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シニタエル

 時は満ちた。

 我が友ダストにくれてやった左眼。疼く。

 鳴くな、もう間も無くだ。


 反政府組織『WIRE』。


 一級戦犯の危険人物ばかりを集めた危険極まりない無法者(ごろつき)集団。


 というのが、専ら世間様の評価ではあるが。実態は異なる。


 なにせ俺が率いているのだからな。


 懐かしい面々が一同に会す。俺の手であり足。ともに食しともに戦いともに死ぬ。俺達の生は俺達だけのものだ。歴史に残るようなそんなある種の偉業など、鼻から望んではいない。全ては何かの礎なのだ。その何かを見つけ出そうなんて、つまるところ死に意味を見出そうだなんて野暮な考えなど毛頭ない。結果が全てでしかない。


 つまるところ、死とは還るべき0に他ならない。初めよりすでに失い、失いきったものに意味を見出そうだなんて馬鹿げている。


 全員集合なんて機会はほとんどないと言っていい。襲撃されるリスクを考えれば当然のことだ。犠牲は付き物とはいえ、戦力の減耗は極力避けるべきだからだ。


 ダガル帝国地下首都アルデルフのとある宿にて、この異様な会合においてまず、褐色の少女が口火を切った。相変わらず気だるそうである。


「ジェイちゃん。なんてゆーか、そろそろいいんじゃなーいの?そろそろ話してくれてもさ」


 俺は忍装束に身を包んだ、エルビアに向かい頷き、一つ一つ噛みしめるように言葉を紡ぐ。


「今回は暗殺任務ではない」


「なんてゆーか、じゃあなんなのさ?」


「戦力の増強。その足がかりとして、東軍第三十四番隊直轄『浮揚楼』に潜入。同胞エヌタスを救出する」


「いよいよじゃね?俺の首撫の出番だな、くくっ」


 大鉈『首撫』を砥ぎながら、エクスは目線を上げずに笑う。胸元を開き燕尾服をひどく着崩しているというのに、なかなかサマになっているのが小憎らしい。エルビアは「ふーん」と興味なさげに欠伸をした。やれと言われたらやる、といった受動的なスタンスはあまり関心しないが、彼女には彼女なりの信条があるのだろう。それを糾す資格はないし、するつもりもない。


 我々は部下ではなく、仲間だからだ。


「算段はできているのだろうな……?私は無駄死なんてごめんだぞ」


「……アルマ」


「……」


 エクスは軽薄な調子を崩さなかったが、やや苛立ちを覚えているのが手に取るようにわかった。


「なあ、ドゴールさんよ」


「なんだ?」


「ドゴールのおっさんのまましゃべんなよ。暑苦しいし、なによりきめえ」


 アルマと呼ばれた男は「これは失礼した」と言ったかと思えば、刹那その姿を少女のそれに変えていた。


 ドゴールとは暗殺対象の貴族。奴隷売買という不正を働いていたので今日をもって成敗し、その一派も根絶やしにした。


 天誅である。わかりやすい悪党だ。


「エクスくん、ひどいです。そんな、きっきめぇだなんてっ!」


 アルマは狼狽える。どこか、小リスを彷彿させる。


「だってきめぇもんよ。お前は成り切りがうますぎていつだって寒気がするんだよ。敵と話してるような錯覚に陥る……みたいな?」


「うぅ、それはごめんなさいです」


 アルマは俯く。素直で騙されやすい。騙されやすい上に騙しやすい。


「結局ですね?騙される人ってのはみんなうまく騙される術を持ってるし、逆もしかりなんですよっ!」


 なんて彼女はそう言うが、その真意はよくわからない。


「冗談だよ、がちで謝んな」


 エクスは憮然としていた。


 アルマはダガル帝国右将軍時代の部下だ。帝国により襲撃を受けた際も俺とともに最期まで戦ってくれた忠義の女。真面目すぎるキライがあるが、みな一同、アルマの能力に一目を置いていた。


 アルマの能力、『更生』。


 殺した人間の記憶や声、姿形を奪い、自らの物とする。しかし、自ら殺す必要があることやあまり長く能力を発動していると自らの存在を見失い戻れなくなることから、多用長時間の使用はできないなど制限はある。彼女の兄弟子は敵に成り代わったが、情が移り離反、ターゲットごと爆殺された。惨い最期だった。


 アルマは能力の使用を命じれば拒まない。わかっているからこそ使わせたくない自分がいるのだった。ボスとしてあまりに甘すぎる。俺は自嘲する。


「同胞エヌタスは知っての通り、我々に二度目の生を与えてくれた恩人でもある。何としてでも救い出す」


「エヌタスはわしらのいわば急所じゃからの。救出できれば後顧の憂いも無くなるというものじゃ」


 最年長のワイリーが呟いた。目尻が下がり、人の良さそうな顔立ちをしている。所々深い皺が刻まれており、彼のこれまでの心労が見て取れる。


「りょーかい。なんてゆーか、その……妹ちゃんも……ついでに探そうね、ジェイちゃん?」


 エルビアはどこかバツが悪そうだった。


「ああ……そうだな」


「見つかるといいですね、ジェイ様」


 不確かではあるが、わずかに情報はつかんでいる。ランバルディア辺境伯率いる新生軍に身を置いているとか……。


 新生軍は帝国に反旗を翻しランバルディア独立を宣言してからというもの、本来であれば共闘すべき革命組織を害虫と罵り、力を着々と蓄えている敵対勢力である。


 敵の敵が味方とは限らないのだ。なんとも複雑な話だ。


 それにしても。


 俺は妹に、あのケイエスに、今更どんな顔をして会えばいいのだろう?


 俺は気付いてしまったのだ。

 彼女を何故きっちり殺しておかなかったのだろうか、と。


 彼女はきっと許さない。

 どこまでも穢れを知らず、どこまでも真っ直ぐだ。

 だからこそ恐ろしい。可憐な花はやがて刃となって喉を掻き切る。

 事がなれば良し。ならねば、喜んで差し出そう。


 使い古されたこの命を。あまりに朽ち朽ち果てたこの命を。


「定刻だ。行くぞ」


「おぅ!」

「りょーかい」

「はい!」


 我らは帝国の闇。


 私情挟むべからず、情け容赦は一切ない。


 闇に紛れ、敵を討つ。今日も明日も明後日も。


 一人残らず私に耐え、そして……。


 死に絶えるまで。


 全く。楽しくなってきやがった。



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