Episode10 狂気の少女
時折、私は自分が自分でなくなる時がある。その時は、本能のままに赴いて、社会のゴミのような人間に牙を向けるのだ。這い蹲って私に許しを請う男共の姿は見ていて痛快だ。今日もまた、汚れた目で寄ってくる者を何人か殺した。殺される直前に見せるあの怯えた表情が、私はたまらなく愛しくて、どうしようもなく滅茶苦茶にしたくなるんだ。
現場を目撃した二人の警官に追われて路地裏に逃げ込んのだはいいものの、もうすでに奴らは手際よく出口を塞いでいた。こうなれば、強行突破するより他のはない。別に私はそれでも構わなかったけれど、何も知らない警官達が不憫でならない。
「なっ!」
「化け物め!」
意識を四肢に向ければ、両腕は鋭利な刃物に、両足は筋肉質な獣のそれへと変化する。これは、革命家を名乗る男に与えられた力だ。私は化け物になって、人の脆弱さを知った。
“あの時”にもしもこの力があったなら、人生は変わっていたかもしれない。けれど、悲劇のヒロインを気取る程、私は自惚れちゃいない。昔の地獄に比べれば今の方が遥かにマシだ。
私は一瞬で警官達との距離を詰め、その内の一人の首筋を深く切り裂いた。大量の返り血を浴びても、手を緩めることはない。すぐ近くでその惨劇を見せられた警官は悲鳴を上げ、恐怖に顔を引きつらされていた。それ、いいよ。私にもっと見せて。
足をガタガタと震わせて警官は焦点の合わない目でうわ言のように「殺さないでくれ」と言って私に縋り涙を流す。そんな彼に私はゆっくりと近付いて、目の前で立ち止まり極力優しく微笑みながら尋ねた。
「ねえ、お兄さん。今、どんな気持ち?」
「く、狂ってる。こ、この、化け物おおお!」
必死に恐怖を振り払うように警官が無我夢中で放った銃弾は、あたしの頬を掠めて壁にめり込んだ。残念、はずれ。
「狂ってる、いい感想ね。私もそう思うわ」
言葉にならない叫び声を上げて、警官は背を向けて逃げようとした。つまらない、もう終わりなのね。命を賭して悪から住人を守るという理念を警察は掲げているというのに、なんて弱いんでしょう。
私はあんなに辛い目に遭ったのに、誰も助けの手なんて差し伸べてくれやしなかった。神様なんていやしない。そもそも他人が他人を救うなんてことは不可能なんだ。自分を犠牲にしてまで誰かを助けたいだなんて誰も思う筈がない。警察なんていう組織も同じ。自分達の保身ばかりを考えて、私のことを守ってはくれなかった。見捨てた。助けるなんて、偽善者の言う綺麗事であり世迷言だ。自分の身は自分で守る、それが鉄則だ。
「バイバイ、お兄さん」
逃げる警官の背中から、右腕の刃でその心臓を胸部ごと抉り取った。鮮血が飛び散って私の体をまた朱に染める。警官は酸素を取り入れようと口をパクパクとしている。でも、直に死ぬ。
これで、私を追う者はもういなくなった。血腥い服を脱ぎ捨てて、私は下着姿で新しい洋服を探しに深夜の都会を徘徊し始めた。
こんな淫らな格好をしていたらまた変な男が近付いてくるかもしれない。その時は、また黙らせてしまえばいい。次はどうやって恐怖を与えてあげようか。どんな質問を投げかけてみようか。
そうやって、思案を巡らせながら路地を歩いていると、向かいから軽そうな男達が歩いてきた。私の格好を見るなり、案の定、そいつらは厭らしい笑みを浮かべて話しかけてくる。ちょうど次にすることを思いついて私は男達にとびっきりの笑顔を返した。
……これだから、殺しはやめられない。