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幻実記  作者: Silly
メアラーシティ編
18/49

Episode17 少女の素性

 オリバーの拳銃が俺の頭を撃ち抜くことはなかった。彼は銃弾に撃ち抜かれた自分の右手からの出血を左手で必死に押さえていた。


「心配になって様子を見に来たら、ジン君に銃を向けているとはな。どういう了見かね? オリバー君」


 間一髪のところで俺を助けたのはダイモンだった。一瞬だけオリバーは驚いたような顔を見せたが、すぐに一辺倒な弁解を始める。


「し、支部長! し、しかし、こ、これはこの化け物が我ら警察を愚弄したからであって!」


 ダイモンは彼の言い分は聞かずに俺の方に顔を向け「すまない」と言って頭を下げた。それを見てオリバーは不快そうに眉間に皺を寄せる。


「何があったか話してくれるか? ジン君」


「簡単な話だ。藁にも縋る思いで助けを求めてきた少女をお前達は見捨てた。その事実を認められずに、そこの警官は俺を殺そうとしたんだよ」


「……ああ、あの少女の事か。もはや部下がこんな事をした以上、話さないわけにはいかんな」


「何故、こんな化け物に話す必要があるのですか!」


「くどいぞ、オリバー。下がれ」


 ダイモンの憤怒の形相に威圧されてオリバーは何も言わずに部屋を出て行った。すぐにダイモンは俺の方に向き直って苦笑いを浮かべる。


「部下が無礼ばかり働いて本当にすまない。彼は融通が利かず思い込みが激しくていかん。許してやってくれ」


「別に構わない。あれが俺を見た人間の普通の反応だ」


「……では、話を始めようか」


 警察支部に少女が助けを求めてきたのはほんの一週間前のことらしい。連続殺人事件の始まりとも時期が重なる。涙ながらに少女から語られたという話はあまりにも悲惨なものだった。そんな彼女を放置した警察には憤りを覚える。


 少女の名前はナタリア。父親と二人暮らしをしていた。五歳になるぐらいまでは彼女の母親も一緒に暮らしていたようだった。だが、日に日に増していく父親の暴力に耐え切れずにナタリアの母は一人で逃げ出した。どうして、ナタリアも一緒に連れて行かなかったのか。ナタリアは母親がいなくなってからは父親の暴力を一身に受けることになった。警察に来た当時も彼女は体中が痣だらけだったという。妻に逃げられてから父親の暴力はより激しさを増していったらしい。やがて父親はただの暴力では満足しなくなった。なんと自分の娘を性欲の捌け口にし出したのだ。ナタリアを散々に痛めつけた後、自分の気の済むまで獣のように犯した。吐き気がする。


 身も心もボロボロになった彼女は最終手段として保護してほしいと警察に頼み込んだのだ。だが、幼気いたいけな少女の頼みを警察は容易く拒絶した。自分で父親と話して解決してくれと、冷たく切り捨てたのだ。どうして少しの間でも保護してやらなかったと訊いても、家庭に介入するのは我々の仕事ではないと糞野郎ダイモンは涼しい顔でそう言い訳するだけだった。


 たった一人の少女がどうなろうと知ったことではない。それが警察の本音だ。危険と面倒事は避けてばかりの畜生め。何が“都の平和を守る”だ。人一人を見捨てておいて何が警察だ。俺の思っていた以上にこの都の警察は腐りきっていた。気が狂ってしまったかのような彼女の姿を目にした俺は、どうして誰も助けなかったのかとそう思わずにはいられない。俺の想像以上にナタリアは悲惨過ぎる目に遭っていた。


 そんな、全てに見捨てられ絶望した彼女に、刺青の男は、その死神の手を差し伸べたのだ。傷心の彼女は簡単に魔物に堕ちて、深い悲しみを憎悪と憤怒に変えて暴走を始めた。これは全てに見放された一人の少女の、都そのものへの復讐なのだ。


「おい、ダイモンさんよ。ナタリアの父親はどこにいる」


「最初の犠牲者だ。路地裏でバラバラにされていたところを都の住人が発見した」


「そうか。……俺をここから出せ。お前らに怪物ナタリアは止められない。この復讐に終止符を打てるのは、同じ怪物かいぶつだけだ」


「都の為に君が戦ってくれるというのか?」


「まさか。これ以上の犠牲を出したくないだけだ」


 救われないし、救いようがない。だが、彼女の暴走を止める事はできるかもしれない。


 俺は立ち上がって拘束された両手を左右に引き離す。鋼鉄製の手錠は俺が少し力を強めれば簡単に千切れた。こんなもの、人間には効果があっても怪物には何の意味も成さない。鉄格子を容易くこじ開けて俺はダイモンとすれ違うように部屋を出た。


「俺の剣はどこにある」


「と、隣の部屋だ……」


 部屋の入り口で話を聞いていたらしいオリバーに尋ねると、彼は噛み付く事なく正直に答えた。


 まず警察支部を出て少女との戦闘で失った兜を取りに向かった。この格好で都を歩いてはまた騒ぎになる。もう警察に捕まるつもりはないが大事になるのも良くはない。湧き上がる怒りを抑えるかのように俺は長剣の柄を強く握り締めた。

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