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ツキヤブル

 浮揚楼ふようろう。帝国屈指の監獄の一つ。


 啜り泣く亡者が夜な夜な現れ、一夜にして新たな囚人の精神を削り取って行く。無念の残響。今日もよく聴こえる。


 別名「黄泉よみの鉄檻」。


 獄長ティーダは「準備」に追われていた。今回ばかりは賄賂が通用しない強敵なのだ。用心に越したことはない。


 臨時の監査。どうもきな臭い。


 俗に言うガサ入れだ。不正を嗅ぎつけた帝国政府の狗が、その証拠を探しにやってくる。探すというより作るといった方が適当かもしれない。


 とにかくもって腐ってやがる。


 帝国軍師グレスネールの長子、ボル。彼が監査官の頭としてやってくるとのことだった。若干15歳の若造をよこすとは帝国もよっぽどの人不足と見える。


 ……なんてオツムの足りないバカ武官ならそう思うかもしれないが。


 元キャリア組の私、ティーダはその真意に気づいていた。


 わかりやすく言えば、「実績を作りたい」のだ。彼を上へ上げるための口実が欲しいのだ。


 なるほど。私は体の良い人柱にされたというわけだ。


「……ふざけるなよ。思い通りにいくと思うな」


 私は『潮流(パラダイム)』が一角。アルファベットをその名に冠した能力者だ。むざむざ犠牲になんぞ、なるものか。


 すでに手は打ってある。警備をあえて軽くし、後は鼠が入るのを待つだけだ。


 我が道を阻む者はまとめて刈り取る。思い知るがいい。


「獄長、ボル監査官がご到着されたとのことです」


 副長のウエストがノックもなしに入室する。何度言っても無駄なので、もう諦めている。全く無礼な奴だ。飄々とした態度も気に入らない。


 時々入れてくれる珈琲が恐ろしく美味いのが尚更気に入らない。今度暇な時に殴ろう、そうしよう。


「……来たか。丁重にもてなせ、ウエスト。大事な客人だからな」


 鼠よ、早く来い。


「かしこまりました。しかし、獄長も全くつまらないことを考えますね」


 ため息をつくウエスト。


「軽口を叩く暇があったら早く行け。無能」


「左様ですか、では失礼」


 正門から馬車の一行が次々鉄柵で覆われた敷地内に入ってきていた。いまだ遺る白銀の世界に土煙が立ち昇る。


 紫のローブを身にまとい口元を布で覆った少年、彼こそが監査官ボルである。

 背丈も小さく、どこぞの良家のお坊ちゃんにしか見えない。


「出迎えご苦労だった、ウエスト副長」


「遠路遥々ご足労いただき、恐悦至極にございます。……っとえー、こちらのお方は?」


 傍に立つ少女。凛とした瞳は吸い込まれそうな程に澄み切っていた。


「うむ、姉のモアだ。秘書のようなものだ、気にせずとも良い」


「はぁ……お綺麗な方ですね」


「ありがとうございます。貴方も大変素敵ですよ」


 モアは柔らかな笑みを浮かべ、たおやかな手で口元を隠しながら、会釈する。


「勿体無いお言葉。ではこちらへ」



 獄長室。あまりに簡素な造りであり、薄い壁は冷気をそのまま内部に伝えていた。


 つまるところとてつもなく寒い。もう慣れたが。


「よくぞお越しくださいました。ボル監査官。そちらは奥方ですか?」


「いや姉だ。して、先程の言は真か?」


「左様でございます。少しばかり地下の鼠が入りましたが、ご心配は無用。すでに部下に命じて捕獲に動いております。ご安心ください」


「そうか。よくあることなのか?」


「はい。賊は監獄の壁程度なら難なく乗り越えられる程に身軽なのです。恐らくは脱走兵の成れの果てと言ったところでしょうか」


「電流網は?」


「これまでも試しましたが、何かしらの絶縁装置を所有しているようで効果はありませんでした」


「そうか……これではおちおち監査もしていられないな。モア、明日から始めることにしようか?」


「はい、ボルくん」


「くん、と呼ぶでないっ!ボル様と呼べ!」


「……むぅ、その方がかわいいのに」


「そっそうか……?いや、そんなはずは……なあ、ティーダ殿?」


「くん、とお呼びすれば威厳は失せましょう。ここは様とお呼びすべきでしょう、モア殿」


 めんどくせえ奴だな。まあ確かに小さくてかわいいけどよ。


「やっ!ボルくんはボルくんだもん」


「……もう良い。とにかく頼んだぞ、ティーダ殿」


「かしこまりました。本日中に賊を捕らえます」



 ボル達を寝室に案内し、護衛のノストを付けた。これで当面は問題なかろう。


 あとは手筈通りやるだけ。


 新生軍への手土産には丁度良い。

 

 人柱はてめえだ、ドラ息子。


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □


 次第に降りてくる靴音。

 エヌタスは横たえた身体を起こし、その音の主を座して待つ。


 寒さに身震いしつつ、ティーチは声をかけた。


「調子はどうだ、エヌタス?」


「どうだもこうだもないよね、調子なんていいわけないよね。鉄格子のはめられた寒きに寒く、凍える極寒の極値ともいうべき地下の奥底に閉じ込められた、あまりにそう、あまりにいたいけな小姫をもって誰を哀れと呼ぶべきか?すなわちボク、このエヌタスちゃんではあるまいか、うん。まるでもって相違ない。そうでしょう、ええそうですとも」


 エヌタスはうんうんとしきりに首を縦に振る。


「いつも通り元気だな、うざいほどに」


「うざいとは何事か!?ぷんぷんっ」


「相変わらずあざといな」


「まああざといは否定はしないよ?生まれつきそうできているからね」


 エヌタスは小首をかしげそう言った。

 憎たらしいほど愛らしい容姿。


「そこは否定しろよ、あざといなんて言われて嬉しいものでもないだろうに」


「あざといってことは押さえるべき女子力を備えているということだよね。言われて嬉しいけどな、ボクは」


「そうかそうか」


「で、どったの?てぃっち」


「単刀直入に言うとだな、鼠が入った」


「ボクの仲間?助けに来てくれたってこと?」


「そうだ、ジェイの一味らしい。まあわざと招き入れたのだがな」


「ふぅーん。で、どうするの?」


「どうとは?……打ち払うだけだが?」


 エヌタスは小悪魔のごとく、意味深に笑った。


「ほんとにそう思う?じぇっちはキミにとっても大切な仲間のはずだと思うけどね。ねぇ、てぃっち?」


「エヌタス、お前には感謝している。だがな、私は詮索は好かん。企みなどすでに看破している、とでも言いたいがためにカマをかけているのかもしれないが、あまりふざけていると貴様の首が知らずのうちに飛んでいるとも限らんのだぞ?」


 腰の『紅獄鬼』に手をかけるティーチ。

 「こわい、こわい」と人を食った話しぶり。エヌタスらしい。


「それに、仲間『だった』だよ。訂正するんだな、エヌタス」


「そ。じゃあ、おねぇさんから一言だけアドバイス」


「なんだ?」


「せっかく二度目の人生なんだ。恋とかそんな浮いたことでもしたらいいんじゃないの、てぃっち?」


「くだらんな、貴様は私が守る。その為だけの命と決めた。新生の世も近い」


「新生軍ね。まぁいいや、ボクはどっちにもつかないよ。帝国も新生も革命軍もどうだっていい」


「ボクはいつだって『友達』の味方だからね」


 『潮流』は何もティーチだけではない。ジェイも。


 そしてこの、元帝国開発室長『顧丘こきゅう』のエヌタスも。


「早く来てよね、ジェイ。ボクの友達」


「ではな、エヌタス。貴様にはウエストを付ける。安心しろ、すぐ終わる」


「ふふっ、可憐な姫に見送られるなんてまるで童話の王子様のようだね。エヌタスちゃん感激っ」


「おい、ふざけんなよ。私は女だ」


 ティーチが去ると、エヌタスは天井の染みを数えながら、冷たい床に寝そべっていた。

 生来、寒さには強いらしい。


「知ってたよ。ティーチ、キミだって守るよりも守られたいお年頃なんだよね。だからこそボクは――動くんだ」


「どうしようもなくバッドエンドの物語を、ハッピーエンドに変える為」


「この物語を突き破る」


 破るにやぶる。その時まで。


 ボクは足掻く。足掻き続ける。


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