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幻実記  作者: Silly
メアラーシティ編
23/49

Episode22 僅かな亀裂

 貿易店を後にして路地に出た俺とフィオは、次の目的地について話し合っていた。雲一つない青空が広がっているが太陽は昇りきっておらず、昼食を摂るにはまだ早い。


「ジンは他に行きたい所はある?」


「そうだな……戦いでできた鎧の傷や穴が目立つようになってきたから修理がしたい」


「わかった。それなら、鍛冶職人の工房に行こうか。この都にも腕の良い職人の工房があった筈だから」


「場所は分かるか?」


「いや、私は行った事はないんだ。前に来た時に仲間が言っていたのを思い出しただけだよ」


「そうか。とりあえず、一旦、中央部に戻って地図を確認してみるか」


「うん。その方が確実だしね」


 来た時と同じようにフィオに手を引かれて俺は都の中央部に向かった。大通りは朝方よりも更に混雑していて、先程も感じたけれど、俺一人では人ごみに流され迷子になってしまいそうだ。


「前から思っていたんだけど、どうして、ジンはあの時に長剣を選んだの?」


「……どうしてだろうな。格好いいからじゃないか?」


「嘘。君がそんな単純な理由で自分の身を守る武器を選ぶようには思えない」


 フィオの珍しく鋭い言い方に驚くが、彼女の言う事は確かに間違ってはいなかった。俺が長剣という癖のある武器を選んだのはその見た目だけが理由ではない。実用性のみを求めるのなら、近接武器の中でリーチの一番長い長槍や、一気に畳み掛けやすいナイフ。あとは、フィオの使っているような遠距離で戦える銃器や弓矢を使うのが無難だ。わざわざ、それなりの重量があり、尚且つ小回りの利かない長剣を選ぶ必要はないだろう。当然ながらそのことを彼女はよく分かっている。


「初めて盗賊を相手取った時や、あの少女との戦いでの君の動きは、とても素人のものではなかったよ」


「体の半分が化け物になれば、それなりに強くはなるさ」


「いや、いくら身体能力が向上していたとしても、経験がなければ荒削りとはいえあそこまで器用な戦い方はできないよ。一体、何を隠しているの?」


「何も隠し事なんてしちゃいない。俺が長剣を選んだのも深い理由はないよ。なんとなく、だ」


「ふーん……。まあ、それは君の記憶が戻った時にでも聞かせてもらうよ」


 フィオの目はまだ俺の事を疑っていた。実際、長剣を選んだ理由は自分でも分からなかった。おそらく、失った記憶にきっと答えがあるのだろう。己が何者であるかを、誰よりも一刻も早く俺自身が知りたかった。


 話をしている内に中央広場に着いた。フィオは掲示板に描かれた地図を見上げて、指差しをしながら鍛冶職人の工房を探していた。


「確か、南部にあった筈なんだけど……」


 どうやら、目当ての工房が見つからないようで、フィオは一生懸命に探しているが一向に見つかる様子はない。しっかり者の彼女にしては珍しいが、たまにはそういう事もあるだろう。そんな時、俺は背後から人の気配を感じて、警戒しつつ振り返った。


「奇遇だな。やはり、奇人と鎧だったか」


「お前は……」


 そこにいたのは、腕利きの情報屋であるダウトだった。てっきり、盗賊街で別れた時にクタラの街に帰ったと思っていたが、どうやら都に来ていたらしい。フィオも掲示板からダウトの方に顔を向けると、思わぬ早い再会に一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに優しげな微笑に戻った。


「クタラに戻ったんじゃなかったのか?」


「品薄だったから情報を仕入れにきた。この都は情報収集に打ってつけだからな」


「そうなんだ。ちょうどいい所に来てくれたよ、ダウト。いきなりで悪いんだけど、この都にある鍛冶職人の工房を知らない?」


「それは、商いの話か」


「もちろん。だって君は情報屋でしょう?」


「……今回はサービスしてやる。工房があるのは都の南部の娯楽施設の立ち並んだ通りを西の方に抜けた先の路地裏だぜ」


「気前がいいね、ありがとう」


「その代わりといっては何だが、一つ頼めるか?」


「お前でも俺達に頼むような事があるんだな」


「“ナタリア”の件だぜ? 当事者に頼むのが道理だ」


 ……俺は言葉を失った。何故、ダウトがナタリアを知っている。それどころか、俺が彼女と面識があるのを分かっているように、こいつは俺の顔を見上げて薄笑いを浮かべていた。ダウトは胸元から取り出した煙草を咥えマッチで火を点けると、更にその人を馬鹿にしたような笑みを強めて、さも愉快そうにフゥーと煙を吐き出した。


「俺が、警察に捕まった怪物の話を知らないと思っているのか? あまり情報屋をなめるなよ」


「……どこまで知ってる?」


「昨夜、鎧と奇人がナタリアと一戦交えたところまで」


「情報屋ってのは恐ろしいもんだな……」


 驚愕する俺とフィオにダウトはしてやったりと嫌味に笑って見せた。そこまで知っていて、俺達に何を頼むつもりなのだろうか。そいつは吸殻を地面に投げ捨ててブーツの靴底で踏み消すと「本題に入るぞ」と、いつもの無表情になって言った。相変わらず、何を考えているか分からない。


「ナタリアを殺せ」


 そう、ダウトは感情のない声で唐突に宣言した。最初、俺はこいつの言った言葉の意味が理解できなかった。だが、俺は何度もそれを心の中で咀嚼する内に、ダウトの発言に含まれた強い憎悪を感じ取った。


「お前、本気で言っているのか?」


「本気も何も、それが俺のお前達への依頼だ。報酬は、お前達の追う刺青の男の情報。どうだ、悪くない話だろ?」


「俺達に人殺しになれと言っているのか、と訊いている。答えろ、何が目的だ」


 ダウトは不快そうに眉を顰める。その無感情な瞳は、いつにも増してくらい色をしていた。


「目的も何も、ナタリアの死が俺の望みだ。あの怪物に都を荒らされては俺の仕事に支障が出る。だから、手練れの奇人と同じ怪物の鎧に頼んでいるだけだ。それにな、鎧。人殺しと言うが、ナタリアがすでに人の身ではないことは戦った鎧が一番分かっているだろうぜ」


 俺はダウトの言い分に閉口せざるを得なかった。確かに、ナタリアは殆ど魔物に堕ちている。彼女は沢山の犠牲者を出したし、もう後戻りできない所にまできているのは言うまでもない。それでも、ナタリアは昨夜の戦いで人間らしさの片鱗を俺に見せた。フィオは、もう次に会った時のナタリアは人間ではないと言っていたが、俺はまだ彼女人間に戻る僅かな可能性を信じている。


 しかし、目の前のこの男は俺にナタリアを殺せと言っている。彼女には何の罪もないというのに。全ての原因は、屑のような父親と無能な警察、そして何よりも刺青の男にある。奴にそそのかされなければ、彼女があんな凶行に及ぶことはなかった。


「何と言われても俺に彼女を殺める気はない。前に世話になったとはいえ、その頼みは聞けないな」


「私もジンの言う通り……とは言えないな」


「……フィオ?」


「ジン。同情する気持ちはよく分かるけど、そこまで君が彼女に親身になる必要はないんだよ」


 フィオは憐れむような目で俺を見上げていた。どうして、味方である筈の彼女がダウトに加担するのか俺には分からなかった。


「私達の目的は“あの男”を倒す事であって人助けじゃない。他者への深入りは禁物だって前に言ったのを忘れたわけじゃないよね」


 いつになく真剣なフィオの物言いに俺は絶句した。彼女の考えは合理的だ。俺とは違ってフィオは感情に左右される事なく何を優先すべきかをよく分かっていた。


「都の害悪であるナタリアを殺す事で、私達の探している刺青の男の情報が得られるのなら好都合だよ。ついでに、賞金も手に入るんだから一石二鳥じゃないか」


「でも、それは」


「怪物を殺すのも私達の役目。君も最後まで付き合うって言っていたじゃないか」


 もう、フィオに何を言っても無駄だと俺は悟る。彼女は俺の思っている程、優しい人間ではなかったのだ。確かに彼女の言っている事も分からなくもないが、俺にはそう簡単にナタリアを見捨てる事はできない。


「話は済んだか?」


「うん。その話、乗った。ジンも構わないよね」


「……分かった」


 頷くより他はなかった。ここで、首を横に振ったところで結果は変わらない。また、フィオに上手く言い包められるだけだ。


「話が早くて助かる。頼み事が済んだら中央部の食堂“みやび”に来い。良い報告を期待している」


 そう言って、ダウトは踵を返し去っていった。今の一連の会話で、俺とフィオの間には大きな溝ができたような、そんな気がした。俺はフィオの事をよく分かってるつもりだった。まだ、出会って一ヶ月もしない人間だというのに、全てを知りうる筈などないのに。人間は感情では動かず、利益と損得で動くことを改めて認識させられる。フィオもその例外ではないのだ。それが、この世界のルールだった。

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