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幻実記  作者: Silly
メアラーシティ編
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Episode24 復讐の結末

 長剣と怪物の大鎌が激しくぶつかり合い火花が散る。圧倒的な力の差に押されてはいるが、俺はなんとか両足で踏ん張り持ちこたえていた。怪物は血のように紅く染まった目を爛々と輝かせて次から次へと容赦なく斬撃を繰り出してくる。人間としての面影の残っていた時のナタリアとは比べ物にならないほど、そいつの力は格段に上がっていた。徐々に足の踏ん張りが利かなくなり、いつの間にか壁際までじりじりと後退させられていく。ある程度、戦闘を重ねて慣れてきてはいたが地力の差は明らかで防戦一方のまま戦いは続いた。


「こんな事になるなら、フィオから離れるんじゃなかったな……」


 彼女の射撃の援護があればどれほど心強いだろうか。この前の盗賊街の一件で俺の実力は嫌という程思い知らされた。旅の中で数々の修羅場を潜ったであろうフィオに比べれば、俺はまだまだ未熟者だ。


 度重なる怪物の大鎌の振り下ろしを受け続け、体力はごっそりと削られ両腕が麻痺してくる。ナタリアだった化け物は、そんな事はお構いなしに両腕に込める力を更に強めた。俺は攻撃を受けきれず長剣ごと煉瓦の壁に叩きつけられる。鎧越しであったものの背中に耐え難い衝撃が走り、肺が圧迫されて呻き声が漏れた。口内は血の味がする。


 化け物が大きく右腕を振り上げた。もう片方の腕で俺の体は完全に壁に押さえつけられ、身動き一つ取れない。このままでは、何も抵抗できないまま確実に死ぬ。目前に迫る重厚な死の気配に俺は押し潰されそうだった。怪物は獲物を仕留める愉悦ゆえつに息を荒くしながら俺の脳天目掛けてその大鎌を勢いよく振り下ろした。いくら俺が頑丈な兜と人外の鱗に頭蓋が守られてるとはいえ鋼鉄をも切り裂くその一撃を食らえば無事では済まない。


 死を覚悟した俺の脳裏に浮かんだのは夢の中で見た黒髪の少女の姿だった。彼女は俺の事を知っている。彼女が何者で今どこにいるのかも全く分からない。でも、一度でいいから直接会って話がしたかった。


 怪物の右腕は、俺の頭蓋を切り裂く前にどす黒い血を撒き散らせながら吹き飛んだ。続いて、俺を捕らえていた左腕も飛散する。突然の出来事に何が起きたのか俺は理解できない。それは怪物も同じで一気に両腕を失った苦痛による耳を劈くような悲鳴を上げていた。


「諦めるのが似合わないのは君も一緒だよ」


 怪物の背後に、黒光りする機関銃を構え不敵な笑みを浮かべた少女が立っていた。連射したばかりの短機関銃の銃口からは煙が上がっている。


「フィオ! どうしてここに!?」


「仲間の窮地に駆けつけるのは当然だよ。……お喋りをしている暇はないみたいだね」


 笑みを崩してフィオはすぐに真剣な表情になる。化け物の方に目をやると、奇声を上げ続けるそいつの両肩が不気味に蠢いていた。俺は危険を感じて怪物から距離をとり、フィオの隣に立って長剣を構え直す。その頃には失った筈の怪物の両腕は完全に再生していた。


「驚異的な治癒能力……これは厄介だね」


 ため息をつきながらそうは言うもののフィオは更なる弾丸を怪物の腹部に撃ち込んでいた。だが、空いた無数の風穴は瞬時に再生する。これではいくら傷を負わせたところできりがない。人外の力の一端を見せ付けられて俺はなかなか怪物の方に踏み込めずにいた。


「こんな奴、どうやって倒せばいいんだ?」


「打開策のない今は攻撃を続けるより他はないよ。致命傷を与えれば何か変わるかもしれない」


「……分かった」


 じっとしていては埒が明かない。俺は覚悟を決めて、地を蹴り怪物の懐に飛び込んだ。怪物は接近する俺を見止めると、右足で蹴り上げてきた。これは、好機だ。俺は長剣の刃を怪物の脛に向けた。


 そいつは右足をかかとから切断され、声にならない悲鳴を上げた。フィオの奇襲により冷静さを欠いていた怪物は、わざわざ攻撃を食らうような下手を打ったのだ。俺は体勢を崩した怪物に追撃する。一気に長剣を振り上げて腹部から頭を深く切り裂いた。鮮やかな血飛沫が宙を舞い、怪物は背中から倒れる。筋肉質で重量のある体が倒れた事で、地面がずしんと揺れた。……まだだ。これだけの傷を与えても、また先程のような治癒力ですぐに再生されてしまう。俺はとどめを刺すべく、怪物の首筋に長剣の刃先を突き立てた。


「ジン! そいつから離れて!」


 突然、フィオの制止の声が響き、俺は反射的に体を大きく反らせる。刹那、目の前を鋭利な双刃が交差するように通り過ぎた。


 危ないところだった。あと少しでも反応が遅ければ、俺の首と胴体は一生離れ離れになっていただろう。怪物は悔しそうに歯噛みしていた。深追いは禁物だ。個々の実力では、決してこの化け物に打ち勝つ事はできない。お互いがお互いを助け合っているからこそ、かろうじて人外の怪物を相手にできているのだ。


 怪物が立ち上がるのと同時に、深かった筈の裂傷の殆どが治っていた。なんて化け物だ。これではいくら傷付けたところでキリがない。


「おそらくだけど……首を切り落とすか、心臓を潰せば殺せる」


「狙えるか?」


「まだ心臓の位置を割り出せない。見つけられるまで、君があの化け物の気を引いてくれる?」


「それまでに俺が死んでなければいいがな」


「精進するよ」


 正直、俺にはあの怪物とこれ以上殺り合える自信がない。力の差は一目瞭然だし、いくら攻撃してもすぐに傷を治される。フィオがいなければ、俺一人だったとしたらとうに諦めていただろう。今も圧倒的なまでの怪物の強さに戦う事を足踏みしている。ここで、覚悟を決める勇気がなければ、失ったモノを取り戻す事なんてできるわけがない。俺はもう一度、長剣を構え直し、怪物に飛び掛った。


 怪物の頭蓋に振り下ろした一撃は、一対の大鎌を交差させるようにして防がれた。全体重を掛けた攻撃をそいつは微動だにしない。直後、勢いよく大鎌が外側に投げ出され、俺は長剣ごと弾き飛ばされて路地の壁に叩きつけられた。背中への極度の衝撃が全身に鈍痛を引き起こす。


 先程受けた傷を更に抉られて意識が飛びそうになるが、かろうじて俺は長剣を杖にして立ち上がった。まだ死なないのかと言いたげな鬱陶しそうな目で怪物は俺を冷たく睨みつけていたかと思うと、刹那、左腕の先端を俺の眼球目掛けて突き出してきた。


 反射的に体を捻って直撃は避けたが、大鎌の刃は目にも止まらぬ速さで右肩を軽々と貫いていった。手に力が入らなくなり長剣が音を立てて地面に落ちる。化け物の猛攻は留まることなく更なる刃が兜を掠めた。


 これ以上は耐えられない。そう思った次の瞬間、怪物の胸部に無数の弾丸が叩き込まれる。怪物は奇声を上げて鮮血を撒き散らしながらよろめいた。倒すなら今しかない。一瞬生まれたその隙を利用して俺は怪物の首筋に拾い上げた長剣を思い切り振り下ろし、その異形の巨頭を切り落とした。


「これで、やったか」


 フィオが……信頼できる仲間がいて本当に良かった。俺だけでは遠く及ばない相手でも、こうして力を合わせればなんとか倒す事ができたのだ。怪物は死んだようにピクリとも動かず、剥き出しになった穴だらけの心臓と失った首が再生する様子もない。いくら驚異的な再生能力を持つ化け物といえど、心臓を砕かれて、その首を切り落とされればさすがに死ぬだろう。


「ナタリア……」


 目の前で倒れている怪物には元々の彼女の面影は全く見られない。ただ、人外の化け物の死骸がそこに横たわっているだけだ。結局、ナタリアを救うことはできなかった。もう手遅れなのは分かっていた。けれど、完全な怪物になった彼女を見るまでその事実を認めきれずにいたのだ。


 もっと早く俺達がこの街に来ていたのなら、もしかしたら、彼女を救えていたかもしれない。深い後悔が心に残る。この少女には何の罪もない。全ての原因は死んだ彼女の父親と正体不明の刺青の男のせいだ。一刻も早く、刺青の男を探し出して元凶であるデュランダルの事を無理矢理にでも聞きだす。今の俺にできるのはそれだけだ。


 依頼は果たした。約束通り、あの狡猾な情報屋には刺青の男の事を教えてもらわなくてはなるまい。これだけの大仕事を成し遂げたのだ。精神的にも肉体的にも疲労は極限に達し、連続殺人鬼を倒したというのに最悪の気分だった。


「やってくれたか」


「……ダイモン」


 騒ぎを聞きつけたのか、ダイモンがオリバーを引き連れてやってきていた。ナタリアだった怪物の死体を見て彼は眉を顰める。


「この化け物が……あの少女だというのか?」


「ああ、間違いない。お前達の保身の招いた結果がこれだ」


 ダイモン達の顔が一斉に曇る。自覚はあったようだ。あまりにも、ここの警察は腐っている。分かっていながら実害が出るまでは何もしなかった。こいつらはナタリアを見殺しにしたのも同然だ。


「返す言葉もない。……二度とこんな事にはさせんよ。我々は都の治安を守る警察なのだからな」


「その思いが長続きする事を心から願うよ」


「うむ。……後で、警察支部に来てくれないか。せめて、連続殺人鬼に懸けられていた賞金を渡したい」


「分かった」


「では、我々は行くとしよう。死体の処理は部下に頼んでおく。都の治安維持の協力、感謝する」


 オリバーと共にダイモンは頭を下げた。お前達に感謝される謂れはない。俺は自分の意思で彼女を殺した。そんな言葉が口から出掛けたがやめておく。ダイモン達は踵を返して路地を立ち去ろうとした。


 ……それは、一瞬の出来事だった。死んだと思っていた首なしの怪物が突然立ち上がり、ダイモンの腹をその右腕の刃で貫いた。その場にいた誰もが、何が起こったのか理解できないで、ただ呆然と立ち尽くしていた。怪物はその直後に力を失ったように倒れた。


 おそらく、最後に残された力を使い、ダイモンの息の根を止めようとしたのだろう。それだけ、彼女の恨みは深かったのだ。助けを求めても何もしてくれなかった警察への復讐を彼女は本心から望んでいたのかもしれない。それは、なんと悲しいことか。


「支部長! すぐに救護班を呼びます! しっかりして下さい!」


 顔面蒼白のオリバーが崩れ落ちたダイモンに必死に呼び掛けるが、彼は口から大量の血を流しながら静かに首を横に振った。


「いいや、これだけの重傷だ。もう助からないことは君も分かっているだろう。これが、あの少女の我々への復讐だというのなら、喜んで私はそれを受けよう。これは、彼女を見殺しにしたことと、これまでの警察の怠惰への罰だ。……オリバー君。もう二度とこんな事件を起こしてはいけない。後は君に任せたぞ」


 そう言い終えるとダイモンは動かなくなった。オリバーは唇を噛み締めて憎らしそうに怪物の死骸を睨み付ける。しかし、暫くすると諦めたように俯いて開いたままのダイモンの目をそっと閉じ、彼の死体を背負ってゆっくりと立ち上がった。


「確か、ジンと言ったな。先日は疑ってしまってすまなかった」


「別に気にしてないさ」


 実際、殺されかけたのだから気にしていない筈はないが尊敬する上司に死なれたばかりの人間に文句を言う気にはならない。


「感謝する。事件に巻き込んでしまって都合の良い話だが、どうか、このメアラーシティの滞在を楽しんでいってくれ」


「ああ」


 最後にオリバーは先程よりも深く頭を下げて、ダイモンの死体を背負いながらゆっくりと去っていた。


「これからはここの警察支部も改善されるといいね。もう、こんな悲しい事件を二度と起こさない為にも」


「そうだな。……もう、大丈夫だろう。オリバーがこの悲しみを覚えている限りはな」


「……じゃあ、目的を果たした事だし、ダウトのところへ行こう」


 俺はフィオに無言で頷いた。ダイモンとナタリア、二人の人間の死を決して無駄にしてはならない。人の命は時に人を成長させ、時に人を絶望に落とし込み復讐へと駆り立てる。オリバーが前者である事を祈るばかりだ。

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