野良猫―朝
今朝は猫を見ていないな、と思った。
午前七時三十八分発の電車だ。路線の真ん中にあるうちの駅に来る頃には席はみんな埋まっていて、私が降りる駅までの二十二分間は立ちぼうけを強いられる。
新聞を開いていたおじさんたちも携帯を開くようになり、車内でぼんやり景色を眺めているような人間は私くらいとなってしまった。人を眺めるのもそれなりに面白いけれど、あまり見ていると怪訝な顔をされてしまう。もう六年も使っている私の携帯は温存しないと電池が持たない。
立ち並ぶビルが次々と後ろに流れていく。今日は晴れているけれど、雲が多くて太陽はまだ見れていない。そのせいなのかどうか、飽き飽きするほどに変わらない日常のはずなのに、なんとなく後ろ向きで重いような気分を引きずっている。雲の谷間から差し込んだ朝日が私の目を射った瞬間、いつからか感じていた違和感の正体が分かった。
うちの玄関を出て、目の前の塀の上にいつも野良猫がいる。私が出てくると眠たげに首を向け、私がどんな反応をしても興味を示さずにまた真っ直ぐ前を向く。餌も名前もあげるわけでもない、私の生活の一パーセントにも満たない要素に過ぎない。
今朝は猫を見ていないな、と思った。
弥塚泉からのお題。
『野良猫』。




