Episode12 メアラーシティ
僅かな月明かりを頼りに俺達はどこまでも同じような景色の続く夜道を黙々と歩いていた。日が落ちてから随分と経つが、未だに北の都は見えてこない。
季節は秋。時より吹き付けるそよ風が体を涼しくしてくれた。夏場ではきっと半分の距離も歩けずに倒れてしまったに違いない。昼頃までは都の名産品などの話をフィオとしていたがもう会話のネタも尽きてしまっていた。
都に近付くにつれて何か不吉な気配を本能が徐々に感じ取り始めていた。妙な胸騒ぎがする。フィオもやはり俺と同じのようで、いつもにこにこしている彼女にしては珍しく表情が強張っているように見えた。
遠方に点々とした何戸もの建物の光が見え始めて、ようやくフィオの方から沈黙を崩した。
「やっと見えてきた。あれがメアラーシティだよ」
「思っていたよりもかなりでかいな」
「この大陸一番の都会だからね」
さすが都というだけあって、そのあまりの都会ぶりに俺は思わず感嘆の声を上げた。遠めに見ても分かるその広大な街並みは、前に立ち寄ったクタラと比べると、軽く十倍はありそうだ。
都に入って最初に目に入ったのは、ずらりと並ぶネオンの看板の目立つ娯楽施設の数々だった。真夜中だというのに明かりの絶えない眩しさに、フィオの言っていた眠らない場所という言葉に納得がいく。大通りで夜景を見ていると、すぐに酒場の呼び込みの女性に声をかけられた。せっかくなので一杯やろうとフィオに提案すると、彼女は二つ返事で快諾してくれた。
案内された酒場は、ほとんどが満席で随分と人気のありそうな場所だった。もうかなり酔っ払っている者も多く、ところどころで賑やかな喧騒が絶えない。カウンター席に腰を下ろし、俺達はとりあえず麦酒とつまみに鳥軟骨の唐揚げを注文する。すぐに泡が溢れんばかりのジョッキが太った店主の男から手渡され、つまみも間もなく出てきた。俺は中身が半分ぐらいになるまで一気に酒を飲むと、思わず口を衝いて出た。
「歩き疲れた後に飲む酒はやはり、格別だな」
「うん、生き返るよー」
ほんのりと頬を赤くして笑みを溢す彼女は本当に幸せそうだ。フィオのジョッキはすでに空になっている。この前のように短時間で大量の酒を飲まれて困るのは俺なので、「飲み過ぎるなよ」と釘を刺した。また、全額払わされるのは御免だ。
「わかってるよー」と俺の方を向いて彼女は舌を出す。適当な物言いで自粛してくれるか不安だが、もしもの時は無理矢理にでも水を飲ませる。前は満足に酒に酔う事もできなかったので、今夜は存分に酔わせてもらおう。体が火照っても諸事情により兜を脱げないのだけが残念だ。
「こういう場ですることじゃないが、少しだけ真面目な話をしていいか?」
「いいよ」
「この街に“何か”いるな」
「やっぱり、君も気付いていたみたいだね」
「街に近付くにつれて気配が大きくなるんだから当たり前だ。その様子だと、フィオも分かってたんだろ?」
「まあ、薄々は感じていたよ」
その時、隣で飲んでいる旅人達から興味深い話が聞こえてきた。
「それで、昨夜も深夜に都を歩いていた何人かが殺されたんだって?」
「ああ、そうだ。何でも、犠牲者の殆どが男らしい。しかも、昨夜に限っては警官も二人殺られてる」
「連続殺人鬼の賞金は増える一方だな。でも、目撃者がいないんじゃ探しようもないぜ」
「見たら殺されるんだろうよ。恐ろしい話だね、出くわしたくないもんだ」
都では有名な連続殺人鬼の話らしく、俺はその話をしていた二人の内の俺の方に座っていた一人に声を掛けた。
「その話、詳しく聞かせてくれないか? 都に着いたばかりで右も左も分からないんだ」
「おお、いいぜ」
無精髭を生やした人の良さそうな旅人は二つ返事で、都で起きている連続殺人事件についての詳細を語ってくれた。話によると、一週間ぐらい前からその事件は起きていて、犠牲者のほとんどは男。集団でいるところを襲われたようだ。都の警察が連続殺人だと気付いて本格的に動き始めたのが三日前。今までで犠牲になった警官は七人にも昇るらしい。
「じゃあ、俺達は宿に戻るよ」
「ああ、ありがとう」
話を聞かせてくれた旅人達が酒場から出て行くのを目で見送って、俺はフィオの方に顔を向ける。彼女は不服そうに空のジョッキを指で突っついていて、どうやら俺が話を聞き終わるまで待ってくれていたらしい。もう一つしか残っていない唐揚げに視線を移すと、彼女はわざとらしくそれを口に放り込んでにやりと笑った。
「俺が注文したのに、そりゃあないぜ」
「君は今の話、どう思った?」
彼女も大体の話は聞いていたらしく、俺はこの都で起きている事件に対しての率直な感想を答えた。
「大した犯人だ。目撃者も全員消してる。手掛かりは凶器が鋭利な刃物である事ぐらいだな」
「動機も不明。一見、無差別殺人ようにも見えるけど、殺されたのは男ばかり。警官を殺したのも姿を見られたからだろうしね。随分と残酷なやり方だよ」
「この殺人鬼ってのは男に何か恨みでもあるみたいだな」
「おそらく、そうだろうね。まあ、賞金首なら私達も狙ってみる価値はあるかも」
「都に潜む“何か”の事も気になるしな」
フィオは神妙な面持ちで俺に頷くと、さすがに我慢の限界が来たらしく、空のジョッキを持って「おかわり!」と大声で叫んだ。俺も今日は彼女のように盛大に酒に酔いしれよう。考えるのは明日になってからでもいい。俺達には少しばかり休息が必要だ。




