽を模した刺青。顔の左側が獣毛で覆われていて目はダイダル生まれの人間に多い朱色。長身で、真っ赤な外套を身に纏っている」
ダイダル大陸の名前が挙がった瞬間にフィオの顔が曇った。都へ来る前に彼女からダイダルは独裁国家が支配していると聞いたが、そこは俺の思っている以上に危険な場所なのかもしれない。
「……まさか、ダイダルの名前が出てくるとはね」
「素性を突き止める事はできなかった。だから、一概には言えん。だが、刺青の男がダイダル……帝国の人間である可能性は高いだろうぜ。何が目的でこの大陸に来ているのかは知らないが、あまり関わらない方が身の為だ。死にたくなければな」
帝国とは、おそらく独裁国家の事だろう。どこかでその言葉を聞いたような気がするが、前と同じで頭に靄が掛かったように思い出せない。
「相手がどこの誰であろうと関係ない。そいつには訊きたいことが山ほどあるんだよ」
デュランダルが潜んでいる可能性が高いというダイダル大陸の人間であり、一人の不幸な少女の心の闇を利用して魔物に堕とし、今回の事件を引き起こした黒幕。何者であろうと、己の犯した罪の重さを必ず後悔させてやる。人の弱みに付け込む悪魔に慈悲はない。
「威勢がいいな、鎧。ここで朗報だ。先日、真っ赤な外套を羽織った男がメアラーシティを少し北に歩いた先にある港で目撃されている。あそこから出ている船はエイギリカ大陸行きのみだ。追いたければ大陸を渡るといい。……俺が知っているのはここまでだ」
やはり、この男は腕利きだ。刺青の男の素性までは掴んでいないものの、目撃された場所から容姿の詳細まで知っている。間違っても敵に回したくはない。
「ありがとう、ダウト。そこまで知れれば十分だよ」
「……サービスでもう一つ付け足しだ。今、エイギリカ大陸では各地で内戦が勃発している」
「内戦?」
「そう。冷戦状態にあったエイギリカの二大勢力が遂に武力抗争をおっ始めたのが原因だ。無関係な村や街の住人までもがそれに巻き込まれ、大陸全体が危険地帯と化している。比較的に奇人達が上陸する南側は安全だが、北側は最悪だ。旅人なんかが道を歩いていれば、たちまち蜂の巣にされるって話だぜ。もし、本当に刺青の男を追ってエイギリカに渡るというのなら、命の保障はしない」
「……それこそ、俺達には関係のない話だ。危険は最初から覚悟しているさ」
「ジンの言う通りだよ。目的を果たす為なら、たとえ、どんな場所であろうと私達は行くよ」
俺とフィオに躊躇いはない。一刻も早く、デュランダルを見つけ出さなければならないのだ。彼女は仲間達の仇を討つ事、そして、俺は記憶を取り戻す為。あの男の手掛かりになりそうな人物がいるのならば、追わない筈はない。それに、俺には時間がなかった。戦っている中で感じていた事だが、徐々に心が己に巣食う怪物に蝕まれている。このままでは、いずれナタリアのようになってしまうだろう。
「……大した度胸だな。分かった。またどこかで会ったのならば、その時は奇人と鎧の求める情報を仕入れておこう」
そう言うと、ダウトは煙草を咥えて火を点けた。いつ見ても、その子供のような姿とは不釣合いに見える。そして、吸い込んだ煙を吐き終えると、そいつはいつになく真剣な表情で言った。
「死ぬな。常連が死ぬのは俺にとって損害だ」
これが、ダウトなりの心配の仕方なのだろう。フィオは礼を言って優しく彼に微笑みかけ俺も黙って頷いた。ダウトは一瞬だけばつの悪そうな顔を浮かべると、すぐに俺達に背を向けて店の人ごみの中に消えていった。
「彼、素直じゃないよね」
「そうだな」
俺達は顔を合わせて笑う。あの男は何を考えているか分からない。だが、相応の対価を払えば確実な情報を教えてくれるし前に助けられた事もある。悪い奴でないのは確かだ。あの態度では礼の言葉を言う気にはならないが、心の中では感謝している。
「それじゃあ、今後の事を話すのに私達も食事にしようか。もう、いい時間だしね。ジンも疲れてるだろうし」
「ああ」
ダウトの話を聞き終わったところで、どっと疲れと空腹感が押し寄せてきた。やはり、先程の戦いは体に堪えたらしい。
「実はオススメの店があるんだ」
フィオは笑みを浮かべると急かすように俺の手を引いて歩き出す。彼女の勧める店なら期待するとしよう。




