上手ないきかた
朝の電車である。当然の混雑の中、狭苦しい椅子に肩を狭められていながらにして、女は鼻歌でも歌いだしそうな、青年は舌打ちしそうな顔で並んで座っている。
「あんた」
そしてついに青年はため息を吐いた後、口を開いた。彼は文句を言う前に必ずため息をつく。
「電車の中でコーヒーを飲むのか?」
いらいらした声の調子や何度も飛んできた咎めるような視線から、ただの問い以上の意味があるのは明白だった。
「あなたのウォークマンと同じだと思うけど」
女は横目で青年の方に目をやった。眉間に皺を寄せて窓の方を向いている彼はしっかり両耳にイヤホンをしている。
「何が?」
「嫌いなの」
今度こそ彼は口の中だけで器用に小さな舌打ちをした。
彼女がこの空間のことを言っているのか、もっと大きな範囲のことを言っているのかは分からなかったが、いずれにしてもそれを理解できることは彼もまた同じだということを言葉よりも確かに実感させた。
「塞ぐところが違うだけ」
「あんたは何よりも先に口を塞いだ方がいい」
「それはコーヒーじゃ駄目なのかしら」
たまに突飛な発言をする彼女だから、本気で言っているようにもとぼけているようにもとれる。
「……てめえはガムでも噛んでろ」
烏天狗様からのお題。
ウォークマン、電車、コーヒー。




