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幻実記  作者: Silly
メアラーシティ編
19/49

Episode18 窮地

 夜になると、都の情報屋達が酒場や路地に姿を見せ始める。ジンの言っていた刺青の男の情報を集めるべく私は行動を開始した。資金は十分に手に入ったので手当たり次第に腕の良さそうな情報屋達から情報を集めていく。どうやら、刺青の男はかなり都でも目立っていたようで知っている者も多く“獣男”と呼ばれていた。獣男が立ち寄ったという武具屋にて、私は武具屋の店主から話を聞いていた。


「この店に獣男が来たというのは本当?」


「ああ、来たね。“この顔では何かと目立ちますから”と言って鉄仮面を買っていったよ。馬鹿丁寧な喋り方だった」


「そうですか。教えて頂きありがとうございます」


 何件か廻る内に男の特徴が少しずつ明らかになってきた。真っ赤な外套に身を包み左手の甲には刺青がある。そして、何よりも目立つその顔は都の武具屋で購入した鉄仮面で隠した。一人称は“俺”で何者にも丁寧な口調で話す。どこへ行っても獣男の目撃者はいた。わざと見つかるように動いているとしか思えない。しかし、一週間前以来、その姿を見た者はいない。その後の足取りを知っている者は誰もいなかった。


「獣男を嗅ぎ回っているってのはあんたかい?」


 入手した情報を頭の中で整理しながら都東部の路地裏を歩いていると、後ろから低い声の女性に声を掛けられた。


「そうだけど、何か?」


 暗がりでよく顔は見えないが筋骨隆々とした冒険者らしきその女性はやけに高圧的な態度で私に話し掛けてくる。


「単刀直入に言う。あの男の事を探るのはやめて都から消えな」


「悪いけど、会ったばかりの君にとやかく言われる筋合いはないよ」


 赤の他人に自分の行動に文句を言われるようないわれはない。そう返すとその女の表情は途端に険しくなったように見えた。都にはまだジンが残っているし次にいつギルドに寄れるか分からないので、できるだけ資金集めをしておきたい。まだここを出るつもりはなかった。


「喉を掻っ切ればあんたの生意気な口は閉じるのかい?」


「その言葉、そのまま君に返すよ」


 彼女のククリが私の首を刈り取る直前で止まるのと私が抜いた拳銃の銃口が彼女の眉間を捉えるは同時だった。お互いに薄笑いを浮かべて素早く距離をとる。暫しの沈黙の後、先に口を開いたのは女の方だった。


「単独で行動するのは馬鹿か強者の二つに一つ。あんたは後者かね」


「お褒めに預かり光栄だね。……君は何者?」


「“便利屋リリス”と名乗っておこうか」


「それは、かなりの有名人だね」


 便利屋リリスとは、その素顔を見た者が誰もいないという一種の都市伝説にも近い存在だ。高額の報酬を要求する代わりに亡命の手助けから暗殺まで幅広く請け負う人物でリリスを頼る犯罪者が数多くいるらしい。


 大陸各地に出没することから複数の人間で組織されているのではないかとも噂されているが実際のことは私の知る限りではない。あまりにもその名は有名なので売名行為で名乗る便利屋も少なくなかった。彼女が本物かどうかは不明だけれど実力は確かだ。 


「どうして、あんたは獣男の事を嗅ぎ回ってる?」


「君に教える意味はないよ」


「つれないねえ」


 女は面白がるようにけらけらと笑うと間髪入れずにククリの刃先をこちらに向けて一気に距離を詰めてくる。本物のリリスかどうかはさておき、私が情報を集めている獣男と女が何か関係があるのは間違いなさそうだった。せっかく刺青の男の手掛かりが得られそうなのだから逃す手はない。何としても聞き出す。


 私は短機関銃を女の腹部に素早く撃ち込んだ。けれど、軽やかに彼女はその激しい銃撃をかわす。左右に揺れるように走りながら確実に私の命を狙いに来ている。やはりリリスを名乗るだけあって彼女はただ者ではない。


 流れるような女の剣戟を私はすれすれのところでかわして、また何発か銃弾を撃ち込む。けれど、女は腰を捻るようにして上手く避けた。剣士に接近戦に持ち込まれれば、銃士は圧倒的に不利だ。気が付けば私は、防戦一方になっていた。一度でもに自分の領域への侵入を許せば、普通の銃士は逃げ回るしかない。そう、普通は。


 私には一撃必殺の武器がある。それは、相手に触れれば確実に死に至らしめる“猛毒”。私は静かに全身の毒腺を浮かび上がらせた。女は少しだけ驚いたような顔を見せるがククリを振るう勢いを弱めることはない。わざわざ接近してくれるのは好都合だ。


「っ!」


 私が女の肌に触れようとその顔に手を伸ばした刹那、彼女は何かに気付いたようにすぐに私から距離をとった。まさか勘付かれたのか。そう思った次の瞬間、上空より迫り来る異様な気配を感じて私はすぐに後ろに飛ぶ。直後、私と女の立っていた場所に深々と大鎌が突き刺さった。


「私も混ぜて?」


 大鎌の両腕を持つ少女、ジンの言っていた連続殺人鬼は唐突に私達の前に現れた。舐めるように私と女を交互に見ると少女は狂気的な笑みを浮かべた。女もその姿に恐怖を抱いたように一瞬だけ固まっていたがすぐに少女に切り掛かった。


「置き土産のお前があまり調子に乗るんじゃないよ!」


 怒声と共に振り下ろされたククリを、いとも簡単に少女はその大鎌で女の右腕ごと切り裂いた。支離滅裂な叫び声を上げて後ずさる彼女を少女は笑顔で追撃する。さっきまで接戦を繰り広げていた女が一瞬で敗北したのを見て私は戦慄した。


「別に一人逃げてもいいや。もう一人のお姉さんに答えてもらえばいいものね」


 逃げ出した女を追いかける事なく、少女は私にその可愛らしい顔を向けた。愉しそうに笑っていた。最初に話を聞いた時は、精神の殆どが怪物に食われてしまって凶暴化していると思っていた。でも、それは違う。少女は純粋に人をなぶり殺すのを楽しんでいた。彼女は今まで私が戦ってきた合成魔獣の中でも異常だった。


「ねえ。今、どんな気持ち?」


「……」


「だんまりなんて……酷いよ」


 少女は私に興味を失ったのか無表情になり、姿を消した。否、少女の刃が私の首筋に迫っていた。尋常ではない速さで回避が間に合わない。少女の理不尽な強さに、私の太刀打ちできる相手ではないと悟る。


 このままでは……。


「簡単に諦めるのはお前らしくないぞ、フィオ」


 夢かと思った。気が付くと、少女の体は壁に吹っ飛ばされて、私の前には見慣れた漆黒の全身装甲に身を包んだ剣士が立っていた。その姿は以前、私が窮地の時にいち早く駆けつけて助けてくれた最強の仲間“ジン”を彷彿とさせる。それは私の今の相棒のジンだった。

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